Act 23. 蜂大爆発
問題は二つだけであった。
すでに随分と、魔法を連発している姉の魔力をどうやって回復させるか、と、あの蜂の群れの中へ特攻をかける人物は誰か、である。
無論、特攻の一人目は容易に決まった。
私がなどと名乗りでるはずもなく、提案者である兄だ。
実際の所、ステータスだけみれば、敏捷性が悪いというわけでもない。
二人目に己が決断し、周囲を危険に晒すのだから王子がと名乗り出たが、当然のごとく騎士たちのに却下された。
王子危険に晒したら、本末転倒だし。
名乗り出たのが、騎士の中では見かけによらず一番素早いジークだ。
出会うたびに、第二騎士団長を追いかけた敏捷性を考えると、なるほどと思ったり思わなかったりもした。
ステータスで比較ができないからわからないけど。
元々位の高い準騎士であった腕も、騎士では一番良いらしい。
そうして話は決まりかけたが、口を挟んできたのが、ダークエルフの師匠爺さんであった。
彼は、騎士よりも素早いという自負があり、なおかつ結界が使え、風魔法に長ける。
今回の作戦にはぴったりといっても過言ではない。
そもそも、ジークであった場合、脱出できないと、結界が使えないので、見捨てるor兄が助けるということになるがタイムロスだというのだ。
兄と師匠の二人で、挑むことに決定。
姉の方の問題も、割と簡単に師匠の言葉で解決した。
『そんなもの、魔石の魔力を吸い上げればよかろう』
などと、ダークエルフ爺は、なぜか意地悪な顔で笑っていた。
魔法が発動するだけあって、魔石には、魔力が詰まっているらしい。
この世界の魔術師ではMPポーション的なもので―――実際、MPポーションの素材にも使われているようだ―――常識らしいのだが、魔石が高級品なので、滅多に使用しないようだ。
まぁ、自然回復するんだから、もったいないかも。
緊急時じゃなきゃしないな、普通。
しかし、やたら魔石だけはあるので、これも解決。
手に乗せた魔石を、じっと見つめていた姉は、『そこから強い力を吸い上げる』という師匠の助言だけで、MPを回復させたとさ、めでたしめでたし。
ちっ、このチートが。
それならば、同じ血筋の私もできるはず――――
「なんか……内側にある熱量を、体内に引きずり込むみたいな感じよ」
「お、本当だ。意外と簡単だなぁ」
――――だが、残念ながら、できたのは兄である。
いわいるチートスペックですね。
はい。お腹いっぱいです。
確かになんか、魔石に集中すると、熱い感じも、したり……しなかったり?という微妙な感じである。
「あ~……ミコ。ドレインってか、カイロだと思え。カイロの熱を奪う、的な?」
意味不明な上に、なんかやたら乱雑な説明であったが――――でけた。
何回かやったら、であるが。
すぅっと、姉曰く熱量が指先から伝わってきた感じである。
ポケットへカイロ忍び込ませて、冷たい指先を触れさせたときのような、じんじんとするような熱。
あの熱は触れただけで自動で、指先が奪っている。
それと、同じような原理だよ、と兄は言いたいようであった。
自動でできるものを意識してできるか、と言ってやりたい。
同時に、魔石の中の、とろりとした緑色が薄くなっていき、終には消えた。
気泡のない透明なビー球のようになると、空っぽになったようで、吸い上げることができなくなってしまった。
というか、それ以上、吸い上げようとすると、隣で姉がやっているように、透明なビー球を割ってしまうようだ。
ぱきん、ぱきん、と割っては、粉々になってしまう――――なんかわからんがもったいない気もしなくもないが。
つーか、すごい勢いで私のポケットの魔石をお使いしますね。
ひとつにつき、MP50前後回復してますけど、そうですか、足りませんか……って、姉のMPがどんなことになっているのか。
後で拾えばいいんだろ、拾えば、と涙を流して、差し出すしかなかった。
なぜか言い出したダークエルフ爺さんは、驚いた顔をしている。
たぶんであるが、こんなに大量の魔石を持っているとは思わなかったのだろう。
ふ、恐るべき我が盗賊人生――――うん、まったく嬉しくない。
などと、オチもついた所で、まだMPが全快とはいえない弟王子に、魔石を差し出したが、やたら遠い目をされてしまった。
「ご好意ありがとうございます……ですが本来、錬金術師とか、並みの魔術師では、魔石から魔力を吸い上げることはできないんですよ」
そっちか!爺さんが驚いてたのは!
