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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
二日目 【異世界生活の始まり】
66/119

Act 24. 癒しのもふもふ

「…真、実子……です」



 辛うじて頬を引き攣らせながら、自分の名前を発するので精一杯だった。



「アミーゴか、よい名だ」



 そうそう全世界お友達って、違っ!

 自己紹介するたびに、私の名前がおかしくなっていくし!


 ちょっと動揺して『真』の部分で切ったのはわるかったけどさ!



「ちゃうちゃう、ミィたんやで」

「ああ、すまぬ。ミィタンか。よろしく頼むぞ」



 叔父の渾名だけ解読できるんかい!違う!断じて違うから!いや、でもアミーゴは嫌だ!だけど、くっ!背に腹はかえられない!




「み、ミィコ…です」



 

 泣く泣くミィコと名乗る私に、イベイベは『ミィコだな』と頷いている。


 岸田家は身内の少ない家だ。

 叔父なら一人いるのであれだが、叔母というのはぴんとこない。


 大家族にちょっと憧れてたので嬉しいけど、叔父叔母が増えるなんて―――いや、うれ……うん、微妙?……はっ!もしかして、彼らに子供がいたら、従兄弟もっといるのだろうか?いや、考えてみれば、王家って他国に嫁いじゃっている方もいるのだろうから、実は他の国にも??だとしたら、他の国の王族の叔父叔母がいて、子供がいたら従兄弟が?恐ろしいまでの大家族だな。仲良くできたらと思うが、コミュニケーション能力の低い私が上手くやっていけるか、非常に心配だ。


 そもそも叔父の嫁と仲良くできるだろうか。熊王子はコミュニケーション以前の問題だがもふもふ的な外見が素敵だし、弟王子はちょっと感性がずれているような気もするが、彼は悪いやつではなさそうなので、仲良くできると思いたい。弟王子から推測するに、叔父の息子なのに割と大人しい部類なのだから、母親の教育がよかったんじゃないか。だとしたら叔父嫁は素晴らしい女性に違いない。



「ミィコはどうしたのだ?固まっているが」

「ん~?なんや自分の世界にはいっとるっぽいわ」

「本当にこの子がお前の甥なのか?話に聞いていた感じとは……」

「あ、ちゃうちゃう、そっちやない。あんな化け物と、ミィたん一緒にしたらあかんて」



 はっ!もしかして、念願のおじいちゃん、おばあちゃんがいるのか!?縁側で猫を膝の上に乗せながら囲碁(将棋でも可)しつつ、一緒にお茶をすするプレイを是非ともしてみたい。死ぬまでに一度はやってみたかった。


 それに従兄弟がいっぱいいるということは兄念願の『ぐしゃりもあるよ!全岸田の子供たちのパイ投げサドンデスマッチかくれんぼ頂上決戦』INイシュルスが三日三晩開催されるというのか。いや、母姉念願の『ほろりもあるよ!(野郎どもの涙的な)全岸田の子供たちよ美女、美少女になろう(年齢上限18歳、性別に制限なし)。リアル着せ替え人形のお茶会』INイシュルスで―――おお、なんと恐ろしい。前者も後者も阿鼻叫喚の地獄絵図が―――…



「しゃーないわ、現実世界へ戻っておいで―――叔父スペシャルハンドパワー!!」

「へぶぅ!!」

「み、ミィコ殿!」



 額に強烈な一撃。

 鞭打ちになりそうなほどの衝撃に、吹っ飛んで背中から地面に着地した。


 額が割れそうなほどの激痛に涙を浮かべながら、額を押さえて地面をゴロゴロ転がって痛みをやり過ごす。



 一瞬、なにが起きたかわからなかった。



 だが、この額への痛み。事故にあったのではないかと思うほどの衝撃。


 間違いない。

 威力が増しているとはいえ、叔父のデコピンだ。


 メリーゴーランドDXで減っていたHPが更に危険領域まで減っていることだろう。

 これ、今日鍛錬で体力上がってなかったら、死んでたな、私―――って、ベニヤ板を割るようなデコピンを人様に向けてんじゃないっつーの!!目玉飛び出すかと思ったわい!!今日の鍛錬で金髪騎士の木刀も痛かったが、これに勝る痛みではなかったぞ!!


 もしかして、額割れてない?ってぐらいの痛みだよ!このヴォケ!!

