『可能性が低いと思われます』
目の前を横切った馬車を引く主を見る。それはローラムに入る際にコナタを連行した衛兵と話をしていた商人だった。
衛兵と仲良さげに話しながら、馬車の中身を見ずにただ談笑している。
「すみません!」
並んでる順番を完全に割り込む形で列に並ぶ。
「あら、いーわよ」
……え?
ゆっくりと後ろを振り返る。
「あら、勇者の相棒じゃなーい!」
「あの薬屋ッ!!」
一体なんでこんな所にいるんだ!!
「『一体なんでこんな所にいるんだ』って顔してるわねぇ」
「確かにそう思ったが、それはどんな顔だ!」
「こんな顔?」
薬屋曰く、『一体なんでこんな所にいるんだ』顔をされた。
凄く不愉快。
「大変らしいわねー。勇者、窃盗容疑でラドル=レモンティー家に拘束中だってねぇ?」
「何故それを知っている!」
「あら? 私の情報網は大きいわよぉ」
ウインクされた。
「ほら、順番よ」
背中を押されて、衛兵に体をチェックされる。
OKを出されて、薬屋がチェックされる。
「忘れちゃダメよ。この世は甘くないわ。どんな可能性も見捨てちゃダメよ?」
笑顔で笑う。
「おい。貴様。これはなんだ?」
「え?」
ポケットから取り出されたのは、黄色い液体が入った小瓶だ。
「あ、それは……ねぇ?」
チラッとフォローを入れて欲しそうに視線を送るが、あいにく私には大事な仕事がある。
「武運を祈る」
「え!? うっそぉー! 間に入れてあげたじゃ――」
「貴様! 少し来て貰おうか! それまで通行は禁止だ!」
「ちょっとぉ! お姉さん、この現実に負けちゃいそ――」
「ごちゃごちゃ言うな!」
凄い怒られてる。
取りあえず心の中で無事を祈り、あの商人を直ぐに追いかける。
「すみません」
「え? はい」
森に入る目前で追い付き、声をかける。
どうやら向こうは私を覚えていないようだ。
「実はこの森に盗賊が出没しているらしい。護衛を雇ってみないか?」
……商人は私の体をジロジロ見つめて、頷く。
「構いません。料金ですが……」
直ぐにお金の話をされるが、中身はどうでもいい。とにかく襲撃から守る。襲撃されれば、それを理由に中身を見れる。
「構わん。隣にいるぞ」
馬の隣を歩く。主は馬車の中に引っ込んでしまった。
「よしよし」
ソッと馬を撫でる。その馬は真っ白などこにでもいる馬だった。ただ一点を除いては。
右目が無い。
それが他の馬とは違う。本来、馬自身も危険察知の存在として馬車には無くてはならない存在だ。それなのに、右が見えない馬など、右から襲えば直ぐに奇襲がかけられる。
『馬車に何かある』という先入観に囚われていた。
「む」
なんとなく気配がする。森の中から|無数の。
「主! 盗賊だ!」
慌てた調子で馬車の中から飛び出る。
ヒュッと、木々の隙間から人が出てくる。
「数が多いな……」
ドラゴンキラーはそれなりの品だったが、少し舐めていたか。
「だが!」
援軍が来ない。誰にも頼れない。この絶望的な状況で、どうする――ッ!?
「え!?」
背中に刺さる小さな短剣。
「ある……じ?」
「実は私も盗賊に荷担しているものでしてな。貴方みたいな人が出てきた時は少々焦りましたが、なかなか上々でしたのでな。ここから南東に生息するポイズンラットの毒を10倍に薄めて捕獲させて頂いた次第ですな」
体の自由が利かなくなり、地面に倒れる。
「あぐっ……」
「良い体をしてますな。これは30金貨はいきそうですな。あの貴族に買い取ってもありますかな」
コナタは言った。
『その可能性は低いと思います』、と。断じて否定などはしてない。
「くっ!」
髪の毛を商人に掴まれ、引っ張り上げられる。
「貴女はこれから奴隷になるのですな。毎夜毎夜、壊されるまで狂わされる。ウヒヒ……」
「げ、ど……う」
「キヒヒ! その精神がいつまで続くか楽しみですな!!」
私は力を振り絞って叫んだ。
「うぐぅぅあぁぁぁぁぁぁ!!」
約束を果たせなかった、信頼に答えられなかった。
ゆっくりと盗賊が近寄ってくる。
私は……、私はァ……!