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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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閑話 【中年騎士の動揺】

「はは。すみません、すっかり忘れてました」




 爽やかな微笑を浮かべるサミィを、睨みつけるザサス。

 その体に巻きつけられた蔓を、チャイラが短刀で切り解いている。


 人をここまでにしておいて忘れるとは――――第二騎士団準騎士・ジークは、苦笑するしかなかった。




「…………いいえ。先ほどの貴方の言うことにも、一理あります」




 発するまでの数秒と、言葉の含みを考えれば、言いたいことは飲み込んだようだ。


 

 人の良さそうな笑みを失敗したようで、頬を引きつらせる珍しいザサスを眺めながらも、サミィが彼に何を言ったか思考するも思いつきはしなかった。


 すぐに思考が逸れた。





 ――――まさか、ザサスがいるとは。





 彼の存在を、深くは考えたくはない。


 だが、自分たちにも影奴(エイド)である彼の存在が知らされていなかったということは、遠巻きの護衛というよりは―――察して、心の中で首を横に振る。



 第三騎士団の影奴(エイド)は当初から密かに彼ら家族を見守っていたはずだ。

 町に護衛に行く時は共同戦線ができるように事前に存在を教えられていた。

 


 が、今回は護衛騎士に存在を知らせていない。



 つまり、信じたくはないが第三騎士団は、岸田家を危険視している可能性は少なくない―――むしろ、高いのだろう。


 騎士団長が判断したとして、彼とて一人の人間である。

 なんらかの考えがあってのことのはずだ。


 特に第三騎士団団長ラージスは表舞台に立つこともなく、接点もあまり多くはないが、幾度か対面したこともある。


 印象としては誠実そうで、どことなく影を落とす男だった。

 『第三騎士団特有の膨大な情報量から、凡庸ながらも的確な判断が下せる』と、めったに人を褒めないイシュルス王がそう評価したほどだ。

 

 ただ、『騎士の腕はそこそこで、魔力の腕もそこそこ』などと、第三騎士団団長を酷評もしていたが。


 化け物じみた王以外には許されない言葉だろう。



 一瞬、脳裏に第二騎士団団長トーマスの顔が出てきて、泣けてきた。

 妄想であるというのに、数秒後には逃げ出す姿しか思い浮かばかなったのである。


 王曰く……『生存能力と逃げ足は一品』である。




「ですが、いきなり捕縛するのはどうかと」

「いやぁ~……不審人物なら、即効で切り伏せていますよ」




 小さな嫌味も、サミィの恐ろしい切り替えしを受けて、ザサスは沈黙する。


 三人で行動したことは在るが、彼ら二人のやり取りがあまりなかった。

 ほとんど、サミィの一方的な言葉だったような気がする。




「うわぁ~……たしかに、それはないわー」




 サミィの妹であるユイの独り言かと思ったが、視線をもう一人サミィの妹であるミィコに向いていた。

 

 ちら、とユイがミィコに視線を向けたが、本人は明後日の方向へと遠い目をしている。


 相変わらずの仮面のように無表情なのだが、姉のユイはなんらかの感情を読み取っているらしい。


 ぽんと手を叩いて、ユイは『あぁ、あの時は、叔父さんのせいで、逆さに木に吊るされてたものね』と何か不吉な言葉を口にして頷いている。


 ………『叔父』のあたりは聞かなかったことにしよう。



 東方では神の言葉を聞くとされる『巫女』なる聖職者がいるというが……もしかするとこんな感じなのだろうか。


 無から何かを拾い上げているなんて。 


 本当は訂正しないだけで、実は会話が成立していないのではないだろうか。

 もしくは、ユイの独り言だとかのほうが。


 そう思っているのか、ヴァムスの弟子が、その光景を不思議そうに眺めていた。


 きっと最初はただユイの美貌を眺めていただけなのだろうが。




「ん」

「はいはい」



 

