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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
二日目 【異世界生活の始まり】
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閑話 【魔術師の眼差し】

『彼は救世主ではありません。ましてや英雄でも、勇者でも、聖人でもない―――しかし、あの方はこの腐敗した国を生かすには、絶対に必要な方です』



 姉が幾度となく口にした『レジィー』という男の名前。

 その後に必ず、姉は付け加えた。


 暗愚である父王の暴政に国が疲弊し、他国からの介入を許し、ほとんど根元まで腐りかけているイシュルス王国。


 最早、イシュタルの加護などないのだ。

 国の崩壊など、時間の問題。


 いや、もしかすると国としては、崩壊しているのかもしれない。


 目も覆いたくなる高税、高い失業率、無職者から犯罪者への転向、森からやってくる魔物の大群、寂れた大通りに横たわる骨と皮だけの浮浪者。


 物心ついた時には、末期状態であった。

 生まれたときからかもしれない。


 一番古い記憶の姉は常に悲しげに瞳を伏せていた。

 


 私は自分が、女の身であることが、憎かった。



 男であれば、王子として、この国の政治に介入することができた。

 姫など、契約の名の下に他国に嫁がせるだけの見掛け倒しの人形でしかない。


 愛など、欠片も存在しない。



 姫は人権も、自由も、国家の二の次とまでさえ、言われたことがある。


 大好きな魔法学を本格的に学ぶことすら夢のまた夢。

 

 いくら『レジィー』が凄かろうと、自分と違い正妃の娘である姉とて、若くして輿入れ先の決まってしまい、もう少しでこの国を旅立つのだろう。


 イシュルス王国を、イシュルス国民を案じる唯一の王族―――それが姉だった。


 私はすでに諦めていた。


 この国は、もう駄目なのだと。

 己の未来は決まっているのだと。




 滅びの時は近い、と。




 イヴェールは、レジィーとの邂逅を今でも鮮明に覚えている。

 並大抵の者は、その流離人ルエイトの凶行を忘れることはできないであろう。


 手にした金属の棒で肩を叩いて、不機嫌そうに王の間に現れた。


 そう、ふらりと迷い込んだように。






『―――馬鹿で無能な権力者は、二回死ねっ!!』






 叫んだと同時に、加速したレジィーは相手の手前で踏み切り、飛ぶと両足をそろえて父王の顔面を蹴った。


 吹っ飛ぶ父王に爽快な気分を覚えたのは、末代までの秘密である。





 後に姉の婿となり、このイシュルス王国を切り盛りした。


 その義兄の手腕は姉の見込んだとおり、革命後のイシュルスは、たった十数年あまりで、その体制をほぼ建て直し、名だたる強国と名を連ねるほどになった。

 

 レジィーの二つ名を『純黒じゅんこくの獅子王』。


 『獅子』というのは勇猛果敢の意だ。

 今は殆ど城内を出ることも少なくなったが、幾度か見舞われた戦火で、義兄は前線で独壇場ともいえる純然たる強さを示したのだ。


 『純黒』というのは黒髪黒目のためだろう。

 そして、黒目は微笑を浮かべてもなお鋭利で、深淵を覗き込んだような底知れないほど印象を与えることからきたのではないかと思う。

 

 それに汚れが目立たないという理由から義兄は黒い衣服を好んだ。



 この二つ名を聞いただけで、今では隣国の王族は震え上がるというほどだ。



 ただ私と夫は奴隷よりも扱き使われることなど、その時は知ることもなかったが。

 




  +   +   +




 

 ミィコと名乗ったレジィーの甥は護衛騎士を伴ってやってきた。

 

 年頃は13歳前後だろうか? 

 東方系の民族は顔立ちが幼く感じることを加えても、せいぜい15歳だろう。


 髪を伸ばし、スカートを穿いていれば、少女であると言っても過言ではない。


 幼いが故に性別のはっきりとしないのか、元々こういう顔立ちなのかは分からないが、伏目がちのせいか、年の割には少し陰鬱げな影がある。


 やはりこんな叔父を持った為に、苦労したのだろう。

 


 同情を覚える―――被害者意識と言い換えても過言ではない。


 

 レジィーと話ている時は多少表情を覗かせるが、ほとんどの場合は無表情である。

 やり取りから推測するにレジィーとの関係は友好的のようだ。


 恐ろしい話ばかり聞いていたので、かなり驚いた。

 想像とはだいぶ違う。


 彼の甥は確か、『大魔王から生まれた魔王』だとか、『同い年であったら、同属嫌悪で血で血を洗うような殺し合いをしていた』とか『天敵その2』などと言うほどだ。


 生きている間に会うとは思わなかった。

 というか、正直会いたくなかった。


 あのレジィーが話をするたびに嫌そうに眉根を寄せるのだから、よほどの甥なのだろうと思ったが、拍子抜けだ。


 それとも、こう見えて、物凄い猛者なのだろうか。

 