 この手のヌルって感触血じゃね?!今日二回目の流血?!



「あ、しもうた。ミィたん大丈夫かいな?」



 私はすく、と立ち上がって、叔父に背を向けると、扉の付近まで移動する。



「ミィコ殿、部屋に戻られ―――」



 ジークの焦ったような声を無視して、私は振り返って数メートル先から叔父ひょうてきを睨みつける。

 はっとしたように、叔父は首を横に振ったが、私は走り出していた。



「ちがうんやで!わざとやない!ちょっと力入れす――――」

 


 叔父の言葉は最後まで続かなかった。


 全速力で走った私は数歩手前で踏み切ると、両足を揃えて、勢いのまま叔父の胸を蹴った。

 




 

   +  +  +





「……痛い」



 額は割れていなかったが、どうやら叔父の爪が長かったようで、掠って流血していたようだ。

 胸の辺りに綺麗に私の靴跡がついた叔父が苦笑している。



「せやから、悪いいうてるやんか」



 それを払い叔父を睨みつけていると、イベ叔母がハンカチ貸してくれたので血を拭った。

 お礼を言いつつ、叔父の脛を蹴る。


 爪が当たったのは叔父にも予想外だったようで、本気で悪いと思っているようだ。


 じゃなかったら、大人しく蹴られたりはしないだろう。


 だがよろけただけで、姉直伝のドロップキックを受けて、ほとんどダメージがないというのはなんだか腑に落ちないというか、ノーダメージか!化け物一号め!姉に近距離からのほぼノーモーションドロップキックを受けたとき、私は吹っ飛んだぞ!靴か!靴がブーツだからか!

 

 イベイベ叔母様が『まさしくお前の甥だ』と叔父に真顔で訂正している。


 いや、姪なんですけどね。

 なんかこう、訂正のタイミングを失っている気が。

 

 岸田家の血統をドロップキックで見極められても、なにやら微妙な虚しさだけが、残るよ。後、首が寝違えたような痛みと、額の痛みが。受身は成功したんだけどね。


 っていうか、普通に揺さぶってくれればよかったんじゃない?


 まぁ、旅立った私も私だが。


 父もそうだけど、私が遠い世界に旅立ったら、子供にするみたいに『高い高い』とかして、空中に放り投げて遊ぶのやめてほしい。


 

 イベイベ叔母様の紹介が目的なら終わったので、帰ろうかと思ったが視線を感じる。

 これが姉が朝感じていたという視線か、と思ったら、隣の部屋に続いているであろう扉から円らな朱色の瞳が覗いていた。



「ん?おお、カルム生きとるかいな」

 


 器用に自分でドアノブに手をかけて入ってきた。

 つか、忘れていたのか叔父よ。


 くぅん、くぅん、と戦いに負けた犬のような鳴き声を発しながら、よろよろと此方に二足歩行で――イベイベ叔母様と叔父を綺麗に避けて――私の元へきた。


 その赤い目元が潤んでいたので、可愛さのあまりギュウギュウと抱きしめる。

 というか、抱きしめあっていた。


 熊王子よ。口から内臓が出ちゃうから、力を緩めてくれ。たとえ出ても、熊毛に包まれて圧死ならば、ある意味本望だが。



「なんや、二人とも仲良しさんかい―――テレビなら背後に、別れた主人と感動の再会みたいなテロップがでそうやな」

「れれび、とはなんだ?」

「テレビや。あんま細かいこと気にしたら、胃痛になるで?」

「お前の存在が私の胃痛の原因だ」



 後ろが煩いが、かまわず熊頭をナデナデする。


 あぁ、癒される。

 癒しのオーラが熊から出ている。

 

 どうやら、よほど酷い目にあっていたようだ。

 心なしかやつれ―――うん、よくわからん。でも歩き方から推測するに、随分力ない感じがする。


 私はジークが押してきたカートの上に乗っていたドーナツを口の中に突っ込んだ。

 これでも食べて英気を養うんだ。


 はっ!ドーナツはこの再会の為の伏線か!?



