Act 13. 昼食に走る緊張
たぶん、ここが私の見せ場だ。
この森に狩りに来てから、役立ってはいない私の存在意義を問われているのであろう。
仲間たちの期待が混じる視線が、痛いほど刺さっているのがわかる。
ぎゅっと、拳を握り締めて、円を描く。
放たれる業火。
上昇する煙。
沸点に迫る液体。
飢えた獣たちの唸りに怯えながら、心の中で泣いた。
いや、なんとなく見せ場なのはわかるよ?
たぶん、現代もやしっ子の私が狩りで役に立つところなんてないだろうから、あるだけマシなんだろうけどさ。
なんか、腑に落ちない。
+ + +
「日が高いな……昼ぐらいか」
そりゃぁ、あんだけ太陽が高ければそうかもしれない。
12時というにはまだ早いと思うが、言われてみれば、ほとんど休憩らしい休憩もなく、ずぅうううっと、狩りが延々と続き、空腹な気がするし。
「そうね、お腹好いたかも……ミコ、今日のお昼はなに?」
………ん?
なぜに姉は当然のように、私に昼食を催促するのかね。
勿論、出陣前まで遺書を書いていた私にそんなものを用意している時間はなんて―――
「べしぶっ!」
―――すみません、準備などしておりません。
似非とはいえ聖職者とは思えない拳を受けて、世紀末的な世界で北斗なんたら星の攻撃ですでに死んでいるような悲鳴を上げて、私はひれ伏した。
「まぁまぁ、肉なら大量にあるんだし、焼いて食べればいいんじゃないか?」
そういって、『肉なら大量』の時に、私の襟首を持ち上げないでくれ兄よ。
私の屍からの肉という連想しちゃうじゃないか。
というか、もう午前中の狩り祭りで、うっかり料理長の解体が視界にはいって、そりゃもう胸が悪いというか、調子が悪いというか……吐き気が。
「…………昼は、肉と水のみってこと?」
「まぁ、そうなるか」
物凄い不満顔の姉。
爪を噛んでいないので、まだギリギリセーフだろう。
が、万が一夕飯まで肉祭りだったら『体型崩れるじゃないの。爪っていい武器になるわよね、お前の肌で爪とぎしてみようかしら、ミコ』ぐらいの顔をしている。
てか、なぜ私!
料理長がいるだろう、料理長が。
水を入れた皮袋とかなら、各自騎士たちは持っているし、私たちの分は料理長が四次元的な鞄に入れてくれている。
「食事はたいていパンと干し肉とか干し葡萄かなぁ~。狩りだから後は現地調達とか?塩とパンと火打石なら、もってきてるけど……」
「半日程度だったら、普通はそんなもんだろう」
チャラ男の言葉に、スキンヘッドが答える。
すぐ家に帰るわけだし、最悪狩れなくても、パンがひとつ当たるようだ。
荷物がかさ張って動きが鈍るのはいただけないし。
一応、狩りは成功?しているのだから、肉も焼いて塩をかけて食べればいいと。
軽いキャンプ状態だ。
木炭、ライター、マッチ、金網やら、なんでも買えばすむ手軽さに慣れた現代人なので、手間取るだろう。
そもそも木に火をつけるというのは割と重労働である。
よくわからん火打石でどのくらい―――って、兄、私の指を焦がしたぐらいだから、火の魔法使えるのか。
「こういうこともあろうかと―――第一厨房相談役からお預かりしてます……きっとミィコ殿が必要とされる、と」
す、と四次元的な鞄から、大き目の水筒を取り出して、私に差し出す料理長。
なぜ私に寄越すんだ。
っつーか、そも第一厨房相談役って誰だ。
この家族用の魔法瓶の水筒から推測するに―――いや推測するまでもない―――エプロンの大魔王か!
てか、成り行きで受け取ったけど、水筒だけでどうしろと!?
