僕を信じてくれた、クレアへ。
「ギャァァァァァァ!!」
洞窟内に恐るべき音量の絶叫が鳴り響く。
それは――俺がファフニールの尻尾を斬り付けたからだ。
「ガァ! ま、まさかその剣は!?」
「竜殺しですよ」
水玉に気をとられている間に斬り付けたのだ。
「はは……」
ファフニールが怒鳴る。
「ハハハハハハ!! 久しぶりだ! そうだ! この感覚だ! 長年、我が皮膚に傷を付けた者などおらなんだが、思い出した」
「……」
「我を傷つけた事の褒美として、貴様の体を滅茶苦茶ニシテヤル! ソノ姿ヲ保ッテ死ネルト思ウナヨ!!」
バビュンッ、と今までの桁違いの速度で爪が振るわれる。
ドゴンッ!!
紙一重でかわした爪は、宙を空振りそのまま洞窟の壁に激突した。めり込むなんてレベルじゃない。完全なる『破壊』だ!
「くっ、なんとか逃げ――」
言い終える前に、言葉が途切れる。もう片方の爪で殴られたのだ。
数メートル近くも吹き飛ばされ、何度もバウンドした。
「痛てぇ……」
辛うじて意識はあるものの、全身に力が入らない。
ズンズン、とファフニールの歩く音がする。それはまるで、自分を迎えに来た死神のようだった。
理由もなく、体が震える。
……何だ? 何故震える!
尻尾が足に巻きついて、体を宙吊りにされた。
『我が名はファフニール=ミネルヴァ。理を捻じ曲げ、世を逸脱し、存在しない力を生み出し、目の前に立つ敵を屠りされ!』
「メテオバースト!」
詠唱と共に、ファイアーボールの何倍もの巨大な塊が現れる。
「これが我の全力だ、若造よ。力の差に震え、己の非力さを呪い、挑んだ相手の悪さに畏怖せよ!」
竜の咆哮に、俺は答えた。
「これが全力だって? 笑わせてくれますね。俺には有能な相棒がいるんでね。魔法が使えない代わりに、剣の腕前は超一流です」
「ほざけ。そんなこと、嘘に決まっているだろう。ならば何故一人できた?」
ぐ。痛い所を突いて来たな。
「そ、それは……その……」
宙吊りになっているにも関わらず、人差し指同士をくっつけて口篭る。
「まぁ、我には関係ない。それに来たのならば、殺せば良いだけだ」
「ところで。ファフニール」
「なんだ?」
「その……、冥土の土産は頂けないのか?」
ファフニールの口から炎が漏れた。
「ここまできてそんな事が言えるとは、お前は本物だな。逃げ出す策があるのか?」
「無いですよ。ただ知れずに死んだら、貴方を呪って出て来ますよ」
「ふ、フハハハハハ! 面白いな若造! 今ここで殺すには惜しい人材だ! いいだろう。冥土の土産に受け取るが良い」
「竜に褒められるとは、光栄です」
「そうだな! そうだな! ケヴィンも同じ事を言っていた! 奴は我にこう約束を求めた。『村を襲わず、無害な人間を襲わない事』とな」
……その約束を守ってたのならば、俺、ここに来た意味ねーじゃん。
「あ、あはははは! そうですか! 僕は無駄死にですか!」
「そうだな、そうなるな! フハハハハハハハ!!」
「ありがとうございます。お礼に僕も冥土の土産を一つ」
「は?」
俺は目を細めて、こういってやった。
「僕のドラゴンキラー。どこにあると思います?」
奴の今のところの唯一とも言える弱点。それをミスミス俺と共に消されるのは、忍びない。
だから俺が爪で吹っ飛ばされたときに、力の限り洞窟の入り口へ投げ飛ばしたのだ。
「き、貴様ァ!」
「僕の相棒は何度も言うように、凄く優秀です。多少なりとも疲弊した体で頑張ってください」
そこで、洞窟の入り口から反響する足音がした。俺は入り口に背を向けているので見えないが、分かる。クレアが来てくれたのだ。
「さぁ、余興は終了ですよ。本命とどうぞ、お楽しみ下さい」
目を見開いたファフニールに言う。
そして、心の中でボソリと呟く。
あんなに身勝手な事をした俺を探しに来てくれてありがとう、クレア。
後は……頼んだぜ。
――直後、強大な太陽が鮮やかに煌めいた光に、俺は目をつぶった。