 ミィコは残りのスープを器に満たすと、姉に差し出した。


 おかわりしようと思ったが、ユイが食べるようで器を下げることにした。

 前は他の癖の強い兄弟ではなくてよかったと思っていたが、今は彼女の護衛であってよかったと思える。


 その強い理由が、食事である。


 異世界なるものが、どのような食文化からできているのかわからないが、同じ食材とはいえ、出来上がるものがまるで異なる。


 舌を蕩けさせるそれに、虜といっても過言ではない。




 ユイは料理長にスプーンを貰い受けると、立ち上がった。




「えーと、妖精――――じゃない、ザサスさんでしたっけ?具のほとんどはそこら辺の予定外のやつらの胃袋に入っちまって少ないけど、メンゴメンゴ―――じゃなかった……火から下ろしてしまったので、冷めてしまってますが、よろしければ、どうぞ」

「は……はぁ、ありがとう、ございます」




 縛られていた場所を摩っていたザサスは、困惑げに器を受け取った。


 どうやらユイはミィコの発案で残りのスープをザサスへと渡したのだろう。


 ジークはミィコからユイまでの一連の流れを見ているから、なんとなく察しがつく。だが、突如ユイからスープを貰っただけのザサスにとっては、ユイが変な事をいっているようにしか見えなかったのだろう。




