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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
72/119

Act 03. 朝シャンの予定はありませんでした

 生乾きの髪の毛を台所で借りたタオルで拭きながら、兄を睨みつける。

 相変わらず胡散臭い笑顔だ。




「すまん、すまん。でも、よかったな冬じゃなくて」




 よかったな、冬じゃなくて―――じゃないわい!この兄野郎!

 誰が朝シャンしたいっていったんだ!


 べっとり蜂蜜つけやがって!絶対わざとだよ!


 くっそう……なんか心配されているかも、なんて思ったが、もしかして蜂蜜を髪の毛につける伏線だったんじゃね?とか疑っちゃうね!


 テーブルに手拭あったよね!




「ミィコ殿、いくら冬ではなくても、きちんと髪を拭いてください。病に倒れたらどうするのです」




 髪生乾きぐらいで、誰が病に倒れるか!

 倒れたら兄に世話させるわい!


 強めに言ってくるジークに、その後ろをおろおろしながらついてくる左門番―――てか、今、気がついたけど、兄の門番は?


 いや、……人の髪に蜂蜜つけるやつにはいらないな。

 満場一致でいらないな。


 ふい、とジークから顔を背けると、首にかけていたタオルを奪われて、頭をワシャワシャと拭いてきやがりましたよ!

 

 手を払おうとするより先に、ジークが口を開く。



「昨日、私はサミィ殿に『回避できる危険があるようなら、我侭を優先させないように』と仰せつかってます。そしてそれに、ミィコ殿も同意されたのでは」



 つまり、ジークが出来る範囲で危険を――この場合は風邪を――回避する手段があるなら、実行するということか??


 う、うーん……頭拭かないって、我侭、なのか?

 

 ただの私の自業自得ではとも思ったが―――ま、根本的に兄が悪いんだけど―――確かに同意してた事を思い出して、なすがままになった。


 大きな手で、頭をワシャワシャされるのは気持ちがよかったのもあるが。


 ふと、子供の頃、風呂上りに父が髪を拭いてくれたような記憶がよみがえった。

 小さい頃は髪が長くて、乾かすのが大変だった。


 ドライヤーは音が煩くて好きじゃなかったので、いつもタオルで拭いてたんだけど―――あれ、なんだか、この頃、異世界来てから昔のことばっかり思い出すけど、年なんだろうか……まさか、死亡フラグとかじゃないよね?!





  +  +  +





 入り口でジークと左門番と別れ、兄と室内に入ると、すでに叔父が母となにやら難しそうな顔で小声で話し込んでいた。


 父も珍しく眉根を寄せて、考え込んでいるようだった。


 なにやら深刻そうだ。

 少なくとも、家の水道管が破裂した時よりも真剣な様子である。


 姉はまだきていないらしい。




「――の話を……いい―――のよ?もし、万が一に―――が、あの子達に」

「あかんて――…―三人――、―…やで?」 

「怜二――…って、……弟なんだぞ――」




 こちらが足を踏み入れると、話がぴたりと止まる。

 あまりにもびしゃり、と終わったから面食らっていると兄も眉根を寄せた。


 室内は広く、扉の反対側で本来なら聞こえる距離ではないと思うが、静かだったし、たぶん五感強化のおかげで多少聞き取れた。


 聞こえたのかはわからないが、兄は雰囲気で察したようだった。




「……これ以上、問題発生?」




 異世界にやってきた以外に、と言外に告げて、兄は苦笑を浮かべると、挨拶もソコソコに歩み寄っていくので、私も続く。


 なんとなくだが、兄の声は刺々しい気がする。


 だが叔父と母はなんとも曖昧な表情になり、父がため息を零す。




「そりゃ、異世界だからな。地球に居たって海外に旅行に行けば、文化差が出てくるだろう?異世界なら尚更問題だって発生するさ。しない方がおかしいだろう」




 全く持って正論だ。


 海外旅行――いや、いったことないけど――なら、言語やら、色々トラブルが発生するだろう。私も台所で未知の食材に出会ったし。 

 

 でも、三人の表情は、ちょっとしたトラブルという感じではなかった。





 びしり、と。

 




 空気がまるで瞬時に凍てつくような沈黙が訪れる。



 父の言葉に兄は無言のまま。


 いつもの好青年の仮面を剥がし、感情を内側に引っ込めたような無表情で―――時折、叔父が見せるような、光のない無機質な目で―――こつり、とテーブルを指先で一度弾いた。


 兄のこんな顔、見たことがなかった。

 いや、いつか見たような気もするが、それはずっと昔のことだった。


 なんだか、嫌な汗がでてくる。





「俺に―――俺たち兄弟に、なにか、言うことない?」




 

 ぞっとしない迫力である。

 いつもへらへらしているから、その落差でよけいに。

 


