Act 08. 犯人は意外と身近にいる
紛失だけはしないように、と注意されて貸し出された。
まさか、この指輪の性能を知らなかったとは――――今更ながら、この目が実は凄いのかも!ということをちょっと実感した。
せいぜい情報を表示する程度だけだろうけどね。
でも、なんだかうっかりと見えている情報を口にしてしまいそうなので、現場にいくまで眼鏡をはずしておこう。
にしても、作った人が魔法道具だよ、と言わないとわからないんだろうか?
素朴な疑問が沸いたが、指輪の性能を知らなかった宮廷魔術師に聞いてもいいものかわからずに口を閉ざした。
後でジークに聞こう。
「ふむ。では、頑張るのだぞ、必ず、生きて―――生きてお菓子を作れる状況で戻ってくるのだ。それから、後で色々見てもらいたいものがある」
今日は、徹夜とかじゃないよね!?
ちゃんとラバーブの演奏教えてくれるんだよね!?
違う意味で涙を流しそうな激励を残して、イベ叔母が立ち去っていった。
物凄く夜に不安要素が残る。
魔法道具のことについて聞いたが、ジークも専門ではないのでわからないらしい。
だが、魔法道具はピンからキリまであるが、高性能になればなるほど、高価なものだということだ。
指輪から刃物を出すとなると…――――聞かないでおこう。
じゃなかったら、本気でイベ叔母に返したくなる。
待ち合わせに行くより先に、父に車の鍵を開けてもらおう。
私の鞄から使いそうなものだけを取り出し、車に残っているもので使えそうなものがあったら持って行くとしよう。
父の部屋に行こうと思ったら、ちょうど母の部屋から出てきた。
「父」
「おぉ、ミコ、どうした?」
「鍵」
「そうか。ちょうどいい、父さんも車に用事でな。一緒に行くか」
鍵を借りても返しに行くのが面倒だったので、丁度よかった。
父と一緒に外にでて馬小屋へと向かった。
どうやら姉になにか作ってほしいと頼まれたらしい。
父物づくり好きだもんね。
でも、石から削りだした等身大ガーゴイルはいらないよ?無駄に迫力があってで物置部屋に行くたび、びびるから。つーか、迷宮も、宝物もないのになぜガーゴイル?
「狩りか……俺も若い頃は兄弟皆で狩りにいったもんだ」
若い叔父と父が山を駆ける姿が、脳裏に過ぎる。
うん、まったくもって違和感なし。
それが逆に怖いよ。
現代社会を生きる人間として、山で狩りって―――いや、聞いてないよ。町の中だったようなきがするとか、俺の時は金属バットとゴルフクラブだったとか……武器は刃物がいいよな、とか。うん、聞いてない。
「大体、雅美がなんとかするだろう。ちゃんとついていくんだぞ」
「ん」
「……お父さん、心配だ」
一瞬、代わりに父行ってくれるんじゃないの!?と思った私が馬鹿だった。
「ちゃんと滋養強壮のあるもの、狩ってくるかどうか……獲物がないと母さんが泣いちゃうぞ」
獲物!?獲物なの!?
可愛い息子と娘の心配は何処!?
ってか、泣かないから、母!いつもの絶対あれ嘘泣きだよ!ポケットに目薬入ってるの知ってるでしょ!?引っかかる父の方が不思議だよ!
とりあえず、ジャンピンで体当たりして不満を訴えてみるが、よろめくことはない。
「よしよし。無事に帰ってきたら、遊んでやるからな」
いや、ちがっ―――じゃれ付いているわけではない!遊んでほしいわけでもない!少しはダメージ受けろ!く、無駄に頑丈な父め!
「……なぜ、みな……や…とりで……の疎通が…?」
父を眺めてジークが険しい顔して、なにやらぶつぶつ言っていたが、気にしないでおこう。
しかたないよ。
父の世界の中心は母で回ってるから。
とりあえず、私は頭を撫でようとする父の手に噛み付いた。
+ + +
試作品のパチンコを押し付けられて、父と―――これが今生の別れでなければいいが―――別れ、待ち合わせの場所へと向かった。
私は前後に二つポケットのついたシザーバックを腰から下げる。
一つ目のポケットに何個かの持っていた魔石を詰め込んで、二つ目のポケットに飴玉とチョコを突っ込んだ。
あまり多くの手荷物を持っても、疲れるだろう。
意外と時間を食ったようで、集合時間の八時に近かった。
そこには、すでに兄の姿。
私の最低限の防具よりも、しっかりとしている軽鎧。腰に『百人切呪詛刀』だ。あと十歳若けりゃ、勇者様な構図である。
どうやら、残念なことに騎士(目つき悪)も行くようで、鎧を着込んで待機している。
驚くことに、兄を睨んではいるが、噛み付いてはおらず、意気込みのようなもの感じさせている。
なんだろう?
