恐れ知らず
「そこまでだ」
「……」
敵の詠唱が止まる。動きも止まる。
なぜならクレアの剣が敵の首元に止められているからだ。
「な、成る程。お前が囮。そして、女が本命って訳か」
「喋るな!」
「……」
「まずはコナタ殿の拘束を解いてもらおうか」
「四精霊に命ずる。形を失い、元に戻れ」
ドロッと水土壁が形を無くして、地面にこぼれていく。
ん? こぼれる?
『この世を司る万物の四精霊に命ずる。水の力、土の力を借りて、 我が身を守れ!』
「ウォーター・アースウォール」
「しまっ――!?」
再び、足下が囚われる。今度は二人そろって捕まり、上半身が自由な代わりに下半身の自由が利かなくなった。
「ふぅ…、まさかここまで苦戦させられるとは思わなかったぜ。さて、魔力でも頂きますか……」
ズッと体から力が抜かれる不思議な感覚に再度襲われる。体がふわふわした感じか?
「なんだ? もう少しあっただろう!?」
敵が驚愕する……少なくて悪かったな。
「仕方がない。直接殺すか」
敵は懐から小型ナイフを取り出し、コチラに向ける。
そのまま無言で一直線に喉元に放った。
「コナタ殿ぉぉぉぉぉ!!」
ザシュッ、と肉が切れる音が聞こえる。血が顔に飛び散った。痛みで顔を歪ませるが、そのまま握る。そう、手の平を。
「なっ!?」
ナイフは俺の右の手の平に突き刺さり、貫通していた。そして、そのまま敵の拳を握りしめる。
「そんな、躊躇無く…!?」
驚きを隠せないままの敵に背後からクレアが殴りつけた。今度は意識を失ったらしく、地面にそのまま倒れ込んだ。
「痛い……」
術者が気を失ったことにより、魔法が解けて体が自由になる。そのまま右手を押さえてしゃがみ込む。
回復魔法があればいいのだが、先程の魔力吸収によってもう残っていない。そもそも敵に言われたとおり、あまり持ち合わせていないのだが。
そのまま左手でドラゴンキラーを回収する。
「コナタ殿、大丈夫か!?」
「ええ。なんとか」
とか言いながらも右手は押さえたまま、下を向く。苦悶の表情を見られる訳にはいかない。
「し、止血は布を使いましょうか。申し訳ないですが、僕の服を破ってもらえませんか?」
クレアは小さく頷くと、服の端を破って手のひらに巻いてくれる。
「痛っ!」
「す、すまない」
予想以上の痛みに、口に出てしまう。
魔力もほぼ完全に吸い取られたので回復魔法も使えない。
「ありがとうございます」
「コナタ殿。辛いなら後は私が……」
「気にしないで下さい。まだまだ余裕ですよ」
綺麗に巻き終える。にっこり笑える気力は残っていたらしい。
「さて」
チラリと倒れる男を確認する。その視線を察したのか、クレアが心配げに聞いてくる。
「殺す、のか?」
「いえ。僕達の存在は既にバレていますので、今更殺しても得はありません。拘束して物置にでも突っ込んでおきましょう」
右手を軽く押さえながら廊下をクレアと共に走る。形振り構ってはいられないので、廊下に足音の反響する音が聞こえる。
未だ、この館は静寂に満ちているのが不気味だ。
「へぇ。ホーミィもやられたのか」
「!」
ラドル=レモンティーの寝室の前で、敵の本隊――つまり、ロミニカ――と出会ってしまった。取り巻きが4人もいる。
リード、ホーミィ並の脅威を持った者が4人もいるという事実は、敗北を知らせているようなものだった。
真正面からぶつかる必要は無い。そもそも戦う必要すらなかったんだ。ここは口で済ますべきだな。
「僕達は貴方達に用はありません。奴隷解放が目的で、今回の襲撃に便乗させて頂きました」
「ならば、なぜ俺達を攻撃したんだ?」
「『攻撃』は語弊がありますね。振りかかる火の粉は振り払う。基本でしょう」
「なるほどな。つまり、俺達も危険分子は取り除いてもいいわけだ」
シンッと空気が重くなる。しかし、時間が俺達に味方したようだった。
「だが、そろそろ夜明けも気にしなくちゃいけねぇ。お前達に敵意は感じられんし、もしものときは勝てるし。なぁ?」
「それはしてみないと分かりませんよ……?」
「こ、コナタ殿?」
ごめんちゃい。
「いがみ合っても時間の無駄だ。行くぞ」
4人を連れて、部屋へ入って行く……って、部屋の扉は閉まっていたはずだったが。
「僕達も急ぎましょう」
「あぁ」
クレアを引き連れて、俺達は廊下を再び走り出した。