Act 11. チート街道爆走中
ぶち。ぶちぶち。
私はしゃがみこんで、草を毟る。
草毟りを楽しむって変な話だが、無心になれるのでいい。
気分だけは悟りの境地。
時々、頑丈な草と草を結んで罠も作りつつ、手に届く範囲を毟って毟って、毟りまくる。
テレテテッテテー
私が長年編み出した、やるせない感情を消化する術の一つといってもいい。
何年兄姉と付き合ってると思ってるんだ。
十八年もだぞ?
朝だろうと、昼だろうと、雨だろうと、雪だろうと関係なく毟る―――って、雪降ってるぐらいなら、毟る草ないわ。うん。
テレテテッテテー
そりゃあ、チートな兄姉は知らないだろうが密かに煮え湯を飲まされ、枕を何度、濡らして眠る日々を過ごしたであろうか。
うん、作りからしてきっと違うんだ。
やはり、叔父が言ったように私は橋の下から拾われて――――
テレテテッテテー
――――って、姉のレベルアップ音、煩いわ!
くっ、消音はどこだ!神よ!なぜ消音機能をつけなかったのだ!
角猪のLv11をハリネズミにして、ついでに援軍の角猪を倒したお陰で、レベルが連続であがっていた。
+ + +
【岸田 由唯(22)】 職業:僧侶(Lv7) サブ職業:弓使い(Lv4)
HP:265/265(+30)
MP:413/433(+30)
【筋力】 32 (+3)
【俊敏】 45
【知性】 57
【直感】 40
【器用】 45 (+3)
【精神】 79
【魅力】 141 (+2)
【幸運】 54 (+5)
【技能】 [魅惑] [真瞳] [瞬発]
[癒しの心] [風読み(ヴァンリール)]
【補正】 母の慈愛 父の加護 叔父の擁護 ヴィヴェル神の加護
HP・MPボーナスUP
【EXP:1913】 【次のレベルアップまで:18】
【ボーナスポイント】 189 P
+ + +
今は前線にでれるか、というと微妙なところだが、さすが姉である。
最初の一戦で、これだけのレベルとは。
私の方が先にゴブリンと対決して経験値を手に入れていたにもかかわらず、驚きの成長率である。
しかも、あの目の痛い外套は、HP・MPまでサービスしているらしい。
……なんか、すぐ追い越されそうな気がする。
角猪は強かったらしい。
それに、レベルも結構高かった。
料理長に言わせると、食材レベル3らしい。10段階で3である。しかも今回のはでかかったため、4ぐらいになるんじゃなかろうか、とのこと―――ちなみに、こちらでは正確なレベルという概念がないようだ。
ちなみにレベル3というのは並みの冒険者が一対一で勝てる?程度らしい。
料理長よ。レベル10はどうやって狩ったんだ?
背後で料理長は結界―――水晶みたいなのを四隅に置いただけだが―――を設置した後、それを解説しながら、スキル『高速解体』という妙技を発している。
ぐちゃ!ぶしゅう!って音がするから絶対そっち向かない。
否、向けない。
これが映像だったら、R18である。
切実にモザイクをかけてほしいぐらいだ……そういうスキルないかな。
いくら魔物とはいえ―――角猪よ、安らかに眠れ。
ともかく、その強い角猪を姉一人である。
正直、チート武器『七色の女王の弓』の恐ろしさをなんと言っていいのかわからない。
姉は弓など使えないはずだった。
どうやら昨日練習していたらしいが、前に飛ばすのも、けっこう苦戦していたらしい。
だが兄言われて、初日で拾った魔石を貰い、あの弓の穴に突っ込だようだ。
なんかこう、力(魔力?)が収束しているのがわかるとかで、矢を持たずに弦を引いたら―――あら不思議、輝く矢が物質化して、現れたのだった。
めでたし、めでたし。
ただ、数回放つと、魔石が砕けるので、制限がついているようだが……十分じゃない?
料理長は前にも見たことがあるようで関心してた。
本当に稀なんだってさ。
買い物に来ていなかった騎士(目つき悪)は、開いた口が塞がらない状態だ。
「ま、まさか、遺物をもってるなんて……」
さすがに馬車の中で静かに、姉に鼻の下をでれーと伸ばしていた金髪騎士も、スキンヘッド騎士も心なしか顔色が悪い。
きっと、姉にいいところ見せよう!とか思っていたに違いない。
甘い甘い。
姉は、人の想像を二十五度斜め上を行くんだよ。
むしろ、助けられないように気をつけたほうがいい。
助けた時の姉のカッコよさは半端じゃない。
思わず目がハートになるよ。あれは――――あ、あれって『魅惑』作用なんだろうか?