兄に疑問を投げかけるが、肩を竦めるだけだった。
あれか男同士の沽券にかかわる、なんちゃら~ってやつなのか?よくわかんないけど、まぁ、静かで宜しい。
なんとなく予測はしてたがスキンヘッド騎士と、金髪騎士。
騎士ばっかりだが、当然だと思われる。
ゴブリンも近くに迫っている、この微妙な時期に森の中に入るという無謀な集団なのだから、武力は幾らあってもいいぐらいだ。
「今日はよろしくお願いします」
なのになぜ、騎士よりも軽装だが防備と武器を携えている姿。
一瞬、いつもの服と違ったのでわからなかったが、さっきまで厨房で、母の行動に怯えていなかったか――――料理長よ!!
コック服よりも、なぜ武装が似合うのだ!?
今まで、そんなフラグがあったか!否!どこにもなかったじゃないか!?
至急、十文字以内で説明を求める!
「料理長、元冒険者だ」
十文字以内だが、要約しすぎでわからん!
説明は作文用紙一枚程度でわかりやすく、と要求してみる!
食神タイベルの奉仕者―――つまり料理人?―――として世界各地の料理を食べ歩いていた若い頃の料理長は、様々な土地で色々な魔物が食べられ、食材であることに気がついた。
しかし、美味しい魔物ほど高級だ。
よし、ならば自分で狩れば、安上がりだ!と冒険者になったらしい。
高級な魔物が強いのだということを失念して。
本当だ。
眼鏡をかけてみたら、本職が料理長でサブ職が剣士になっている。
しかも意外とレベル高い。
「幸い、私はよい冒険者の旅団に拾われまして、冒険者兼食神タイベルの奉仕者として、各地を放浪しておりましたので、食べれる魔物を熟知しておりますし、魔物の解体ならば心得があります」
「……よろしく、おねがいします」
ぜひとも―――私は深々と頭を下げた。
完全に忘れていたが、魔物は食材なので、狩ったら持って帰ってこなければいけないだろう。
小さいウサギぐらいならよいにしても、猪なんて、丸ごと持って帰るとなると……引きずって?とかになっちゃうだろうし。
てか、もしかして騎士は武力じゃなくて、荷物持ち??
「いや、普通に武力だ。叔父さんから、テンプレ的な魔法の鞄もらったし」
いっぱい入ってるのに、ぜんぜん質量関係のない不思議な四次元な鞄ですね。
RPGはなぜか、武器三つとか、薬草十個とか、予備防具もっていても、嵩張らない―――青い狸様のポケット仕様なのですね。
「料理長にお願いしたが―――後、重量は100キロぐらいまでな」
……どんだけ狩る気だよ。
もしかすると、獲物に会わないとか、狩れなかったとかあるかもしれないのに。ってか、森で解体したら血が噴出して―――え?それで他の魔物を集めるたりするの!?
「結界石で近寄れなくするらしいぞ。だがそれもありだな」
ヤメテ。是非ヤメテ。
阿鼻叫喚の地獄絵図の未来しか見えない。
囮に私が使われないだけまだましだろうけど、こんだけいるんだったら、私いかなくてもよくない?
「サミィ殿、今日はよろしくお願いします」
「俺たちこそ、皆さんにご迷惑をおかけしないように精一杯、頑張りますので、よろしくお願いします」
兄が騎士たちと打ち合わせしているが、私は盗塁を狙うランナーの如く、その兄と愉快な仲間たちから距離を置く。
ジークよ。
熊王子の命はお前に預けた。
ここぞとばかりに、勢いで取得したスキル『気配遮断』を発動させて、相手から視線を逸らさずにじっくり。
姿勢を低くして、いざ駆け出そうと思ったら―――ぽふん、と柔らかなものと衝突した。
まるで蒸かしたての肉まんのような感触だ。
母ほど大きくはないにしろ、日本人の平均的なものより上回っているであろう山脈。
うーん、この顔を埋められるほどの谷間から考えると、残念ながら私は丘というか、平原と呼ぶしかあるまい。だが、別に大きければいいってわけで―――って、姉か!
