Act 05. え、死亡フラグですか?
「知っとるんかいな?」
叔父の問いに、私は眉根を寄せたまま首を横に振る。
「一度、魔力が減っていく子に、誰かがマガツ病だって―――私も全身が灰色になっていくのを見た」
「灰色、だと?」
イベ叔母が器用に片眉を寄せて、反応する。
何かをいいあぐねいていた様子だ。
静かに言葉を待つが、答えを発したのはフォークを横に振った叔父だった。
「―――ちゃうわ。その子、マガツ病やない」
「え?」
「マガツ病は普通、肌が黒っぽくなるんや。その子は血縁者のマガツ病を和らげる為に、≪禁術≫に手を出したんやろ…もしくは強制させられたか」
強制の言葉に、私は目を細めた。
本人が望んだか、望まぬかで、話は大きく変わってくる。
あのメイドの様子から考えると、胸糞悪い話だといいうことになる。
「全部ってわけやないけど、降りかかる災厄の身代りになるっちゅーやつでな。血縁者でなければ、できないっちゅー制約があるんやけどな」
叔父は自嘲気味に微笑を浮かべると、首を緩く振った。
その向こう側に、透けて見える苦悩。
「まぁ、術者の力量によっては、まちまちやけど、大体受ける災厄を半分くらい引き受けることもできる。勿論、助けようとした人間が死んだなら、術者も死ぬ可能性もあるし、リスクが大きすぎて禁術ってわけや」
すう、と背筋に冷たいものが走った。
「……、…」
私は頭の中に蠢く嫌な予感を言葉にする事を躊躇って、閉口した。
―――詳しすぎる。
≪禁術≫というぐらいなのだから、あまり知っている人間はいないのだろう。
だったら、なぜ叔父は知っているのだろう。
その叔父が言う≪禁術≫とやらで、マガツ病を身代りすると、肌が灰色になる、ということを。
つまり、末の子の病気を。
誰かが。
「せやから、その子自身がマガツ病ってわけや―――ミィたん?」
やりきれない理不尽に対する怒り。
世界に子供が何万人といるだろうが、なぜ、ルイが―――なぜ叔父の子でなければならなかったのだろう。
内側で何かが軋む音がする。
「マドレーヌは重病なの?」
「あ~…なんていうたらいいんやろか」
叔父の言葉が濁り、言葉を捜して彷徨う。
それだけで十分だった。
「―――お嫁さん、が」
私の発した意味を悟ったのだろう。
叔父の瞳が大きく見開かれて、私とまっすぐに交わる。
驚愕が苦笑へと変わり、叔父はため息を零した。
「マドレーヌはなぁ、8歳で発病してな……年を重ねる度に重くなっとる。最初は週に一度、数分程度やった。軽いもんやったんやけど、どんどん発作の感覚が短くなって、時間も長くなっていってるんや」
ぎり、と誰かが食いしばる音が鮮明に聞こえた。
弟王子なのではないだろうか。
そんな気がする。
「今や、一日何度もや。酷いときには数日も、発作が起きたままの時もあった。体力奪われて、ほとんどベットからも起き上がれん時もある。せやから―――」
だから、嫁は≪禁術≫に手をだした。
一瞬の空白に、そんな空耳が聞こえたような気がした。
そんな娘の病気を緩和するために、叔父嫁は表に出てこれないのだろう。
彼女自身もいつ発作になるかわからないから。
なぜだろう。
やけに生々しく、その場面を思い浮かべることができる。
禁術は成功して、母親はその病の一端を背負ったけども、思ったよりも子供の病症がよくならない。
ベットの上に横たわる細くなった娘の、額に浮かぶ汗を拭う背中。
自身もやつれて。
本当にそうかは知らないが、そんな気がした。
「――せやけど、ミィたんのおかげで、シュルルの実も手に入ったんやし、まだ希望はあるっちゅうことや」
弟王子が力強くうなずく。
「そう、ですね。生で食べさせた所、丸一日発作も起きませんでしたし」
って食べさせたんだ、あれを!あのすっぱいオレンジを!