どうやら、普通に『人間』に対する軽い嫌味だったらしい。
魔法に優れたエルフにとっちゃ簡単なことでも、人間にとっちゃ難しいんですと。
しかも、お前ら魔術師じゃねぇだろ、とかツッコミがきそうだ。
ひとつ賢くなりましたね!他の人の前でやっちゃだめだよ!みたいな事を、青ざめたジークに口酸っぱく言われてしまった。
それから、透明になった魔石は、中に改めて魔法を詰め込むことができるから、持っていたほうがいいよ、とチャラ男に助言されたので、素直に持っておこう。
「でもぉ、中に魔法を詰め込むって、難しいからね~。さすがに――――」
「あ、本当だ。結構難しいな、これ」
チャラ男が建てたフラグを、きっちり回収したのは、やっぱり兄だ。
何個か試して割ったようだが、緑色を吸い上げると、その中に現在使える火系統の魔法を突っ込んだらしく、魔石が赤く染まっていく。
爽やかな笑顔を浮かべて、緑の魔石を赤の魔石へと続々と変換させていく。
魔力は緑の魔石からいただいているので、ほぼプラスマイナスゼロ。
鬼すぎるだろ、兄。
この男が、魔法職一択だったら、恐ろしい気がする。
こっそりと兄が巧みな話術で訝しげにしている姉に、ボーナスポイントを入れさせ、MPは勿論、多分魔法に関係あるであろう、知性と精神に極ぶりされていた。
スキル強化に至っては……なにも言うまい。
そして、兄と師匠は料理長から、それを受け取った。
+ + +
「群れの中で、決して足を止めるなよ、若造」
「ええ、努力します」
兄と師匠の速度は、ほぼ互角。
残り全員が配置についた後、走り出した二人の速さは、木々を駆け抜けていく姿は、まさに風のようであった。
私も頑張れば追いつかないこともないが、数十秒と持たないだろう。
さすがに体力はそこまではない。
その速度をずっと続けて走っていくのも凄い。
ぶわぁあああ!
まさしく、そんな表現がぴったりなほど、ユニコーンの友人の結界に纏わりついていたイシュルス殺人蜂が、向きを変えた。
同時に、カチカチカチという警戒音は暴力的だった。
遠くで聞いている私ですら鳥肌が立つぐらいだから、間近で聞いている二人はよっぽどだろう。
確実に私の部屋より広いであろう―――蜂の大きさだけに、下手すると家一軒ほどあるかも―――巣穴の中から、数多の蜂が、まるで空に一部分だけ、雲がかかったように現れた。
きっと、その数、百匹以上はいる。
体が大きいせいで、そう感じているのかもしれないし、もっといるかもしれないが。
つーか、せわしなく動いているし、微妙に怖いので、数えている暇などない。
「いくわよ」
周囲の木陰に共に潜んだ姉の掛け声で、その蜂巣を含めて、全体を覆うような巨大な結界を、兄と師匠と蜂を含めて一緒に覆う。
その広さは、学校の体育館ぐらいだろう。
反面、天井がかなり低い。
かろうじて巣を捕らえているので、正方形ではないが。
しかし、その中には巨大な蜂が密集していると思ってくだされ――――どこに動いても、蜂に阻まれる状況だ。
前後左右と上を、きっちりと密封状態。
数える程度ではあるが、結界に留める事のできなかった蜂を、残りの人材で、殲滅に向かう――――とはいっても、私は無防備になった姉の横で王子と共に待機である。
二人は結界が張られたと、料理長から貰った小麦粉と砂糖の袋を少し破ると、抱えたまま、走りだした。
ついでに師匠の風魔法が発動し、周囲に粉が舞う。
ラッキーな事に、蜂たちの羽で巻き起こる風圧で、一度空中に広がった粉は落ちることなく、ほとんど停滞しているし、低空飛行する蜂のお陰で、舞い上がる。
区切られた結界内で、粉が縦横無尽に広がった。
私と姉と弟王子を抜いた全員が、結界外の蜂の最後の一匹をなんとか殲滅し終えた頃、結界内は蜂と粉で視界が埋めつくされ―――気持ち悪っ!