「ちゃうで。ドーナツはイベイベにやる予定やったんだ」

「おーなつ?」



 小首を傾げるイベイベ叔母様。

 

 異世界の菓子であることを説明すると、その瞳がぎらり、と鈍く光った。



「―――対価はなんだ」



 ジークの押していたカートを自分の方に引き寄せて、ドーナツを親の敵のように睨みつけている。


 うん、凄く分かりづらいけど、話の流れから推測するに甘いもの好きなんですね。



「さすが、イベイベ。話が早いわ」

「貴様に褒められた時点で、人として終っている。だが甘味のためならば、私は悪魔に魂でも売ろう」



 叔父=悪魔か。

 きっと叔父が毎度ご迷惑をおかけしてたんですね。


 たかが甘味如きで、魂売られては凄く困るんですが……たぶん、弟王子は叔母似ではなかろうか。



「イベイベ……ラバーブを弾けたやろ」 

「嗜み程度には」



 熊王子から引き剥がされ、私の背中が叔父に押され、ようやく事を理解した。

 まさか、叔父が無償で善行を行うなど、考えもしなかった。



「ミィたんに教えたって」

「ほぅ、楽器を嗜むか。それはかまわん……が、あまり時間はとれん」



 うずうずとした様子で、ドーナツを見つめたまま、イベイベは端的に言い放った。


 あ、ですよねー。

 社会人?でお仕事なさってますもんね。


 基礎さえ教えていただければ、独学で習得いたします。



「せいぜい今時間に十分ぐら―――」

「ミィたんは異世界の菓子作りの名人やで?今ならもれなく、オヤツ付きや」

「――片手間でよいのなら、三十分は見てやろう。明日もこの時間に来るといい。必ず菓子を持参するように」



 菓子があれば、教えてくれるのか。


 いや、ありがたいんだけどさぁ……なんか、家庭教師が豪華すぎない?


 というか、王宮魔術師を音楽教師にしていいのだろうか。いくら王(叔父)が許してたってさぁ、普通は一般人に教えるって駄目じゃなかろうか?


 ちら、と常識人のジークを窺うと、青ざめたまま微妙な顔をしていた。

 此方の視線に気が付いたようで、曖昧な笑顔が返ってくる。

 


「ふむぅ、我が可愛い甥よ。美味だ」



 美味って割には、眉根を寄せて険しい顔で、ドーナツを頬張る美女。


 本当に甘味が好きなのだろうか?

 

 一抹の不安を感じていると、固まっていた熊がよろけて本棚にぶち当たり、本棚を粉砕した音が室内に響いた。


 やっぱり、二足歩行は熊には難しいのだろうか?


 本棚に本を入れなおした後、イベイベ叔母様にお礼を言って、お暇しよう。

 さすがに安住の地であるベットが恋しい。


 叔父も一緒に部屋を出るのだろうと思ったら、叔父は何処か別の場所を見つめながら、茫洋と瞳を細めていた。


 どこか疲労を滲ませていたが、元気いっぱい?の叔父にしては珍しい。

 室内は明るくないが、それでも顔色がよくない気がする。


 もしかして王様として忙しいのだろうか。

 

 その僅かにしかないであろう暇な時間を、このために割いたのかと思うと、少し申し訳なく思う。

 日頃の被害を考え見て、ほんの少しだけど。


 

「叔父さん」

「ん?あぁ、もう戻るか?」


 

 一瞬、無表情になったが直ぐにいつもの調子になった叔父に、私は眉根を寄せる。


 うちの家族はなんでこう、意地っ張りというか、素直じゃないというか―――人に弱みを見せることを嫌うんだろう。


 他人ならまだしも、家族なのにさ。



「うぉ……なんや?下がればええんか?」



 私は両手で押すと意図を察したのかなすがまま叔父は誘導される。

 そのまま、空いている椅子に腰掛けさせた。

 

 幸い私には適当な理由があるので、ドーナツの乗ったカートの下に置かれていた人質ならぬ、物質ものじちであったラバーブを手にした。



「イベ叔母様……腕前、見てほしい」

「ん?かまわんが―――」



 戸惑った様子の叔母は「『イベ』ではなく『イヴェ』なのだか」とブツブツいっていたが、私は聞かなかったことにした。

 

 私は膝をついてラバーブを構えると、長く息を吐き出す。




 

 ゆっくり歩く速度でアンダンテ―――緩やかに始まる、細い高音。





 まだ、細かな動きに少しぎこちなさの残る左手。

 それでも正確に音を刻むように心がけた。


 

 光の粒子が溢れて、ゆっくりとそれは叔父に向かっていった。


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