Act 12. ……帰ってもいいですか?
かれこれ私は十五分以上も動き回っている。
一対一。
さすがに常日頃は兄の背後をぴったりとマークするが如く、一番安全な場所でのうのうとしている私には、荷が重い。
ゴブリン戦も、後方支援だったしね。
一人で私が、相手の集中砲火を浴び続けているが―――いや、避けてるんだけど―――誰も手を出さない。
この聖戦とも呼べる戦いの動向をただ見守っている。
決して、兄の欠伸をかみ殺していないし、姉がどこからかだした爪削りで爪を磨いてたりもしない。最初は応援していた騎士たちも、すでに飽きた様子で、狩場の相談なんかもしてない。まともに剣を構えているのが、弟王子とジークだけで、その背後で『俺もあんな時代があったなぁ』みたいな微笑ましそうに料理長が見守ってたりもしない。
……してないったら、してない。
あ―――姉、右手の中指の花の模様が取れてるけど、戻ったら花柄塗りなおす?
なになに、その花柄はもう飽きた?
新しい模様がいいの?
じゃあ、真実子の今秋コレクション新作の熊が――――やめて!姉、弓向けないで!追尾機能ついてるから!
ツッコミはスリッパから裏拳まででお願いします。
――――ともかく、強敵である。
私は習いたての細剣を掠らせる事すらできずに、ただ体当たりを避ける防戦を強いられていた。
こちらに体当たりをする姿は、もはや白い流星といっても過言ではない。
敵が後ろ足に力をいれ、角の付いた額を下げた。
その角を生かして、体当たりの時に刺すというえげつなさ!
来るっ!
この魔物の渾身の一撃をひらりとかわs――――って、あ。
「ミコ、まだか」
滑るように間に入ってきた兄が、体当たりしてきた魔物の頭を、アイアンクローするように片手で止め、眠そうに目を擦っている。昨日は睡眠時間少なかったんだっけ。
さすが、チート兄、魔物を片手で止めるとは……めっちゃ、もがいてますけど、魔物。
まだかと、言われても困る。
「……だって」
こんな凶悪な魔物と戦わさせられるとは思わなかったのだ。
その姿をよく見ろ!
真っ白で柔らかそうなフワッフワの体毛。
くるん、とした尻尾。
円らな赤い瞳。
サイドについた長い耳。
額に角がなかったら、完全にウサギである。
森で一番弱い魔物でお願いしますと頼んだら、主に兄オンリーで三戦ほど終わった後に、出てきた食材レベル0のホーンラビットと呼ばれる魔物が。
こんなに可愛い生き物を殺せだなんて、なんて非道な人間なんだ!
ちなみに料理長の食材レベル0とは『一般市民でも頑張れば、普通に狩れます』である。
「こいつに経験値になってもらわんと、お前がゴブリンの経験値になっちゃうんだぞ?」
あ、まだ私前線にでる予定なんだ。
ゴブリンの経験値は嫌だけどさ、他にもっと凶悪な感じの見た目で、レベルの低い魔物でお願いします。
「微妙な感じで我侭な……ともかく、お前さんの方が確実に強いんだから、さっさとな。時間は有限だぞ。ほれ」
手の中で暴れるホーンラビットを放り出す兄。
「あ」
どうやら勢いがありすぎて、頭から変な角度で着地しちゃったホーンラビットは石に頭を受けてHPが0になったのであった。
『あ』って、まさか、うっかりなのか!
初歩的なミスが!?
「……兄?」
「悪い悪い。なんか眠くて、力が……」
もしかして、レベルが上がりすぎて力の加減が?
額から流れる汗は、ホーンラビットの体当たりを避け続けていたせいではないだろう。
これは由々しき問題である。
万が一であるが、兄の力加減が間違って、私のボケに対する他愛のないツッコミで即死したらどうしよう。こないだの叔父のメリーゴーランドDXや、でこピンで瀕死になっているだけに、恐ろしい。
兄の裏手で、死亡する妹―――嫌過ぎる!
