圧勝
「お嬢さん。絶対に脱がして差し上げますからね」
「抜かせ」
クレアが剣を鞘から抜き構えた。
場所は移り酒場前の路上。
女が脱ぐという噂をどこから聞きつけたのか、あちこちから男が集まってくる。
「男が勝つか、女が勝つか。勝負が楽しみだなぁ」
白々しく隣のおっさん(ねずみ色)が叫ぶ。
観客も男が勝つと信じて疑わない。
ちょうどいいや。賭け屋で、クレアに全額賭けておこう。
「もしかして女の方、魔法が使えないんじゃね?」
誰かの指摘に群集が盛り上がる。
それを聞いたからか知らないが、おっさん(青)が言う。
「ハンデを差し上げましょうか?」
魔法は武器より優れている。これはこの世界の常識に値する。
なぜなら、自分の手と剣の長さしか間合いが測れない武器に対して、自分の詠唱能力次第でいくらでも間合いが広げられる。
威力も武器は体を鍛えてこそ上がるが、魔法に関しては詠唱能力に頼りっきりになる。
なにより、武器よりも確実に敵を仕留められるのだ。
ただ、魔法は万能だ。そう、万能過ぎるんだ。
この手の敵は煽るに限る。
「うるさいです。さっさと始めて下さい」
俺の呆れ声におっさん(青)は過敏に反応した。
「貴方もこのお嬢さんのお仲間ですか? 大事なお仲間が――」
「うるせぇ! さっさと始めやがれ!」「そうだそうだ!」「無駄な時間を使ってんじゃねぇよ!」
俺の声に便乗するように、周りから野次が飛ぶ。
「――ッ! いいだろう! もう何でも構わねぇ! やってやらぁ!」
先程の口調を捨てて、本来の口調か何かで怒鳴り散らしながら、クレアに走り寄る。
人間とは動揺に弱い。今のおっさん(青)のような興奮状態だと、どうしても動きが単調になる。考える頭が怒りで麻痺しているからな。
さて、魔法を撃ち込んでやろうかと思ったら、クレアが俺を睨んでる。バレてた?
「うりゃぁぁぁぁぁ!」
声だけでかく、剣を打ち込む。クレアはそれを鍔迫り合いで受け止めた。
『この世の万物を司る五精霊に命ずる。水の力を借りて、縄を作り出しそこの女を捕まえよ』
「ウォーターバインド」
空中から細い水が現れてクレアを捕らえようとする。が、クレアが機敏に動くせいか、当たらず地面にぶつかって消えた。
ラビットソードに変えておいて良かったー。
「ちっ」
『この世の万物を司る五精霊に命ずる。水の力を借りて、水をまといし刃にて敵を切り刻め!』
「アクアクロス」
再び空中から水が現れて、クレアを切り刻みに襲い掛かる。
「はっ!」
それに対してクレアは、襲う一つ一つを交わして受け止めて弾いて凌ぐ。
「貴様ァァァ!」
『この世の万物を司る五精霊に命ず――』
詠唱し終える前に、クレアはおっさん(青)の目の前に立ち、ラビットソードの先端を首元にあてていた。
「ま、参った!」
冷や汗を垂らしながら、おっさん(青)が小さく言った。
先程の銀のおっさん戦とは打って変わって、静まり返った沈黙が続いた。
「さて。土下座という話だったな」
クレアの声に、観客が歓声をあげる。
「……」
おっさん(青)は、その場に立ち尽くしたまま動かない。
「土 下 座 ! 土 下 座 !」
土下座コールに包まれる中、おっさん(青)はゆっくり崩れ落ちる。
「その間に、支払い」
同じく呆然となる賭け屋を催促してお金を貰う。
……所持金が36倍になった。後でクレアに望む物を買ってやろう。
視線を戻すとおっさん(青)が地面に頭を擦り付けている風景が見えた。
そしてクレアがこちらに歩いてきた。
「終わったぞ。くだらない」
「まぁ、そう言わずに。お金が増えましたよ?」
近くにいた――まだ呆然としている――賭け屋の顔を見て、呆れ顔になる。
「抜け目が無いな」
「逞しいと言って欲しいね」
そう言って、背中に多くの視線を受けながらその場を後にした。