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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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Act 16. 忘れられし者

 ――――ヴァムス=フィヨルド。



 その名に、騎士達&弟王子が僅かに緊迫する。


 しかし、この世の常識など知るはずもない岸田兄弟は首を傾げるしかない。




「ワシの名を知らんか?」




 『世間知らずで』と曖昧に苦笑する兄に、S師匠は一度眉根を寄せた。

 



「………別人、か」




 首を傾げる兄に、S師匠は自嘲を浮かべて首を横に振った。

 なんだか寂しそうにも見えた。




「少し知り合いに似ていたのだ。黒髪に黒目の男でな―――忘れていた。いくら奴が規格外だったといえ……人の命は短いのだったな」





 兄に似てるってことは、よほど胡散臭い感じの男なのだろう。

 自分に似ている人は三人いるってぐらいだから兄だって――――……三人いたら世界が破滅するかもしれないけど。



 ジークが説明してくれた。



 亜人の中でもエルフは、特に人間と係わり合いを持たない種族だ。

 彼らからすると、人間は劣等種族であり、魔力も低ければ、森の資源をむやみに切削する欲深き種族なのだとか。


 美貌のエルフを奴隷とするために、集落を襲ったりするのもあり、平和主義者のエルフ達が人間を襲わないにしても、いい感情を持っていないことは間違いないだろう。


 基本的にダークエルフも思想は変わらない。

 能力は違うらしいが。


 住んでいる土地の違いから肌の色が違うのではないかと思う。

 同じ人間でも西洋人と黒人の肌の色も違うし―――が、エルフとダークエルフが仲がいいかと言われると、答えはNOらしい。


 ヴァムス=フィヨルドは、ダークエルフではあるがハーフだ。


 それでもエルフには変わりないのだが、基本的にエルフの集落はハーフも受け入れない為、獣人、エルフ、ドワーフ、小人、なんでも雑多に受け入れる柔軟な人間の世界で育ったらしい。


 そして、冒険者となったようだ。


 魔力もさることながら、剣の腕も確かで今や伝説の十一階級のランク入りするほど。




「彼はイシュルスの流離人(ルエイト)と共に三百年前に魔王討伐のパーティに入っていた方なのです」


 

 しかも二つ名は『夜嵐のヴァムス』とか言われているらしい。


 そういえば最初に赤毛のオッサンがなんか前にも流離人(ルエイト)来てたぜ、見たいな事言っていたかも。


 にしても、長生きだなエルフ。

 最低でも、三百才以上ということになる。




「すごい有名な話でねぇ……昔話にも結構でてくるんだよ。若い頃のローアン=テイロと魔人と二人で、対決したらしいよぅ」




 いや、チャラ男よ。ローアン=テイロとか知らないし。




「それよりも、コテルケットで悪竜討伐も達成したって噂だぜ?―――っても、10年…いや、15年前以上前の話だったか?」


 


 だから、スキンヘッドよ。そのヴァムス=フィヨルドの武勇譚で盛り上がるのはいいが、同意を求められても知らんがな。


 異世界人(わたしたち)が知ってたら凄いわ。


 っつーか、15年前なら私3歳ぐらいだ。




「正確には、19年前です―――あの時の事は今でも忘れません」

「よい思い出だろう。それにお前だって言ってたじゃないか、図鑑は竜の肉さえあれば完成するのに、とな」

「―――っ、だからといって、了承もなく旅団を巻き込むなんて!」




 今ちょっと、料理長言い負けた。

 というか、なんか嫌な感じの流れでしかない。



 

「せめて、皆に相談を―――皆が師匠のように、強いわけではないのですから」




 ま、まさか。いや、でも。



 旅団。

 師匠。

 竜の肉。

 図鑑。



 あえて嵌るキーワードが多すぎないか、この人?まさか、アレもフラグ的な?




