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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
二日目 【異世界生活の始まり】
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閑話 【中年騎士の失態】

 素晴らしい音色だった。


 華美さはないだろうが、夜に月を眺めているような静かさがある。

 それでいて、か細い印象はなく、包み込まれているような感覚。

 

 今日はただ歩き回っていただけなので、疲れてなどいないと思っていたが、ミィコを指導し、相手に合わせて力を加減していたので、その分気疲れしていたのだろう。


 心地よく疲労が抜けていく。



 路地で聞いたときよりも、ずっと豊かな音だった。



 間近で演奏を聴いているせいか、遠めで見たときよりも迫力があり―――なにより、ミィコが柔らかな微笑を浮かべていることに気がついた。


 いつもなら、無表情に近い。


 せいぜい家族と会話をしている時に、多少表情や声を出したりする程度。


 姉であるユイにいわれたこともあってか、俺に対しても言葉は発しているが、あんな風に注意するということは、元々他人に口を開くことは少ないのだと思う。


 伏目がちで影の薄い、口数の少ない少年。


 そんな印象を受けていたが、浮かぶ微笑は幸せそうだった。




 音を奏でることを、心から喜んでいるのだと。




 カルム王子も音楽を好むので、うっとりと聞き入っている様子だ。

 ただ熊の姿なので、草食動物を前にして喜ぶ肉食獣にしか見えなかったが。


 叔父である王は、両目を瞑りびくとせず、師となる予定のイヴェールは瞳を細めて、何か考え込んでいるだった。


 音色を聞きながら、思わず口を綻ばせた。

 

 イヴェールを師に仰ぐということは、演奏に立ち会える可能性も少なくないだろう。

 俺はミィコの護衛であることを、ある意味幸運だと思う。


 サミィのように腹に一物抱えているようなタイプではなさそうだし、ユイのように美貌で気を散らすこともない。


 恥ずかしながら、実は女性が苦手なのだ。

 間違いなく、己を包み隠さない妹のせいであろうが。


 多少、コミュニケーションには問題があるが、慣れの問題だろう。




「この国では女は老いも若きも、髪を長く伸ばし、スカートを履くのが一般的なのだ。とはいえ、姪を甥と間違えるなど私も耄碌したものだ。失礼をした」




 と、イヴェールが口にするまで、俺はそう思っていた。


 言葉はわかっていたが、意味を何度も脳裏で反芻させて、理解した。

 そして、それを王も否定しない。




 つまり、ミィコは―――…






  +  +  +






 イヴェールの部屋から退出し、王がまだ行く所があると自室に戻っていく姿を眺めた後、俺はミィコに猛烈に謝罪したのはいうまでもない。


 エミィに指南を頼み手酷い怪我を負わせ、ベルルムの暴言。


 ようやく、ミィコが風呂に共と誘い――アイツの場合は王の作った風呂を自慢したかっただけだろうが――突如としてベルルムの脛を蹴り上げた意味を知った。


 これほど焦ったのは、久しくなかった。


 まさか、護衛対象の性別を見誤るとは―――よく注意すれば、少年にしては声も甲高いし、骨格も華奢である。


 年若い者は性別は分かりづらいが、大抵は衣服か髪型で見分けがつくのだ。


 男は貴族でない限りは髪は短い。女性は未成年が伸ばした髪を下ろしており、一纏めにしたり、髪飾りをつける程度で、成人すると髪を結い上げる習慣がイシュルスにある。

 

 だからイヴェールも編みこんだ髪を結い上げていた。

 

 この地方は殆どそうだ。

 

 他種族は分からないが、女性でミィコの髪ほど短いなど、ありえないことである。



 幸いミィコは怒ってはいなかったようだ。

 多少、不貞腐れていたが。


 もう一度丁重に謝ると、ミィコは謝罪はいいと首を横に振った。


 どうやら自分でも分かっていて、あのような少年のような格好をしているようだ。


 理由があるのかと思って尋ねると、短い沈黙の後に気まずそうに頷いた。



「ただ……兄の敵が多かったから」



 何でも小さい頃は髪が長く、スカートも履いていた時期もあったようだが、サミィの敵――そんな無謀な人間がいるとは。もしかすると、敵は獣人か??―――が多くて、髪を掴まれたり、連れ込まれそうになったりするからやめたのだとか。


 なんという卑劣な。


 本人に敵わないからといって、その周囲に手を伸ばすなんて外道である。


 ムカムカと聞いているだけで腹の底から湧き上がるような不愉快さを覚えるが、本人といえば軽く肩を竦めただけで終わった。



「髪短い方が洗ったら乾くの早いし、スカートより動きやすいし……何より姉と母の玩具にされないからいい」



 慣れて平然としているミィコが、なんだか不憫に思えた。 


 護衛騎士に期間はあるだろうが、終わりを迎えるその日まで、全力で守ってやろうと、密かに心に誓った。


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