ポイズンラットの襲撃
老婆との会話後、竜眠洞窟……と、ここ最近呼ばれるようになった洞窟を抜けて、俺たちはリベリルドにて馬車を借りてミクラエドを目指した。
竜眠洞窟といえば、誰でも察しが付くだろう。ニードラゴンがいる洞窟だ。馬車の行軍よりも、ドラゴンの滑空の方が早いが、時間的には昼であり、ニードラゴンが活動しやすい時期ではない。
それに加えて、「俺がいなかったら、クソガキ共が困るだろうが」と言い出して、頑なに洞窟を出ようとしなかった。
どんだけ子供好きなんだよ!
そして、現在に至る訳である。
「メデューサを封印後のミクラエドはどのような具合ですか?」
「そうじゃなぁ。なんじゃか、浮かれておるわい。町の活性化には繋がっておるようじゃのう……」
悔しそうな顔をする老婆。
「過去に受けた恩を忘れるなんて、人ととしてあるまじき行為だ」
鎧に身を包んだクレアが憤慨している。
因みに、先程の馬車内で簡単な説明は終えてある。
「いえ。多分それは……」
「私たちが悪いのですじゃ。今時の子供は戦争を知らず、毎日を自由に生きて、死の恐怖とは無縁といってもいい場所にいる。『過去にどんな事があったか』を私たちが語り継がねばならなかったんじゃ」
後悔の声色だった。
「今となってはそれを知る者は私一人。それに大した発言力も無く、若者には敵いますまい。今更私が何かを言った所で変わることなど……」
「それは違いますよ。誰かが、耳を傾けてくれるはずです」
老婆は少し驚いた顔をして「そ、そうじゃな」と締めくくった。
「しかし、だ。そのメデューサが人を襲った理由が分からんな」
「メデューサはそんな事はしませぬ!」
「分からないよ? それに死者が出ていないらしいですし、『攻撃を許可されるほど重大な何かがあった』かもしれません」
「それこそあり得ませぬ。契約によって、危害を加える事は禁止されております故」
「それは直接的に、って事はありませんか?」
「……? コナタ殿、どういう事だ?」
首を傾げる老婆とクレア。
「例えばですね。僕がクレアを殴るのと、石を投げて怪我をさせるのでは訳が違います。前者は僕の拳ですが、後者は石です」
「つまり、そのような方法で襲うのは可能という事か」
「いえ、そんな事はありませぬ。それも立派な攻撃と見なされます」
「恨んでいたとかないのか?」
「むしろ好んでいました。が……」
「「が?」」
「今はどうか分かりませぬ」
どうやら落ち込ませてしまったようだ。
次の話題を考えていると、馬車の外から馬の鳴き声が聞こえた。
慌てて飛び出すと、平らな地面に馬車の残骸が転がっていた。
「ひぃっ!」
「これは商車か?」
「どうやらそうですね」
老婆は中へ入っているように指示し、残骸に近付く。
嫌な臭いが鼻を刺す。
「おかしいですね」
「確かにな」
馬車の中にあったであろう金品はそのまま放置されていた。
そして、グチャグチャになった肉の塊があった。どうやらこれをやったのは人間ではなさそうだ。金品に手を出していない辺り、知性を持ったモンスターではないだろう。
「魔物、ですか」
面倒臭いな……。
魔物は知性が低い分、本能のままに生きる。そして、大体が数の暴力だ。
やや吐き気を覚えかけたので、視線を逸らす。
「コナタ殿~。どうやら毒を持った魔物のようだぞ」
ホラッと一つの肉塊を指さす。つられて見てしまって、吐き気が絶好調手前まで迫る。
テメェ、俺がなんで目を逸らしたか分かってるのか!?
「そ、それは恐らくポイズンラットの仕業ですじゃ」
「ポイズンラット?」「ポイズンラット!」
俺とクレアがそれぞれの表情を見せる。因みに前者が俺。
「毒を持ち、繁殖力が強い。集団で襲いかかるネズミの事だ」
「へ、へぇ……」
物知りだな、オイ。
「確か、獲物を追い求めて集団で移動する。次の獲物を見つけると、今の肉を捨てて襲いかかるはずだ」
「もしかしてそれって……」
下に並ぶ肉塊を見る。
骨だけ……ではなく、まだまだ肉は残っている。
つまり、俺らが今獲物認定されていると?
ガサガサ、と近くの草が揺れた。
辺りから「チュチュチュチュ」と聞こえ出す。
「可愛かったらまだ救いようがあったのになぁ……」
現れたのは、ハムスターぐらいの汚いドブネズミだった。目は赤く、すばしっこそうだ。
周囲をぐるりと囲まれて、危機一髪だ。
「クレア。重大な事は事前に言いましょうね?」
「私も反省してる。ついでながら、奴らの毒は神経系の毒だ。部分的に麻痺し、痛みを感じないまま体を貪られて死ぬんだ」
後半の情報、いらなくない!?
余計に足が竦むのですがッ!!
「伍ノ式・凩」
クレアの引き抜いたラビットソードが青く光る。
「僕も……小動物用じゃ無いんだけどね」
ドラゴンキラーを抜く。残念ながら、光らない。
老婆を再び馬車に押し戻し、相手の出方を伺う。先方に動きはなく、威嚇するように四方をぐるっと囲ったまま、動く気配はない。
高速詠唱術で、設置型を配置し、いくつかの魔法を具現化可能状態へとしておく。
「ピーーーーー!!」
突然の笛の音に、一斉にポイズンラットが走り出した。