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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
97/119

Act 26. vsイシュルス女王蜂 3

 これは、チャンスでもあった。


 私にしてみれば、ほんの0.3秒ぐらいで興味は完全に失ったが、イシュルス蜂達はスルーできるはずもない。


 戦闘のど真ん中で、沈黙していたはずの敵が、息を吹き返したのだ。

 ムキムキエルフに対して、一斉に蜂が殺到である。


 しかもチラ見した感じ、結構強い……というか、相手の攻撃ほぼ受けまくっているけど、その分徒手空拳で殲滅し、ロリコーンが回復するというマゾい戦い方であるが。


 すでに、私は戦場に背を向けていた。



 === 【命育の子守唄】発動、25秒前



 本来なら、ここで兄に、女王蜂の注意を引けぐらいの合図を出していたのだが、その役割はムキムキエルフが十二分に果たしている。


 ゴブリン戦の時のように話しかけたら、きっと『三時のオヤツは自分で作れ』みたいなことを言われるに違いない。

 

 兄の中で、私はどれだけ食い意地がはっているのだろう。

 膝を突き合わせて、一晩中問いただしたい気もするが、とりあえず生き残ろう。



 それ以前に、ロリコーンとムキムキエルフの両名に、種族に対する淡い希望を粉々に打ち砕かれた事を抗議するべきだろうか。私の勝手な思いなのだから、抗議を飲み込むべきか。


 だが全国のエルフとユニコーンに、夢と希望を抱いていたファンの皆様へ土下座させたい気分でもある。


 

 === 【命育の子守唄】発動、20秒前

 === 真実子の【気配遮断】が発動



 戦場を迂回し、女王蜂の背後へ。


 だがステータス強化がきいているせいか、自分でも信じられない足の速さだ。


 きっと今の私ならば平地なら50メートル六秒台も夢ではないのだろうが、森では無理ゲーすぎる。


 それでも直線ではないし、女王蜂の複眼に止まらぬ様に、身を低く、木々の影を走り抜けるのは、かなりシンドイ。


 昆虫の複眼って、360度見えていそうなので意味ないかもしれないが。



 === 【命育の子守唄】発動、13秒前

 


 幸いなことに、時間には余裕がある。 


 気配を消して、女王蜂に忍び寄る―――予定だったのだが、女王蜂の護衛のように並ぶ蜂の一匹の頭部が揺れた。


 他の蜂よりも、レベルが幾つか高いヤツばかりが囲んでいる。


 女王の足元の巣まで、たった十数歩の距離。


 二度目の揺れで、私の存在に気が付いた様子だった。

 黄色い!マークが二つほど出ている。

 

 もはや奇襲ではない。


 どうした私の気配遮断?まさか時間制なのか!?


 密かに巣を攻撃する事は出来ないと悟ったが、逡巡する暇もなく私は全力で駆け出した。 


 いくら時間に余裕があるとはいっても、攻撃を避けながら進む時間はない。


 私とて何の策もなく、防衛に徹して、むやみやたらにゴロンゴロンと地面を転がっていたわけではない。本音を言えば、蜂を複数相手にしたら、負けるという理由もあるけども。


 きっちり回収した魔石をシザーバックに収納していた。



 === 【命育の子守唄】発動、7秒前



 シザーバックに手を突っ込み、握りしめる。


 耳障りな羽音が一拍止まり、警戒音のような耳障りな甲高い音が響いた――――のも、一瞬だった。

 ワン切りの電話よりも短くはあったけど、余韻が耳に残る。


 幾つかの黄緑色の光線が混戦する戦場の蜂を避けて(・・・)、あまりにも不自然な角度から、鋭さをもって、私に気が付いていた蜂の頭部を貫いていた。


 女王蜂にも、鏃は向かっていた。


 が、戦場の蜂に一つ当たり、他は護衛のような蜂が自ら庇ったため、女王蜂は羽に一発掠った。

 恐ろしいことに、普通の蜂の頭部を貫くほどの攻撃に、バシンッという硬質な音と、女王蜂の羽は焦げた跡を残し、よろめいただけだった。


 すでに第二弾が放たれているようで、護衛蜂は光が放たれている前方へ動き出した。

 

 先ほどまで、何度も見ていたのだ。

 顔を向けなくても、どこから放たれたものかわかる。


 もう魔石はなかったはずだが、ふと戦場の端々で姉を守っていた料理長を思い出した。

 

 まさか魔石を手に入れるために、私と同じように拾い集めていた?じゃなかったら、少ない数を引き寄せて、姉を守っている部隊で倒して手に入れていた?