「……せ……世界食用魔物大図鑑………」

「おぉ、知っておるのか?」




 ダークエルフ爺はにやり、と笑みを浮かべた。



 

「こやつと共に、魔物を食材とした観点から作成した図鑑だ。面白かろう」




 母が見つけた図鑑を元に森に狩に出かけ、森に図鑑の著者と狩られかけたと思ったら、図鑑を一緒に作ってた著者の師匠とかありえんわ。



 え~い、私が育てたポトフはお前なんぞにやらん!出直して来い!母さん、玄関に塩を撒け!うちの敷居は二度と跨がせんぞ!



 娘を嫁にやる親父が如く、決めるのに2秒もいらなかった。

 

 いつもならここで激昂して、襲い掛かるところなのだが、さすがに数時間前に兄にシャットアウトされたばかりなので自重した。


 学習能力はあるのだよ。

 私にも。

 

 ついでに、前髪がばっさり切られているのでやる気もない、というか。



 まぁ……すでに、兄が皆の器にポトフを入れて、三人組みも含めて普通に食べているんだけどね。


 料理長がお勧めしてくれた肉は新鮮なせいか、煮込んだせいか噛むとほろほろと崩れていくのが、いいね。


 風味は落ちようとも、母の出汁は最強である。




「じゃ、もしかすると、ラ・イオって、あの『白刃』の―――」




 どうやら顔を隠している長身の男も二つ名持ちらしい。 


 さすがファンタジー中二病が蔓延している。

 

 少し離れた場所のラ・イオに皆の視線が集まるが、背を向けて食事をしていたのか、さして気にした様子もない。


 食事を終えたらしく、ふらりとその場を立ってどこかに行ってしまった。 


 それに、ヴァムスの弟子が料理長だったなんて―――しかも新しい弟子がいるなんて!といった感じで騎士達のご説明というなの雑談している。




「では料理長は、あの伝説の旅団の―――」




 私にとっては右から左の話だったのだが、兄は楽しそうに話に加わっている。


 


「……オ前ノカ」




 具を食べ終わり、スープにパンを浸して食べているとラ・イオが林檎を差し出してきた。


 先ほどスキンヘッドに投げつけた林檎を拾ってくれたらしい。


 スキンヘッドは残念なことに避けちゃったので、どっか飛んでいったのだ。

 それを態々拾ってくれたようだ。


 正確には、料理長のカバンに入っていたものだが―――お礼をいって、受け取る。

 



「俺コソ、暖カイ食事ノ振ル舞イヲ感謝スル。美味カッタ」




 その感謝に対して、私は首を横に振る。




「私は、作っただけ」




 あれほどの事をされて、あっさりと食事を分配しようとする兄がちょっとした変わり者なのだ。


 私なら―――特にダークエルフの爺さん―――絶対、食事をやらんかった。

 だから、感謝をするなら兄にだろう。




「ソウカ?」




 殺害するだなんて気はなかったが、結果的にはそうなったので、一応謝っておいた。

 

 岸田家には『やられる前にやれ』という家訓があるのだよ。

 その時に増えたり減ったりするけどね。


 しっかり彼らがS師匠を止めておいてくれれば、起きなかったであろう事態ではあるけれどね。


 でも、この人は、ちゃんと食事のお礼が言えるくらいはマトモなのだろう。


 よく見るとフードの奥はゴーグルのようなものをしていて、表情はまったく伺えないが、笑ったような気配がした。錯覚かもしれないけど。




「俺ニ謝ル必要ハナイ……アレハ止ラレナカッタシナ」




 じゃあ、やっぱり謝罪は撤回しておこう。

 『ガ、疑問ガアル』とやはり不鮮明な声をだして、手袋越しの指で顎を撫でている。




「……俺ヲ、横ニ移動サセタノハ……兄ガ来ルトワカッテイタカラカ?」




 悪い人ではないようなので、種明かししておこう。


 分っていたというよりは、そこから私の左側から来るように合図していたのだ。

 