 じっと見つめている兄。



 まるで両親と叔父の一挙一動を見逃さないとでもいうように。

 

 その威圧をモロに受けているであろう父は、鷹揚に苦笑ひとつで受け流した。




「あったとして―――その資格が、今のお前にあるのか?」




 父が肩をすくめて、暫し睨み合いが続いたが、扉が開いて、姉が入ってきたようで、兄が引き下がった。


 びりびりとした空気が止み、兄はげんなりとした様子で、眉根を寄せ、ため息をつく。


 私はつめていた息を吐き出した。

 母も叔父も同じだったようで、体を弛緩させたようにも見えた。




「ここまでよ!次、部屋に入ってきたら承知しないわよ!」




 姉は入り口で大声を出して誰かを追っ払っていた。

 犬でも追っ払うかのように手を振っている。


 こっちはこっちで切迫している―――姉が大声だしているなんて、珍しい。




「もう嫌になるわ、ったく。ミコ、お茶頂戴。昨日は煩くて眠れやしない――ミコ」

「ん―――い、今入れる」




 まるで空気に気がついていなかった姉は、私が動かなかったことで不信な顔をしていたが、すぐに腰を上げた。


 よく見ると、いつもは俊敏に動く周囲に生執事も生メイドもいなかった。

 両親と叔父の話し合いのために追い出されたのだろうか?




「……はい」

「なによ、人の顔をじろじろと」




 うん、知らないということは幸せである。





 +  +  +



 


 もう兄の機嫌?は直っているので、さっきよりも空気は軽い。


 というか、母も叔父も、何事もなかったかのようだ。

 父も普通である。


 いったい、なんだったんだろう。


 私の家族は仲は悪くない。

 昔は特に私と姉が、頻繁に喧嘩していた時もあるが、あんなのは初めてだ。


 特に父があんな雰囲気になったのは初めてで正直、戸惑った。


 真面目モードといえばいいのだろうか。


 たしか一度だけ父と兄が殴り合いの大喧嘩をしたことがあるらしいが、その時、私はそこにいなかったので、わからない。 


 たしかちょうど、私が事故った時だったらしい。


 何を揉めたのか知らないが、家の庭へと続くベランダが新しくなっていたので、軽くガラス二枚を割っていたようだ。


 塀もコンクリートで部分補修されていたので、よほどだったと推測される。



 一人悶々としていると、弟王子が優雅に入ってきた。

 額に汗が浮かんでいるような気がするけどどうかしたのだろうか。


 挨拶しつつ自分の椅子に向かう王子―――えーと、なんか、嗅ぎ慣れた甘いの匂いがしたような気がしたが、幻覚ならぬ幻臭か?―――いや、どこにでもあるものか。


 うん、食卓にも並んでるし、王族は蜂蜜を使用するらしいし。


 でも、微妙に弟王子を凝視してしまったよ。

 弟王子もその気配を察したのか、私の挨拶だけ妙にぎこちない感じだ。


 言わぬが花ということもあろう。うん。




「……あ」




 食卓に食事が並べられていった後、イベ叔母様が来た。


 迫力のある超クール系美人だもんね。

 入ってすぐ気がついたよ。


 でも、背後から鎧も身に着けないで身軽な様子で入ってくる第一騎士団長は、イベ叔母様の一歩後ろを、大和撫子よろしく、付き従うように入ってくる。


 眠そうな姉が小声で話しかけてくる。




「誰?ミコの知り合いなわけ?」

「ん。イベ叔母様」

「おばさま?―――って、いうより女王様っぽいわね」




 風貌だけみたら、頭脳に物言わせる女王様(賢帝風味)っぽいけど、逆に姉は権力で押し込める女王様(暴君風味)っぽいよ。


 まぁ、実際お姫様なわけであるし、間違いではないけど。


 いや、うん、そうじゃなくて。




「第一騎士団長妻、宮廷魔術師、弟王子の叔母、叔父の義理の妹、私のラバーブの先生」




 姉は数秒固まり、兄からは乾いた笑いが毀れている。




「―――俺たちの叔母?」




 大正解!正解者はグアム旅行券げっと!おめでとうございます!

 でも、残念!異世界なので行けませんけど!


 あの第一騎士団長の妻って!?と微妙に引きつった声が聞こえたような気がするけど、まぁ、気にするな。




「イヴェール叔母様」

「ゼルスター王子、ご機嫌麗しゅう」

「食事の時ぐらいは、宮廷魔術師は休業してください」

「そうやで、イベイベ」

「イベイベ言うな、殺すぞ」




 ややこしいな王子と叔母だけど、王子と宮廷魔術師でもあるのか。

 甥を王子として敬ってるけど、義理兄の王は即効殺害宣言だし―――イベ叔母様カッコいいよ。ぷぷぷ。




「ではゼル。隣を失礼するぞ。こちらが、疫病が……レジィーの兄のご家族か」




 今、疫病神いうた。


 やっぱり、改めて岸田家族に名前を名乗ったら驚くわ―――イベ叔母様わざとやっているような気がしなくもない。




「っ、アヴェ=ラカヴァ―――!?」




 と、あまりの長い名前を覚えられなかったのかピンポイントで呟き、驚きのあまりか兄が目を丸くしている。そのまま、顎に手を考え込んでしまった。


 いや、今呟くところは『ヴェルクスタ公爵夫人』って所じゃね??