 握手を交わした手も、小さかった。 


 何をしていたのか分からないが、手はボロボロであった。

 皮膚は剥けている所もあり、傷もついている。


 努力家の手だと思う。


 初対面のせいか、硬く緊張している様子が、普通の子供のようだった。


 だが、その後、両足をそろえた飛び蹴りに、父王を蹴ったレジィーの姿が被る。

 甥ではないと言ったが、間違いなく、彼の血族ではないか。


 もともと食事は共にすることは滅多にないが、兄家族を紹介するので出席しろとのレジィーから要請があったのだが、忙殺されて、すっかり忘れていた。


 日々溜まっていく通常業務に加えて、部下の新たな研究案。

 異形となったカルムの肉体の調査。

 王宮に魔術的に入り込んだであろうネズミ。

 

 ここ数日、まともに食事をした記憶もない。


 姉に至っては、あの場所から動く気もないだろう。

 

 だというのに異世界の菓子を報酬にミィコにラバーブを教えろというのだ。


 でもまぁ、この美味いもが食べられるのだというのならば、少しぐらいは片手間で見てやろうという気分にはなる。


 魔術学ほどではないが、音楽も私は好み、自らの給料で楽器を買い集めたものだ。

 それの一つ一つに魔法をかけて、自動演奏にして仕事に励んだ。



「イベ叔母様……腕前、見てほしい」

 


 レジィーを椅子に座らせると、準備のいいことに異世界の菓子を載せたカートに乗せられていたラバーブを手にしていた。


 使い込まれた良いラバーブだが、小柄なミィコには大きいような気がする。


 家に楽器の保管場所に、サイズの合いそうなラバーブが合った筈だ。

 ただ専用の弓がなく、格安だったが、名品であった。


 魔法で自動演奏にするので必要ないと思ったのだが、なぜか魔法がかからずに結局放置することとなったのだが―――明日にでも家から取り寄せるか。

 



 ゆっくり歩く速度で(アンダンテ)―――……曲目は『慈悲降り注ぐ月光』である。




 吟遊詩人としては、下級の上程度の曲目である。


 一曲の魔力の消費率が高く、連発は難しいのだ。

 それに回復の威力は強くはできない。


 だが範囲は広く――とはいっても、ラバーブでは、せいぜい音の響く酒場の一室程度でだろうが――よく冒険者酒場で弾かれると聞いたことがある。


 音色は複雑ではなく、演奏者が増えると効果も範囲も大きくなる。



 ぎこちなさはあるが、ほぼ無難に弾きこなされている。



 魔力の強いものなら感じ取れるだろう。




 かなりの威力がある演奏だ。




 音の力は、その音色の威力は、真っ直ぐにレジィーへ。

 どうやらミィコはレジィーの顔色が優れないことに気がついていたのだろう。



 あのように平然と歩き回っていることの方が可笑しいぐらいなのだ。


 

 レジィーへと向かう魔力の余波が流れてきて、心地よく、私は思わず目を細めた。

 蓄積された疲労が、僅かにとはいえ回復している。

 

 一曲に随分と魔力を投じているようだ。


 

 ただ観察した結果、左手の動きがぎこちないことに気がついた。


 ふとレジィーの話を思い出す。

 兄家族の子供の一人に大きな事故にあって、左腕に怪我を負い、才能があった音楽をやめていたのだということを。


 つまり、彼は―――いや、その表現は不適切だろう。




「……ミィコは、末の子か」



 

 兄家族の兄弟の末っ子―――『次女』であることに思い至って、演奏と同時に確認するように呟く。


 演奏が終わったミィコは驚いた様子で、頷いた。



「この国では女は老いも若きも、髪を長く伸ばし、スカートを履くのが一般的なのだ。とはいえ、姪を甥と間違えるなど私も耄碌したものだ。失礼をした」


「ん……別に」



 少し照れくさそうに、首を横に振るミィコ。



「私も―――誤解を招く格好をしている、ので」

「まぁ、わてらの国は、女も男も好きな格好しとるからな。わからんでもないわ」



 よく聞けば、その声だって、少年というよりは少女のように甲高いではないか。

 これが思い込みというのものだろうか。

 

 多分、レジィーはにやにやしているので、私の勘違いに最初から気がついていて、訂正しなかったのだろう。


 この部屋に入室してから事を静観していたミィコの護衛騎士が両目を見開いる。



 

「――――え?」



 

 うっとりと演奏に聞き入っていた様子から一転して、間抜けな顔で、一音発する。

 


 カルムは胸に手を置いて頷いており、密かにレジィーは意地悪そうに笑っており、ミィコは気まずそうに眉根を寄せていた。


 

 どうやら、勘違いしていたのは私だけではなさそうだった。

 そして誤解させたままの者は意外に多そうだ。


 なにか言いたそうに、ミィコを凝視し、口をパクパクさせているが、身分を弁えているようで護衛騎士が王族に求められてもいないのに発言することはなかった。


 ただ処断の決定した罪人のように、顔面を蒼白にさせていた。


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