誘い
街を出て走る事およそ一時間程度。南下を目的としているため、現在地はアリジリーナよりやや南にいる。どうやら山を越えなければならないらしく、やや走ってきたテンションも落ちて来……落ち着いてきた。
「山越えするとか、聞いてないですよ……」
「リベリルドに行くなら山を越えるのは当然だろう」
「ここらの地理を僕に当然のように語られても、困るのですが」
汗を布で拭きながら――時刻は昼だが木陰のせいでそれ程の暑さは無い――軽口で返す。
「ひとまず小休憩しますか?」
「いや、まだ行ける」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……休みたいです」
「早く言ってくれ。膝がガクガクだったんだ」
無茶苦茶理不尽じゃないっすか。
「ふぅ」
勝手に座り込んで皮袋から水を補給している。
俺も近くの木陰に座り込んで同じく皮袋から水を飲む。
「ぷっはぁ。生き返るー」
「別に死んで無いだろう」
「お堅いですね……」
休憩ついでに、道中仕留めたモンスターの解体作業に移る。
携帯ナイフで、エメラルドラットの皮を削ぎながらクレアに剣の調子についてきいみてた。
「どうです? その剣の使い勝手は」
クレアはラビットソードを横目で見ながら答えた。
「そうだな。中々軽い割りに攻撃力がある。切れ味も良いし満足の品だな」
「なんだか機敏に動けるようになりましたよね?」
「お、分かるか」
満足げに頷くと、再び立ち上がる。
「そろそろ行くか」
「元気な事ですねぇ……」
その後、何度かモンスターの襲撃に会いながらも全て(クレアが)撃退し、アリジリーナより山を越えた麓にあるホラム街に着いた。
日も傾き始めていたので夜道は危険との結論から、今夜はここに宿をとることにした。
「治安が悪いようですね」
「まぁ。そうだな。荷物の管理は大事にせねばな」
モンスター商と交渉を行い、相場より僅か下の値段で買い取ってもらった。
日の小銭を稼ぎ終え、酒場へ向かう。街中の冒険者が集っているようで、それなりにごった返していた。
「親父。ラム酒一つくれ」
「僕は、オレンジジュース……え? オレンジを絞った奴ですよ」
残念ながらオレンジジュースは無いそうでクレアと同じものを頼む。
ラム酒と言えば、サトウキビが原料として使われている。ラム酒の入ったジョッキから甘い匂いに誘われて、一口含んでみる。
……、全然甘くない。
隣ではクレアが一気飲みしていた。
「やはり酒は上手いな」
「そ、そうなんですか」
上機嫌に、もう一杯おかわりを注文した。
「良く飲みますね」
「これぐらい飲めなきゃ勇者になれないぞ?」
そもそも未成年だし……ってこの国に日本の法律が適用されるはずが無いが。
「ま、まぁ。頑張ります」
「うむ。そうしてく――」
「ンだとぉ!?」「やるのか!?」
クレアの言葉を横切ったのは、酒場の端に座っていた青い服のおっさんと、銀色の胸当てをつけたおっさんだった。
わーわー喚いてうるさい。一度話を中断して、そちらに聞き入る。
「俺が真の勇者様だぜ!」
「そんな傲慢な勇者がいてたまるかよ! 俺こそが勇者だ!」
どんぐりの背比べ、の例を全体で表しているかのような状況にラム酒を吹きそうになる。装備を見たところ、どちらも軽装だ。
「ちょうど良い。表へ出ろ」
「上等だ。覚悟しろ」
子供の言い合いのような喧嘩をしながら、店の外に出ていった。取り巻きや観客もつられて外へ出て行った。
映画のシーンをここで再生されているような感覚に陥りながら、視線でクレアに「見に行く?」と聞いた。
クレアは僅かに首を横に振ったので、「見てくるね」っと視線で返して外に出る。
「ふぁっちゃぁ!」「とぉ!」
既に決闘は始まっていたらしく、おっさん二人が武器を交えていた。
外野では、既に賭けが始まっていたらしく、歓声が上がっていた。
『この世を司る万物の四精霊に命ずる。火の力を借りて、目の前の敵を焼き尽くせ!』
「フレイム・ボム」
銀のおっさんが魔法を詠唱し、手のひらから火の玉を投げる。
『この世を司る万物の四精霊に命ずる。水の力を借りて、我が身を守れ!』
「ウォーターウォール」
青いおっさんも魔法を詠唱して、水の壁をつくる。火の玉はそれによって相殺され煙となってしまう。
「うりゃ!」
その隙を逃さず、銀のおっさんが剣を片手に水を突っ切る形で切り掛かる。
青のおっさんはそれを交わして、更に詠唱した。
『この世を司る万物の四精霊に命ずる。水の力を借りて、水をまといし刃にて敵を切り刻め!』
「アクアクロス」
突如空中に現れた複数の水の刃が、銀のおっさんに襲い掛かる。
「くそ!?」
動揺した口調で詠唱をしようと口を動かす。
『この世を司る万物の四精霊に命ずる。火の力を借りて、灼熱の炎にて水を消滅させ――ッッ!?』
「ギャァァァァァァ!!」
魔法の詠唱が間に合わず水の刃によって、全身に刀傷を負う。瞬間、驚嘆と歓喜と怒涛と落胆の声が交じり合った歓声が上がった。
「ま、参った!」
更に魔法を詠唱しようとする青のおっさんを止めるように銀のおっさんが大声で叫んだ。
銀のおっさんはそのまま取り巻きに回復魔法をかけられていた。
青のおっさんは偉そうに自慢していた。
やがて歓声は静まり、酒場へと一人、また一人と戻っていった。
「お待たせ」
「どちらが勝ったんだ?」
「あぁ。青いおっさんの方――」
「失礼お嬢さん」
どこからともなく、青のおっさんが現れる。
「先程の私の武勇はご覧になられましたかな?」
「興味ない」
「ッ!」
うわー。ばっさり行くな。おっさん、戸惑ってるじゃないか!
「実は先程。『勇者』だと名乗る偽者を懲らしめてきた所なんですよ」
「へー」
「良ければ祝杯として、麗しいお嬢さんに一杯注いで頂けないでしょうか?」
「コナタ殿」
「はーい」
てってってーと近寄って、俺のラム酒をジョッキに注ぐ。
「――ッッ!!」
青筋たてちゃったよ。この世界の人って血管太いんだな。
「お嬢さん。これは何のまねですか?」
「これで気付けないのなら、恋愛は一生無理だな」
とうとう怒りが頂点に達したのか、ジョッキを机にダンッと置いて(クレアは地味にびっくりしてた)こう言い放つ。
「よろしいならば、一戦交えましょうか。もし私に負けたのなら、裸で酒場の皆に酒を披露して貰いましょう。ねぇ、皆さん?」
酒場内がおぉー!と盛り上がる。
全く、面倒だな。
「ならば、お前が負けたら……」
クレアが言葉が詰まったので、俺が代わりに言う。
「『生まれてきてすいませんでした』って謝りながら土下座にしましょう!」
おっさんの目がかなりマジになった……。