「私が叩いていた鍋の音」

「鍋……アレガ合図?」




 私は頷く。


 それが音楽になっていたこと。タイトルが『左手のためのノクターン』ということ。兄がそれ意味を汲み取って、私の左手から急襲しただけ。


 もし兄がタイトルに気がつかなくても、最低限、こちらが戦闘になりそうなことはわかるだろう。




「アノ状況デ、ヨク……」




 兄が側にいたなら、こんな小細工しなくても真っ向勝負だっただろう。

 というか、確実に私じゃ負けるから、兄呼んだだけだし。 



 なんか、どこぞのダークエルフと違い、落ち着くわぁ。


 高圧的じゃないし。


 たとえ中身がムキムキなオッサンでも許す……こう…異世界に来てから、濃い性質の人ばっかりと出会っていたせいだろうか。


 


「ミコ、デザート」




 ――――それとも、身内が我の濃い人がいるからだろうか。


 ちょっとしたストライキも許しちゃくれないのか!そもそも、私がストライキ起こしたのは姉の大爆笑のせいなんですけども!?



 幸いまだ火をつけっぱなしなので、とても悲しいことに料理は可能だ。



 林檎を洗って薄く切ってフライパンに敷き詰め、ワインでフランベ。

 アルコールが飛んだら、蓋して火を消して、弱火で放置。 


 その間に、卵と牛乳と砂糖を混ぜて、小麦粉―――袋ごとだから使いにくい―――を勘で入れて生地を作り、林檎に焼き色が付いたら投下。


 蓋をして少々お待ちください。


 5分ほどしたら、カントリー風林檎ケーキもどきの完成です。


 本当は相性のいいシナモンとかあれば、もうちょっとマシなんだろうが、この材料だとコレが限界だろう。


 あと贅沢をいえば、ベーキングパウダーとか、バターとか。



 

 わいわい、と騎士達方面で武勇伝とかの話になっているのを、ぼんやりと眺めながら、ふと思い出したことがある。


 いや、思い出したというか……這う様に、こちらに向かっているというか……




「兄」

「ん?どうした?」




 草むらに視線を向けると、兄も私の視線を追い、瞳を細めた。


 がさがさと動く何かに気がついたようで、ぽんと暢気に手を叩いた。




「あ、あれはっ!」

「ってか、なにあれ?人?」

「……さぁ」




 S的なダークエルフ爺さんに対抗して、新手のM的なご趣味の方なんじゃなかろうか?



 蔓で全身グルグル巻きにされた不自由な状態で、うねる様に向かってくる姿。


 口も蔓で塞がれているため、唸り声しか聞こえないし、ぱっと見た感じ、外套(ローブ)も緑色も相俟って毛虫のような動きも気持ちが悪い。

 



「あ、忘れてた……妖精、摘みにいってたんだ」 




 ……トイレじゃなかったんだ。


 ははっ、とか近所の奥様方に大人気な爽やかな笑顔だが、やってることは鬼だな。

 あんまり悪気がない分、逆に始末が悪い。


 縄がなかったので、そこら辺の蔓を切って代用して捕獲したけど……あれ、この金属を叩く音は―――こりゃやべぇ、ミコんとこで戦闘になりそうだなぁ。しゃあない、すまん妖精。後で拾いにくるからな。


 と言った感じか?


 こんな魔物のうろつく森に自由を奪われたまま放置プレイされて、今も青い点(みかた)であるのが、凄いな。



 幻想的な妖精というよりは、地を這う毛虫にしか見えないが……可哀想に。ぷぷ。


 あれか。

 町に買い物にいってた時に周囲にいた人たちか。


 ついでにいうなら、こっちが戦闘態勢になるまで、兄と一緒にいた青い点が、妖精だったのか。ってか、街中じゃないから一人しかいないのか?






「「「ざ、ザザスゥ――――!!」」」




 


 とりあえず、数名の騎士の絶叫が森に木霊した。


あ、そろそろ、焼けたかな。

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