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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
二日目 【異世界生活の始まり】
64/119

Act 22. まだ寝れません

 

 結局、兄のことは誰も教えてくれなかった。

 横で兄が睨みを――いや、胡散臭く笑ってるけど――きかせているんじゃ、答えられないか。



 運ばれていった金髪騎士に代わり、改めて師匠となったのはジークだった。


 細剣の基礎ではなくて、身の守り方みたいなことを、実践で教わっていた―――というのか、なぜ常に実践なのだ。


 どこかで地道に型の練習とか、じゃないのかい?普通はさ。 

 まー、時間がないからだろうか。




 ……やっぱりさぁ、こういう力仕事?武力行使?っつーのは、兄と父でいいんじゃない?




 私のようなチキンハートと惰弱な肉体を持つ人間には合わんよ。

 すでに感じる全身筋肉痛に、ぶるぶるしながら歩く。

 

 しみじみと思う。


 死にたくはないし、兄の足手まといにもなりたくないので、できるかぎり努力はしたい。

 だが、とてもじゃないが前線で三分以上生き残れる気がしない。


 適正がないというか、無謀な挑戦だ。


 ステータスのボーナスを全部入れたって、まともに戦えるか分からないし―――途中で、休憩の合間にちょこちょこ入れてたんだけど、ジークに勝てるはずもない。


 というか、途中で勝手にボーナスポイントが減って、体力値とか増えていたのに驚いたけども。



 でも金髪騎士とは違い気絶させられるということはなかった。


 細剣のではなく、ゴブリンが装備しているであろう近接武器の木造の剣や斧をジークが装備して、実践に近い状態で模擬訓練。


 当たる瞬間には、力を弱めてくれてくれた。金髪騎士とは違って。

 せいぜい転ばされるぐらいで、大きな怪我もなく終わった。金髪騎士とは違って。


 避け方や、足捌きなどを的確に言葉で教えてくれるしね。


 今なら分かる。

 金髪騎士、教えるの下手すぎる。



 だが、正直に言おう。


 



「無理」



 


 金髪騎士と同じ時間ぐらいは稽古をつけてもらった。


 だがジークに反撃できたのは1、2回程度だ。

 反撃しても、さらっと避けられちゃうし。

 

 金髪騎士との模擬練習では、終盤に差し掛かったあたりで、細剣の軌道も推測できたし、剣筋も読めていたので避け、それから反撃できたが、ジークの場合は攻撃が速過ぎる。


 一撃ならばなんとかなるが、連撃は無理だ。

 なんとか反応してるけど、ジークの加減があるからだろう。


 当たったり、上手く避けることができないので、体制が崩れて、反撃に転じることができないのだ。

 ジークが木造の剣を持とうと、斧を持とうと、最後まで防一線になった。 

 

 褒めてはくれたが、あれだ。


 ここで臍曲げられたら困るんだよね、的なもんじゃなかろうか?

 もしくは豚も煽てりゃみたいな?

 


「そんなことはない。短時間でここまで成長するなんて、ミィコ殿は素晴らしい才能を―――」




 うぉおおおおお!!!




 ジークの声を遮って、第二騎士団の野太い歓声が一際大きくなった。

 いや、さっきから煩かったんだけどさ。

 


「20人抜き達成だ!」

「よっしゃ!おい、大銅貨二枚だからな!」

「そ、そんな馬鹿な!」

「く、くそ~!!」

「最後は準騎士が二人だったろ!?おい、みたか?あの一撃!」

「俺の全財産が!!!?」

「うーん、うちの隊に欲しいなぁ」



 叫びの内容と、落胆する騎士と、ガッツポーズの騎士の明暗がはっきりと分かれている事から推測するに、兄の鍛錬は賭博場となっていたようだ。


 そして賭けの対象である当の本人は元締めらしき騎士と、胡散臭い笑顔で会話している。

 あれは、儲かった掛け金の何割かを流してくれるんですよね?って顔だ。


 うん……多少、息は切れているようだが、平然と。

 しかも、汗はかいているが、無傷で。


 こっちは何度も転んでボロボロだっちゅーの!!