中身は透き通るような琥珀色の液体と風味豊かな匂いから察するに、鳥系の肉と野菜っぽい出汁のようだ。
脂肪は固まりきってないので、冷め切ってはない。
ナイス魔法瓶。
それに、まったく余分なものが浮いていないところを見ると、きちんと濾してあるのだろう。
母、相変わらずいい仕事である。
あれ、朝に母に抗議をしに厨房に行ったときに、鍋がぐつぐついってたのは、これだったのだろうか。
それにしては、いつから煮込んでいたんだ、これ。
……なんかこう、十分、二十分って感じじゃないし、実は朝食の前から煮込んでるぐらいじゃないだろうか。
そこら辺から、娘を狩りに行かせる気満々??
もしかして、マドレーヌ姫の事がなくても、すでにフラグがたっていたのか!?
「それから、これと…これと、これが―――」
出しすぎ!出しすぎです!
あれよあれよという間に鞄から、鍋、お玉、野菜っぽいもの、調味料、深めの皿……いつの間に入れたんだ、料理長よ。
そこで、ぴきぃん!と閃く自分が怖い。
ある意味料理に関してはニュータイプか!私よ!
この母が料理長に渡した材料の未来は、ポトフのようだ。
たぶん、私たちの取ってきたお肉を入れると完成という―――母の狩りに対する執着を感じるよ―――料理にしてくれたようだ。
昼が野菜のスープだけというのは、育ち盛りの私には……あ、別に十分だわ。
問題は兄だ。
体はしゅらっとしているくせに、よく食うんだ奴は。
ここら辺は父というか叔父似である。
「よし、ここで休憩にいたしましょう」
コンパスと地図を見ていたジークが即決で声を上げると、料理長とチャラ男が賛成した。
姉と兄は言わずとも、といった状態だ。
……まだ、作るなんて一言も言ってないんですけど、なぜキラキラとした瞳で私を見るんだ!
「夜営でもないのに、こんな所で料理だと?」
隅っこで灰になっていた感じの騎士(目つき悪)が『お前は馬鹿か』みたいな感じの顔で、ジークを睨み付けている。
「そうか、お前はまだミィコ殿の料理を食べてはいないのだな」
そういえば、姉のパンツ見て、車の中では気絶していたっけ。
金髪もスキンヘッドも食ったことないだろう。
「………だというなら、なんだ」
「ミィコ殿の料理は、とても美味しいんですよ?」
にっこり笑う王子の言葉に、料理長が頷く。
ありがたいお言葉が身にしみる――――が、作るだなんて、一言も言ってないんですけども。
「し、しかし王子……」
頑固な騎士(目つき悪)ではあるが、王子の言葉には耳を傾けているようで、困ったように眉根を寄せた。
その顔がさらに怖いというのは心に潜めておこう。
「まぁ、別に食べたくなければ、食わなきゃいいだろ」
その金髪騎士の言葉に納得したのか微妙だが、騎士(目つき悪)は『毒見役になればいいのだろう』と吐き捨てた。
どうやら、王子の毒見役になられるようだ。
「っつーか、こいつが作るのか?せっかく料理長がいるのに」
そうだ。当然の疑問だ。
料理長はニコニコと嬉しそうに頷いている。
……だけど、しつこい様だが、私は作るなんて一言も。
「ミコ、これでいいか?」
振り返ると、背後ではいつの間にか、スキンヘッドが手ごろな石で竈もどきを作っており、兄が火を放っている。
その上には鍋の準備がされていた。
+ + +
そして、冒頭に戻り、鍋をかき混ぜるに至ったのであった。
みんなのお腹が鳴っているのが聞こえるが、こればっかりはどうしようもない。
野菜が柔らかくなるまで、最低三十分は煮込みたい。
しかも、当の兄は設置するだけして『摘んでくる』とよくわからんことを口にして、ふらりと一人で森に入っていった。
花を摘んでくるという意味か?
トイレか?