『た、食べれたのか…凄いなマドレーヌ』と、どこからか父の呟きが聞こえた。
どうやら、イベ叔母が王宮図書館で見つけた古文書に効き目があると記されているのを見つけ、それを知った弟王子と熊王子が頻繁に城を抜け出して森に入ったようだ。
シュルルの実のなる木が、あのイシュルス地方でしか育たない。
その上、滅多に遭遇しない幻の果実だったようだ。
たしかに実がなっているのに、矢印も出ていないぐらいだから、普通なら見過ごしてたかもしれない。
「……運が、よかったんやなぁ」
俯く叔父が苦々しいものを含んだ表情で、一人心地で首を横に振る。
細められた黒目が揺れた。
ふと、それを眺めながら、私が事故にあって入院したとき、やたらめったら叔父がお見舞いに来ていた事を思い出した。
『あかんよ。ミィたん』
持ち込んだダーツを座ったまま、手慰めにしている。
私へのリハビリにと持ってきたが、正直、そんな気分じゃなかった。
動かない腕に苛立ちと絶望を覚えて、寝たふりしてた。
薄目を開けると、差し込む夕日が白が基調の室内を赤い部屋に彩っている。
気がついているであろう叔父を盗み見ると、いつもと変わらぬ様子の横顔ではあったけど、珍しく中心を外し、苦笑を浮かべた。
その瞳は今と同じように揺れていた。
『岸田家の一番の掟、破っちゃあかんよ』
そう、なんだかダーツに集中できないようで、再び放っては外す。
『――――――――』
また勝手に掟作ったのだろう。
それにいつも一番、迷惑をかけている叔父がいう台詞じゃない。
不貞腐れたまま、叔父に甘えるがまま、八つ当たりする私に『それだけ毒吐くんやったら、大丈夫そうやな』と叔父が優しく微笑んでいた。
なんていったのか思い出せないけど、ダーツが的を得なかった理由を知った。
叔父が持つフォークが小刻みに揺れていた。
+ + +
「あ、叔父さん、マガツって、もしかして魔力が枯れるって書いて―――書くというか、意味合いがある魔枯病?」
思い出に浸ったのは一瞬だったようで、兄は何を考えているのか指先を動かしている。よく見ると、眼球も世話しなく動いている。
もしかするとステータス画面を見ているのだろうか。
いつのまにやら、眼鏡かけてるし。
でも眼鏡をかけていない状況で、兄がステータスを弄っている姿を見ると異様だ。
なんか、とてつもなく危ない人に見え―――はっ!もしかして、私もステータス弄っている時ってあんなふうに見えているのだろうか。
「そやけど、どないしたん?ごちゃごちゃしとるけど」
「あ~……いや、可能性の粋をでないか。できたら後々説明する」
と、めんどくさそうに叔父の言葉を交わして、まだ色々弄っている様子だ。
「ねぇ、叔父さん。それって魔力が0になったらどうなるの?」
「頭痛、吐き気、眩暈、そやなぁ、ひどい貧血みたいな状態で、気絶するわ」
芒洋とした雰囲気で姉は髪を指先に絡めて弄っている。
たぶん、姉も何か考え事だ。
「ミコ、その道にいたマガツ病の子供、気絶した後は?」
「え?え~と、MP――魔力の数値が0になったら、気絶して、今度はHPが――体力…いや、生命力が減った。多分生命力の数値が0になったら…だめ、なんだと思う」
突然、こちらに話が振られて驚いたが、姉が分かりやすいように言葉を砕く。
視線が叔父に向き、叔父も私の説明に頷く。
間違ってはないようだ。
「もともとの数値と、一分ごとに減る量は」
「え?えぇ??」
「魔力と生命力も同じ量で減るわけ?それとも、どちらかのほうが多い?発作の起きる予兆は?灰色の肌になったのはどれくらいから?発作の時間は?その時の対処法は?」
知らんがな!
あの時は一生懸命すぎて覚えてとらんワイ!
それに、考えても見てよ!人それぞれのMPの―――魔力の量が違うから、一緒とは限らないじゃん!