 しかも一番最後に呟いていた声は、トーマス隊長じゃないか?

 声はなんとなくわかったけど、大勢のおっさん騎士の中を見渡しても、ぜんぜん分からない。


 もう、どんな顔だったか思い出せない。


 

 ジークは騎士が賭け事をしているせいか、それとも兄の驚異的な成長っぷりにか、額に手を当てて、心なしか青ざめているように思える。




 ―――で?素晴らしい才能が、なんだって?




 やっかみ半分でジークを睨みつけると、困ったように眉根を寄せて、何もいわず口を閉じた。



 

 そして、そのまま一日目の鍛錬は終了。


 夜は王宮内とはいえ、完璧に光が灯されているわけでもないし、夜間は夜間で使用する他の騎士隊があるらしく、引き上げることになった。


 兄とジークと、なぜかスキンヘッドがついてくる。

 

 目をキラキラさせて、楽しそうに兄の素晴らしい才能というか武勇伝?を懇切丁寧に私に語っていた。



 いわれなくても、もっと凄い武勇伝を知ってる――いや、常に巻き込まれているぞ!!



 と胸を張って、突っ込みたかったけど、私にはその体力も残っていなかったので、スキンヘッドに適当に相槌で誤魔化した。



「そうだ!騎士風呂よってくか?」

「騎士風呂?」



 スキンヘッドの話だと、騎士宿舎が騎士専用の浴場がある。


 今日寝ていた客間にバスタブがあるから、普通に風呂があるのかと思ったら、どうやら貴族だけらしく、一般的には普及していないようだった。


 それも湯に漬かるという風習が一般的には、あまりなかったらしい。 


 お湯に濡らしたタオルで体を拭くって…… orz


 意外と新しいらしく、実は現王――つまりは叔父さんだ――が昔、騎士のためにわざわざ作ったらしい。

 それまでは、冬でも井戸の水に浸した布で体を拭いていたようだ。



 ……よく心臓麻痺で死ぬやついなかった。



 なぜか、説明しているスキンヘッドが自慢顔をしている。



「王宮内にも従業員ようにひとつあるんですよ」

「へぇ……魔法式かぁ」



 ジークの説明では、浴場はそこそこ大きく、魔法式で稼動しているらしい。

 兄は興味を示したようだった。



「じゃあ、四人で仲良く、泥を落としてくか!」



 スキンヘッドが親切に言ってくださったので、お言葉に甘えて四人で仲良く浴場に―――って、入るか!ヴォケ!!


 反射的に、スキンヘッドの脛を蹴った。



 そいつは男専用の浴場だろうが!痴女か私は!!


 はい、そこ!兄、大爆笑しない!

 

 ジーク!あのスキンヘッドのセクハラ発言をどうにか―――って、きょとん顔されてる!?

 ま、まさか、お前もかブルータス、じゃない、ジーク!



 大爆笑の兄と脛を押さえて跳ねてるスキンヘッドと捨て置き『風呂で溺れて、むっさい騎士に人工呼吸されろ』と心中で呪い、私は号泣しながら、走り去った。


 途中、姉を見つけて、悲しみのまま抱き付こうとしたら、避けられた。


 筋肉痛で足に力が入ってなかったので、そのまま廊下にダイブしてしまった。


 幸い柔らかい絨毯が敷いてあったので、怪我はなかったけど―――




「汚れるじゃない!」




 ―――と背中を踏まれた。


 泥だらけで、すみません。鍛錬、お疲れ様です。ご機嫌斜めのところにすみません。

 私がわるーございました。おねがいですから、踵でぐりぐりするのはやめてください。姉の下僕のM属性ではないんで、普通に痛いです。


 後ろから追いかけてきていたジークに慰められつつ、侍女の方に運んでいただき、部屋の備え付けのバスタブにお湯を運んでもらって入った。


 風呂に入るのが贅沢だなんて、元の世界では思いもしなかった。


 