年頃の娘な妹たちを気遣って、言葉を包んでいるのか。なんと不気味な心遣い。なんかあるのかと勘ぐってしまうではないか。
「どれくらい?」
「後、二十分はかかる」
「デザートは?」
……いや、本当なにも準備してないんですよ。私。
どんな無茶ぶり。
まさか、姉相手に『じゃかあしい!パン食ってろボケ!』とはいえな―――いたたたた、姉すみません、弓でぐりぐりしないでください。
料理長を見ると困ったように首を横に振る。
母からはこれ以上もらっていないのだろう。
よく見ると、魔法の鞄の中身が一覧表になっているのが、浮かんでくる。
大量の肉と素材。
止血剤、回復系の薬に、包帯。
それに残った調味料と果物と野菜?、酒類、小麦粉、卵まで、色々入っているのがわかる。
「小麦粉と、牛乳と卵」
「申し訳ありません。他の材料は入れてこなかったので……」
「入ってる」
「え?」
料理長に手を伸ばすが、困惑げな顔をしており、鞄から出す気配がない。
ポトフは料理長煮込みにお勧めの『なにかの肉』からでてくる灰汁とりは諦めて、魔法の鞄の蓋をぺろりと捲る。
中に手を突っ込むと予想以上に……なんか気持ち悪かった。
冷たくも暖かくもなく、鞄の中のはずなのに、無限に空間が広がっていような感じだ。
卵三つと、牛乳瓶、砂糖、ワイン、小麦粉―――まさか、業務用一袋だとは思わなかったが―――を取り出す。
小麦粉×3って、どんだけ小麦粉入れたんだ。
あと、林檎(大きさが1.5倍ぐらいあるけどね)でいいか。
林檎パイもどきなら、すぐできるだろうし。
「こんなに入っていたために、重量が……」
料理長の戸惑いの様子から、料理長でも母でもないようだ。
となると―――叔父の可能性が高いが……叔父がまともに料理をできるとは思わないんで、たぶん武器として入れられていたのだろう。
卵を焼こうとしただけで、フライパンを壊すからね。
レンジDEちん、シリーズも怪しい。
デザートは兄も食べるんだろうか?
というか、どっちだ?デザートメインかポトフメインか?それによって作る量が若干異なる――主に私の食べる量が左右される。
いや、めんどくさいからフライパン限界まで作るか?
……てか、兄トイレ長いな。
まさか、兄に限って迷子はないだろうが、無駄に高いエンカウント率を発揮して、未知の生物と邂逅なんぞしてるんじゃなかろうか。
地図上のギリギリに兄であろう青い点があるので、一キロ以内にはいるようだ。
というか、もう一個青い点があるが。
誰だろう?
見渡すが、兄以外全員揃っている。
「―――っ!」
私は驚いて、林檎を落とした。
いや、兄のほうはいい。兄の近くの青い点は、誰かはわからないが、味方なのだろう。
問題はこっちであった。
料理してたので、地図なぞしっかり見ていなかったが、『黄色い点』が近くにあるのだ。
400メートル――いや、もっと近いかもしれない。
それも一瞬にして、数メートル前進した。
騎士たちは警戒しているものの、戦闘態勢になっていないところを考えると、気がついていないようだ。
それとも、気がついていて、放置しているのか。
警報がならなかったので油断していた。
思わず舌打ちする。
「ミコ殿―――?」
私は細剣を抜いて、黄色い点と姉を結ぶ線上に身を置いた。
兄が居ないとなると、姉を守るのは私の役割だ。
その私の行動で察したのか、木陰に腰掛けていた姉は、素早く弓を手にしたまま立ち上がる。
「猪じゃ、ないわよね?」
「わからない、けど、なんかいる」
不思議そうにしていた騎士や王子は私たちが交わした言葉に、騎士たちが周囲を警戒し、自然と弟王子を守るような陣形を組む。
目を細めたジークは料理長と共に剣を抜いた。
「……なにもいないだろう」
騎士(目つき悪)は私の視線の方向を眺めて、首を横に振った。
そう、確かに誰もいないように見える。
しかし、黄色い点は視線の方向にあり―――私だけは、それの居場所がわかった。
木々の上に小さなステータス画面が見えているのだ。
文字までは判読できない。
「上」
それも、風が強くなった音と揺れる木の葉に紛れて、隣の木に移動しやがりました。
騎士(目つき悪)が視線を向けた時には、もう居ない。
やっかいだ。
こちらの言葉が聞こえているような気がするし、敵か味方かもわからないが、あの隠密性をもって、近寄ってきている時点で、怪しさ大爆発だ。
騎士達も気がつかないとなると、よっぽどの魔物なのだろう。
くそう。兄、遅すぎだろう。
ぐつぐつと、鍋の音と、緊迫した空気が流れていた。