とはいえず、あまりの姉の真剣な表情に、私はつっこみを喉で詰まらせる。
落ち着いて、あの場面を思い出す。
「顔色が悪かった…たぶん、今思えば、自覚症状があったんじゃないかと…呼吸が荒かったし、苦しそう、だったから―――あと、魔力は元々116で、数秒1ぐらいのペースで減った。多分、生命力が減ったのも、魔力と同じくらいか…少し遅いぐらい」
それで曲を弾いて体力と回復力をかろうじて相殺できないぐらいだ。
後はつれの人たちが、回復薬を一本…いや二本は飲ませていたと思うけど。
はっきりと全部思い出せるわけではないが、多分、MPとHPの減り方はそんなものだったと思われる。
それから、危険な状態になると肌の色が灰色になったことなどを姉は何かを吟味しているように、小さく首を横に振ったり、頷いている。
「由唯っち、なにが――」
「叔父さん。記録に取っているんでしょうね?」
「無理やて、ステータス見れるんは――」
「違うわよ!」
すげぇ、姉。
叔父の言葉を遮るどころか、頬引きつらせてるよ。
「発作の起きる時間帯、いつに、どれくらいの時間起きたか、症状はどうだったか、そしてどんな風に対応したかCCとかPIとか患者情報の――そういう診療録よ」
あっ、姉、現役ナースか、一応。
白衣の天使というか、完全に白衣の小悪魔だね。
でもまぁ、エプロンの大魔王と書いて岸田母と読むけど。
ちゃんと記録してあるのか、あんのかごらぁ!ってことだな。
きっと叔父も同じような思いだったらしく、目から鱗が落ちましたみたいな顔をされておりました。
でもあの顔は現代のようなカルテみたいなのは、期待できなさそうである。
まさか紙が高価だから、とかじゃないよね、叔父よ。
悟ったようで、姉が眉根を寄せて吼えた。
「はん!『運がよかった』じゃないわよ!小さい発作か、大きい発作か、ランダムじゃなくて周期性だったら、発作が起きる前に準備できるでしょう!どんな風に対応した時は、回復が早かったとか分かれば、どれだけマドレーヌちゃんが、苦しい思いしないですんだと思ってんのよ!この無能!」
最後の言葉と同時にばん、とテーブルを叩く。
この世で叔父を無能呼ばわりできるのは、きっと姉と母だけだろうな。
私もさすがにびっくりしたよ。
「せ、やな、せや―――王宮医師の医療メモぐらいならあるはずや」
叔父は自分に何かを言い聞かせるように、頷く。
姉が「はずや、じゃないわよ!」と金切り声と共に、叔父に銀のコップを投げつけていた。
モロに叔父の顔面に入り、ごっ、と鈍い音がする。
いつもなら避けるのに、受けたということは、もの凄く反省しているらしい。
完全に叔父の落ち度だな。
まぁ、王様だから忙しいのかもしれないけどさ。
「王宮保管庫」
突如として発した声の持ち主に、視線が集まる。
今まで声を発していなかった第一騎士団長こと、叔父Bである。
ちなみに、まだ食事をしていたようだが、手が止まっているところから、ちゃんと話を聞いていたらしい。
そこで、はっとしたようにイベ叔母が続けた。
「そうか!マドレーヌの部屋には常に一定の回復薬が置かれている!減った分だけ補充するために、保管庫なら記録を残しているはずだ。多少前後するかもしれないが」
つまり記録を調べれば、いつどのくらい使ったかわかる。
集計と計算をすれば、分かるのだろう。
いくら仕入れとはいえ、王宮の仕入れならば、長いこと保管しているはずだ。
「あっ、父上!母に聞けば、何年とはいいませんが、一ヶ月分ぐらいは―――…」
これで、姉のいうカルテはなんとかなるだろう。
姉はにっこり笑って頷く。
「それ取り寄せて、最低半年は一覧にして―――しかたないわね……後は、あいつらを垂らしこんで―――」
笑顔のまま、後半はぶつぶつと、なんか恐ろしい事を言っていたような気がするが聞かなかったことにしよう。
ぱん、と母が手を叩く。
「お母さんは、美味しくて元気のでるご飯作らなくっちゃ…医食同源だもの」
「じゃあ、お父さんはお母さんの手伝いしよう」
と、父が当然のように頷いた。
なんだか、あれよあれよといまに、全員が自分のやるべきことを見出す。
いつものごとく私は出遅れたというか、役立たずというか、何をしていいか分からずにオロオロしていると、母がめっちゃよい笑顔。
「ミコ。お兄ちゃんと一緒に、材料かってきてちょうだい?」
お店知らないんですけど??
とりあえず魔石売って、お金作って、場所を聞きながら、ジークと愉快な妖精さんたちを引き連れて、材料を買いにいくか。
うんうん、会計と荷物もちは全部兄任せだが、野菜の鮮度なら任せておいて。
いっつも買出し係だし。ついでにお風呂だって洗うし。
まぁ、はたして異世界食材の鮮度が、私に分かるかどうかは別として―――っていうか、普通に王宮の食材使っちゃだめなのか?
小首を傾げる私に、母は『やだぁ、違うわ』首を横に振った。
「お兄ちゃんと一緒に、材料―――狩ってきて」
どん、と母がテーブルに置いたのは本のタイトルは『世界食用魔物大図鑑』と書かれていた。
チエ子様より、岸田家の異世界冒険のイラストいただきました~ww
あまりの素敵なイラストに鼻血と涎が!!三兄弟もカッコよいし、なにより熊王子とか、熊王子とか熊王子が!素敵な食通騎士までwwさぁ、皆様もコピペでGO!!w
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チエ子様、本当にありがとうございましたww