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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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閑話 【ある師匠】

「―――イシュルス、か」




 呟かれた言葉は、呻きにも似ていた。

 浅はかならぬ因縁を感じて、男は短く瞑目する。


 瞼の裏では、それに纏わる三人の友人の姿が常にちらつき、なんとも言えない感情が胸の内側から押し寄せる。


 己の未熟さ、世界の不条理、憧れ、人が放つ特有の生命力―――そう、眩いまでの。


 彼らは、生きていた。

 不遇すらも飲み込んで、彼らは人生を謳歌(・・)していた。


 

 一度も言葉にできなかったが、思っていた。



 羨ましかった。



 三兄弟である彼らの―――『家族』というものが、心底羨ましかった。

 


 母は、自分を世界を呪っていた。

 

 育ててくれはしたが、年々父親に似てくる己に向ける視線は冷ややかだった。

 暴力を振るわれなかっただけ、マシというだけで、存在そのものを否定しているかのように黙殺されていた。


 成人するより先に捨てらたが、『あぁ、遂にそんな日がきたか』としか思えなかった。

 針の筵の上での生活がようやく終わり、ほっとした記憶がある。


 父―――と呼べるかどうかは分からないが、母は自分を孕ませた男を憎み、毎日のように呪詛を吐き出していたのだから、たぶん生きてはいないだろう。

 

 年齢を考えても、他界しているのは間違いない。



 三兄弟は、逆に親がいなかった。

 それでも喧嘩し、馬鹿騒ぎし、逆境を乗り越えていく姿は、羨望を覚えたが、同時に嫉妬も感じていたのだろう。


 まだ自分も若かったのだ。


 ようやく年落ち着き、この年になって、今更『家族』などいうつもりはないが、彼らの持つ絆のようなものに憧れていた。


 あれからだろう。

 

 自分が他者と関わろうと思い始めたのは。

 必要はなかったが、前にも旅団に入ったり、そこで弟子を取ったり―――色々無茶もしたものだ。




「師匠ぉ!本当にあるんっスカ!?もう、一ヶ月も森の中を探しているのに、一つだって見つかないじゃないっス!」




 そして、この年になって、妙なモノを拾った。


 日に当たらなければ真っ黒に見える黒茶色の短い髪に、色素の薄い胡桃色の目。

 のっぺらとした東洋系の面立ちをした若い人間の若者。

 

 別に顔立ちが似ているわけではないが、友人達に似た黒髪と、放っていた生命力に近しいものを感じたのかもしれない。


 自分は、貪欲に生きようとする戦争孤児を拾った。




「―――黙って探せ、馬鹿弟子が」




 寒村の生き残りで、ろくに言葉も喋れなかった。

 文字の読み書きなどできるはずもない。


 最低限の読み書きを教え、身を守れる程度の武術を教え、いつの間にか『師弟』という関係になっていた。


 言葉を話すようになってからは『弟子』前に『喧しい』をつける必要があるだろう。




「し、しどい!オラ、もう三日もろくに食べてないし、狩った獣少しぐらい分けてくれてもいいと思うっス!―――というか、街中じゃないんスから、普通に歩いて欲しいっス。師匠時々無視するから、本当にいるかどうか、わかんないっス」

「それはお前の、技量不足だ」




 弟子の伸ばしてくる手を遠ざかりながら、ため息をついた。


 容姿が聊か目立つため、姿消外套(スニーキングローブ)を被っている。


 近くで見ても、僅かに空気が歪んで見えるほどの精度だ。


 この魔法道具の存在を知らなければ、違和感を感じるかどうかといったところで、注意してよく見れば、分かるだろう。気配もある。


 種族的に森の中の動きに友人と遜色ないであろうが、万が一ということもある。


 遠くの人間の存在を精霊が知らせてきたので、『気配遮断』を発動させた。




「く、くぅっ!ほら、ラ・イオさんも―――」

「シっ」




 もう一人、隣を歩いていた友人が手で制した。

 

 どうやら、彼も森の中に自分達以外の存在に気がついたようで、鼻をピクピクと動かしている。


 遠くではあるが、この距離で気がつくとは流石である。

 彼もまた種族的に自然から恩恵を受けているとはいえ、精霊使いでもないのに。


 友人も直ぐに口元を隠し、姿消外套(スニーキングローブ)を発動させ、長身をあっという間に森に馴染ませていった。




「気がついたか」

「アァ……少シ数ガ多イ」




 声を潜めた会話に、僅かに緊張を浮かべて弟子が口を開く。




「あ、あの……こんな森に、オラたちの他に居るんスか?」




 魔物以外に、という暗喩に頷こうと思ったが、どうせ見えてはいまい。

 代わりにラ・イオが短い肯定。


 外套から手を出して、地面を指差した。


 いくつかの新しい足跡に、弟子が顔を引き締める。


 盗賊と対峙したのは、一度や二度ではない。

 イシュルス地方は他に比べると、治安がいいが、まったくないとは断言できない。



 『鷹目』で確認すると、団体が昼食の準備を始めていた。



 武装した騎士らしき男五名と見習いらしい少年一人。

 禍々しい赤の外套をした女弓使い一人に、料理を作っている同じく小姓一人。 


 イシュルス騎士団であろう。


 定期的に巡回をしているとは耳にしていたが、聊か人数が少ないことに違和感を覚えた。が、その中に見知った顔の料理人を見つけて、その情報を思考の端に追いやった。


 

 自分でも、凶悪に口元が歪んだのが分かった。





「―――あ、なんか嫌な予感」 





 こんな時だけ、勘の良さを発揮した弟子が一歩下がった。

 

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