 

 どちらにせよ、不自然な料理長の動きは、これか。


 ちらりと視線を送るも、木々の影なのか、まったく見えない所が逆に恐ろしい。

 いったい何処から狙って、ここまで届いたのか。


 それでも警戒音は、他の蜂に届いていたのだろう。


 女王蜂と周囲の蜂が私に気が付き、向きを変えようとするより先に、戦場のど真ん中から、肌がびりびりするほどの咆哮が響いた。


 一日目にゴブリン戦で聞いた咆哮に、女王蜂達は暫し動きを止めた。


 ログを見損ねたが、兄の何らかのスキルが発動。

 たぶん挑発系とかではないかと思われるが、また新しく覚えたのか、このチートよ。


 驚いたことに、あの混戦の中で、私の動きを把握していたらしく、またしても視線が交わり、にやと笑ったような気がしたが、すぐ蜂に覆われて見えなくなった。


 兄と姉による陽動に、蜂達の戸惑い。


 小物一匹(わたし)よりも、前線で元気いっぱいの兄と、追跡機能付きの矢を放つ姉の方が脅威だと認識したのだろう。


 当然の答えであるが、女王蜂だけは私に振り返った。


 再び、視線を向けられ――――しかも、かなりの至近距離で―――背筋がゾッとする様な恐怖に見舞われたが、私は止まらなかった。


 止まって逃げかえれば、それこそ兄と姉の動きを無駄にしてしまう。

 姉に至っては、安全な場所から戦闘に巻き込まれるリスクまで背負わせてしまったのだ。


 私が失敗すれば、その数の脅威は計り知れない。


 大きく振りかぶって、全力で投球。



 === 【命育の子守唄】発動、5秒前

 === 真実子の【必中】が発動


 

 叔父さん仕込みの剛速球で、手に持てるだけ持った大小様々な魔石を地面に落ちた蜂の巣に投げ込んだ。


 私から巣へと、女王蜂が動き出したが、もう遅い。


 イシュルス蜂が落とした風属性の魔石が多かったのか、女王蜂が最初に放った魔法よりも短い紫やら緑の危ない色のカマイタチが乱舞し、それと共に地属性の魔石が発動し、地面から氷柱状の歪な石槍が出現。


 思ったより、魔石がばらつかなかったようで、集中したせいだ。


 これは、かなりまずい。

 援軍全滅に至るほどの攻撃ではない。

  


 === 【命育の子守唄】発動、2秒前



 被害の及ばない蛹が蠢くと、中から蜂やら足やらが覗く。


 離脱か、追撃か。

 時間がないというのに、考えがまとまらず、どちらにしようにも手足が動かない。



 炎が煌めく。



 三つの拳大の炎が正面方向から巣へ。


 一つが女王蜂の身体で防がれ、後二つだが、とてもではないが三つ全てが向かったところで拳大の炎だけでは殲滅などできまい――――だけど、残る風の魔石があれば。


 気が付けば、シザーバックに手を突っ込んで、炎に合わせて投げていた。




「よっ――――しゃあぁあ!」




 私の心情と重なって、誰かの野太い雄叫び。


 蜂の巣は、爆発的な火柱を上げた。 




  +  +  +




 二度もごっそりと魔石を大量に使用しているせいなのか、全身から熱量が流れ出ていくように体から力が抜けていく。


 焼け焦げた匂い。

 凍えるように冷えた体。

 貧血に似た眩暈。

 

 水の中から炎を覗いたように歪んだ視界で、やけに赤い炎が煌めいていた。


 MPは結構増えたはずであるのに、他に何かに使用したのかと思うぐらいやばい。



 地面に膝をつき、嘔吐したい気分だった。



 風魔法的な耐性があったらどうしようかと思ったが、見た目よりもずっと柔らかいのか、中身ごと破られ貫かれ、中までこんがりされているのである。


 うん、18禁的なモザイク仕様が欲しい。

 レベルアップしたら、眼鏡にそんな機能ぜひついてほしい。

 

