Act 01. 異世界生活三日目
あかい―――まっかだ。
もえている。
世界が燃えている。
赤い炎は蛾という名の燃料を得て、強く燃えている。
淡い燐光を帯びた蛾が炎に巻かれ、周囲の蛾とぶつかり移り火して、より一層強く炎の領域を広げた。
『――――い、―――に、――は』
誰だかわからないが、ぶつぶつと呟いている。
しかし、その姿は見えない。
あかるい。
それでも燃え爆ぜる音と、羽音。
弦の―――ヴァイオリンの音が聞こえる。
昨日のように母の鼻歌ではなくて、ルイの優しい回復の旋律だ。
現状の惨劇にはあまりにも、緩やかな。
私が弾いている音が反響しているのだろうか?
微かな違和感。
一つの音なのに、音色は深く、広い。
多分、音が重なっているのではないかと思う。
まるで、二人で弾いているみたいだ。
私一人で弾くよりも、ずっと音域を増して、力強く感じる。
『――は――え、を―――』
誰だ、本当に。
なにを訴えているのだ。
気味が悪くて、痛々しくて、苦しくて、なんか鳥肌が立つ。
蛾が燃えるのを防がねばいけないような―――薄い膜の越しに感じるような光景を眺めながら、脳裏に使命感と焦燥が掠める。
ふと、一匹の蛾が、私に向かった火の粉を受けて燃え上がる。
すぐに失墜し、落ちた。
炎を纏って堕ちていく蛾が。
明かりとなって。
地面が。
+ + +
夢を見た。
悪夢だと思う。
夢は霧散していき、最後には僅かな記憶と強烈な不快感しか残らなかった。
その後、激しく脈打つ心臓を落ち着かせている。
まだまだ起きるには早いであろう時間らしく、あたりはまだ暗かった。
家の自分の部屋じゃなく、異世界の宛がわれた部屋であることに一瞬驚く。
ちゃんと寝なくちゃと思いながらも、目は冴えている。
息を整えて、もう一度眠りにつこうとしたが、なんだか上手く眠れずに、外が薄く明るみを帯びてくる。
こういう時は、じっとしていても不快感を払拭できないだろう。
頭を切り替え、着替える。
せっかく時間が余ってるなら慰めにラバーブを、と思ったが、こんな朝早くでは近所?迷惑になるだろうから、諦めた。
どこか朝でも夜でも弾いていい場所を聞いておくんだった。
兄のように娯楽も、姉のように美貌のケアの品も持っているわけでもない。車の中におきっぱなしだが、それを持ってくるには父の車の鍵が必要だ。
こんな朝早くでは、さすがに怒られるだろう。
結局、昨日道順を覚えたのだから、台所に向かおうと思った。
この国の人たちは朝が早い―――ということは、朝ご飯を作る人はもっと朝が早いということだ。
そこになら人はいるだろうし、暖かい飲み物を貰おう。
扉を開けると、ぎょっとした。
左右に門番がいる。
てっきり室内に入って鍵をかけたら、いなくなっているのかと思っていた。
一晩中いたのだろうか?
「おはようございます、ミィコど――いえ、ミィコ嬢」
右の門番が礼儀正しく、こんな小娘に軽く頭を下げたと思ったら、ジークであった。
目の下にくまはないから、昨日の夜からずっといるということはないだろうが、それにしたって朝早い。
「……おはようございます…殿で結構です」
ジークの殿を聞きなれたせいか、嬢だとなんだか違和感がある。
たぶん、昨日の夜に私が女だと(ようやく)気がついたためだろう。
土下座せんばかりの勢いで物凄い謝罪された。
少年だと思っていて、申し訳ありませんでしたとか、なんとか―――うん、胸を見ながらだったから、殴ろうかどうしようか一瞬考えてしまった。
どうせ、まな板だよ。
隠れ巨乳の母から見れば、微々たるものさ。
内心、滂沱の涙を流したものだ。
まぁ、少年に見えるように――いや、楽だからというのもあるけど――装ってるのだから、文句は言えないけどさ。
家族だって面白がってるだけで、別に隠してるわけじゃないんだよ。
だけど、もう私18歳だから、そろそろ誰か気がついてくれてもよくない?という、微妙な乙女心だよ。
「しかし、女性に対して殿など、この国では―――」
がちゃ、がちゃんっ!
