侵入
恐らく、月水心我は今夜ラドル邸を襲撃するだろう。
今回の計画において、堕悪烈怒凶狼のドラゴンキラーの奪取を防げなかったのか、防がなかったのか。それは、もしかしたら今回の計画に加担する者全てを粛正するつもりで計画実行まで待っていたのか、単純に何かに阻まれて速やかに対処出来なかったのか。
そのどちらにせよ、これ以上加担者を野放しにしておく必要がないだろう。
下手に待機を続けると、知らぬ間に情報が漏れたり、なんらかの方法で勢力範囲外へ逃げられると追えられなくなるからだ。
それに計画が失敗した今こそ、好機である事に間違いはない。何事にも成功または失敗した直後、余程意識していない限りは、限りなく無防備に近くなる。
「ほら、よく言うでしょう? 『遠足はお家に帰るまで』って」
「……?」
首を傾げられた。
「うっ……。『作戦は、撤退終了まで』」
「……!」
深く頷かれた。
うん、なんだろう。凄く敗北感がっ!
「目標は、月水心我の襲撃に便乗するして、月水心我とラドル側の人員のどちらにも悟られないようにして、奴隷を救出する事」
「……あぁ」
まだ先ほどの会話が糸を引いているのか、なんとも曖昧な返事が返ってきた。
……。
心に思うことを取り留めながら、俺とクレアは宿を抜け出した。
ラドル邸の近くの茂みに二人して、しゃがみ込んで様子を伺う。
「……」
屋敷内の変化は特にない。
「……」
おかしい。
この静けさの何かがおかしい。
「どうやら今夜じゃなかったみたいだな。コナタ殿、仕切り直しするべきだろう」
……どうやらそのようだ。
「そうですね。帰りま――」
クレアの顔を見た俺の顔が固まる。クレアの視線も俺の方を見て凍り付いた表情だ。
いや、正確には『クレアの顔の直ぐ後ろ』か。そこには、そのまま振ればクレアの首を一刀両断出来そうな刀が軌道を描いていた。更にその刀を持った人影をみる。真っ黒な装束に身を包んでいる。
地球で言えば……忍者以外の言葉が見つからない。
「今コソ発動セヨ!」
咄嗟に設置型魔法の発動するために詠唱する。バチンッと音がして、人影の動きが止まる。横を見れば、首筋の数センチ手前だった。
「「ぐっ……」」
俺側の人影が唸る。するとクレア側の人影も同じ言葉を発した。恐らく、四精霊の水+土で作られた人形だろう。本体と全く同じ動きをする類だ。
だがそれも今となっては意味を成さない。土の精霊系統の設置型だ。そうやすやすと破られはしない。
クレアは未だに放心していた。そういえば、咄嗟の出来事に弱かったっけ。
「貴方は……、月水心我側の人間ですね?」
ひとまず俺に近い方の人影に問う。それに対し、唯一出ていた目の瞳孔がわずかに広がった。
「そうですか。恨みは無いのはお互い様です。本来は敵になる予定ではないですが、状況が状況です」
右手が竜殺しを掴み、引き抜く。
「残念ながら貴方は見過ごせません。言い残す事はありますか?」
「……」
「いいでしょう。痛みは与えませんのでご安心を」
刀を水平に構えて――、
「待てっっ!!」
「ッ!?」
先程まで倒れていたクレアが、目の前の人影の前に立ちはだかる。
慌てて、刀を寸前で止める。
「危ないでしょう!!」
「待ってくれ! 今、ここでこの者を殺す必要があるか!?」
「ええ、理由の無い人間を殺す程僕はイ力れてませんよ! その人を野放しにすれば、月水心我のメンバーが助けに来る。そうすれば僕たちの事がバレてしまう!!」
「ならば、この者を気絶させればいいだろう! 見つかりにくい場所に隠せばいいだろう!」
くっ……、こうなることは想定には入れていたが、想像を遙かに超えている。
「もしこれが原因で怪我でもしたら、凄く怒りますからね!」
ホッとしたような表情をしたクレアの腕を無理矢理引っ張って、走る。
このままでは形振り構ってはいられない。
「ちょ、ちょっと、コナタ殿!?」
「設置型の魔法は発動時に大きな音を発します。恐らく気付かれている」
窓を割って、屋敷に侵入する。
近くの部屋に入り、身を潜める。
クレアに一息つかせている間に、頭の中で必死に想像する。
ラドル側と鉢合わせしても、俺の魔法で突破出来るだろう。もし月水心我側だったら。もし、あの忍者のような、気配を消して近付けるような常人離れした事をしてくる相手と出会ったら。
対策はある。が、カードは多い方が良い。
「後悔を先に立たしますか」
隣に立っていた青銅の騎士がある。
『この世を司る万物の四精霊に命ずる。水の力を借りて、この鎧に水を流し我を守る騎士と成せ』
隣に立っていた騎士の鎧に四精霊の水の魔法をかける。水を鎧に循環させ終えると、青銅騎士がゆっくりと俺の前に歩み出た。
この青銅騎士を先行させよう。
「さて、僕の限界は一体だけですが、この一体が勝敗を決める要因になるかもですね」
「コナタ殿、一人で何を言っているんだ?」
おい、クレア! 雰囲気壊すなよ!!