Act 15. で、誰?
世の中にはやっていい事と悪いことがある。
三歳児が手にした玩具を投げ捨て、それが当たったのならばタンコブができても許容できるだろう。
しかし、いい年こいた親父――――正確には世の中の酸いも甘いも経験した人生の先輩である爺さん―――が、『何事も経験だよね!弟子の修行のために、知り合いのご飯強奪させようと思ってねテヘペロ(笑)』……なんてやられた日にゃ、ここは怒るところである。
まだポトフしかできたいないのに、どうやって奪う気だったのだろう。
パンか?パンなのか?
というか、姉が右半分だけぬっころして差し上げればいいと思う。剣は防げても、オート追跡機能付き連発可能チート弓は防げんだろうし。
ポケットの魔石は好きなだけお使いくださいませ、姉よ。
むしろ、弟子に同情する。
でも一緒になってやったんだったら、同罪か。
警察に突き出さないだけ、寛大だ。いや、騎士団は警察のような職業だから、現行犯逮捕でもよいであろう。
現にんな馬鹿な!という理由に騎士(目つき悪)は大いに騒いだ。
『王子に刃を向けるなんて、言語道断!』
もっと長く罵っていたが、要約するとそんな感じだろう。
王族に刃を向けたのだから、切捨て御免でもいいぐらいらしい―――というか、場が収まったというのに騒ぎ立てるものなのだから。
「よし、とりあえず落ち着け」
という兄の爽やかな笑顔と共に、摺足で近寄って、足に力を入れて、綺麗に入ったアッパー(→↓↑+強パンチ)で白目を向いて、地面に転がっていた。
なむなむ騎士(目つき悪)。
兄よ、とりあえず性能の格段に上がった体を把握してくれ。
ちょっと加減が過ぎるのではないかと思う。
つか、外套のフードを目深に被り、傷心で草の上に横たわる私の代わりに、『騎士(目つき悪)気絶させてんねん!』って誰が、ツッコミ入れてあげてください。
なに普通に皆受け止めちゃってんだい。
でも兄の処断は妥当だろう。
相手の力量がわからないようではまだまだだよ、騎士(目つき悪い)。
どんな狙いがあるにせよ、正直このパーティで勝てますか?といわれれば、無理である。
瞬殺はされないとは思うけど、よくても、何人かは逃げ切れるかな?ぐらいだろう。
騎士に囲まれて相手のできるほどの弟子が3人のパーティで最弱としよう。
弟子が兄と同等か、ちょっと劣るぐらいだろう。
姉が加われば簡単に倒せる。
が、兄の相手をしていた奴は正直、兄一人で倒せるかは微妙だ。
相手が油断していて、必殺技を駆使して、剣を交えている間に倒せるまでに成長したのなら、可能性もあるだろうが、難しいと思う。
騎士に至っては瞬殺されなければ、よかったね、という感じ。役者が違う。
そして最後の師匠は、倒せない。
視野に納められない者は倒せないだろうし、私だけがステータス画面で場所をある程度把握できるとしても、私では絶対に無理だ。
刃を返す速度にしても、時間稼ぎにしても一分は相手にできない。
その間に騎士と姉で弟子を倒し、なおかつ兄が二人目を倒し、三人目に全員でかかるというのなら、一太刀ぐらいは報いれるのではないかな?という程度である。
料理長は元冒険者だが、どれくらい戦えるかはよくわからない。
レベルは騎士たちよりも高いけども。
問題は王子である。
私が『マドレーヌ姫の滋養強壮のご飯の材料を狩り隊』に王子の存在があることをちょっぴり困ったのはこれである。
万が一彼らが本気だった場合、果たして守りきれるかどうか。
兄が許可したんだから、兄は守りきるという自信があってのことだろうが、残念ながら今回は適応外である。
通常フィールドに突如友好的なラスボスの登場だもん。
それに彼らが弟王子の存在を知ってて襲ってきていたなら、多分誘拐は難しいにしろ暗殺なら容易だっただろう。
今後兄が、これを考慮して活動してくれると、助かるが―――無駄な気がする。
あれ、でも騎士(目つき悪)でも戦力なんだから、昏倒させたらまずくない?とも思わなくもないけど。
「……お戯れが過ぎますと思います」
どうやら首謀者の師匠は料理長の知り合いらしい。
声に呆れと落胆を込められているところから、ご老体の人が知れるというものだ。
事情を聞いた後にしばし料理長は頭を抱えた。
料理長の何度も煮え湯を飲まされて、最後には諦めちゃったんだ的なものが滲んでいるように思える。
まぁ、王子の事を見習い騎士ぐらいにしか思ってなかったらしい。
騎士(目つき悪)が言うまで知らなかったようだ。
とはいえ、挨拶代わりに襲撃というのはオチャメが過ぎると思う。
「だが、気がつかなければ、なかった事―――であろう」
クソじz―――失敬。外套のフード部分を脱いだ年配の男は、皮肉げに笑った。
愉快犯の、なんつー横柄な態度であろうか。
ちらり、と意味ありげな視線を兄に投げて目を細めた。
「ただ、これほど抵抗されるとはおもわなんだ」
普通は襲撃されたら抵抗するわ!
たぶん、チート兄の戦闘能力に一目置いた―――といったところなのだろう。
この人?が最後までわからなかった3人目である。
テーブルナイフを避けられるのに、わざわざ剣で弾いて私に返してくれた張本人。
三本目は避けた。
避けはしたけど―――私の前髪が!!!!!