反対側のフルフェイス甲冑の門番が、大きく音を立てた。
あぁ、今の左の門番の鎧言語で判別すると、『え!まじ!さっきの聞き間違いじゃなくて、この子、女だったの!?』と翻訳されるのだろ―――って、余計なお世話じゃい!
細かくがちゃがちゃ震えて煩いわ!笑いたければ笑うがいいさ!!
顔が見えてなくてよかった。
絶対脛を蹴り上げていた自信がある。
「―――殿、で」
ジークは『しかし』と困ったように眉根を寄せたが、もう一度同じことを強めに言うと頷いた。
私もそれに頷いて、歩き出すと、ジークがついてくる。
あと、ガチャガチャいいながら、門番も。
てか、なんか昨日の左の門番よりも、ちっさい気がする…??気のせいか?
別人入ってるのか?
廊下の交差点を二つ超え私は足を止めて、小首を傾げた。
二人とも足を止めているのだ。
「どうかなされましたか?」
すると、ジークが話しかけてくる。
「……二人も、何処か行くの?」
「は?」
ジークは不思議そうに目を瞬かせている。
左門番は小首を傾げているのかフルフェイスが右に傾いている。
キッチンの近くに食堂があって、そこで朝食?
でも二人の反応を見る限り、目的地を定めて歩いていたという感じではない。
だったら、なんで私の背後についてくるんだ?
新手の堂々としたストーカーか。
なんて慎みない。
姉のストーカーの慎ましさを見習ったほうがいいぞい。
電柱とか、十字路の曲がり角から、そーっと顔だけだして写真を……まぁ、それは別にどうでもいいんだけど。
暫し廊下に沈黙が訪れて『ああ、そうか』と、ジークが口を開いた。
「門番は護衛も兼ねているので、夜間移動の時や専属の護衛騎士が傍を離れている時は、お供するのです。勿論、護衛騎士はなにか理由がない限り、護衛対象者が移動すると一緒に移動します」
あ、そうか、部屋の門番は、部屋の主が居ないのに守っててもしょうがないか。
ってか、護衛が付くって感覚がよくわからない。
昨日は兄弟全員いたから、なんとなく自分が守られているって感じではなかったし、どっちかっていうと案内してもらってた感覚だ。
……それに、兄の護衛はほとんど見かけなかったし。
頷いて、私は歩き始めると、ジークが控えめに声をかけてきた。
「ええと……ご家族の部屋でしたら、反対側になりますが」
なぜに、夜明け前に家族の部屋に行かねばならないのだ。
ジークの言葉の続きを待つが、続かなかったなかったので、私は口を開く。
「なんで?」
「い、いえ、他意はありませんが……では、どちらに?」
「台所」
困惑げだった表情は、あからさまではないが明るくなった。
朝の夢の不快感を残す私は、その能天気な感じに実に苛立ちを感じる。
勿論、夢見が悪いからと、八つ当たりするなどと、自重するが、内心唇を尖らせた。
なにを期待されているのかわかっているが、あえて期待を砕くように口に出す。
「……暖かい飲み物を貰うだけ」
「そうですか」
がっかり、したのを見なかったことにして歩き出すと、慌てた様子で追いかけてきてジークが声を上げた。
「いえ、そうではありません。侍女にお持ちさせますので、お部屋でお待ちください」
後数分歩いたら台所じゃん。
そこまで手間をかけさせるほど、お子様ではないんですけど―――って、ここで戻ってたら、二度手間な上に時間がかかる。
その言葉を聞かなかったことにして進むと、朝からなんかボロボロ兄が変な道から出てきた。
目の下に薄っすらくまが……徹夜か?