 発動された魔法が消えるよりも先に違うものが目に入り、振るえる足を叱咤しながら、背を向けて走りだした。


 死にたくなければ、走るしかない。


 巣を守ろうとした女王蜂の身体に魔石が幾つか当たったものの、魔力抵抗値が高いのか、こちらも姉の放った矢と同様に致命傷にはいたらなかった。


 もしかすると、物理攻撃の方がきくタイプか。


 多少HP減ったぽいけど、ちょっとヨロヨロしただけで、元気である。

 なにせ女王蜂は、巣の惨劇具合を眺めたのか体を傾けた後、ぎぎぎ、と硬い感じでこちらを振り返った。

 

 背筋を走る寒気と、手足が震えるのは魔力を失ったせいばかりではないだろう。 


 一気に、女王蜂の周囲に暗雲が立ち込める。


 ピコーンと憎たらしい程の可愛らしい音と共に、巨大な赤い矢印と怒りのマークがセットで私を指しているのである。


 それが何を意味するか。

 考えるのが恐ろしいが、女王蜂からすると、私は――――……当然の結果か。


 だが、正面から魔法を放ったヤツは目もくれない。




「ぐぅっ!」




 蜂とは思えない重低音の咆哮。

 一拍だけ、止まる羽音。


 兄の挑発系であろうスキルとよく似た、大気を振動させるようなものだが、ぞくっ、と背後から押し寄せる何かに対して本能的な恐怖を抱き、即座に左に飛びのいた。


 女王蜂と距離を開けたのに、数秒とかからず、到達した。


 ちりっ、と何かが腕を何かが掠めた。


 面積的には小指が掠ったぐらいの感じたのと同時に、腕に走る強烈な衝撃と痺れ。

 そして間髪入れずに、鈍い音と共にドワーフ親方Bから買った新品の小手がひしゃげて、彼方に吹っ飛んでいった。


 その行方すら、気遣う余裕もない。


 通り過ぎる寸前で、引っ張られるような竜巻のような風の暴威を残し、女王蜂の攻撃が直撃した大木の真ん中に亀裂が入り、重さを支え切れなくなったようで緩慢に地面に倒れていく。


 どっと、全身から冷や汗が噴き出した。

 

 何が起こったか、理解できないが、女王蜂が魔法を放った事を理解した。

 激怒した女王蜂が、ピンポイントで私を狙って。


 スキルである一枚の壁(クール)がなければ、足が竦んで動けなかっただろう。



 やばいやばいやばい。



 脳内警報が鳴り響く中を、振り返らずに起き上がる。

 疾走しているはずなのに、背後から六枚の羽音が私めがけて加速するのが、やたらと大きく、べったりと耳朶にこびりつくように聞こえていた。


 真っ直ぐは走っていないが、あまりにも近距離過ぎて、耳朶に羽音だけが響く。 


 無論、相手の方が早いので、音だけでどんどん迫ってくるのがわかる。  


 今まで、それなりに修羅場を潜ってきた私であるが、これほど原始的で明瞭な殺意を向けられたのはなかったんじゃないだろうか。


 ほとんど、兄か叔父に恨みを持つ人々に巻き込まれてという状態だった。

 殺気を受けたことはあっても、殺意はなかったであろう。


 初日のゴブリン戦は、ほとんど兄と騎士に集中していたので、ほぼ私には影響がなかったし、ちょっとの間一人でゴブリンと対峙はしたが、私など簡単に倒せると思っているのか、殺すとは思っていたようだが、殺意というほどではなかった気がする。 


 もしかすると、圧倒的に女王蜂のほうが強いためだろうか。


 膨れ上がる殺意と、一拍だけ止まる羽音に、再び脊髄反射で飛びのくと、女王蜂の攻撃が炸裂し、元いた場所にあった細い木々をなぎ倒していった。


 たぶん羽音が止まるのは、攻撃のタメの時間なのだろう。


 ログも見る暇がないので、わからないはずなのに、私は本能的に理解していた。

 

 先ほどの大々的な時間がかかるほどの魔法ではないはずなのに、範囲を狭めたせいだろうか、その一撃の威力がデカすぎる。

 



「――――ぃコ殿!!」 



 

 消えた羽音と背後からの殺気に飛びのいてを繰り返していたが、何度目かで数歩飛び出した後、ジークの絶叫に、はっ、とした。

 これだけ間近で、女王蜂の羽音が響いていれば、聞こえないはずだ。  


 羽音が消えたまま(・・・・・・・・)なのだ。    



 つまり、連続攻撃!!