その事実に気がついたのが、姉が笑い出してからである。
戦闘中に笑い出したから、気でも違えたかと思ったけど、姉の笑い声で虚をつかれたように、戦いは止まっていた。
姉の馬鹿笑いは久々に見た気がする。
というか、今もまだ私を見るたび口元を痙攣させている。
我慢はしてるけど、気を抜くと笑っちゃうみたいな感じなのだろう。
これだけでも気力が半分である。
兄がナイフで軽く整えてくれたが、ハサミではないのでガタガタ。前髪以外の髪と調和が取れていない感が否めない。帰ってから母に頼むとしよう。
そして、フードを深く被り、膝を抱えて凹む私に―――
「前髪ぐらい気にするな!男前が上がったぞ!」
――――と慰める髪の毛の一本たりともないスキンヘッドに地面に転がっていたい林檎を投げつけたのはいうまでもない。再び姉が大爆笑である。
それはいいとしても、実害を受けたのはジークだった。
どうやら敵は一人だと思ってたけど、実はまだいたのか!ミコ殿アブなーい!といった感じで駆けつけていたのだ。
でも若干、タイミングが悪かった。
私にナイフが投げつけられていた時で、避けたため背後のジークにテーブルナイフが刺さったと。
しかも私の影になっていて見えていなかったようだ。
深くはなかったようだが、流血沙汰となり、姉に治療―――ようやく姉は本来の仕事を―――してもらっている。
避けてごめんというのも可笑しな話だが、謝るとジークは聊か困ったような顔で首を横に振った。
しかも、怪我がなくてよかったと言われて、こう、沸々と罪悪感が。
「でもミコ……指輪から、ナイフ三本しか出てこないなら、作り出せば投げられたナイフは消えたんじゃないのか?」
おう、じーざす!
って、あの一瞬で、そこまで頭回るか!
私は完全に気力を失い、外套に包まると、地面に転がった。
ストライキである。
やはり傷を負ったのかと驚く弟王子に、兄が説明しているようだったが、もうなんかどうでもいいというかなんというか。
ともかく、師匠の性格はよろしくない。きっとSだ。うん、Sだな。
年齢は50代後半ぐらいだろうか?
姿勢が老いを感じさせないほどシャンとしている。
肩を超えている白髪を一本に縛り、目は薄い青紫、肌は褐色、耳は長くてピーンとなっている。
そう、異世界名物『エルフ』であった。
それも『ダークエルフ』と呼ばれる種族である。
この世界は人間以外を大雑把に『亜人』と呼んでいるが、それは人間で呼ばれている名称なのだとか。人間に似た人外という意味合いらしく、『亜人』の方々からすれば、人が自分達の姿を模しているということになるのだろう。
視点が変われば、考え方も変わるのだろう。
人間のほうが彼らにとっては『亜人』なのだろうから。
「そもそも、ラ・イオ卿が付いていながら、このような事を」
「―――……オレハ、一応止メタ」
目深に外套を被り、口元を覆っているラ・イオが、不明瞭な音を発した。
低く掠れていて、無理やり声を出しているというか。
口元が不自然に盛り上がっているので人ではないんと睨んでいるが、完璧に素肌を隠しているので、不明だ。
エルフではないだろうが、も、もしかして獣人とか!?爬虫人ぐらいまで全然OKだよ!?
せめて、尻尾をゆらゆらさせているとかぐらいのサービスはしてほしいものだ。
というわけで、でっかい人の尻のあたりをガン見した私に非はない。……はず。セクハラじゃないよね、これ。
外見はよくわからないが、とりあえずでかい。
190センチは余裕であるだろう。
一番体格がいいスキンヘッドよりも、まだ高いのだ。
立っているだけで威圧感。
兄の剣を弾くぐらいだから、よほどの使い手なのだろう―――もしかすると、この異世界には、こんな輩がごろごろしているのだろうか?
「オ、オラも止めたっス!」
最後に一番下っ端らしい青年が、涙目で吼えた。
これが木々の上から、虎視眈々と我らの餌を狙っていた弟子だ。
身長は高いというほどではなく、短い黒髪に胡桃色の目。
ハーフっぽいがあっさりした東洋系の顔立ちで、感情の起伏が激しいためか表情がコロコロ変わる。
彼だけは料理長と面識がないようだが、デッカイ人とダークエルフとの知り合いだから、素直に口を開いているようだ。
いや、どちらかというと人懐っこい感じがする。
完全なる犬タイプである。
料理長は首を横に振って、ダークエルフを涙目で睨みつけた。
「せっかくの、未知の料理がっ――――」
………ぶれないな、料理長。
いっとくけど、普通の野菜ポトフだよ。
過剰な期待は厳禁の方向で。
不貞腐れている私はフードを深くかぶり、地面に転がりながら、ぼんやりと彼らのやり取りを遠巻きに眺めていた。
他の面子も、料理長が仕切っているので下がっている。
勿論、騎士は多少の警戒をしているようだ。
とりわけ緊急的な危険はない、と判断したのではなかろうかと思っている。
我が兄弟は異世界に叔父以外に固執するようなシガラミもない。
が、その叔父は王様で、自分達にはこの世界での常識は怪しいので、交渉ごとには向かないだろう。
兄が私の代わりに鍋の火を弱めて、グルグルとかき混ぜて味の調整をしているようで、スープを小皿に少し注ぎ、無言で差し出してきた。
行儀悪いが半身を起こして啜り、ため息を零す。
鍋は火にかかったままだったので、しばらく沸騰してしまったようで、味見したら風味が若干落ちていたようだ。戦闘中に地面にぶちまける事がなかったのが救いである。
野外の昼食だ。
もう、これ以上どうしようもないだろう。
兄に頷いて小皿を返した。
「え~と……そろそろいいか~い?」
なんとなく会話の流れから料理長の知り合いというのは察していたが、チャラ男が代表して全員の疑問を口にした。
チャラ男は出会ってから、一番マトモな働きをしたと思う。
「料理長、こちらの方々は?」




