Act 10. あ、もうキッチン用品でかまいません
道中まで他愛のない話―――主に姉は狩りに行かずに一緒に帰ろう、と説得していたが、無駄に終わり、森に着いてしまった。
姉は見かけによら―――いや、見かけ通り頑固だ。
行くと決めたなら、よほどのことが無い限り意見を覆したりしないだろう。
実はちょっと驚いている。
姉は基本的に、肉体労働嫌いだ。
本当は見送りにもこないんじゃないかなぁと、思ってたし、朝食にあったのが最後、今生の別れと……あ、このネタ本日二回目か。
ともかく、意外だ。
ここで返しておきたい、よっぽどの恩が兄にあるのだろう。
小悪魔風体の癖して、義理堅いからなぁ、姉は―――そのギャップがおねぇ様、素敵とかに発展するんだろうけど。ご愁傷様でございます。
窓は一つしかなく、外は御者しか見えていなかったので、現在地も良くわからない。
広くは無い街道の途中で止まり、街道を反れて森に入る作戦のようだ。
うん、騎士、料理長、兄は色々話していたが、殆ど話を聞いていなかったので、ただの推測ですが。
ゴブリンが来る『静かなるイシュルスの森』を当然避け、街道の反対側の『叫ぶイシュルスの森』だ。
こちらは実は『静かなるイシュルスの森』よりも敵が強いらしい。
もちろん、森深くに入れば、だ。
だから今回は入り口付近で、予定としては浅瀬をうろうろといったところか。
ゲームではチュートリアルのやられ役、乙です、ぐらいの雑魚キャラのゴブリンが、割と強めだ。
知識だと子供ぐらいの大きさのはずだ。
しかし、彼らは、私の身長より拳一つ二つぐらいの差しかない。
身体がでかいということはその分、力も強いんじゃないかと思われる。というか、普通のゲームゴブリンと対戦したことがないので、対比が難しい。
ともかく集団で襲ってくると、王国の騎士がもたつくほどだ。
序盤で出てくるであろうスライムなんかも魔物も用心してかからねばである。
忘れずに眼鏡を掛けてある。
敵の位置がわかるだけでも、私たちはラッキーかもしれない。
常に気を張って森に入るのは疲れる。
それでも、森は危険だから、蛇とかには注意しないといけないだろうけど。
久々にちゃんとステータス画面は、ちょっとレベルが上がったせいか技能が増えたせいか、能力値と技能のページが別れている。
増えた画面もあったりする。
+ + +
【岸田 真実子(18)】 職業:盗賊(Lv11) サブ職業:吟遊詩人(Lv4)
HP:318/318
MP:259/259(+5)
【筋力】 43(+3)
【俊敏】 112(+5)
【知性】 31
【直感】 192(+3)
【器用】 45(+3)
【意思】 27
【魅力】 33
【幸運】 107(+11)
【EXP:7198】 【次のレベルアップまで:215】
【ボーナスポイント】 376P
+ + +
【技能】[悪運] [調査] [一枚の壁]
[集中][第六感][敵索]
[五感強化][俊足]
[精霊ホイホイ][盗み][気配遮断][必中][鍵開け]
[風読み][音響拡大]
【補正】 母の慈愛 父の加護 叔父の擁護 パティカ神の加護 イシュタル神の加護
闇属性15%耐性
+ + +
うーん、この数日で培ってきた―――って、変動激しいな。まだ三日目なのに、序盤からぶっ飛んでいる。
多分、平均的に1,3倍ぐらいはあるだろう。
ここしばらくじっくり見てなかったけど、なかなかよいのではなかろうか。
ちょっとづつ鍛錬中に入れたりしてたけど。
注釈をつけるのなら、兄姉のを視野にいれなければ、の話だが。
職業が盗賊って何度見ても、敗北感が募るが、よく見ると『虫の知らせ』がなくなっている。その代わりに『第六感』って、スキルアップしたってことだろうか。
もしかしてほかの技能も、変化する可能性がある?
なにより、叔父から『擁護』されてるって……すでに加護とか慈愛ですらなくなってるよ。
そして、増えた画面というのが、地図である。
パソコンの画面程度だが、十分。
中心にある青い点が一つあり、これが私なのだろう。
きっとレベルが上がったせいではないか、と思うが定かではない。
「では、後は頼んだぞ」
ジークが二人のフードを被った御者達に馬車を頼んだ。
軽くスルーするところだったが、十人も乗っていたのに、私が降りた馬車はなんと昨日の馬車よりも小さかった。どうみても二人乗りって感じだ。
どうやら魔法の馬車だったらしい。
最後に降りたから、しばらくの間、そのことに気が付かなかった。
きっと最初に降りてたら、違和感あっただろうに。
手品を見ているようで、楽しそうだが、帰りまで取っておこう。
一番最後に乗れば、その物理の法則を軽く無視していく魔法が見れるのだろう。
森の中には道らしい道は当然ない。
なぜか、兄を先頭に私、姉と、背後を守るように騎士三人と料理長と弟王子、しんがりに金髪とスキンヘッド。
………あからさまに変じゃない?
「ん、隊列か?可笑しくないだろ?」
私の頭の中では騎士、料理長、岸田兄弟、弟王子、騎士ぐらいの騎士サンドイッチ体制で進んでいく予定だったんですが。
だから、姉と一緒に帰っても大丈夫~ぐらいに考えていたんだけど?
「私はお止めしたのですが――……」
困った様子のジークの視線は先頭へと向けられる。
兄か!!!!!
なんとなく気がついていたけど、諸悪の根源よ!!なぜ自ら死地に足を突っ込むのだ!