「あ、お詫びに俺が直火で―――」

「「やめれ」」




 と爽やかな笑顔を浮かべたサミィを、妹たちはバッサリと異口同音で拒否した。



 サミィの道徳感に不安を抱くが、それよりも先に鼻腔を擽る甘い匂いにごっそりと意識を奪われた。


 その先には、予想通りミィコが調理をしていた。


 フライパンの蓋を開けたようで、香りが強くなったようだ。

 それとも、こちらが風下になったのか。


 焼いたパンのようなモノが、姿を現したあたりから、口の中に涎が溜まるのを感じながら凝視してしまった。



 フライパンいっぱいに焼かれているパン?は、ミィコによって四等分される。



 数から言って、兄弟三人+一人といったところか。




「―――……四人分か」




 そう囁いてしまうのも頷けるが、俺の声ではなかった。

 なにを隠そう料理長である。


 ミィコを見ながら、なんらかのメモを取っていることから、多分レシピなのだろう。


 料理人のマイレシピというのは一子相伝の技といってもいい。

 だから、他人に教えないし、作るところも滅多に見せない。


 が、料理人の目の前で料理を作るということは、それが門外にでてもよいと、解釈されても不思議ではない。


 その風習をミィコが知っているかどうかはわからぬが。




「え、またアップルパンもどき?」

「………カントリー風林檎ケーキもどき」




 その二つにどれだけの差があるのかわからないが、よく食べられる物らしい。


 さらに乗せられ湯気を上げる、カントリー風林檎ケーキもどきの四分の一を受け取って一口噛り付くユイ。




「まぁ、普通に美味しいけど……流石に、飽きた」




 といいながらも、素早く租借していく。


 あからさまにミィコが舌打ちして、背後からユイに弓で小突かれているのに涙腺が緩むのを感じながら、残りを凝視する。


 四分の一を半分にして、皿に乗せると、フォークを二つつけて、兄に差し出した。




「お、またアップルパンもどきか」

「………カントリー風林檎ケーキもどき」

「はいはい、ありがとう」




 半分をフォークで挿して、手の持つと残りが乗った皿をザサスに手渡す。




「まぁ、ひとつ―――これはお詫びということで」




 と、まるで太陽が輝くような、爽やかな笑顔を浮かべた。

 戸惑いながらスープと同じように受け取ったザサスが一口食べて顔色を変えたのは言うまでもない。




「う、うまい……」

「でしょう?母とミィコが作る料理は、あんまりハズレないんですよ。時々、ミィコは創作料理でやらかしますけど」




 鍋の蓋が飛んできたが、あっさりとサミィは受け止めた。


 すごい勢いでザサスが食していくが、ジークはザサスによい印象をもたれていないのは確かだし、いきなり分けてもらうように交渉はできなかった。


 だというのなら、残りを――――ぱっとミィコに向き直った。




「わぁ、僕もいいんですか?あっぷ―――」

「カントリー風、林檎ケーキもどき」

「えーと、はい……カントリー風林檎ケーキもどき、ありがとうございます」




 こくりと、頷くミィコにゼルスター王子が歓喜をあげていた。


 そうか………王子も公言はされていないものの、従兄弟であるのだから身内判定されたのだろう。それに見えずとも、彼が一番の年下であり、育ち盛りである。


 当然の采配だ。


 さすがに王子に頼むのも無理である。

 いや、優しいゼルスター王子ならば、慈悲で一欠けらぐらいの……やはり無理だろう。


 騎士としても、大人としても、終わっている気がする。



 となると、最終手段である。




 残りは四分の一。

 多分ミィコの分だとは思われるが、それがさらに半分にされた。



 可能性はある。



 ひとつはミィコが、そのまま齧りつく。

 だとすると残りは。


 考えることは一緒だったようで、料理長と共に腰を浮かせていた。



 ひとつは皿の上の乗せて――――声をかけるよりも先に、ラ・イオへと差し出していた。




「―――林檎を拾ってくれた、お礼」

「ン?ダガ……」

「どうぞどうぞ。俺たちの国は、落ちてたものを持ち主に返したら、お礼に一割ってのが原則ですし、本人の気も晴れるでしょう」




 サミィの余計な一言により、こっちの視線を感じていたらしいラ・イオは、その皿を受け取った。


 がっくりと肩を落としたのはいうまでもない。


 林檎拾ってくればよかった……あの状況でそこまでも気が回らず、料理長と目じりに涙を浮かべながら互いの肩を叩き合った。




「馬、か?」




 そんなとき、瞳を細めたヴァムスの呟きに、ラ・イオが小さく頷く。


 数秒もせずに、遠くから馬の嘶きが聞こえ、身構えた。




「騎士たちよ」




 どうも真っ直ぐに足音も近づいてきており、号令を発するより先に、騎士たちは休暇を断ち切り、剣を構えている。


 森の中に馬――――まったくいないとは言い切れないが、普通の馬であるほうが少ない。


 魔物系の馬である可能性が高い。




「ミィコ」

「一つ、青、変態」




 カントリー風林檎ケーキもどきを齧りながら、主語のないサミィの声に即答する。

 

 


「最後の変態はなんだ、変態は……」




 サミィが苦笑して、零した時だった。


 かなりの速度でこちらに向かっているのか、だいぶ近場から嘶きが聞こえた。

 土煙も目視できるほどだ。


 のっそりと、ミィコも立ち上がって剣を抜いた。


 無表情だ――――無表情ではあるが、なんだか異様な気配を放っているような……気がしなくもないが??




 そして、一同が見守る中、茂る緑の中から馬が現れた。


 ただの馬ではない。

 普通の馬より一回りはでかいだろう。


 体は初雪を思わせる純白の白馬で、鬣は黄金を溶かしたような細い金糸。

 

 なにより、額から突き出した逞しい角―――それも、氷柱のように透明な角は光を受けて、宝石のように輝いている。




 希少種のユニコーン。




 それも、黄金の鬣と透明な角から考えればただのユニコーンではないのが一目瞭然。


 馬面の判別などはつかないが、その存在から放たれる神々しさに膝を突きたくなる衝動に駆られるほどである。




「ゆ、ユニ―――ちっ、迂闊に刺激するなよ、お前らっ」




 エミィの小さくも切迫した叫びに、動揺が走る。


 宗教的に『神の使い』であり、絶滅危惧種として、指定されているのだ。

 うかつに傷つけるわけにもいかない。

 

 密猟などしようものなら、死罪という国も珍しくない―――イシュルスでも、重刑であることは明白だ。


 元々は人間に対しても友好的な種族だったが、その能力に目をつけた人間たちが多く、彼らを狩った。


 だから人と目が合うと、襲ってくるらしいのだ。


 それでも、密猟が後を絶たないのは、その角は世界のありとあらゆる毒を無効化にし、鬣は弓などの武器の素材として優れ、血は死者をも蘇えさせると言われるほど濃密な魔力に溢れている。瞳だって、魔法道具の素材になるはずだ。