「なに?トイレなら早く済ませてきなさい」
ぐい、とアイアンクローで引き剥がされて、姉が手に力を込めながら私に言い放った。
トイレは済ませてありますが、雲隠れしようかと思いまして。
―――って、ん?あれ?何その格好。
シャツに革パン、膝まである丈夫そうな黒ブーツ。
ボタンは美しい細工が施された、太ももまである厚手の黒灰のチュニック。
昨日と似たような形の外套ではあるが、少し重たい印象を受ける黒がかった朱色になっており、金糸で縁に刺繍が入っており、外套止めは小さな宝石があしらわれ、金のチェーン。
派手!目、痛っ!
豪奢で変な貴族が着たら成金っぽいだろうけど、姉着こなしてる!逆に凄いよ!
この格好がもし男で似合うなら、間違いなく野性的な覇王っぽい感じの人だろうが、姉は完全なる女王様である。正しくは、女王の前に『悪』の一文字がはいるであろうが。
もし漫画やゲームに出てきたら、悪女決定だ。
白衣の小悪魔卒業である。
ムチ持ったら完璧なのだが、手にしているのは弓。
激励のために姿を見せたのかと思ったら―――え、逝く―――いや行くの?わざわざ?狩りのご指名はなかったのに?
「お姉さまの麗しいお胸に顔を埋めるなんて!羨ましすぎるわ!ティルト!」
「あぁ、ワタクシ、お姉さまのお胸に顔を埋められたら、もう!羨ましいわ!パシェ!」
姉の背後から美少女たちが大げさに嘆いて悲鳴を上げている。
「やべぇ!前を横切られちまった!今日絶対運気下がってる」
「しっ!大声で注意を引くな―――お前ら、絶対目合わせるなよ」
「くっ、白き悪魔達が……」
その双子美少女にスキンヘッド騎士と金髪騎士と騎士(目つき悪)の悲鳴が続き、空々しく三人とも明後日の方向を向いた。
「お、おぉ、神殿の白の双子ですか」
始めて見たらしい料理長だけが驚愕の声を上げていた。
どうやら、凄い双子らしい。
ちらりと見ればジークもやや青ざめて、視線を逸らしている。
私の本能が告げているよ―――係わり合いにならないほうがよろしい、と。
年は同じぐらいだろうか?
もしかすると、もうちょっと若いかもしれない。
新雪のような白い肌に、やや濃いめの灰色の髪に碧眼。軽く癖のついた髪型はサイドに青いリボンで縛っており、一人は右で結び、一人は左で結んでいる。
双子美少女なのに、姉の下僕属性的な、残念な気配が漂っている。
いつのまに姉に新たな妹達が―――手間のかかる兄弟はもういらないんだけどな。時々、兄にも弟ができたりしてて微妙だよ。
さくっと、姉が双子の声を無視したので、私も同じようにスルー。
でも双子美少女に睨まれてますけど、私。
顔がどこかで見たことがあるような、ないような…いや、この世界の人ってみんな外人顔だからなぁ。
「……やっぱり来たか」
「当然。借りがあるもの」
「あ~…由唯。念のため、警告しとくけどな」
「結構よ。さっき嫌ってほど聞いたから」
ため息を零し、苦笑を浮かべる兄に、顎で双子美少女を示して姉は鼻で笑った。
どうやら、兄に借りのある姉は、男前にも借りを返すらしい。
兄妹なんだから踏み倒しても許されるんだぞ。
でも姉が同行するのなら、私が逃げられるはずもない。
「ミコ、母さんから本貰ってきた?」
本って、もしかして、母さんの持ってた持ち出し厳禁の『世界食用魔物大図鑑』ってやつですかいな?
持ってない。
てっきり兄が預かっているのかと。
料理長はいるけど、やっぱり借りてきたほうがいいか。
「ん、大丈夫だ」
台所の母の元まで取りにいこうと思ったら兄がそれを制した。
「ここに著者がいるから」
兄に紹介され、照れた様子だが『師匠から受け継いで完成させただけなので』と自慢そうな料理長に殺意を覚えた私になんの罪があろうか。