あまりの狭さに蜂同士がぶつかっているという恐ろしさである。
二人の姿は、蜂と粉でまったく見えない。
だが、蜂が方向を変えている所を見ると、あの中で、まだ生きているのだろう。
尋常じゃねぇっす。
兄は当然やもしれぬが、ついていける師匠も、やはり只者ではない。
そして、あまりにも唐突に――――地面が揺れ、結界内が、真紅の炎に包まれた。
+ + +
砕けたガラスのようなが響き、結界が壊れた気配。
イシュルス蜂の羽音と、警戒音。
ぐらぐらと揺れる巨大な蜂の巣が、重力にしたがって地面に落ちて割れた。
中から、白い蜂の子らしいものがびっしりと覗いている。
「な、なんという威力っ!」
ジークの言葉に、私は苦笑する。
8・17事件が起きた原因は、『粉塵爆発』である。
その一端を私も手伝ってしまったといえば、手伝ってしまったが。
知っているだろうか?
密室で細かい粉を空中に霧散させて、火を付けると、粉同士が連動して、大爆発を起こす、ということを――――私は、8・17事件まで知らなかったけどね!
炭鉱とかでも、石炭の粉が空中に舞い、小さな火花ひとつで、爆発していたらしい。
本来なら小麦粉と砂糖で4袋程度では、体育館より狭い空間を粉塵爆発させることができないかもね、という話ではあった。
だが、そこで、あの火の魔石が大活躍した。
たぶん盛大にばら撒いただろう。
何十個という、火種が蜂を焼き、そして焼かれてもなお生きている蜂は、暴れて、密集している他の蜂へと、ぶつかり燃え広がっていくのだろう。
そう、蜂自身も火種になる。
「由唯、後は休んでろ!!!」
と、ちょっと心配だったが兄の元気のいい声に、密かに胸を撫で下ろす。
ともかく、放たれたイシュルス蜂の数は半数以下になっただろう。
地面に広がる蜂の死骸。
火傷を負った満身創痍の蜂の速度も欠いた。
凶暴なれど、今なら!――――と、騎士たちに思わせるには十分だったようで、手はず通り、結界が砕けた跡に、弾けたように暴れだした。
特にスキンヘッドは戦闘狂の気質があるのか生き生きしている。
兄ほどとは言わないが、ジークも結構強くんだなぁ。
無論、刀を片手に兄も、残念なことに無事であったらしい師匠も悪魔のような強さで、蜂をなぎ倒していた。
さすがに壊れて落ちた巣の周辺に、蜂が密集しているようで、彼らがそこに向かえば敵に不自由はしないだろう。
これなら、けっこう余裕で勝てるんじゃない?
姉と護衛の料理長と共に木陰で、戦闘を遠巻きに眺めているだけで、終わるんじゃないか――――なんて、そう思ってた時代も、ありました。はい。
まるで卵から、雛が孵るような錯覚。
地面に落ちた巣の亀裂から、一回り大きな体格の蜂が、ステンドグラスのような質感の巨大な六枚の羽を優美に広げ、目も痛むような鮮やかな毒々しい腹を見せ付ける。
――――イシュルス女王蜂。
誰に教えられずとも理解できる、圧巻の存在感だった。