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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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Act 06. 母の辞書に脅迫という文字はない

 まぁ、なんていうの?

 

 人間には分相応というか、適材適所というか、得手不得手ってものがあって、兄のようにチートな人間はいいけど、大抵の人間はなんていうの?死ぬよね――――っつーか、私死ぬよ!?てか、確実に死ぬ!大事なことなので三回いいましたけども!


 間接的殺人事件だよ、これは!

 そして犯人はお前だ!母よ!ニコニコしているけど、あんたですよ!


 間違いなく、死体役は私ですよ!!



「みてぇ~……この滋養強壮にいいっていうお肉が~」



 無理っす!!!そのイラストの赤い爬虫類系って、どう見たってドラゴンじゃん!

 滋養強壮の下見ろ!伝説の食材って書いてあるわ!


 新米盗賊に死ねと!?


 異世界生活三日目にして、ラスボスと対面させるって、どんだけデスリスク、ローリターン!!


 自慢じゃないが、数秒で炭になる自信がある!



「あぁ、それあかん。意外に肉少なくて、牙とか骨とか資源ばっかりやで」

「……固かった」



 食ったことある人いるし!!

 

 叔父AもBも怖っ!すみません、さっき調子に乗って、嫁の話で弄って!!そんな化け物のでこピン受けてても、死ななくてよかった!ありがとう、叔父!


 イベ叔母よくこんな人と一緒になれ――――



「うむ、甘くはなかった」



 ―――うん、叔母も同類か。


 叔母の味の基準は甘さか!?


 それより、倒したやつを食べた、とかなのか?

 一緒に倒したのだろうか??


 それによって、今後の叔母との対応と見る目が変わるよ!



 弟王子がなぜか明後日の方向を向いて、遠い目をしているんだけど、なんで!?一体、何があったんだい!?



「母さん、今は無理だと思うよ。それに生息地、ここじゃないみたいだし」

「そやなぁ。小さいのでも、あそこらへんの山まで行かな、あかんわ」



 窓の外の山々を指差すけど―――近っ!めっちゃ近いよ!

 たぶん車で二日ぐらいの距離だよね!?


 ってか、ちっちゃいのだと、あそこの辺りに生息しているの??こんな近いところに、獰猛なドラゴンがいてもいいわけ!?


 もしかして、気性が穏かとか、飛ばないやつとかか?


 つーか、兄は『今』言うた!


 別に後々倒してもいいけど~みたいな空気が混ざってるよ!頼むからその時は自力活動でお願いします orz


 岸田真実子からの大切なお知らせでした。



「じゃ、これはどうかしらぁ。手短にあるし、肝が身体にいいのよねぇ」



 母さん…それ、角生えてるけど熊だよね。まだ諦めてなかったんだ…


 虎視眈々と包丁を夜な夜な研いじゃってるんだ!怖いよ!この人普通に生きてる状態から捌けるぐらいの豪胆な気質の持ち主だよ!?



 そもそも、『世界食用魔物大図鑑』ってタイトルの横に赤いインクで『持出厳禁』って書いてるんですけど!?


 どうやって、持出したんですか!?



 突っ込みどころありすぎて、一人じゃ突っ込みきれんわ!!


 

 だ、誰か常識があって、この人(あくま)たちに突っ込める人、至急求む!



 現代社会への帰還を夢見ながら平和で静かな異世界生活だなんて高望みしないから、せめて痛いのと苦しいのは勘弁してください……今思えば、召還された勇者って凄いよね……異世界に誘拐された上に、自分に関係ない誰かのために、殺人強要されても、頑張っちゃうなんて――――私には絶対無理だよ。



 まだ顔も見てない身内のため―――うーん、頑張りたいけど、なんか他の方法でお願いします。ってか、叔父達逝って―――いや行ってください。

 

 異世界ファンタジー小説を読んで妄想してた頃が一番楽しかったなぁ。


 ゴブリンは兄が自ら突っ込んでったから仕方がなかったけどさ。

 生き物殺すって……ゴブリンが超可愛い兎耳の毛皮モコモコとかだったら、絶対にできなかったな。

 



「母さん、私―――」

「大丈夫、母さん、ちゃんとわかってるわぁ」




 私は思わず、安堵の息をついた。


 なんだ、母特有のブラックジョークか。時々笑えなくて、肝が冷える―――って肝がないし。えーと、胃がきゅっとなるというか。






「はい、一枚よぅ」






 母はポケットの中から、ボロボロの青い紙を取り出した。


 折りたたまれており、元々は綺麗な青色の正方形の折り紙だったのだが、少し変色している。それに九分の四はなくなっている。


 そして、九分の一を切り取って、テーブル越しに渡された。



 



 あぁ、すごいな、六歳の私―――こんな昔から死亡フラグを立てていたなんて。






 その青色の正方形の折り紙の切れ端には、黒のマジックで幼さ丸出しの汚い文字で『お手伝い券』と書かれていた。


 小さな切れ端を眺めながら、私涙目。

 ん、なに姉?え、口から魂でてるわよって、そんなわけないじゃん、は…はは。



 しかし物持ちいいなぁ、母よ。後四枚もあるしね―――娘吃驚だよ。うっかり、心臓麻痺で死んじゃいそうだよ。



 熊の毛皮を櫛で綺麗にしてやりたかったなぁ。

 もう、それも叶わないのかぁ。



 遺書って、書いていたほうがいいんだよね、きっと……ダイジナコトダモンネ。



 刻一刻と、煮詰められていく魔物討伐の話に私は自棄酒ならぬ自棄果実水で、現実逃避していた。


 今、初めて場末のバーで飲んだくれる親父の気持ちがわかる。



 飲まないでやってられるか!!!

