整えられていた舞台
「ハッハッ!」
「ブルーボール?」
剣を打ち合いながら、詠唱省略魔法を使って仮面の主に放つ。
「これは高速詠唱術か!!」
放った水の弾丸は、驚異的な身体能力を持ってしてあらぬ方向へ飛んでいく。
バレてたか。てか、なぜバレたんだ? 俺が考案したはずなのに。
「成る程。流石は選ばれた勇者なだけはある」
「えっ?」
キンッ、と再び間合いを取る。
……どうやら、俺が考えた詠唱省略魔法は、この世界では『高速詠唱術』と言うらしい。
ちっ、俺が編み出したと思って密かに喜んでいたのによ。
「良いことを教えてやろう。その高速詠唱術は魔法に長けた者にしか使えない」
「そうなんですか」
もしかしたら、魔力が無いだけで才能が無いわけではないかもしれない。
ちょっぴり嬉しい。
「私のようにな」
敵がそう言った直後、景色が淡い青に塗りつぶされる。
「水刃」
一瞬にして目の前には無数の刃。消えゆくような淡い色から、明らかに俺が創り出す刃とは桁違いの脅威を感じる。
「詠唱を口にしているようじゃ、まだまだ遅い。一瞬で唱えられるようにしなければ、な?」
その言葉の最後を聞き終えるより前に、俺は全力で走り出した。
この狭い廊下じゃ、どうあがいても滅多切りにされる!
「逃げろ逃げろ〜」
背後から楽しむような声。と同時に肩にカッターが掠った。続いて、足、頬、太股と次々に刻まれていく。
「ちっ!」
致命傷を負わないのは俺が上手く避けている訳ではない。俺はただ廊下を真っ直ぐ全速力で走っているだけだ。極力回避しようと努力しているが、それにも限界がある。
おそらく、敵が意図的に外しているのだ。致命傷を負わせない程度に痛めつけるために。
ジワジワと体が訴えかける痛みが最高潮に達しかけた時、目の前に大きな壁が現れた。
行き止まりではない。敵が防御壁を唱えた訳でもない。
ただ、廊下が終わり、扉があるだけだ。確かそれは、月水心我がいた扉とは別の、ラドルの寝室へと隔てる扉だった。
「……ッ!」
ごくん、と喉を鳴らす。
迷っている暇はない。躊躇う暇もない。
敵は背後から追撃してくる。
……恐らく、この扉に飛び込ませるために。
「ウォーターボール?」
懐に仕舞っている魔導書が輝き、俺の指先に水の球体が現れる。
それを構えて扉を撃ち抜く。間髪入れずに、扉の中に転がり込んだ。
「ハァハァ……!」
慌てて敵の襲撃に備えるために気配を探る。……が、敵の気配は消えていた。
ラドルがいないか、確認しようとベットをのぞき込んだ時、俺は信じられない物をみた。
「ちっ、なんだよ。もう終わってたのか」
背後から俺が入ってきた別の扉で、月水心我のメンバーが入ってくるのがなんとなく理解した。
俺はこう思た。
……全ての状況は揃った、と。
罪人:コナタ=アモウ。
罪状:ラドル=レモンティー邸への不当侵入、並びに金品の強奪、ラドル=レモンティー殺害。
詳細:罪人、コナタ=アモウは昨夜、ラドル=レモンティー邸へ忍び込み、同人の下部達を脅迫して、誘拐。また数千金貨同等の価値を持つ、金品・宝石類を強奪。
複数犯の可能性が高いが、未だ仲間の素性は知れていない。
金品・宝石類をどこに隠したのか口を割ろうとしない。
また今回の事件をきっかけに、他所のあらゆる者に対して、不当な侵入を試みた者への罰則を与える権限を町長に与えるよう、首都・アリジリーナに向けて、従者を出すことが決定された。
罪人は町内追放処分とし、今後このローサムへの立ち入りを禁止する。