その後、私は、出てきたホーンラビットを一撃必殺で倒したのは言うまでもない。
生き物を殺すのには抵抗があったが……正直、我が身が可愛かった。
+ + +
「まぁ、お前が頼まれたお使いだからなぁ―――っは!!」
気合の入った掛け声と共に、鈍い色の刃が煌く。
森を風のように駆け抜ける大きな黒狼の一匹が、まるで兄の刀の軌道に吸い込まれるように現れて、首から真っ二つになった。
スピード、行動パターン、地形などから予測していたのだろう。
黒狼の速さが逆に仇となり急ブレーキなどかけれるはずもなく、凶暴な『百人切呪詛刀』の餌食となった。
遅れて噴出した紫色の血が、地面に歪な模様を描く。
数秒の間を置いて、首なしの黒狼が倒れる頃には、半身を翻した兄の剣先は、すでに別の黒狼の眉間へと吸い込まれていた。
刃を抜くより先に、兄を狙って横から突進してくる黒狼×2。
私は腰からぶら下げたシザーバックから、ゴブリンの魔石を取り出して、左手に持っていたパチンコで、黒狼の進路上に放つ。
地面から湧き上がるように円錐の岩が出現し、身を翻した黒狼に傷を与えたが致命傷になることはないだろう。
稼いだ時間は、きっかり四秒。
チート兄には十分である。
兄の刃は黒狼の眉間から抜かれて、体制は立て直され、滑るように移動した。
それにあわせて、私も立ち位置を変える。
常に兄の死角となる真後ろ辺り。
一番、安全だ。
「ちょっとっ!服に血が飛んでくるじゃないのよ!『守護者の盾』」
まったくもって、その通りだ。
兄に非難の声を上げつつ姉は、大地を蹴った黒狼の一匹に、詠唱破棄で不可視の壁を魔法で作り攻撃を遮る。
姉は、まだ隠し玉を持っていたらしい。
衝突し、己の速度でダメージを受けて自滅した黒狼は叩かれた犬のように切ない悲鳴を上げて、鼻っ柱から流血して、弾かれた。
しかし、悲鳴を上げるということは生きていることだ。
その前にぶつかった黒犬達のように、首の骨を折って即死ということはない。
防衛の壁はガラスのような音を上げた所から察するに、耐久性0となり消えたのだろう。
ため息を零しながら私は、親指で指輪を擦る。
「無限の棘」
MPが失われた代わりに、掌に現れた刃渡り十センチほどの果物ナイフを投げつけた。
叔父とダーツで鍛えた腕は鈍っていなかったようで、喉元と心臓を少し外しながらも命中に至った―――と思いたいが、姉曰く、風の低級精霊?が軌道補正してくれているようだ。
すみませんでした。
前に虫除けスプレーで撃退して。
どうやら私は風の属性に適性が一番強いようで、周囲に集まっているらしい。
しかし、それは姉の魔法を補助と強化してもいるので、戦闘中に追い払うのはご法度となった……周囲に気配だけあるって、怖いんですけど!?
ともかく、今度こそ絶命したようで、黒狼から悲鳴はない。
最初は命を奪う事に罪悪感もあったが、相手は存在を認識した瞬間、殺意放って全力で私を殺そうとしているのだ。
抵抗せず殺されないという選択はない。
我がなけなしの良心には目を瞑っていただくことにしよう。
「悪ぃ悪ぃ。後で洗うから―――ミコが」
って、私が洗うんかい!!