 





  +  +  +






「は?お手伝い券ですか!?」




 何だか用意しろよとか言われた気がしたが、もう耳に私の入ってはいなかった。


 やたらめったら途方もない疲労感に襲われて部屋に戻って即ベッドにダイブした後、暫しして猛烈なノック。



 案の定ジークだった。



 どうやら女性なので、鍛錬は――できれば、それもやめてほしい匂わせていたが――護身術になるのでまだしも、自ら進んで戦場に向かうような真似もしてほしくないと。そういうのは、騎士に任せるべきだと。


 いや、自ら進んで行きくはないんですけども。


 報告を受けてすっ飛んできたようだ。

 肩で息をしつつ、切々と心配げに語られたので、涙が出そうでした。



 素晴らしい常識人!一般論!

 どうして、私の周りには今まで、こんな風に普通の意見をちゃんと言える人間がいなかったのだろうか。


 今、めっちゃジークの好感度上がった。鰻上りだよ。

 今日の叔母への貢物のマドレーヌは、三つぐらい食べてもいいよ。


 ……叔父にとられなかったらだけど。 



 マドレーヌ姫の滋養強壮のご飯を母が作るためと言ったら、一瞬迷うようなそぶりをみせたけどね。


 うん、マドレーヌ姫か、母のご飯か、聞かないでおこう。



 この美談のままに、心に刻ませておいてください。



 自分で食材を取りに行かなければならない深い事情があるのですかといわれて、六歳の時に私がやらかした失態を語る。


 母の日に一本のカーネーションと九枚つづりのお手製の『お手伝い券』を渡した。


 この世界に母の日はないようだが、なんとなく察してくれた。

 

 まさか、魔物を狩るために使われるとは毛の先ほど思っていなかった―――わかっていたら、そりゃもう、化け物だけどね。


 

 んでもって、最初の一言へと繋がるわけだ。



「そんな六歳の時に上げたお手伝い券で、死地に挑むつもりですか!嫌だと言えばよろしいではないですか!」


 




 ……はっ!なんと!!






 この食いしん坊親父騎士に気がつかされました!!



 そう、この手にしたたかが六歳児の母の日にお手伝い券のために、私はマヂで死地に向かう気満々でしたよ!


 だって岸田家では『当然だよね』みたいな空気が流れてたし!


 兄も昔四枚つづりの上げたっていってたけど、ちゃんと一枚目の『お母さん、無性に新鮮な蜂蜜が食べたいわぁ』も、二枚目のもうそろそろハイキングも終りねって時に『山頂に帽子忘れてきちゃったの。お気に入りだから急いで取ってきてぇ』も普通に実行してたよ!?兄、バンビのように山頂に駆け上がってったよ。


 後の二枚はどうなったのか聞いても兄教えてくれないけどね。


 おっかない……これって情操教育じゃね!?

 折り紙の九分の一の事で、遺書書くかどうしようか悩んじゃったよ、私!!



「ん。そう、だよね…」

「そうです。世界や文化の差から、多少違いはあるかもしれませんが、皿洗いや庭掃除が妥当だと思われます」



 一般的には、お手伝い券は、お風呂洗いとか、買い物―――…あれ、全部普通にやってるからお手伝いってなんじゃろ???


 そもそも、あの母を手伝うって、なにを?

 

 幼い私はなんて驕っていたのだろう。あのチート兄姉を生み出した恐るべき母の何を手伝えるというのだ。

 

 ……。


 ま、まあいいや!

 ともかく、ここは母に『無理だ』と伝えるべきである。


 



   +  +  +





「ドラドラドラドラ、ドラゴ~ン~今日は美味しい~ドラゴン粥ぅ~♪野菜っぽいのたっぷりドラゴーン粥ぅ~♪栄養満点だものね~」



 すでに台所へと移動していた母はご機嫌である。


 鍋で何かを煮込みながら、楽しそうに自前の包丁を研いでいる。


 しかし、そのご機嫌な印象とは裏腹に、神経に障るようなシャーシャーという研ぎ石の音と、爛々とした肉食獣のような目が恐ろしかった。


 

 兄の凶暴さの遺伝は間違いなく母だろう。



 周囲の料理人が身を寄せ合って怯えるし、料理長なんか祈ってるし。

 


 青ざめたジークの声援を受けて、頑張って母に伝えてみたが、『え~でもぅ、ミコがいた方がお兄ちゃん頑張るしぃ』とか可愛く嫌々と駄々をこねられてしまった。


 五分の説得の末、ジークの熱弁という援護射撃もあって、母が頷いた。



「わかったわ。じゃあ、お兄ちゃん達にお願いするわ」



 ほっと胸を撫で下ろす私とジーク。


 そうか、やっぱり紙切れで命を懸けるってのは可笑しいよね、うん。


 目標の達成をジークと祝おうと思ったら、背後から母の歌が、リズミカルな包丁を研ぐ音に混ざって届く。










「くまくまくまくま~くまさ~ん。今日は美味しい~熊鍋ぇ~♪野菜っぽいのたっぷりド熊鍋~♪最後にシメで雑炊~お母さんの熊鍋~~」


 

 職種:勇者

 給与:珍しい異世界料理&お菓子

 時間:要相談

 アクセス:イシュ城徒歩0分

 仕事内容:初心者大歓迎!岸田家の人々の雑用とツッコミを入れる簡単なお仕事です。

 資格:身体の頑丈な人。ストレスに強い人。常識のある方(※超重要)



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