なにしてたか知らんが、異世界来てから一番元気だな、兄よ。
「一時間…いや、二時間ぐらい寝たぞ。今、起きた所だ」
ジークと門番――そういえば門番と挨拶しそこねた――の挨拶もそこそこに、きらっと胡散臭い笑顔で応じたが、やっぱ年か。疲れなのか、キラキラが足りない。
胡散臭さ三割減で、悪人面になってんぞ。
「失敬な。ほれ、ちゃんと髭も剃ってきたんだぞ。シェバーじゃなくて、剃刀で切ったんだが、初めてにしては上手くないか、俺?」
と顎見せられても、いつもと変わらない―――って、剃り残しあんじゃん。
「まじか」
ちゃんと鏡で確認しろよ。
ほい、顎上げなされ。一気に抜くからね。はい――ぶちっとな。まぁ、これが叔父だったら痛みが増すようにゆっくぅううり抜くが、兄は勘弁してやろう。
っつーか、血糊のついた服も着替えたほうがいいと思う。
まさか怪我したのか、兄よ。珍しいな。
「あ、もう怪我はしてないけどな。こりゃ酷いな。洗濯して落ちるか」
いや、怪我してないならいいんだけどさ。てか、もうってなんだ、もうって、まるで怪我したけど治った――って魔法か。そういや、もう兄回復魔法できるんだったか。けっ!これだからチートは。てか、それベット血泥まみれじゃないか?
それに血って落ちづらいんだよ、けっこう、もう廃棄処分レベルじゃね?
母の雑巾行きじゃね?
「ベット使ってないから、大丈夫だ。ま、服ぐらい叔父のポケットマネーからでるだろうし」
ベット使ってないって、何処で寝たんだ己は。
しかも、そのボロボロの原因は叔父ないし、叔父から派生していると。大変だなチートは叔父にこき使われるがいいさ、ぷぷぷ。
っつーか、なんで兄まで一緒についてくるんだ。
「台所いくんだろ。頑張ってるお兄ちゃんに、超朝飯作ってくれ」
説明しよう!岸田家で『超朝飯』とは晩御飯の後に食べる食事を夜食というように、朝食の前に食べる食事である!って、そんなことするのは、母と兄しかいないけどね。
しゃあないなぁー。
っつーか、異世界食材を使いこなせるかわからないから、不味くても食べれよ。ってか、どんなに不味くても完食決定ね。
「いや、旨いもんで頼む」
当然のように無理難題押し付けるな。無理無理。
どうするんだ、スライム食べる文化とかあったら……母がクラゲを調理したのはみたことあるけど、スライムはないよ。
昨日台所に行ったとき、魔物を食べる文化があるっていったぞ、ここ。
しかも一部の魔物は高級食材で珍味なのも多いのだとか―――母には言わないでおこう。なんか、とって来いとか言われそうな気がする。一般市民にレベル高いから。軽く三回死ぬわ。兄よろしく。
あ…まさか、ゴブリンも食べれるのか!?
こちら、ゴブリンのもも肉(※緑色の肉)のソテーでございますだなんて、いわれたら。
「いや、まて、ゴブリンは食材じゃ――――食べませんよね?」
と兄がジークに――なんだか、微妙な顔をしているけどなんだ?――振り返る。
「え、ええ、さすがにゴブリンは食べません…」
「ほらみろ。あんな緑色の肉を出されても俺、食べ―――」
「…この地方では」
恐ろしい言葉を聞いて、朝からテンション↓↓で、台所に向かった。
考えてみれば、人間って雑食なのかもしれない。
……他の地方、食べるんだ。ゴブリン。
オンジェロ地方の地元料理【ミニゴブリンの団子スープ】
材料 二人分
★ミニゴブリン肉(ミンチ) 80g
★玉ねぎ 30g
★アンジェ根・白球葉・人参等の季節の野菜 適量
★塩、胡椒、ロシェンの葉 少々
作り方
1.野菜を一口サイズに切りましょう。
2.玉ねぎは微塵切り、ミンチミニゴブリン肉とあわせ、団子状態に。
3.沸騰したお湯に、塩胡椒適量入れ、野菜の芯にが柔らかくなるまで煮込みます。
4.最後にミニゴブリンの団子を入れ、灰汁を丁重にとりましょう。
5.十五分ほど煮込んだから完成。
6.器に盛って、ロシェンの葉を添えて完成。
冬に大好評の一品w温まるし、ミニゴブリンの肉は冷えると少し硬くなりますが、低カロリーでダイエットにも最適!さぁ、皆さんお試しあれ!
【マジマジロッテンのお手軽簡単レシピ集】第1巻 第3章・各地の地元料理 P51抜粋