宿のベット上会議【上】
代表格だった男は現在の村の村長らしかった。
リーダーシップ溢れる人物で、村人のことを常に気にかける心優しい人で、笑顔を絶やさない。そのおかげか、村からの信頼も厚いんだとか。
宿屋に案内された俺達は、薬屋からそんな話を聞いた。
「一つ良いですか?」
「あららん? 何が聞きたいのかにゃ?」
先程、宿屋の主人に注文をかけて運ばれてきた料理に勝手に手を伸ばそうとする薬屋の手を叩きながら、先程の会話を思い出しつつ、最大の疑問を投げかけてみる。
「どうしてここにいるんですか」
順を追って説明するか。
案内された宿屋で村長と別れた後、俺達は通された個室へと入った。
そして、料理を注文する。しかし、時間が掛かるとの返答があったので、先にクレアを風呂に入らせて俺はその間眠ることにした。風呂から上がったクレアに起こされた後、そのままベッドで座って食事を待つがてら、二人で今日のことについて話し合いをしていた。
内容は「この村の雰囲気」と病んでしまっているメデューサ――「ヤンデューサへの対応」だった。
そして、前者の話をしてあの代表格の若者の話題になった。
あからさまに危険を俺達に押し付けて、それを当然のように言い放ったあの態度は……正直、凄く気に入らない。
そんな話をしていたとき、薬屋が唐突に会話に参加したのだ。
「一体どこから進入したのだ?」
クレアも困惑してる。
「どこからでも入れるわよ。私を舐めちゃダメよ?」
「お引取り願います」
「冷たいわぁぁぁぁん!!」
体をクネらせながら、床を転がる。
……もう、無視でいいか。
「もー。ツンツンしててもいいけど、私にはそんな趣味は無いわよ?」
そんなことを言いながら、ベッドに進入してくる。
言ってろ。
「しかし、コナタ殿。薬屋の話は有益になりそうな話だぞ。ここは我慢するしか……」
かなり諦めた声で話すクレア。
我慢って……。
無茶苦茶正直だな!
「では、質問させて下さい」
「なんでも聞きなさい☆」
料理を摘みながら答えたが、今回は止めなかった。
「この村……もう町に見えますが、ミクラエドってどんな村なんですか?」
「うむ。確かに気になるな。正直私はあの態度は気に食わなかった」
「んー。そうね。昔の事は分からないわ。あのおばあさんにでも聞いてみたら? 今の事なら言えるけど」
「教えろ」
クレアが先を促す。
すると、薬屋は口をモゴモゴさせてなにやら言い難そうな顔をしている。
「どうかしたのか?」
「んー。ちょっとね。お子ちゃまには早いお話があるのよ~ってさ」
「誰がお子ちゃまだ!」
クレアが講義するが、それを無視して薬屋は話し始める。
「この村の前の村長までは、平和な村だったみたいよ」
「前の村長って確かあの老人の幼馴染だったな」
少し前のリベリルドでの老婆の会話を思い出す。
確かに、そんなことを言ってた気がする。
……至極どうでも良かったな。
「でも、今の代の村長に代わってから凄いことになったのよ」
「といいますと?」
「まずは徴兵やら、莫大な魔王の懸賞金に目が眩んだ男達を引き止める事をしたわ。それも……あんまりよろしくない方法でね」
「何をしたんだ?」
クレアが小首を傾げる。
「冒険で立ち寄った男を村の娘と半場無理矢理に結婚させたのよ。そうすれば、男は村に残るしかない」
「……」
「こんな時代に男は貴重だからね。逆に女が溢れかえってるのよ。それを使った……姑息といえば姑息だけど、賢い方法よね」
「ちょっと待て。なんでこの村の女達は抵抗しなかったんだ?」
「村長って言うのが、この村では絶対的な存在だったからよ」
「何をバカなことを。私なら直ぐに抗議するぞ」
信じられないと言った表情でクレアが反論する。
……ふむ。
「それじゃ、クレアはベンディクト=アンフォンス国王に逆らえるのですか?」
「そ、それは……比べる相手が違う!」
「それは価値観の違いよ。彼女達からすれば村長こそ、国王に匹敵する権力の持ち主なのよ」
やや不満そうだが、納得するところがあったらしい。それ以上意見を挟まず、口を閉じた。
「見合いには村長が立ち会う。そうすると、縁談を持ちかけた人として男からは好印象を受ける。そして逆らえにくくなる」
「成る程。そうやって権力を集中させていっているんですね」
「そうゆうことよ。そしてもう一つは徴兵の無視ね。そのせいで、首都アリジリーナからの評判は最悪らしいわ。だからメデューサを処分したくても、直ぐには出来なかったのよ。前に来た『勇者』ってのが現れなかったら、今でも村中を歩き回っていたんじゃないかしら?」
「そもそも、どうしてメデューサを処分しようと思ったんです? 別に容姿が不気味とか、誰かに迷惑をかけたとか、そんな類のものではないでしょう?」
そう返すと、薬屋はため息を吐いて一間置いた。
「問題はメデューサの『食事』と『不死性』が原因だわ」
「何か問題でもあったのか?」
「ええ。ミクラエドに行く際にポイズンラットに出会ったでしょう?」
「ああ」「ええ」
「メデューサの好物はネズミよ。ネズミを喰らってる姿が不愉快だったんでしょうね。その上、不死性のせいでやや表現に困るような事態に陥った時も生きていたらしいわ」
……なんていうか、ファンタジーを全否定するような中身だな。
「でもそんな事は小さな理由の一つに過ぎないわ。本当は、もっと汚くてドロドロとしてて、酷い話よ」
薬屋は笑った。
少し悲しそうに。