「……お前のねーちゃん、って……」
それは昔から、何遍も聞いた馴染みのある台詞である。
ちなみに『ねーちゃん』の部分を『にーちゃん』にすると三倍ぐらい聞いたと思う。
なにもいうな、金髪よ。
きっと私はサーカスの団長に口減らしのために、人外魔境の岸田家に食料か雑用として庭に投げ込まれたんだ。
+ + +
「お、次こそ俺だな―――って、ちょっと数いるな」
解体が終わり、歩き出してから、五分後ぐらいである。
遠目では凶暴な魔物なのかよくわからない。
普通の毛並みなのだが重々しい赤の斑点がある鹿で、角は森で引っかからないのか?と疑問が沸くほど雄雄しい。
そんな巨大な鹿が四匹ほど、一キロ圏内に入り、相手は気がついたいないようだ。
まんま、名前は『イシュルス鹿』。
この地方にしか出てこない魔物で、料理長の食材レベル4。
ちなみに眼鏡越しのステータスの表記は、遠すぎて見えないが、兄なら平気だと思われる。
「ま、待て―――お前は知らないかもしれないが、イシュルス鹿は、敵対すると厄介だ。あの数だと、全員でかかったほうがいい」
と小声で騎士(目つき悪)が忠告してくる。
つまり一人でかかるのは論外。
勿論私ならば有難く忠告を聞いて、逃げるが上策と踵を翻してダッシュである。
が、相手は兄である。
「あ、大丈夫だ。一応、先に二体にする予定だから。先制攻撃だしな」
キラキラと光を飛ばしながら、爽やかな笑顔を浮かべている。
『じゃ、行ってくる』と一人で、止めるものたちをやんわりと宥め、滑るように歩き出した、その技はたぶんスキンヘッド騎士の技能なのだろう。
ちゃんとした足場などないのに、草を踏む音は極小である。
風が吹き、ざわめく森の音にかき消されていく。
「くそっ……あいつ、俺より使いこなしてやがる」
ぼそりと、スキンヘッドの呟きが聞こえ、私は苦笑する。
師匠は弟子に追い越されるためにいるのだよ。
兄に限っていえば、その間隔が異常に短いだけだとご理解ください。
全員が見守る中、兄はイシュルス鹿に近づくより先に、抜いた刀を振りかぶり―――その剣筋は十字を切った。
空間が歪み視覚化されるほどの強烈な風圧で出現する。
クロスエッジ。
あからさまにゴブリン戦で見せた時よりも研ぎ澄まされて発動した。
元々武器が金属バットでもかなりの威力だったのだ。
しかも、連続。
消費MPは変わらないものの、そも基本MPも桁外れだ。
「あ、やべ」
なんて兄の声が聞こえたような気がした。
二回放たれたクロスエッジは、三体のイシュルス鹿を四分割にして、即死判定。残っているのは一体のみ。予定としては、二対一にもっていきたかったのだろう。
笑うところか、吐くところか微妙な二択を迫られた。
思わず、遠い目―――こっちにもモザイクかけて欲しかった。
声とは裏腹に、躊躇なく進む兄は完全にイシュルス鹿の領域内に入った。
吼えたイシュルス鹿の太い角が刀と交わる。
刹那。
スコンと、小気味いい音が響く。
「そんなっ!」
今度は金髪騎士の叫びだ。
兄の『百人切呪詛刀』の切れ味は残酷なまでに鋭い。
なにせ、イシュルス鹿の角を一太刀で、豆腐に包丁を入れたが如く、切り落としてしまったのだから。
どうやら、兄にとっても予想外らしく、前につんのめって両目を見張った。
それも一瞬で、重量のバランスが偏ったイシュルス鹿が体勢崩し、兄は後方に下がると片手で刀を振りあげた。
十分に事足りると判断したのだろう。
暫しの空白の後、首元に虚空を覗かせて、イシュルス鹿は朱色の飛沫を上げて絶命。
多分、自分が死亡したことすらわからないであろう。
判定はクリティカルヒット。
大きく揺れた体はどさり、と重々しい音で地面に倒れこんだ。
騎士が数名囲って倒すであろう四体のイシュルス鹿の、瞬く間の終幕に、誰かの嘆息が耳朶に届いた。
+ + +
【岸田 雅美(25)】 職業:戦士(Lv17) サブ職業:魔法使い(Lv8)
HP:1780/1781 (+50)(+2%)
MP:622/682 (+2%)
【筋力】 162 (+5)(+2%)
【俊敏】 129 (+5)(+2%)
【知性】 141 (+2%)
【直感】 82 (+2%)
【器用】 60 (+3)(+2%)
【精神】 127 (+2%)
【魅力】 125 (+2%)
【幸運】 51 (+7)(+2%)
+ + +
【技能】 [策略] [不幸中の幸い]
[一枚の壁] [剣技] [守護盾]
[底力] [慧眼] [調査]
[五感強化] [風読み] [愚者の杖]
[瞬発] [癒しの心] [自動回復]
[俊足] [起死回生]
【補正】 母の慈愛 父の加護 マルス神の寵愛 天才補正 火炎耐性
【EXP:8521】 【次のレベルアップまで:75】
【ボーナスポイント】 45 P
+ + +
「じゃ、次ミコだな」
「ま、死なない程度に頑張りなさい」
なんて、けろりと言ってのける兄姉に、私は冷や汗を流した。