 一頭しとめられれば、その素材だけで優雅にとはいえないが、普通の暮らしならば余裕でできるほどだ。


 多分、安く見積もっても白金貨10枚はあるだろう。

 今は希少価値がついているので、もっと高値になるかもしれない。



 本人―――いや、本馬はしってかしらずか、一団を前にして、歩みを緩めたユニコーンは嘶く。



 すぐさま襲ってくる気配はない。

 が、安全であるとは言い切れるはずもない。




「このような所に、ユニコーンとな」

「ユニコーンって、あのモノケロースとかって―――それって……物凄いやばいんじゃないっスか??」




 そう相手を傷つけてはいけないというのに、ユニコーンは見た目の神々しさとは違って、恐ろしいほど獰猛なのである。


 下手な魔物のほうが、反撃できる分可愛いものだ。

 しかも当然ではあるが俊足。


 攻撃もできない。逃げられない。おまけに強い上に、魔法も使ってくる。しかも角は毒や麻痺を完全無効化するし、古代で歌われるユニコーンは魔法も反射するのだ。


 もちろん、弱点はあるが一頭でも厄介である。




「ヴァムス殿、交渉はできますか?」




 だが頭が良い分、エルフとは会話ができると聞く。

 戦わないに越したことはない。


 しかし返ってきた答えは、期待どうりではなかった。




「ユニコーンと交渉できるのはエルフだ。ダークエルフの―――それもハーフであるわしの領分ではない」




 属性が逆なのだ。考えていなかったわけではない。

 意を決して、吐き出すように告げた。




「このまま背を見せず、刺激しないように後ろに下がってください。ザサス、指揮はお前に任せる。森の外まで誘導を、王子とサミィ殿達は、彼に続いて。チャイラ、ハーンを拾って途中で起こせ、ここで起こして騒がれては困る。エミィは最後尾。ベルルム、すまんが俺と殿を」

「いえ、妥当ですよ」




 この中では、足が遅いのがベルルムだ。

 たとえ全員で逃げ出しても、生き延びる確率は低い。


 そして、今回の指揮権があるジークが逃げ出すわけにもいかなかった。




「ただ、ちょっと全力で遣り合えないのが残念ですがね」

「………本当に、すまない」




 道連れになるのは気が引けるが、自分ひとりで時間を稼げるとは思っていなかった。




「俺たちは、いいのか?」

「ヴァムス殿が共に戦っていただけるなら光栄です。逃げるのならば目標が二つに分かれる。後は運次第でしょう」

 



 王子たちとヴァムス殿たちが二手に分かれるだけでも、十分に生存率は上がる。


 ユニコーン一頭がこの団体を全滅させられるとは思わないが、それでも怪我人か死者を免れないだろう。


 なにせ、こちらは攻撃できないのだから。

 できたとしても、勝算は低い。




「………ブラザー?」




 全員が逃走の準備に入る中、そんな呟き声が聞こえた。


 ミィコだ。


 それが何に引っかかったのか、ユニコーンは耳が痛むほど嘶いた。

 ユニコーンが興奮した様子で、剣を構えているにもかかわらずミィコに近づいた。




「ミィコ殿!下がって!」




 ユニコーンは人間が思うよりも聡い。

 剣を手にしていることが、敵対行動に近い警戒を意味することは理解しているだろう。


 それでも、剣を握り立っているミィコにユニコーンが鼻先を摺り寄せた。


 刹那。




 ごっ!




 鈍い音が響き、ミィコの拳がユニコーンの横っ面を捉えていた。


 ひぃいいん!!!と、今までになく嘶き、よろめいたユニコーンが暴れだすかと思ったが近くの木を前足で蹴りだした。


 


「な、なにをっ!」




 誰かが叫んだ言葉に、ミィコは瞳を細めて、静かに首を横に振った。







「………世の中の理不尽と、戦っていた…」







 と、無表情の中にも、僅かな哀愁を漂わせて、意味不明なことを返した。


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