などと心中でツッコミを入れた時には、進路妨害で負傷した黒狼の一匹は既に天国へとお引取りいただいており、すぐにもう一匹もお供したようだった。
が、ステータス画面はレッド。
目視できないが、一キロ以内に敵の存在がある。
しかし、私の眼鏡越しにはマップが表示されているので、魔物の場所は赤い点となって存在場所を教えてくれる。
エーと、姉の立ち位置から考えると――――
「姉、十一時、六十メ―――」
ひゅぃん。
私が言い終わるより先に、弦を弾く乾いた音が響いた。
姉の重たい朱色の豪奢な外套がはためく。
その手にある『七色の女王の弓』に、はめ込まれた黄緑色の魔石が輝き、放たれた魔力だけで構成された矢が、風属性の保護を受けて、美しい黄緑色の軌跡を描き、加速した。
木の後ろにいたであろう敵に向かい、矢が湾曲する。
矢を受けた音、鈍器で殴ったような鈍い音と、姿無き敵の短い悲鳴。
矢受けて、そのまま何かに当たって死亡ですか。
どんだけの威力だよ、弓は。
「馬鹿、六十メートルもないわよ」
あ、私の場所から六十メートルぐらいか。姉、メンゴメンゴ。
ちょっと地図の距離計算が難しい。
ステータス画面はレッドからブルーへ。
敵の急所を射抜いたのであろう。
ログ表示は姉のクリティカルヒットの文字。
「―――…ん。殲滅」
変わりにはめ込んでいた魔石のひとつが粉々に砕けて、残りが二つとなった。
なので、腰から下げたシザーケースから出して手渡す。
先ほどから料理長の解体の合間に拾っていたので、最初は数個しかはいってなかったのに結構な数がある。
う、うーん?やっぱ、完全に私いらない子じゃね?
細剣を、ほぼ使ってない。
この森の―――えーと、なにかが叫んでる方の森は、静かな方の森よりも魔物が多いらしい。しかも普通の動物もでかすぎる。奥に行くにつれ、普通に木々も馬鹿でかい。
まるで小人になったかのような軽い錯覚すら覚える。
戦闘中は眼鏡が邪魔くさいようで、兄には画面が見えていない。
終了を告げると、周囲を警戒していた兄は、愛刀に纏わりつく紫の血を一振りで飛ばすと、鞘の中に収めた。
どうやら、兄の『百人切呪詛刀』は手入れを必要としないようだ。本来なら切れ味が落ちないように時代劇のようように紙で拭う所だが、鞘に収めると切れ味が戻るようだ。
このチート武器め!といいたい所だが、刃こぼれされても困る。
多分、研ぐことになったら、私がやらされそう。
「う、わぁ~……やっばいねぇ……」
よくわからない感嘆を零して、チャラ男が首を横に振っている。
隣でジークはブツブツ呟きながら天を仰いでいるので、よっぽどなのだろう。
騎士(目つき悪)は悔しそうな表情だし、金髪は口を開けたまま閉じないし、料理長に至っては遠い目をしている。
弟王子だけが苦笑に留まった。
どうやら彼らも自分に向かってきた黒狼は倒したらしく、姉が倒した何かで最後だったらしい。
黒狼は食材レベル2『一般市民は逃げましょう』なのだが、実は集団で行動する習性があって、五匹ぐらいまでレベル3で、十匹以上になるとレベル4『冒険者が3名以下の時は逃げましょう』になる。
まぁ、軽く二十匹ぐらいの集団だったけどね。
「…あ…ありえねぇ……」
スキンヘッドが頭部まで青ざめて、目元を押さえている。
チート万歳!な兄は初戦のイシュルス鹿では一太刀で角を切り落とす、切れ味の良さに戸惑っていたようだった。
その後はフルスロットである。
迷彩サソリ、ビックスパイダー、グリーンワーム、角猪――――定期的に街道を巡回し、この森で魔物との戦いに慣れているはずの騎士たちがドン引きするほどのエンカウント率の高さ。
通常は森の浅い部分に入っても、一時間に戦闘を二回ぐらいするかどうか、らしい。
が、一体で出現したのも入れると―――敵少ないと兄一撃抹殺―――少なくとも余裕で十戦はしてる。
日曜日に兄と共に町に遊びに行った時ぐらいの敵の遭遇率だ。
何度撒いても、再び現れるという姉のストーカー並にしつこいのなんのって。
あれ、今日一日結局走ってただけじゃん、みたいな?
