世の中は無情【下】
「仕組まれていのか? ならば、ロミニカ殿も、ラドル殿の息のかかった者?」
「いいえ、それも違います。もし、先程述べた仮定が『合っている』が前提で話をしますが、恐らく彼らは『月水心我』のメンバーですよ」
「な!? そんな訳無いだろう!!」
まぁ、クレアの感想も普通と言えるだろう。
月水心我は、近辺最大の大盗賊ギルドだ。義賊ギルドであるため、傘下に入る許可が下りるだけで、町民から英雄視され、貴族から敵視される程である。
そのような強大な組織が こうもタイミング良く私達の前に現れるはずが無い、と誰もが思うだろう。
「いえ。彼らは義賊です。ならば、不当な権力を持って、街を支配しているラドル=レモンティーがその標的に入ってもおかしくはないでしょう」
クレアはハッとした顔をするが、直ぐに反論する。
「例えそうだったとしても、そのタイミングが重なる可能性が低いだろう。それとも、その低い確率が当たったとでも言うのか?」
「違います。月水心我を裏切った盗賊団は根こそぎ壊滅させている事はご存じですか? 今回の話が全て仕組まれた事だとするならば、堕悪烈怒凶狼が敵対すべき相手と協力関係にあることになる。それは完全なる裏切りですし、それをキャッチした月水心我のメンバーが粛清しに来てもおかしくはありません」
それでもなお食い下がる。
「だが、それをロミニカ殿と断定するには早計じゃないか?」
「そうでもないんですよ。クレアは言ったじゃないですか。森に潜む彼らはまるで盗賊のようだったと」
「それは私がそう思ったからであって――」
「ならば、なぜ『盗賊のふり』をしたのでしょうか? 隠れていた方が奇襲をし易いのに、わざわざ出てきて」
こればかりには、クレアも反論出来ずに口を閉じている。
「彼らが今回の計画を知っていなければ、その方法はとらないのではないですか?」
「……」
「恐らく彼らは近々ラドル邸を襲撃するでしょう」
「……止めるのか?」
「まさか」
あまりにも見当違いの意見に、思わず鼻で笑う。
「救える命は救いたい、クレアはそう思うのですね」
「どんなに卑劣な人間でも、人間に代わり無い。その命を奪うならば、奪った人間は罪に問われるべきだ」
この娘は……聖母マリアにでも向いているんじゃないだろうか。アンティクリス教でも始てみようか?
「では、次は僕の話を聞いて下さい」
「……?」
「ラドルは奴隷を買っています。僕は彼女らに助けられました。そして、その中の一人をラドルは殺したそうです」
頭に青髪が過ぎる。
『ニゲテ』
そう言って、ほのかに微笑んだ女性が。
「今回に限った話では無いと思います。ラドルは断罪すべきですよ」
「それでは――」
「奴隷に人権などはない。これはどの『世界』でも共通する暗黙のルールです」
そう。中世のヨーロッパのように。
「ラドルを法では裁く事がない。相手が『法』に等しいですから。ですから、人が裁く」
もし見当が違っていれば、俺が殺す。
「そんな言い方は……ずるい。人殺しを肯定して――ッ!!」
不満そうに言うクレアに抱きつく。
耳元で息を呑む音がした。
「クレア。どうか、その気持ちを忘れないで下さい」
俺のような腐った思考を持つ人間が沢山いるから、世界は腐敗する。
クレアの言葉はただの理想論だ。だが、理想を描かなければ現実に囚われて、前に進めない。
「コナタ殿は、本当になんなのだ?」
何度か問われた問い。だが、詰め寄るような言い方ではなく、ただ、本当に疑問に思ったような言葉。
答えは、決まっている。
「現実に囚われてもなお、誰かを助けたいと思う、非力な勇者ですよ」
この大きな『世界』は無情で、残酷だ。その全てを救える力は俺には無い。ただ身近にいた、一人の『世界』を救える力ならあるはずだ。それこそが、俺に出来る『勇者』を名乗るの者の責務であろうから。