妖妃・メデューサ
到着したミクラエドでは、なにやら騒がしかった。
「む? 村で何かがあったようですじゃ!」
「急ぎましょう」
「あ、その前に。私とは離れて歩いて欲しいですじゃ。私が連れてきたとなると、周りが勇者様を警戒する」
「分かりました。どこで落ち合いましょうか?」
「あそこの店の裏に10分後に」
「了解しました」
老婆の姿を送り出して、少しした後にクレアと薬屋を連れて村の中を歩く。
村……といえば集落を想像していたが、思いの外『町』だった。しかし、どこか昔の感じが残っていて、急な開発によって町へと変貌している様が見受けられる。
「薬屋、どこまで付いてくる気だ?」
「私も暇なのよねーん。お供するのだ☆」
二人は無視する。
「すみません。何があったんでしょうか?」
「実は、昨日の夜。盗賊らしき人物があの忌々しき女が眠る祠を破壊しまして。今、確認しにいく者を選抜しているのですよ」
なんだ。尻尾の切り合いをしているのか。
「あ、もしかして貴方様は勇者様ですか?!」
話をしていた男が大声で叫ぶ。すると、話し合っていた者全員がこちらを見る。
「貴方が勇者様ですか!?」
「やった、お強い方が現れた!」
「これでもしもの時も安全だ!」
口々に勝手な事をまくし立てる住民。
「虫唾が走るな。こうも都合良く」
俺の耳元でクレアが憎々しげに呟く。
……あぁ、どう意見だよ、クソッタレ。
「勇者様! 勿論、行って頂けますよね? どうかよろしくお願いします!」
お願いします、と復唱してその場に集まっていた村人――よく見たら、若者ばかりが一斉に頭を下げる。
これはどうも、断れそうにない。
「あぁ。構わんが」
「流石勇者様! それでは、お願いします!」
代表して話しかけた男が、道を開ける。
……頭痛がしてきた。
殺してやろうか。
「コナタ殿」
自然に延びていた手がドラゴンキラーを掴んでいた。その手首をクレアが掴んでいる。
「冗談だ」
俺は冷酷な笑みでそう返し、開けられた道を歩き出す。
周囲に思いっきり睨みながら。
村の外れまで来ると、村人の人影は見えなくなった。
「全く。交渉上手で困ります」
人の情けに付け入るのが上手いゲス共で困るという意味だが。
「なんなんだ、アイツらは!」
クレアは感情の制御の限界を超えたらしく、近くの木に晴らしていた。
おいおい、折れたぞ!?
「同情するわ。勇者って大変なのね」
「まぁね。真の勇者は、見返りも求めず人を助けるらしいですけど、そんな勇者にはなれそうにありません」
「ゆ、勇者様!」
村の若者が付いてきたのかと思ったが、見えたのは例の老婆だった。
「め、メデューサはどうなったのでしょうか!?」
「まだ、確認していませんよ。ミクラエドのVIP待遇に皆で話し合っていたんですよ」
「も、申し訳ございませぬ」
……八つ当たりしてしまったか。
「いえ。では、見に行きましょうか。メデューサとやらに」
「分かった」
「はい」
「私は抜けるわ。ここまで先導ありがとうね」
薬屋は手を振りながら背を向けた。
まぁ、付き合う義理も無いしな。
「どころがッ! 今ならなんと護衛料が破格の1金貨ッ!」
「「さっさと帰れッ!!」」
あ、クレアとハモった。
薬屋を見送った俺たちはそのまま村の端にある祠へと急いだ。
到着すると、巨大な魔法の使用後が残っている。木々は焦げ、辺りは水びたし。あるところは炎が凍っている。
「ん?」
先客がいた。それも、顔なじみの。
「誰ですじゃ?」
「月水心我ですよ」
その言葉にギョッとする老婆。
「大丈夫です。危害は加えられませんから。僕が少し話をしてきます」
茂みから出ると、月水心我のメンバーが振り向きもせず魔法を唱えて消えようとする。
「ロミニカ=アレクサンドリー!!」
「!」
ファーリの後ろ姿が止まる。
この名で名を呼んだ理由は簡単だ。
『俺とクレアしか知らない』名前だ。
「その声。アモウか」
「前の包囲戦以来じゃないですか。今回はどういったご用件で?」
振り返ったファーリ。転覆を狙うのは月水心我の方か?
「今回、貴様に用は無い。そして情報を開示する義務も無い」
「そうですね。実は僕の中である仮説をたてているんです。聞いてくれますか?」
「いや、興味ないな」
素っ気なく返された。
「だが、アモウが勝手に話して偶然俺の耳に入る分には致し方がない」
成る程ね。借りにはしないということか。
「ここを襲ったのは月水心我ではなく、堕悪烈怒狼である。そして月水心我はそれの調査をしていた」
「そうかもしれんな」
「今の堕悪烈怒狼の動きはご存じですか?」
「話す義務も無いが、うっかり敵に口を滑らしてしまう可能性もある」
全く、まわりくどいな。
「堕悪烈怒狼はここに眠るメデューサを狙っている。そいつを制御して俺たちを潰して、成り代わる気だ。奴らは絶対服従を持っている」
「魔具の一種ですか?」
「そうだ。かなり高価で魔物使いなどの知識無しで魔物を操れる代物だ。恐らく、奴らの略奪もそれの資金だろう。かなり前から計画されていたようだ」
魔具とは、魔力を込めたアイテムの事だ。
込められた魔具は自分で魔法を発動し、決まった魔法を行使し続ける。
「本来は『魔物』用なんだが、今回のモンスターに通用するかは分からん。だが、それよりも先に奴らの根城で血祭りにあげる必要がある」
「ポイズンラットの動きを追って下さい。そうすれば、アジトに近づけると思います」
「ポイズンラット? そんなカスネズミを追ってどうするんだ?」
「彼らはポイズンラットを操って、村の崩壊を目論んでいます」
「推測論だろ?」
「どうせ、手詰まりでしょう?」
「……」
「……」
挑発に挑発で返した。
それによるわずかな沈黙。
「ふふふ……ははは。はははははッ。知っていたさ。やはりな、予想通りだ」
組織上の建前というのがあるのだが、普通に負けを認めない子供みたいだぞ?
「では、組織の壊滅はそちらでお願いします。僕たちはポイズンラットをなんとかします」
俺が言い終えると同時に、ファーリの姿が消えた。
入れ替わるように茂みからクレアと老婆が出てくる。
「やはり堕悪烈怒狼で間違いありませんでしたね。問題は祠の中のメデューサですが、ファーリの話から察するに運び出されていないようです」
祠へと近付いて、中を覗く。
「えっ?」
そこには……。
「これがメデューサか?」
体育座りで明らかに沈んでいるメデューサがいた。
「おおメデューサ。助けに来たぞ!」
老婆の声にメデューサの顔があがりこちらを見る。その顔は、胸のふくよかな女性だった。血のように染まった紅の髪はとても長く、真っ黒なドレスに身を包んでいる。
「嫌。私、お外嫌い」
お。
お前もかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!