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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
9/119

Act 08. 戦士と盗賊

 熊を先頭に兄、私、と森に続く。


 王子の血は途中で消えた。

 逃げてる途中で怪我をしたらしく、血が続いていなかったらしい。


 私たちは鼻が利かないから、ありがたい限りだ。

 


 さて、ステータス画面で、戦闘ログを眺めていて気がついたのだが、私がパニックに陥りかけたときに、妙に冷静だったのは、どうやら技能が発動したかららしかった。


 あの役に立つのか分からなかったゲーマ技能の『一枚の(クール)』である。


 どうやら混乱を軽減する作用があるようだ。


 兄は繰り出した五打撃のうち、二つがクリティカルヒットを出している。

 これは、かなりの奇跡だろう。


 ついでに、弓のゴブリンは逃走したのではなく、真っ先に援護に入っていた黒熊によって、一撃で撃沈していたらしい。


 恐ろしい熊手だ。

 兄の高い数値を出したクリティカルヒットの約四倍が、普通の攻撃である。


 そりゃぁ、ゴブリンも一撃だよね。


 なんか熊化してるせいで、基本的な能力も上がってるんじゃなかろうか。

 獣人化のパターン的に。


 それがなければ、私たち、特に兄は生きていなかっただろう。

 改めて、黒熊が参戦してくれてよかった。

 

 兄に掻い摘んで話すと、兄は「そうか」とひとつ頷いた。



「助かったよ。ありがとうな、カルム王子」



 びく、と黒熊が驚いたように、足を止めた。

 振り返ると、じっと兄を見つめていたので、聞こえなかったのかと、私も付け加える。



「雅兄助けてくれて、ありがとう」



 数秒置いて、こくり、と頷いた。


 黒熊は、もう口を開いても、こっちに話が通じないことは悟ったらしく、うがうがと熊語で長文を喋ることはなかったが、感謝は通じたようだ。


 黒熊はすぐに進み始める。


 私は戦闘ログに視線を戻して、最後に兄のレベルが上がり、魔石を回収したログが残る。


 

「あれ?」



 違和感を感じて戦闘ログを戻すと、レベルアップしたはずの兄のレベルが下がっている。


 レベルが17だったはずなのに、レベルが上がって、1から5になっているのだ。


 ステータスのほとんどが、最初に見たよりも、全体的に上がっているのに、レベルが下がっている。


 私はあわてて、兄のステータス画面を表示した。

 そこで、驚きの事実がわかったのだ。



「っ、戦士?」



 兄の本職が変わっていた。


 サブ職業だったゲーマーがなくなり、サブ職業が上級国家公務員になっている。

 魔法使いと戦士で悩んでたんじゃないの?


 兄が戦士になったことを気がついたのがわかったらしく、小さくため息をこぼした。



「――俺だってな、本職を魔法使いにしたかったんだが、ありゃ、防御が紙装甲だからな」



 妙に哀愁の漂う背中だ。

 葛藤に葛藤を重ねて、泣く泣く魔法使いを捨てたのだろう。


 いい気味――かわいそうに。ぷくくく。


 魔法使いと戦士は、ステータス的に対極に位置する。

 

 サブ職に魔法使いをするともっとも効率の悪いステータスの上げ方となり、序盤に苦しむ。

 だからこそ、普通は戦士のサブ職に向かない――ということは、あきらめたのだろう。



「よし、ナイス兄。壁ファイト」

「うぐっ」



 戦士の最もたる仕事は敵を打ち倒すことではない。

 それは、副業といってもいい。


 一番は壁。

 

 つまり背後の魔法使いや、弓使いに敵を近づけないための壁役が本職だ。

 実にじみーで、やりがいがありすぎるのだ。


 兄が魔法使いになったときは、壁役は間違いなく私に回ってくると思っただけに、ガッツポーズを思わずとってしまった。


 

「後々考えるさ。頑張れ、盗賊」

「やだ、私は弓―――」



 うが、という黒熊の促しに私たちが、沈黙する。


 ステータス画面の警報が鳴り出したのは、数十秒ほど後だった。


 1キロ圏内に敵。


 

