巧妙かつ不器用な罠
「お姉さんよ。そろそろ体の自由が利くかい?」
「あ、あぁ」
あれから数時間程経っている。
もう恐らくコナタ達はこの町を発っているだろう。
「何故、貴方はあのイカれた悪魔を止めなかった?」
「え……と」
口ごもる亭主を睨みつける。
完全な八つ当たりなのは自覚している。しかしこうでもしないと頭がどうにかしそうだった。
そんな自分に更にイライラしているわけだが。
「俺たちにしたら、結果的にドラゴンを退治してくれれば、過程はあまり気にしないんだよ」
「貴方は自分の言葉の意味を理解しているのか?」
「あ、あぁ。勿論しているとも。だけどな、人間ってそんなもんじゃないのか。他人の為に自分を犠牲に出来る人の方が少ないと思う」
「そう……か」
話しているうちに頭の中が冷静になってきた。
「亭主。私の剣はどこにある?」
「それならホレ。そこにあるだろう」
鞘から剣を取り出して、見つめる。
「私にはやらねばならない事がある」
「……はぁ」
亭主が深いため息をついた。
「私は馬鹿か?」
「あぁ。大馬鹿だと思う」
「だが、馬鹿でも自分の信じた事を成す」
剣を鞘に仕舞い、扉へ向かう。
「待てよ」
「なん――おっと!」
小さな小包が投げられた。それを慌てて受け取る。
「薬草が入ってる。ついさっき、薬屋から買い取ったものだ。まぁまぁ値段がしたが、構いやしねぇ」
「……」
「気に入らなきゃ、置いていけばいいさ」
「いや、ありがたく使わせてもらう」
一礼。
「そりゃ、王国の騎士の礼か。こんなところで見れるとは、俺はしたかいがあったぜ」
「まぁ、元だがな」
そう言って、銀の宿を飛び出した。
しかし足取りは悪い。心に何か重いものがのしかかっているかのようだ。
場所は分かっているが、本当にそこに向かったのか定かではない。
ギャラリーとして集まっていた記憶のある人物を見つけると、問い詰めた。
「あのイカれた勇者はどこへ行ったか知ってるか?」
「あ、あいつなら防具屋に行くって」
「分かった」
走っていくと、防具屋に着いた。
「すまないが、三人の子供と一人の青年を連れた男が来なかったか?」
「あぁ。あの客ね。一通り防具は見てくれたが、気に入った品が無かったみたいでね。『他の防具屋はどこですか?』って聞いてきたんで教えてあげたよ」
「どこを教えたんだ?」
「あぁ、その場所は――」
「すまないが、三人の子供と一人の青年を連れた男が来なかったか?」
目当ての防具屋を見付けて、尋ねる。
「あん? あぁ、アレか。展示品を見ていたんで、試着するか?って聞いたんだが、断られちまったよ。『次は武器屋に行くんで急いでいるんです』だとよ」
「分かった。因みに、どこの武器屋にいったか分かるか?」
「あぁん? 何言ってんだい。リベリルドの町には鍛冶屋は一軒しかねーだろーが」
「そうだったのか。場所を教えてくれないか?」
「あー? まぁ、いいけどよ」
怪しまれながらも、場所を教えてくれた。
「すまないが、三人の子供と一人の青年を連れた男が来なかったか?」
三度目の質問だ。
「んぁ。来たぞ来たぞ」
「ほ、本当か!? そいつがどこに行ったか知ってるか!?」
「あぁ。知っとるぞ」
「どこだ!?
「確かなぁ。『酒場の裏に行くよ』っつっとったっけなぁ」
酒場の裏?
「分かった。行ってみる」
移動しながら、私は頭を悩ませる。
「どうしてアチコチに移動しているんだ。装備を揃えるなら、買えばいいのにそれもしないで」
どうも泳がされてる気がする。
もしかして私がこう動くことを予想して、追われるのを阻止するための時間稼ぎとか?
なんにせよ、酒場の裏へ行って何もなければ勝手に後を追おう。
酒場と店の隙間を通り、裏に入る。そこには――
「ムラウ! ユリア! ルータ! オディロン!」
それぞれ壁に持たれて眠っている四人がいた。
「オディロン! 起きろ! 何があった!?」
「んっ、くぅ……」
目が覚めていないようなので、一発ビンタを喰らわす。
「何があった?」
「ええっと……。店を回りながら――」
「そこはいい! 一番新しい記憶はなんだ!?」
「あ……」
オディロンは目を見開いて、驚愕の表情を作る。
「なんなんだ! 一体!」
「実は、コナタさんから伝言があります」
「なんだ!」
「本当は、コナタさんが帰らなかったら伝えるはずだったんですが」
『辛い思いをさせてごめんなさい。本当はもっと早い段階。あのアリジリーナを出て出会った直ぐに別れるつもりだったんだ。でも、僕を選んでくれて言うに言えなくて。だから選択を迫る言い方をしたんだ。僕はクレアに怪我をして欲しく無かった。だからここで別れようと思う。僕の歩む道は敵が多い。どうかお幸せに』
「なんて……」
なんて、巧妙かつ不器用な罠。
コナタは初めからこの四人を連れて行くつもりなど無かった。ただ、私と引き離すだけの為に付いた、不器用な嘘だったのだ。
「ふざ……けるな……」
怒りがこみ上げる。ただし、それは今までの怒りとは違う。新しい怒りだ。
「私が怪我を恐れる程度の覚悟で旅についてきたと思っていたのか!? 違う、私はそんなんじゃない!」
心に巣食う重みは取れた。いまならいくらでも走って行けそうだ。
「待ってろ、コナタ殿。直ぐに会いに行くからな。そして、ひとまず一発殴るッ!!」