摩訶不思議、岸田家クオリティ。
っていうか、エンカウントの高さの原因は、兄姉だな、これは。
森に入ってから、どれだけ遭遇したというのだ。
っつーか、魔物と戦っているときに、魔物からバックアタックって洒落にならん。
主に兄の背後にいる私が死ぬ!
こっちの戦いが終わるまでマテや!といいたいところだが、RPGの戦闘じゃあるまいし、お待ちいただくことはない。
それ以上に、姉の存在が目を引いた。
姉は騎士達に守られる回復薬的なポジションだったというのに。
この戦いっぷりである。
一対一の場合は兄が前線と私が中衛で戦っていたのだが、弓で援護から始まり、じりじりと前にでてくるので、兄前線、中衛私と姉二人で戦っていた状態。
姉のレベルアップ音が幾度も響き渡った。
正直、三、四戦目辺りから、姉を組み込んで戦略を兄が立てたが、戦闘終了の早いこと早いこと………やっぱ、私お留守番でよかったんじゃない?と本気で零したら、兄が笑って冒頭の一言を投げてきましたよ。
そもそも、魔法ってのは呪文が必要らしい。
これは二つに別れて『祈り言葉』と『鍵言葉』である。
本来どちらがかけても発動しないと言われているのに、姉は『祈り言葉』を無視して『鍵言葉』の単語で魔法を発動させたりするせいだろう。
まぁ、弱点もあって、先ほどの『守護者の盾』というバリアーみたいな魔法は、本来あの兄の剣筋を2,3度防ぐぐらいに物理強度があるはずなのだが、『祈り言葉』を無視すると黒狼が体当たりしてきただけで、砕けてしまう。
……だが、『本来は『鍵言葉』だけでは、発動しない』とチャラ男談。
実は私もやってみたが――――でけた!
もとい、できた!
なんと鍵言葉だけで発動した。実は魔法は鍵言葉でも十分発動するので、兄の火も姉の回復魔法も使えるのだ。
兄、昨日私の怪我直したと思ったら。
ふふん、私もやればできる子だったのだ!と思ったのだが、姉の鍵言葉だけの発動はドアより一回り大きい位の大きさで強度が兄の剣筋一回防ぐとすると、私は文庫本サイズで兄のドアノックが限界。しかも一回で粉々。
どれくらい姉が凄いか、ご理解いただけたか。
姉は形が変えられて、ハートマークにもできるらしい。
どうせ私は形なんか変えられないよ。
兄も試してみたが、小さな盾――A4のファイルぐらいの大きさができた。
形は変えられないみたいだが、魔力は消費するが、強度を上げたり、一回の呪文で二つ出現させられたりという鬼チートぶりを発揮した。
あれ、目頭が熱い……な、涙だじゃないんだから!心の汗だから!
さくさくと魔石を探し、種類別に分けてポケットに詰め込みながら、死屍累々の間を駆け抜けていく。
料理長は『死体解体』を発動させ、肉、資材に手早く分けている。
背後から聞こえる生々しい音に振り向かぬように気をつけながら、魔石ゲットだぜー。
姉の弓は魔力消費するけど、矢要らないし、休めばMP回復するし……ふ、ふふ、所詮、兄も姉もチート武器さ。
「流離人って、みんなこんな感じなのか……?」
スキンヘッドから呆れを含むような疑問に、代表で私は肩を竦めて答える。
―――他の歴代の流離人なんて、しらんがな。
しかし、我が家は叔父も含めて、常にこんな感じだ。
わかるのはチートの人間は異世界にきても、やはりチートなのだろう。
うん?チートだから召喚?されたのか?
………あれ、だったらなんで私も召喚?されたんだ?




