情報収集
5割増しを3割増しに(なんとか)まけてもらい、直ぐに銀の宿に向かう。
「もし取られた時間のせいで、つい先程ご臨終されました、って言われたら、あの薬屋のお姉さんは血祭りにあげましょう」
「異論無し、だ」
軽い冗談を吐きつつも、心臓の音はドンドン速まる。
情報が手に入れば、戦闘での被害が極端に少なくなる。『ある』と『ない』では、カレーライスとハヤシライスぐらい違うのだ。
因みに俺はカレーライス派な。
「亭主!」
ドンッと大きな音をたてて入り口の扉を開け放つ。
突然の指名に戸惑っているようだ。
「な、なんですか。どうかなさいましたか?」
「今宿泊してる客で、傷を負った冒険者風の人間を泊めなかったか?」
少し思案顔になったが、直ぐに元に戻す。
「ええ、確か昨日からお泊り頂いているお客様です」
「会えないでしょうか。これも魔物に関わる事が聞けるかもしれません」
「魔物、ですか。分かりました。部屋へ行って聞いてみます」
魔物、をあえて強調していったのが効果的だったようだ。亭主は直ぐに行動に移してくれた。
五分も経たない内に戻ってきて、
「お話したいそうです。どうぞこちらへ」
と案内してくれた。
「失礼致します」「失礼する」
中に入ると、テーブルの上には大量の薬草が置かれていた。ベッドには体に包帯を巻いた男が横たわっていた。
男が起き上がり、テーブルの椅子を指差して招いたので、それに従う。クレアは相変わらず俺の斜め後ろに待機している。
「お体は大丈夫でしょうか?」
「あ、あぁ。大分癒えた。あの薬屋め。足元を見たかと思ったが、それなりの薬を提供してくれたんだな」
どうやら大丈夫そうのようだ。
「その傷はモンスターに負わされた傷でしょうか?」
「そちらも大方気付いてんだろ。だから俺に会いに来たってところだろ?」
「そうなれば話は早いです。詳しく聞かせてもらえないでしょうか」
「あぁ。別に構わねぇ。もう二度と会いたくねぇ敵だしな。他の奴が倒せるなら、それに越した事はねぇーさ」
クレアと一瞬顔を見合す。どうやら、聞き出せそうだ。
「魔物の名はファフニール。赤い火を吐き、強靭な爪で岩を砕く。皮膚は鋼鉄よりも硬い。ほれ、これが俺の愛剣だったやつだ。今は見るも無残な姿だがな」
隣に立てかけてあった剣を受け取る。鞘から抜き出すと、刃こぼれが酷い。
「俺の愛剣の刃も奴には通らなかった」
「この村では『魔物』と分類されているそうですが、意思疎通は可能でしたか?」
「あぁ。いくつか話していたな」
ここが大事だ。
「なんと?」
「いや、最初の名前が名乗られた時は分かったんだが、それ以外は小さくて聞き取りずらかった」
「そうですか」
意思疎通は難しそうだ。だが、かなり有益な情報を手に入れる事が出来た。
懐から銀貨を20枚程掴んで、男に投げる。
「これは?」
「餞別です。貴方は有益な情報を隠さずに教えてくれた」
「嘘かもしれねぇぞ」
「話し方で分かりますよ」
「素直にこれ程くれる奴は逆に怪しいが」
「その情報で、僕たちの命が救われるかもしれない。そう考えれば銀貨20枚など安い買い物です」
「……そうか」
男は天井を見上げた。
「貴重な情報をありがとうございます」
そう言って、席を立つ。
「待て」
扉に手を掛けた時に、男に呼び止められた。
「直ぐに済む。その場でいい。そういえば言い忘れていた事が一つあった」
「ほぅ」
「ファフニールは眠る時が不定期だが、一度眠り始めるとしばらくは起きない。狙うならそこか」
つまり、寝首をかくって事ですね。
「ああ、その通りだ。悪かったな。『言い忘れて』いて」
「いえ、お気になさらず。人間誰でもよくあることですよ。『思い出すきっかけ』もね」
亭主にお礼を言って、自室に戻った(因みに再び相部屋であるが、ベッドは二つある)。
「コナタ殿は、あの男が隠していることを見抜いていたのか?」
「いえ。報酬は先程言った意味のままですよ。20銀貨で自分の命を救えるなら安い買い物です。ですが、善意を尽くしてくれた相手に、善意で返してしまうのが、人間ってものですよ」
「コナタ殿も大概だな」
「これでも勇者ですが、何か?」
皮肉に笑顔で応えた。