   +  +  +




 晩飯は、なぜかマヨネーズを使用した料理ばかりが出てきた。

 サラダは勿論、肉にもハーブみたいなのが入ったものがソースとして掛けられている。


 この世界にもマヨネーズがあったんだ―――馴染みの味に、和む。


 色々種類があって、マスタード?っぽいものやら、チーズが入っているものまであって面白かった。


 あるんだったら、朝にも出してほしかった。


 魔法の勉強で疲労している姉も同じ思いだったらしく、同じようなことを零したら、厨房を借りたときに母が伝授したらしいことがわかった。


 となると、醤油とかケチャップと濃口ソースとかないんじゃ……脳裏を過ぎるが。


 疲労が大きすぎて、すぐに考えるのをやめた。

 


「あぁ、料理文明の革命の時やで!」



 よく分からないことを口走りながら、叔父は嬉しそうに、物凄い勢いで――ちゃんと噛んでいるのか心配になるが――食事を平らげて、追加まで催促していた。


 ついでに、弟王子も優雅にだが、結構な量を食べていた。


 気をつけたほうがいいよ、弟王子よ。

 意外とカロリー高いんだから、すぐに下っ腹にくるぞ。


 あぁ!パンにまでマヨネーズをつけて食べるの!?いや、美味しいけどさ!ぎゃあ!スープに突っ込もうとしてるから、誰か止めて!と思いつつ、放置しておいた。


 どうやら、熊王子はまったく姿を見なかったので、まだ呪い?が解けていないようだ。


 王宮魔術師に預けただか、丸投げしたらしい。




 

   +  +  +





 夕食後は自室に戻って、真っ直ぐベットに飛び込んだ。

 もう筋肉痛が半端じゃないし、色々ありすぎて、頭がパンクしそうだ。

 

 この世界じゃ、日が沈んだら、ほとんどの人の活動は停止――お休みの時間で、その分早朝は日が昇ったらすぐというぐらい朝が早いらしい。


 夜型人間の私には迷惑極まりないが、それで明日今日ぐらいボコボコだったら、嫌だ。


 いつもなら、日付変更線を越えるか超えないかで寝ている私の生活を考えると、まだ眠るには早い。

 でも、物凄く眠くてしょうがない。疲れが全面にでてるな。



 私の視線はどことなくテーブルの上に置きっぱなしの、ラバーブに向かっていた。



 明日の朝から稽古するって言ってたので、気持ちとしては、このまま明日に備えて寝るのが一番なんだろうと思う。




 ふと、己の左腕を眺める。




 完治してる。

 楽器を弾くにはぎこちないが、問題はない。


 だけど、ゴブリンさえ終われば時間はあるのだと自分に言い聞かせて、布団の中に潜り込んだ。



 すぐに睡魔が襲って―――……






 こんこん





 控えめだが、はっきりとしたドアノックの音が聞こえる。


 眠りに落ちかけていたので、僅かに苛立ちを覚えながら、視線を向けると、聞きなれた声。



「ミィコ殿、おきていらっしゃいますか?」

「……寝てらっしゃいます」



 それで引き下がってくれるなら寝ようと思ったが、もう一度ノックしてきた。



「あ~…お疲れの所、申し訳ありませんが、王がミィコ殿をお呼びなっていると、伝言が」

「断る」

「はい、すぐに書斎に――」



 一瞬の間を置いて、ジークが短い悲鳴の後に、ドアを連打しながら、焦ったように叫んでいる。


 大体、用事があるなら、晩御飯の時にいっとけ。

 もう、完全に眠るモードだ。



「ことわ―――!?王命なのですが!?」

「だが、断る」

「み、ミィコ殿!」



 王様といっても相手叔父さんだし、私じゃなくて、兄の所にいきなさい、兄のところに。もしくは、父の所に。次が母さんで、駄目なら姉――は無理だな。絶対拒否るだろうけど。


 肌が荒れたらどうするのよ、平手で一撃。対象を沈黙させて、終わるんじゃなかろうか?


