差別
明け方までの譲り合いの末、結局私がベッドを使わせて貰った。
わずか数時間程度眠っただけだが、それでも体は動く。
日頃の鍛錬がここらで生かされてる気がする。
その気になれば、一日不眠不休で活動できるんじゃないか?
「さて。彼女をどうやって説得しようか」
身支度を部屋で整えつつ(まだコナタは床で布団を丸めて眠っているので)コナタを起こす。
「コナタ殿」
体を軽く揺らすと、もぞもぞと毛布の中身が動き出した。
「ベッド、ありがとう。もう使っていいぞ」
「あー……。うん」
そう答えると、コナタは再び毛布に包まる。
コナタの寝起きはそこそこ機嫌が悪いので、あんまりしつこく揺するのは可哀想だ。このまま寝かしておいてやろう。
立てかけてあった剣を腰に携え、部屋の扉を開ける。
そのまま受付をスルーして、村へ繰り出す。
「とにかく、使えそうな物が無いか見て回るか」
一様、共有財産からいくらか持ってきた。
必要経費って事にしておこう。
「うーむ。人の説得ってどうすればいいんだろう」
昨日の夜に自信満々に答えてしまった。それが、自然と以前のの野宿でコナタが「僕は空を飛べる気がする」って言ってた翌朝の言い訳を思い出させた。
『ほ、ホラ。翌日のテスト勉強をしてると沸いてくる余裕ってあるじゃん?』
……少ししか意味が分からん。
「まぁ、なんとかなるだろうな」
友など体を動かして、楽しみを分かち合えば自然と出来るものだ。
私が幼い頃、生まれ育ったコリナールでは、近所の男の子と共に走り回ったものだ。
……弟とも。
「む。これはなんだ?」
店に並ぶ商店の一角に、珍しい物を見つけた。
近寄って手に取る。色んな色の玉が並んでいた。手のひらに乗るサイズから豆粒ぐらいの小さな物や、赤や青、黄色など、色が付いた物もある。
「おい。これは何だ?」
店番をしていた若い娘に尋ねる。
「あ、はい。そ、それは逃げる玉って言います。あの、ご存知なかったですか?」
「む?」
どうやら常識だったようだった。
「すまない。あまりふれたことが無かったからな」
「そ、そうなんですか。お、オザリオブレイカーって知りません?」
「ふむ。耳に入れた事は無いな」
「あ、えっと。簡単に言えば逃げる的を壊すまでの時間を計測するゲームなんです。今、アリジリーナで大人気のスポーツなんです」
「ほぅ」
「魔法あり、武器ありのなんでもありなんですよ。本当は5人でチームを組んで相手を妨害したり、味方を補助したりするんですが、今話題の選手は『神速のキラ』って方です。こんな大会には男性様の方が多いのですが、女性で、しかもたった一人で色んなチームを倒しているんですよ!!」
「そ、そうなのか……」
一通り、語り終えたのか先ほどの熱帯びた口調に打って変わり、最初の話しかけたオドオドした感じに戻った。
「す、すみません。久しぶりに女性の方と話したもので……」
「久しぶりだと?」
「あ、はい。私たちは余り外は出歩きませんし、冒険者の方々も男性様の方が圧倒的に多くて」
「男とは話さないのか?」
「え、ええ。条例で『男性の決定には口出しは許可しない』事になってますし、私たちも何をされるか分かりませんから、話しかけようとも思いません」
「何故だ? どうしてそんな事を言う。女が喋るのを制限されて良い理由など無い。私があの男にもの申してやろう」
「お、お止め下さい!!」
村長の家へ向けて歩き出そうとすると、娘が慌てて私の腰に掴まって懇願する。
「どうか、争いを起こさないで下さい。私たちはこのままで良いんです」
「良くないだろう。勝手なことを言われてるんだぞ!」
「貴方様には分からないでしょう。勇者様と共に旅を出来る程の力を持っている貴方様には、非力な小娘の心など、理解できぬでしょう!」
大声の言い合いに、何事かとギャラリーが集り始める。
「出来るに決まってるだろうが。私も女だ。このままで良いはずがない。意見を述べねば、ソナタの産む子供が女だったら、その子孫が女だったら同じ苦しみを味わうのだぞ!!」
「私は生まれてからずっと味わってきています。今更こんなことなど……」
と、唐突に娘の声が途切れた。顔が真っ青になり口元が震えている。その口が小さく動いた。「ダンナサマ」と。
直後、バシィンと鋭い音が響いた。屈強な男が娘の頬を叩いた音だった。娘は店の壁に背中を打ち付けて、強く咳き込んでいる。
「貴様は何様のつもりだ!? 男の前で声を荒げやがって! 店を潰す気か!!」
怒鳴りながら、娘の腹を何度も蹴り付ける。
その間、娘は泣く事も無く、苦しそうにすることもなく、ただ「申し訳ございません」と謝り続けていた。
「これはこれは勇者様のお連れ様。うちの娘がとんだご無礼を申し訳ございません」
その態度とは打って変わって、私の方を向いた男はスマイルを浮かべて頭を下げる。
「どうか、これはお詫びの印です。何事もご贔屓にお願いします」
手渡された逃げる玉を押し付けられるままに、その場に立ち尽くす。
その後、男は集まっていたギャラリーに向かって、
「今から娘と話をしてきますので、本日は店を閉めさせて頂きます。明日からもどうか、ご贔屓にお願いします」
まだ、伏して謝り続ける娘の髪を掴んで無理矢理店の奥へと引っ張っていく。
「ちょっと。待て。話をするってどういう意味だ?」
「文字通りですけど? 忙しいので、それでは」
男は笑顔をもう一度浮かべると、そのまま店を閉めた。
「私は……」
逃げるように私は、逃げる玉を持って、来た道を引き返した。