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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
8/119

Act 07. 熊さんに、出会った~♪

 兄の身長は185cmぐらいある。

 その兄と頭ひとつ以上違うということは、2メートル以上あるだろう。

 

 それくらい巨大な熊だった。


 動物園で見たことのある熊など対比するのもおこがましいぐらいだ。

 後ろ足だけで立っているせいか圧巻の迫力である。


 しかも、口からはゴブリンの紫色の血をダラダラと流れている。


 癖のついた黒毛と白目のない緋色の目を持つ熊は、ただ立っているだけでも、気品というか、王者の風格があり、足を竦ませる。


 離れた場所にいるのに、そう感じるのだから、側に立っている兄は相当な威圧を感じるだろう。


 兄は瞬時に構えたが、黒熊は動かない。

 だが、視線を逸らせば、平手一発で即死するだろう。 

 

 

 鳥肌の立つほどの緊迫状態。



 はらはらと、動向をうかがっていた私だが、いささか妙なことに気がついた。


 さきほど、ゴブリンが全滅した後――途中で弓が飛んでこなくなったと思ったら、いつの間にかいなかったから、逃走したのか?――勝利のファンファーレらしき音が聞こえたのだ。


 ふ、とステータス画面を見ると、予想通り、最初見たときと変わらずに、青のグラデーション。


 警告されていない。


 つまり、こんなに近くに黒熊がいるのに、画面が赤くなっていないということは、黒熊は敵ではないということになる。


 刺激しないように、声をかける。



「兄、その人、敵じゃない…っぽい」

「まさに視線を反らせば、死にそうなんだが?」



 こちらに視線を向けず、兄は金属バットを構えたまま、黒熊を見据えている。

 ゴブリンと戦ったせいなのか、黒熊の威圧のせいか、額から汗が滲んでいるのが分かる。



「金属バット構えてるからだと思うけど……あの、もし、私たちの言葉が分かるようでしたら、数歩下がってもらえませんか―――えっと、カルム?カルム王子」



 ばっと、黒熊の大きく見開かれた――のかは、白目がないので――緋色の円らな双眸が私に向く。


 黒熊の丸い耳がピクピクと動いているのが、密かに可愛い。


 いや、今はそれどころではないけど。


 兄に視線が戻ると、こちらを刺激しないように、のたのたと黒熊は数歩下がった。

 二足歩行状態から四足を地面につけると、私を凝視している。


 ひぃ、穴あくからやめて。


 チキンハートには巨大熊の、獲物を狙うような視線は、厳しいんですけど。


 

「まて、俺には熊にみえるぞ」

「私にも熊に見えるよ」



 黒熊の動きにあわせて、数歩下がった兄は、ようやく金属バットを下ろした。



「でも、そう書いてあるんだもん」



 私は兄に眼鏡を渡した。

 こんな風に表示されているだろう。




  【カルム=フォン=イシュルス(18)】 職業:聖騎士(Lv21) サブ職業:王子(Lv19)


   H P:2981/3109

   M P:172/172




「おぉ、年が上だから兄とかか?なんで熊か知らないが…災難だなぁ」

「つーか、私たちからするとドラゴン並みの強さだね。あ、私たち、なんか――えーと、名前忘れたけど、あの子って名前なんだっけ」

「お前、ほんと興味のないこと忘れるなぁ…ゼルスター」



 そんな名前だったか。

 興味がないので、あっさり忘れていた。


 なにか、黒熊がうがうがと訴えられてるが、さっぱりわからん。

 

 熊から兄に視線を戻すも、首を横に振っているので、やはり三ヶ国語を話す兄も、熊言語は分からないようだ。

 

 わかったらわかったで、ひくけど。



「あ~…悪いんだが、なにいってるかさっぱりわからん。熊語は話せないし、理解できない」



 兄がそういうと、心なしか肩が落ち、がっかりした様子に感じる。

 やっぱり、黒熊はこっちの話は理解しているらしい。 



「で、お前の弟のゼルスターのことなんだが……」



 とりあえず、兄は真面目な顔で、黒熊に事情を掻い摘んで説明した。


 黒熊の弟王子がゴブリンに追われていたこと。

 治療はしたが足に怪我をして、私たちの家族のところで休んでいること。

 部下の人たちに、居場所を伝えに行くところで、森に残る弟王子の足跡を追っていること。


 黒熊に、人語で話しかけている兄は、傍からみたらすごくシュールだ。


 なんだか、御伽噺の国のようだ。


 

