イヤガラセ
鉄格子付きの窓から離れて来た道を戻る。
「タイムリミットは今日の夜明けだな」
気を引き締め直す。
さて、どの辺りから探そうか。
……馬車を見て回るか。
「これも、それも違うな。これも怪しい所など無い……」
馬車を一つ一つ確認していく……が、通行禁止命令のせいか、あちらこちらに商人の馬車が泊めてある。一つ一つ確認していれば、今日一日かけても終わる気がしない。
「まぁ、やるしかない」
こんな事を考えている暇があれば、馬車の一つでも確認した方が良い。
それから何十台と探すが、どれもハズレである。
「ん?」
暗がりの中である酒場にだけ光が灯っていた。
とりあえず、その光が射している場所の手前の馬車まで数えると、その光に吸い寄せられるかのように扉に近づく。
……もしかしたら、盗賊のアジトか?
不穏な憶測が頭の中を過ぎる。扉の横の壁にソッと耳を寄せて中の様子を伺う。
「しっかし困・よな。通・・止命令だって・」「全くだぜ」
ドッと部屋の中から笑い声が聞こえる。
「…………」
どうやら違うようだ。ただの深夜向けの酒場だったみたいだ。
何か情報が聞けるかと思い、扉を押す。
一瞬の静寂。皆が私を見たが、直ぐに自分たちの話題に戻っていった。
取り敢えずラム酒を一つ頼む。手始めに、この酒場の主に聞いてみようか。
「なぁマスター」
「はい」
「盗賊らしき者は見てないか?」
「はて。確か捕まったのでは?」
「それがどうやら、誤認の可能性が浮上してきてな。今、情報を集めているんだ」
「はぁ。私の方では何も聞いておりません」
「そうか」
「他の方をあたられては? 冒険者の方々も詳しい人がおられるかもしれません」
「ありがとう、マスター」
ラム酒を持って、カウンターから席を移動する。手頃な冒険者を見つけて話しかける。
「なぁ、今日の盗賊捕縛なんだが」
「あぁん?」
「む!」
酒臭い。
「らーにをいってんら? をれがとーぞくみっけて、ほーしゅーもらおってときによぉ」
酔ってるな。一人目から外したか。
「かってにつかまるんらもぉん。どうら――」
後は無視した。
幸いこの酒場には十数人見受けられる。一人くらい切り捨てても別に支障などはない。
「すまない。今日の――」
「おんやぁ? これはこれは、あの時のお嬢さんじゃないですかぁ」
声をかけようとしたとき、背後から声をかけられた。
この声には聞き覚えがあった。
「貴様は、あの時の!」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべつつ、目の前に立つのはホラム街で私との決闘に敗れた青い装備を基調とした魔法戦士だった。
コナタはおっさん(青)と呼んでいた気がする。
「一人か?」
「おかげさまでねぇ。偽物のレッテルを貼られましたよ。そうすればあら不思議。仲間はドンドン私から離れるではありませんか」
事実だろ。
「それは貴方の――」
「それよりも私、見ましたよぉ? 犯人はあの青年だったんですねぇ」
「違うに決まってるだろう? 貴様の目は節穴か?」
私の挑発にも余裕の笑みは崩れない。
「では、なぜ連行されていたのでしょうかねぇ?」
「そ、それは、誤解だ! あの貴族が誤解しているんだ!」
「聞きましたか、皆さん! 誤解ですって! あの貴族様が!」
周りから嘲笑が漏れる。
「まぁ、自分の味方を賭けの対象にするような男ですからねぇ。つい、やっちゃったんじゃないんですかぁ?」
「そんな訳がないだろう! 私たちが来たのはつい先ほどだ!」
「貴女はバカですねぇ。犯人が言う事など誰が信じるんですか?」
「そんな!」
「悔しかったら証拠を見せて下さいよ。しょーこ!」
グッと堪える。
「今は……まだ……」
「ほらご覧なさい! 嘘なんですよ! 証拠が無いのに偽善を語ってんじゃねぇよ、クソ尼ぁぁぁぁ!!」
ラビットソードに指が触れる。コイツをここで切り刻んでやろうか!
「なんなんだぁ、その指は? 反抗してんのか、えぇ!?」
「……」
落ち着け。落ち着くんだ!
「折角盗賊団のアジトを知ってるのによぉ」
「「「「!?」」」」
酒場が騒然となる。
「ほ、本当か!? どこだ? どこにいる――」
「まぁまぁ、待てって。落ち着け」
「何を悠長にしてるんだ! 人の命が掛かってる――」
「何言ってるんだ?」
「え!?」
「人に物を頼む時は頼み方ってものがあるだろうが」
思わず目を見張る。私に土下座しろと言うのか!?
「どうしたんだ? 出来ないのか? あぁ?」
酒に酔った周りの好奇の目に晒されるが、気にしてはいられない。
「さっさとしろってんだよ! そんな事も出来ないのか!?」
「教えて下さい。お願いしますッ!」
深く、頭を下げる。
「いいぞ! もっとやれ!」「土下座だ、土下座!」
外野が騒がしく煽り出す。
「そうだなぁ。やっぱり土下座して貰わないとなぁ」
「なっ!?」
周りから土下座コールがかかる。
ロサム街の仕返しのつもりか!
「はやくしろよぉ? それとも、何か。お前の大事な相方が死んでもいっていうのか?」
「ぐっ……」
唇を噛みしめる。
ゆっくりと膝を折り、座り込みかけたその時。
ガンッ、と何かが当たった音がした。
「いってぇ!?」
目の前の男に酒瓶が当たった音だった。
「おい! 誰だッ! ただじゃおかねぇぞ!?」
「私」
スッと手を挙げる一人の女性。赤い装備に身を包んでいる。
「ほぅ。お嬢さん。一体どんな手違いですかなぁ?」
「手違いでもなんでもないよ」
ピクリとこめかみに青筋がたった。
「ならばこの女の隣で一緒に土下座してもらいましょうか――ッ!?」
ピタリと喉元に短剣の刃が沿えられた。私にすら見えなかった抜刀だった。
冗談ではない。恐らく国中を探しても10人もいない手練れの一人だろう。
「冗談言わないでよ。私の裸体を見て良いのはあの人だけ。調子に乗るな」
「うっ……」
場に張り詰めた空気が漂う。
「話を戻すけど、女に土下座までさせておいて、なおかつ裸になれ? 舐めた事言ってるんじゃないわよ。なんなら、今、私が貴方に同じ命令をしてあげようかしら」
「……」
男は無言で首を振る。
「さっさと教えてあげなさい」
「あぁ。場所はこの町の北門の付近だ。細かい場所は知らねぇ」
喉元に刃物を当てられながらも薄ら笑いはやめない。まだ、自分の立場が上だと思っているのだろうか?
「あの。ありがとう」
「気にしないで。私も腹が立っただけ。早くおい来なさい」
「あぁ!」
店を飛び出し、北門へと向かう。あの商人とは南門で会ったのだから、南に向かっていたのだがこれでは大幅な時間ロスだ。夜はまだ深いが、おちおち休んではいられない。先ほどでかなり時間を喰われたし。
まだ頭に怒りが染み着いてる。あの赤い女性のおかげで剣が鞘から抜かれることは無かったが、それでも怒りが消えた訳ではない。
当てる宛のない憤りを感じながら、夜道を走った。