 優雅な挨拶にタジタジしながらも、同じく家族が名乗った。




「お前が、悪魔のおい―――いや、レジィーの甥、か」




 今度は完全に悪魔の甥っていっちゃたよ。正直者だな、叔母。

 

 初対面は印象が大事だよね、特に女性は的な、胡散臭さ100%の笑顔を浮かべる兄を、複雑そうな顔でイベ叔母様は見つめていた。


 その表情から察したようで、兄は叔父を一睨みしていた。



「なんや、ワイは本当の事しかいっとらんでー」



 と白々しく、口笛を吹きそうな顔で、返すが―――うん、説得力ないな。




「ミコは、昨日?」

「ん…」

「そっ、よかったわね―――ミコの事よろしくお願いします。口が悪くて、頭も悪くて、捻くれてて、人付き合いが下手で、癖強いんですけど、たぶん悪い子じゃないんで」




 いいとこなし!?私のいい所皆無!?

 しかも、なんでたぶんなの!?姉よ、お茶を入れた可愛い妹を何だと思ってるの!?




「あぁ、美味い菓子を作る人間に悪いやつはいない――よき子だ」




 ええぇ!!!私の良し悪しは菓子作りで左右されんの!?

 まるっと人格無視なの?イベイベ叔母様よ!?

 

 姉の高笑いにいじけながら、助けを求めて兄を見遣ると、新しい叔母というより、新たに出来た叔父に視線が向いている。わかるよ。あんなおっかない人が、叔父―――叔父Bって。Aも微妙だが、Bも微妙だな。


 ……ってか、第一騎士団長をなんと呼べと?


 緊急かつ、難題だな。



 母は肝が据わっているというか、まったくもって気がついていなかったのか。




「あら、嬉しいw私の妹になるのかしらwよろしくね~ww」




 母、馴れ馴れしく手を振ったりしてるし。


 それを無表情で第一騎士団長が眺めているという微妙に緊迫した空気が流れていた。


 うん、母、その方、身内になるっつっても、この国のお姫様だから―――ってか、第一騎士団長の奥さんだから!誰も怖くて、つっこまない――いや、つっこめない!!




「夫共々、よろしくたのむ。リエ義姉あね様」




 熊王子殴るような人と仲良くできるだろうか。


 そして、なんとなく第一騎士団長とイベ叔母を見て理解する。

 長年、父を見てきた私―――というか、岸田兄弟―――は完全に気がついた。


 兄も姉も頬を引きつらせているから。


 この叔父Bであろう第一騎士団長は妻ラブ!三度の飯より妻が好き!!のタイプだ。まったく性格は違うだろうが、父と同じ匂いがするのだ。


 第一騎士団長自ら、イベ叔母の椅子を引いたぞ!

 さらに生執事を手で制して、自ら甲斐甲斐しく、お茶を注いだりしてるし、食器を並べたりしてるよ!自分のは生執事に準備させてるのにな!


 しかも、イベ叔母を長いこと凝視だ。


 イベ叔母様は気がついてな―――あ、気がついたけど、頬を染めてイベ叔母様が視線を逸らした。


 絶対にクーデレだ、クーデレ!

 バカップルならぬ、馬鹿夫婦の気配がするよ!




「まぁ、そのロリコンはいつものことや、そっとしといたれ―――うぉっ!!」




 悲鳴と共に気がつくと、テーブルナイフが叔父Aの椅子の背もたれに刺さっていた。うん、いつもながら見えなかった。


 投げたであろう叔父Bはまだイベ叔母を眺めている。


 あ、そうか……叔母はまだ三十代ぐらいだろうけど、第一騎士団長って―――うん、聞かなかったことにしよう!深く考えるのは精神衛生上よろしくないし。


 でも、二十歳差ぐらいあるんじゃ……叔父と王子以外は悶々としてしまう。


 カオス的な空気が流れるが、もう一人悶々としていなかった人がいた。




「あら?」

「どうしたんだ?」




 母の可愛らしい声に、父が反応する。






「そういえば、わたし―――まだ玲二君のお嫁さん、見てないわ」






 え、今更!?本気で今!?

 今、気がついたの!?ねぇ、我が母よ!


 岸田家族が『もしかして、地雷じゃね?』と避けていた話題をさらっと、母が口にした。


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