「そこに死地があるからだ」
いやいやいや!なぜ山に登るんですかって登山家に聞いたら『そこに山があるからだ』とか言うけどさ、兄違うでしょ!
なに俺カッコいい事言ったよね、みたいなドヤ顔されても!!
獣の唸り声とか、鳥の鳴き声とかするところで、道連れのように生命の危機に曝されている妹に対していう発言じゃなくね?死ぬの?兄死ぬの?
「うぉっ!アブネっ!……おい、ミコ。進軍中は背中からバターナイフ投げつけてくるな。危ないだろ?」
危ないと思うなら、避けるな。
可愛い妹の心の平穏のために、ぜひ当たれ。
つーか、こんな近距離でよけられると凹むんですけども。
「ミコ、それ便利ね。もしかして、魔法のキッチン用品なの?」
そうそう、バターナイフ無いとき便利だよね―――って、違っ!テーブルナイフも、果物ナイフも、包丁も出てくるけど、れっきとした武器だから。ちょっとコンパクトな兵器だよ!今は、対人でも対魔物でも対料理長でもなく、対兄用だけどね!
「な、ナイフがどこでも取り出せるなんて!」
黙れ料理長。欲しいんですけど、みたいな顔をしても駄目。叔母様にお返しする、兵器なんだからね!
「兵器?キッチン兵器ってこと?」
「なんだか、凄い料理ができそうだよねぇ~。昔の偉い人で料理は爆発だ!とか言ってた人がいたような」
いや、キッチンから離れて、姉!兵器単体で!
しかも、なにキッチン兵器って、チャラ男も悪乗りしない――――はい、料理長!少しずつ近寄ってこない!バターナイフの投げつけるぞ!ごうら!
「…………私が、必ずお守りします」
振り返るとジークが光る目元を抑えながら、震える声で告げた。
だったら、さっそくお願いしたい。
眼鏡越しの表示していた画面が赤く点滅して、警告音を発した。
≪WARNING≫。
それが意味するモノは敵だ。
半径一キロの地図の中には赤い点がひとつ。
画面を確認している間も、猛スピードで、こちらに近寄ってきていた。
突然赤い点が表れて、赤くなったから、この地図は半径一キロなのだと思われる。
ちなみに兄は視界に入る情報量が多すぎて気が散るとか、なんやらで、眼鏡をしていないのだ。
兄にも地図が見えるのだろうか?
「兄。二時方向。一体」
「あぁ、わか――」
兄が駆け出すよりも先に、姉が名乗り出た。
「あ、私ヤるわ」
「別にいいが、大丈夫なのか?」
「やぁね、私を誰だと思ってるのよ―――敵って、あの猪でしょう?」
「ん?」
よく見ると、確かに草むらを掻き分けて、砂煙を上げながら、すごい速さで近いづいてくる……巨大な猪??なんか微妙に違うような??
猪にしては額にでかい角生えてない?
地図で見る限り、方向と赤い点が移動している速度からして間違いないだろう。
なんか、ステータスも表示されてるけど、文字小さくて見えない。
「たぶん……あの、猪?だと思うけど」
しかし、よくこの距離で、敵がわかるなぁ。
ナチュラルに姉、目がいいのね。
騎士たちも気がついたようで、すでに武器を構え、ついでに私達をかばうように前に出ている。
それに気にした様子もなく、姉はチャラ男の横に出て、弓を構えた。
―――が、驚くことに、姉は『矢』を持っていなかった。
弓の弦が絞られる気配。
途端に本来『矢』があるべき場所に、淡い光が収束し、黄緑色の水晶でできたかのような『輝く矢』へと変貌した。
「こ、これは―――」
誰かの悲鳴のような驚愕。
「いくわ」
空間を切り裂くように、黄緑色の光が迸った。
―――あ、だめだ。
一瞬で、悟る。
やや右上に放たれており、軌道は猪?を貫かない。
それに、いくら猪?の速度が速くとも、あまりにも距離が遠すぎる。
姉は私が知る限り弓に関しては素人。
昨日手にした弓を射られただけでも、凄いことだ。
失速し、地面に落ちるのを誰もが想像したであろうが、期待を大きく二度、裏切られた。
一度目は、追尾機能がついているかのように矢は、猪?に軌道を修正した。
そして、二度目は矢が加速したことであった。
【中年騎士の呟き】
俺は護衛対象をなるべく理解しようと思う。
しかし、彼―――否、彼女の思惑がよくわからない。悪い子ではないのだが、如何せん、意思表示が薄い、口数も少ない、表情もあんまり変わらない。
「はぁ、なにいってんのよ」
姉と隣である護衛対象は、何か話し合っているようだ。
広くはない馬車の中で、護衛対象は無表情のまま姉を見つめている。『なにいってんのよ』と姉は口にしたが、護衛対象は一言も声を発していない。
「もうここまできて、城に戻れって?」
「そんなことしないわよ。もう行くって決めたもの」
「馬鹿。あんたはそんなこと気にしなくていいの」
「まぁ、そうね……働かざるもの食うべからずってことかしら」
どうみても姉が護衛対象を見つめたまま一人で喋っている構図だ。確かに、ちょっとした仕草はあるし、表情は微妙に変わっているような気もするが……果たして、表情だけで会話ができるものなのだろうか。
父親にしていたように、ジャンプしながら体当たりは『遊んでほしい』ということらしいが、それ以外明確にわかることが少なすぎる。
話しかければ、声を発するが、あの家族はどうやって声を発さない護衛対象と意思の疎通をしているのだろうか。
―――未だ、謎である。