 それに叔父さんが呼んでるなんて、ろくな事じゃない。


 新しい罠が完成したとか。

 夜中に月が綺麗だから、餅を焼けとか。


 基本、わけわからん。


 ポテトチップス作れとか、ドーナッツ食べたいとか、夜中にタバコ切れたから買ってこいとか――叔父の家から近隣の自動販売機まで、何キロあると思ってんだ!ちゃんと買い溜めしておけ!


 前に『私道だから、バイク乗ってけばええやん~』って、途中から私道じゃなくなってるよね、あれは。何度も言うけど、私、免許もってないから。


 頑張って乗ったけど、子供の私に350ccはでかすぎるだろう?


 いやゲームセンターで何度かバイクレースので乗ったことあるけどさ、それとこれは違うしさ。


 一回転んで、バイク起こせなかったから、車道に放置して暗闇の中、歩いて帰ってきたの忘れたのか?

 軽く転んだだけだから、ボディがへこんで、ミラーが片方粉砕ですんだけど。


 せめてスクーターあるんだから、そっち貸して欲しかった。


 それなら、起こせた―――って、まぁ、今となってはいい思い出…んん?いい思い出なのか?


 

 扉越しにジークの声を聞きながら、私は窓を音を立てないように少し開けた。

 若干、夜風が冷たいが、一日ぐらいなら平気だろう。


 窓から逃げた風を演出。


 痺れを切らして、入ってきそうなので、先手を打っておこう。



 外套とクッションを持って、ベットの下に潜り込むと、ジークの声が遠くなって丁度いい。



 うとうとしていると、扉の外がさらに騒がしくなった。

 どうやら、本当に入ってきたらしい。


 ばたーん、と勢いよく扉が開いて、ベットサイドに垂れている布団の淵から、うっすらと二人分の足が見えた。



「も、申し訳ありません、窓から逃げられたようです!」



 ひとつの足はジークだろう。

 カーテンが靡いていることに気がついたらしく、窓に向かい、確認している。


 なんだか緊張しているのか声が震えている。


 上司と一緒か?って、トーマス隊長ではない気がする。

 だったら、即捕まえているだろうし。



「声を聞いてから、時間がたっておりません。すぐに探索にいってまいります」



 もうひとつの足に――といっても長い外套を引きずっていて靴は見えないが――向かって声を上げているらしく、外へ出て行こうとした。


 

「よい、かまわん」



 思わず、噴出しそうになって口を塞いだ。


 どうやらもう一人は、声から察するに叔父さんのようだ。

 話し方が、微妙な関西弁ではなく、偉そうなので、笑いがこみ上げてくるが賢明に堪えた。


 命令した本人ご登場で、ジークが焦っているとか、そんな感じか。



 叔父が歩き出して、このまま退出するのかと、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。






「ミィ~イ~た~ん~」






 私の足元の僅かな隙間から、ぎらり、と鈍く光る目が覗いていた。


 気がつけば、がっちりと足首を掴まれている。



 怖っ!!

 二重の意味で怖っ!!


【とある中年騎士と王様】


「よい、かまわん」


俺は頭を深々と下げて答える。

これほど間近で、しかも一対一で会うとは思わなかった王の迫力に押される。絶対的なカリスマとはこういうことをいうのだろうか。自分の失態を胸に刻む。ただ自然に立っているだけなのに、一分の隙もなく、微動だしない表情からは感情が伺えず、びくびくしていた。

まさか、王の命に逆らい、窓から逃げ出すとは。

王が室内をぐるりと見渡した後、動き出して、会うことをあきらめたのだろうと思った刹那。



い、イシュルス王ぅうぅぅぅ!!!!!



王は地面に伏せ、ベットの下に手を突っ込んだ。



「ミィ~イ~た~ん~」



ぎらぎらと鈍く光る瞳をベットの下に向けて、にたぁあ、と背筋も凍るような笑みを浮べていた。

俺の心臓は揶揄なしで数秒止まっていたんじゃないかと思う。

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