「ん~…後はないとは思うが、あれじゃないか?」

「なに?」

「話してるときに思ったんだが、よくあるだろう?後継者争いとかで、兄と弟がいがみ合っていて、殺意を抱いているところに変な情報流しちゃった、だったら不味くないか?」



 あぁ、よくあるパターンだよね。

 でも、その場合って大抵、弟が第一継承者の兄の命を狙ってるって感じだろう。


 ちらりと、黒熊を見ると、首を横に振っている。


 どうやら違うことを主張している。



「だとしたら、呪われてる時点で被害者はこっちの王子で、あの弟王子が加害者って事になるけど、それはなさそうじゃない?ぼやぼやしてたし」

「それもそうかぁ―――逆襲って可能性もあるだろう?」

「え、あるの?」



 思わず、黒熊に問うと、物凄い首を横に振っている。


 やっぱり違うらしい。

 うん、無表情なのに黒熊の必死っぷりが、ちょっと面白い。うぷぷぷ。



「首横に振ってるから、俺はそんなことしないぞ~の、アピールじゃない?」

「ん~~~」



 兄は顎に手を当てて考え込んだが、この様子だと深く考えてない気がする。


 しないよね?と話しかけると、こくこく、と頷いている。

 


「ま、いっか。俺たちには、王位継承権とか、まったく、関係ない話しだしなぁ」

「さっき弟王子、お友達宣言したばっかりじゃん」

「や、あれは、ああでもいわないと、あいつ自分で行きそうだっただろ?あの怪我じゃ、歩くのは無理だ。由唯のドクター…ナースストップがかかってたしなぁ」



 ってことは、足の傷はかなり深かったのだだろう。


 そうでなければ、姉が早々ドクターストップならぬ、看護婦ストップなどしない。

 プロレス好きの姉は、男は血を流して何ぼと思っている節があり、鼻の骨が折れた程度では、タオルをセコンドに投げたりはしない。


 むしろ、華々しく散れぐらいのことを、さらりと言ってのけるだろう。


 にっこりと、悪意のない満面の笑顔で。



「完全なる、成り行きだ」

「さいですか」



 相変わらず適当というか、懐が深いというか、めんどくさがりというか。

 ともかく、黒熊をどうしようかと思っていたのだが、気がつけばのっしのっしと重量感あふれる足取りで、近くに寄ってきている。


 ってか、若干、臭い。

 ゴブリンの紫の血の生臭い空気が漂う。


 一応、人間で言葉が通じるのだから怯えることもないだろうが、大迫力だ。


 格子のない動物園か、これは。

 これが3Dのテレビならば、即電源を切っている。

 

 なにせ、四本足で歩いていても、私の顎の辺りに顔がある。


 黒熊は、こちらが怯えていることに気がついているのか、伺うように上目遣いだ。

 鼻先からはくぅん、くぅんと、犬が甘えるような音が聞こえる。


 う、う~ん。緋色の目が、円らで、可愛いような気もしないでもないが…ちょっとでかい――いや、でかすぎるぬいぐるみだと思えば、大丈夫だろうか。


 ってか、割と、毛並みが綺麗じゃないか、ちょっと触ってみたいなぁ。



「ミコ」



 怒るかなぁ、激怒かなぁ。

 ほんのちょっとでいいんだけどなぁ。



「ミコ、和んでいるとこ悪いが、そろそろいくぞ?」

「え、は?う、ぅおう!ごめん!」



 無意識のうちに伸びた手は、見た目よりもずっと剛毛な熊毛を、もふもふしていた。


 触らせてくれたお礼に、パーカーの袖で、口の端から出てるゴブリンの血を拭ってやろう。

 黒熊――もとい、兄王子は成すがままだ。


 寛大な男らしく、私に噛み付いたりしなかったので、ほっと胸をなでおろす。

 

 

「で、どうする、カルム王子?一緒に行くか?」



 がう、と一啼きして、頷く―――どうやら、手を貸してくれるらしい。



 が、ゴブリンの死体に向かっていくと、何かを手元で転がしながら近づいてくる。


 兄がさっき投擲した私の装備品レンチだ。

 その横には、小さいあれだ。



「魔石?」



 灰色がかった緑色のビー玉のようなものが、私の足元に当たる。

 そういや、さっきの魔石もポケットに入れっぱなしだ。



「えっと、とっとけ、ってことじゃないか?」



 こくり、と兄の言葉に頷く黒熊。



「あ…えっと、ありがとう」



 相変わらず綺麗な色だ。


 カラスじゃないけど、光物には目がないのだろうか、私?


 礼をいって、ありがたく頂戴すると、黒熊は向かって左手の方向を、しきりに鼻先を向けて、見た目よりもずっと敏捷に動いた。


 数メートル進んでは、こちらを振り返る。


 まるで、ついてこい、とでも行っているかのような動きである。



「どうやら、案内してくれるみたいだな。熊って視力が悪い割には、嗅覚が利くって言うな」

「へぇ…そうなんだ」



 私は兄の言葉に頷いて、割と足の速い黒熊の背後についていくこととなった。



「とりあえず、メガネ返せや」

「あ、ばれた」



 兄は、しぶしぶと、私にメガネを帰すと、黒熊の後に続いた。


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