「雅兄」

「わかってる」



 低く声をかけると、兄は要領を得ているように、身構えた。


 今度は、遠くから叫びや金属音が聞こえるので、はっきりと分かったらしく、気合を入れなおしているのが背中越しに分かる。


 3人で(黒熊は一人でいいのだろうか?)足音を忍ばせて近づく。


 あのゴブリンの血の特有の異臭が、風に乗って流れてきて、思わず顔を顰めた。


 進むにつれて、数体のゴブリンの死体が転がっている。

 ついでに、狼みたいなのと、巨大な緑色の塊のようなものも転がってる。


 尋常ではない数だ。


 眼前には未知の領域が広がっていた。



 そこは―――現実リアルの戦場だった。



 満身創痍の3人の騎士を、10以上はいるであろうゴブリンの群れが取り囲んでいる。


 しかも、1人の騎士は肩に弓が刺さっており、膝をついている。

 顔色もひどく青ざめていた。


 それを2人がかばうような体制で、本物の戦場を知らない素人の私だったが、状況が不利であるのは一目瞭然だった。 


 弟王子と同じ型の鎧を着ていることから、彼らが私たちの目当ての人物なのだろう。

 しかし、まだ戦闘中だとは思いもしなかった。


 一番弱っているであろう矢の刺さった騎士のステータス画面を見つめると、HPの横に紫色のどくろマークがついている。


 ということは、普通に考えれば。



「毒にやられてるっぽい」



 言葉は少なかったが、兄は弓の刺さった人間だとすぐに察したようだ。



「残存HPと、減少の速度は?」

「HP137――っ、早い、10秒に1ぐらい」



 いつになく険しい顔をした兄が、珍しく鋭い舌打ちをして、己の腕時計を眺めた。

 それだけ、状況が悪いということになる。


 え~と、1分間に6ダメージ受けるから、137を6で割って―――



「あと22分、あるかどうか、か」



 ―――早。兄、計算早。


 これだから、理系は――とじゃれあう暇もなかった。


 黒熊が突然走り出し、その方向に視線を向けると、彼らの騎士の後方から近づく巨大な狼へと向かっていった。


 その塊に繋がる鎖を手にした2体のゴブリンがいたが、黒熊の熊手で一撃で葬られた。

 勢いのまま、咆哮をあげるがまま、黒熊よりも一、五倍もの大きさもあろうかという塊に飛び掛る。


 


   【ビックウルフ】 Lv19. 


   HP:611/632

   MP:20/23




「雅兄っ」

 


 ゴブリンが飼いならしたのだろう。

 その横にいるゴブリンよりも数倍のレベルをしている。

 


「ミコ。アレは、今の俺たちじゃ無理だ。こっちに集中しろ――俺たちには、俺たちにできることをするんだ」



 真剣な声色の兄に、黒熊が気になりはしたが、私は頷く。


 黒熊とビックウルフと取っ組み合いになると、周囲のゴブリンを巻き込みながら、すごい咆哮と音を上げて転がっていく。



「いいか、1体3分でも、全部倒すには30分かかる。間にあわない」


 

 あの騎士は、死ぬだろう。


 それに、あれだけの数で瀕死の騎士を庇いながら、1体3分で倒せるはずもない。

 2人の騎士の攻撃はけん制だけで、体力を削られているだけだ。


 兄にもそれが分かっているだろう。


 私は唇を噛む。


 目の前で、また生のあるものが死んでいく。

 まだ、生きているのに―――まだ、呼吸をしているのに。


 

「だが毒をもってるやつは、必ず解毒剤をもってる。お前は、メガネでアイテムが何なのかわかる」



 そう、背後から騎士たちを狙っている3体の弓矢をうつゴブリン。

 その誰かが、解毒剤をもっている可能性が高い。


 兄は苦しそうな顔をして、私の目を覗き込んだ。



「できるか」

「―――やる」



 さすがに逡巡したものの、真っ直ぐに見返すと、やはりいつものように、から、とした笑みを浮かべると私の頭をくしゃくしゃと撫でた。



「それでこそ、俺の妹だ。やってこい、盗賊」

「絶対、サブ職は魔法系にするんだから!職業選択」



 ステータス画面の職業欄に移行して、上から二番目の、盗賊を睨みつけた。



「盗賊、決定」



 ―――職業を『盗賊』にしますか。 はい いいえ



「はい!」



 やけくそで、声をあげた。


 ステータス画面に変動が出たのか、妙に体が軽くなったような気がする。




 やるか、やらないか、ではない、やらなくてはならない―――頭の中で、誰かの言葉が浮かぶ。




 昔、誰かがそういったような気がするのだが、誰なのか思い出す前に、私はレンチを片手に、ゴブリンの背後に回るべく迂回して走り出した。


 一歩踏み出すと、強い加速がかかって、前につんのめる。

 どうやら、足の速さが増したらしく、その感覚に体がついていかなかったようだ。


 慌てて、それを調整して、身を低くして、駆け出した。




 背後で、兄も走りだした気配がした。


 ちらり、と振り返ると、兄の横顔は鬼気迫るものがあり、鋭い犬歯を覗かせて――笑っていた。

 家族には滅多に見せることのない好戦的な一面。


 負けず嫌いで、不平には容赦のない、頑固なのは母親譲りなのだろう。


 私にはないものだ。


 数十秒後に大気が震えるような咆哮が響き、兄は金属バットを片手に、ゴブリンの群れのど真ん中に踊りだしたのが分かった。


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