隠蔽された真実
罪人の町内追放が決まり、鉄格子の馬車に乗せられる。そのまま揺られること数十分。
木々が生い茂る道に放り出される。
馬車をひいていた従者は複雑な顔をして、罪人を見届ける管理職の者もなんとも表現しがたい表情を浮かべていた。
向こうはかける言葉が見つからなかったのだろう。なんとも名残惜しげにしながら、馬車をひいてその場を去っていった。
落ちている自分の装備品を抱える。
「コナタ殿!!」
従者がひく馬車が見えなくなった頃合いに、新たな馬車をひいて現れたのはクレアだった。
それも凄く怒りの形相で。
「や、やぁクレア。ご機嫌はいか――」
「ふざけるなっっ!!」
俺が言い終わるよりも早く、馬から飛び降りて俺の胸ぐらを掴んで詰め寄ってくる。
「クレア。落ち着い――」
「うるさい。黙れ! コナタ殿は……私を裏切ったのだ!」
そういえば、クレアは正義感が強かったよなぁ。
「って、クレアさん? 何してるんですかー?」
「コナタ殿を切る」
「は?」
スラリと抜き出す剣が怪しく光る。
「大丈夫だ。私も切った後、後を追う」
鬼の形相で迫られて――あぁ、ダメだ。鬼に見えてきた。
「待って。ね? 待とうよ。お話を聞きましょ――」
「問答無用!!」
淡い黄色い光が、激しく閃光をまき散らしながら振るわれる。
漆ノ式・紫電か!?
「くっ!」
咄嗟に横なぎを回避をするが、頭上を通る瞬間に煌めいたせいで、目が真っ白に染まった。
「はぁぁぁぁぁ!!」
まずい。いつかのあの時よろしく、全力で殺しに来てるようだ。
両目も潰された。打つ手は無いな。
戦うなら、の話だが。
「クレア」
ドスの聞いた声で、クレアに聞こえるぐらいの小さな声で話しかける。
「落ち着け」
諭すように、短く、小さく、はっきりと。
段々白いもやが晴れ、視界が回復してくる。
そこには、冷や汗を流して息を飲んで顔を強ばらせているクレアの姿だった。
……かなり心外なんですけど!?
「順を追って話すよ?」
「あ、あぁ」
まだ剣を下ろす事もなく、距離を詰めない。
……どれだけ信用されていないんだよ、俺。泣きたくなるわー。
「僕が殺人をおかしていたのならば、僕は処刑台です。それが何故、この場にいられると思っているんですか?」
「それは……」
いける! 丸め込める!
「それに僕は――」
「それはラドル=レモンティーが町にとって殺して欲しい程憎い存在だったから」
と、回答してきたのはクレアではなかった。
それは木の上に立ち、偉そうに見下ろしていた。
「ロミニカ=アレクサンドリー……」
「ノーノーノー」
指を振りながら、木から飛び降りる。その瞬間、気付く。周りに数十人の敵がいることを。
俺たちが上に気を取られている隙に配置したのか。
「貴様達に敬意を称して、名を明かそう。俺の名はファーリ=トドロキ。ご存じの通り月水心我のリーダーを務めている」
月水心我の正体は誰も知らない。なぜならそれは、目撃者がいないからだ。
だがもし万が一バレたなら。
「なんですか。僕たちを殺す気ですか?」
「まさか。口封じをするなら、あの場で処刑させてるぜ」
あの場……と言われて直ぐに思い付かなかったが、思えばあのとき処刑台に送られてもおかしくはなかった。
殺人は殺人。それに変わりはない。
「それよりも、だ」
クレアが話の流れを切る。
「ファーリ殿の言葉から察するに、コナタ殿は殺したのだな?」
確かにそれは気になる……ってそこですか!?
「いや。その男は殺してないぜ。なぁ?」
「……」
無言で肯定の意味を示す。
「ベッドに寝転がっていたあのラドルの死体には、真横に綺麗に裂かれていた。そうだな、余りに鮮やか過ぎて感動するぐらい」
チラリ、と俺を見るクレア。
……なぁ。少しは信じてみないか?
「そのコナタが持つ剣では、アレほどの切れ味を生み出すのは不可能だ。むしろ、ドラゴンキラーは破壊の剣。切れ味特化より、堅い皮膚を破るための乱雑な刃並びだからな」
仮面の男の存在が頭でちらつく。
アイツは水の刃を扱う。それほどの切れ味を生み出すのは容易……あるいは、それ以外は不可能だ。
「だから俺らが町会に圧力をかけて、コナタを追放までに減刑させたって訳だ」
「だからどうたしんですか? 僕を生かしてメリットがあるのでしょうか」
「あぁ。勿論だとも。聞いた話によればコナタ。貴様はアリジリーナにて今年の勇者に選ばれたらしいな」
「ええ。そうですが、何か?」
「勇者に選ばれただけの人間をミスミス処刑させるのは勿体ない。それに正義感もあるときた」
ガサガサと草をかき分ける音がする。
そこからリーサが現れた。
小さくお辞儀する。
「その小娘が助けて欲しいって泣きついてきたんでな。頑張ってやったって訳よ」
「つまり、下について働けと?」
その言い方にわずかに眉を潜めて、
「まぁ、極論そうなるわな」
軽くあしらった。
「そうですか」
短く答えてファーリに背を向ける。そのままクレアに歩み寄る。
わずかに敵意を表し、剣は下がろうとしない。
「く、来る――」
「クレア」
クレアが叫ぶ前に、甘く、優しく囁く。
すると、剣が少しずつ降りていき、先端が地面についた。
歩いて近づけば、よく分かる。
鮮やかな瞳が……揺れている。
動揺しているのか、恐怖に陥っているのか、拒絶しているのか。
俺はそっと首もとに手を回して、腰にも回す。
「ファーリ。答えはノーだよ」
言葉と同時にクレアを抱き上げる。
……断じて重いとは言わないぞ。
それと同時に周囲に控えていたメンバーが立ち上がる。
「残念だ。逃がすなよ」
メンバーに指示を出す。すると何人かが遅いにかかってくるが、
「淡キ水ヲ空中へ」
詠唱省略魔法――奴らの言い方なら、高速詠唱術か? それの改訂版だ。
「何かする気だぞ。備えろ!」
俺の足の膝くらいに現れたのは大きさ5cm程の小さな水球。
本来これは敵に向けて放ち、ダメージを与える魔導書参照の魔法だが、
「応用次第ではこんな使い方もあるんですよ?」
水球を踏み締める。瞬間、爆発的な力が放たれた。
「なに!?」
驚くファーリの遙か頭上を越える。
「本来ならば前方に打つ力を後方に打っただけですよ」
僕の呟きは、ファーリに聞こえただろうか。
「やりやがった」
距離的に確実に包囲を突破された。もしもの時を想定して、相手が勇者であることから、確実に殺すために人員を割きに過ぎたのが原因だった。
追いつめられた鼠は猫に噛みつくというが、まさか追いつめられてもなお、逃げられるとは思ってもいなかった。
いや、追いつめきれていなかったということか。
「追うぞ」
号令の下、全員が散開するが恐らく間に合わないだろう。
「しかし、なんなんだあのコナタとやらは」
今まで見てきた勇者には、あのような物事を的確に捉えきる物などいなかった。言うなれば、どいつもこいつも自分の価値観に溺れた自己満足やろうか、偽善者ばかりだ。
……いや、普通に考えればあの町で捕らえられること事態がイレギュラー。
何かがおかしい。
「アイツが勇者?」
既に消えてしまった空へ皮肉げに呟く。
「本当なのか、ただただ怪しいな」