 左側にもう一度転がったが――――どん、という爆音と大地の振動がしたと思ったら、風圧で吹っ飛んだ。


 なんとか受け身を取って起き上がるも、先ほどまでいた場所の地面が大きく抉れている。

 ぞわわわ、と背筋に冷たいものが走り、全力疾走しているからではない汗が額を流れていく。



 顔を上げると視界の隅に、蜂と人間の戦場が目に入った。

 あまりにもゴロゴロと回転して避けすぎて、一周して戻ってきていたのか。 


 戦況は傾いていた。


 ムキムキエルフと、姉の追撃が加わり、司令塔であった女王蜂が僅かな時間であるが抜けたことで、統率に乱れが出たのだろう。


 羽化した蜂もいたのだが大した数ではなく、それも無傷となると数えるほどしかいなかったのだ。

 

 蜂の恐ろしい数の増援が絶たれた今、若干ではあるが――――こちらの優勢。 


 その僅かな優位性に、兄と姉にどのように働くかを、私はよく知っていた。

 私も己が優位な状況になれば、真っ先に優先することだから。


 正面から、光を纏った矢。


 避けることなく向かうのは、それが姉の放った魔法の矢であることを知っているから。    


 途中で不自然な角度で、私を避けて、背後の女王蜂へ。


 鈍い衝突音。

 少し遠ざかる羽音。


 姉によって稼がれた距離に、迷わず混戦する戦場へと目指した。


 


「ミコ、伏せ!」   




 おい私は、犬か!!


 正面から結構な蜂の攻撃を受けつつ全力で走ってくる兄に、六時間ぐらい人権について語りたいところだが、とりあえず生き残ってから考えるとしよう。


 兄の股の間をすり抜ける様なイメージで、盗塁するように足から低く滑り込む。


 そこに足場など無いはずなのに、空中を蹴り、兄が高く飛び上がった。 

 ぱきん、と割れる音には、記憶がある。

 


 結界を、足場に――――理解が及ぶより先に、迫っていた女王蜂へ切りかかった。


 

 初めて背後に視線を流すと、兄が百人切呪詛刀ひゃくにんぎりじゅそとうを振り下ろすところだった。


 驚愕したように、急停止した女王蜂。


 が、勢いを殺しきれずに、兄との速度も相俟って、瞬き一つで幾筋かの閃光が虚空を走り、最後の一撃が上段からバッサリと入った。


 紫色の飛沫―――女王蜂の肩を刀身が隠れるほど食い込んだ。


 あのイシュルス鹿の角など、スコーンと切り落とすのにであるのに、女王蜂やたら硬すぎである。


 届く、兄の舌打ち。 


 剣を引こうとしたが女王蜂の体内に刃が食い込んで、抜けないのか、それを手放すと、もう一度結界を踏み台に兄は高く飛翔した。




「雅兄っ!!」




 女王蜂の羽が止まり、口が大きく開かれる。


 先ほどまでの背後から放った攻撃が浮かび上がり、警告を込めて呼ぶが、兄は犬歯を見せて、残虐なほど無邪気に笑った。


 兄の握りしめられた拳が、唐突に炎を吹き出す。







「そろそろ――――――死んどけっ!!」






 なぜか行動を一瞬止めた女王蜂の頭部に兄の拳が完膚なきまでに叩き込まれ、紫色の血をまき散らしながら、そのまま兄と共に地面へ墜落した。


 兄の勝利と、ほぼ同時。

 

 戦場の中心では、眩いほどの雷電が幾つも迸り、残った蜂の大半が焦げて地面に堕ち、マドレーヌ姫の滋養強壮のご飯の材料を狩り隊+冒険者たち+謎生物の連合軍がまさに勝鬨を上げていた。


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