Act 22. まだ寝れません
結局、兄のことは誰も教えてくれなかった。
横で兄が睨みを――いや、胡散臭く笑ってるけど――きかせているんじゃ、答えられないか。
運ばれていった金髪騎士に代わり、改めて師匠となったのはジークだった。
細剣の基礎ではなくて、身の守り方みたいなことを、実践で教わっていた―――というのか、なぜ常に実践なのだ。
どこかで地道に型の練習とか、じゃないのかい?普通はさ。
まー、時間がないからだろうか。
……やっぱりさぁ、こういう力仕事?武力行使?っつーのは、兄と父でいいんじゃない?
私のようなチキンハートと惰弱な肉体を持つ人間には合わんよ。
すでに感じる全身筋肉痛に、ぶるぶるしながら歩く。
しみじみと思う。
死にたくはないし、兄の足手まといにもなりたくないので、できるかぎり努力はしたい。
だが、とてもじゃないが前線で三分以上生き残れる気がしない。
適正がないというか、無謀な挑戦だ。
ステータスのボーナスを全部入れたって、まともに戦えるか分からないし―――途中で、休憩の合間にちょこちょこ入れてたんだけど、ジークに勝てるはずもない。
というか、途中で勝手にボーナスポイントが減って、体力値とか増えていたのに驚いたけども。
でも金髪騎士とは違い気絶させられるということはなかった。
細剣のではなく、ゴブリンが装備しているであろう近接武器の木造の剣や斧をジークが装備して、実践に近い状態で模擬訓練。
当たる瞬間には、力を弱めてくれてくれた。金髪騎士とは違って。
せいぜい転ばされるぐらいで、大きな怪我もなく終わった。金髪騎士とは違って。
避け方や、足捌きなどを的確に言葉で教えてくれるしね。
今なら分かる。
金髪騎士、教えるの下手すぎる。
だが、正直に言おう。
「無理」
金髪騎士と同じ時間ぐらいは稽古をつけてもらった。
だがジークに反撃できたのは1、2回程度だ。
反撃しても、さらっと避けられちゃうし。
金髪騎士との模擬練習では、終盤に差し掛かったあたりで、細剣の軌道も推測できたし、剣筋も読めていたので避け、それから反撃できたが、ジークの場合は攻撃が速過ぎる。
一撃ならばなんとかなるが、連撃は無理だ。
なんとか反応してるけど、ジークの加減があるからだろう。
当たったり、上手く避けることができないので、体制が崩れて、反撃に転じることができないのだ。
ジークが木造の剣を持とうと、斧を持とうと、最後まで防一線になった。
褒めてはくれたが、あれだ。
ここで臍曲げられたら困るんだよね、的なもんじゃなかろうか?
もしくは豚も煽てりゃみたいな?
「そんなことはない。短時間でここまで成長するなんて、ミィコ殿は素晴らしい才能を―――」
うぉおおおおお!!!
ジークの声を遮って、第二騎士団の野太い歓声が一際大きくなった。
いや、さっきから煩かったんだけどさ。
「20人抜き達成だ!」
「よっしゃ!おい、大銅貨二枚だからな!」
「そ、そんな馬鹿な!」
「く、くそ~!!」
「最後は準騎士が二人だったろ!?おい、みたか?あの一撃!」
「俺の全財産が!!!?」
「うーん、うちの隊に欲しいなぁ」
叫びの内容と、落胆する騎士と、ガッツポーズの騎士の明暗がはっきりと分かれている事から推測するに、兄の鍛錬は賭博場となっていたようだ。
そして賭けの対象である当の本人は元締めらしき騎士と、胡散臭い笑顔で会話している。
あれは、儲かった掛け金の何割かを流してくれるんですよね?って顔だ。
うん……多少、息は切れているようだが、平然と。
しかも、汗はかいているが、無傷で。
こっちは何度も転んでボロボロだっちゅーの!!
しかも一番最後に呟いていた声は、トーマス隊長じゃないか?
声はなんとなくわかったけど、大勢のおっさん騎士の中を見渡しても、ぜんぜん分からない。
もう、どんな顔だったか思い出せない。
ジークは騎士が賭け事をしているせいか、それとも兄の驚異的な成長っぷりにか、額に手を当てて、心なしか青ざめているように思える。
―――で?素晴らしい才能が、なんだって?
やっかみ半分でジークを睨みつけると、困ったように眉根を寄せて、何もいわず口を閉じた。
そして、そのまま一日目の鍛錬は終了。
夜は王宮内とはいえ、完璧に光が灯されているわけでもないし、夜間は夜間で使用する他の騎士隊があるらしく、引き上げることになった。
兄とジークと、なぜかスキンヘッドがついてくる。
目をキラキラさせて、楽しそうに兄の素晴らしい才能というか武勇伝?を懇切丁寧に私に語っていた。
いわれなくても、もっと凄い武勇伝を知ってる――いや、常に巻き込まれているぞ!!
と胸を張って、突っ込みたかったけど、私にはその体力も残っていなかったので、スキンヘッドに適当に相槌で誤魔化した。
「そうだ!騎士風呂よってくか?」
「騎士風呂?」
スキンヘッドの話だと、騎士宿舎が騎士専用の浴場がある。
今日寝ていた客間にバスタブがあるから、普通に風呂があるのかと思ったら、どうやら貴族だけらしく、一般的には普及していないようだった。
それも湯に漬かるという風習が一般的には、あまりなかったらしい。
お湯に濡らしたタオルで体を拭くって…… orz
意外と新しいらしく、実は現王――つまりは叔父さんだ――が昔、騎士のためにわざわざ作ったらしい。
それまでは、冬でも井戸の水に浸した布で体を拭いていたようだ。
……よく心臓麻痺で死ぬやついなかった。
なぜか、説明しているスキンヘッドが自慢顔をしている。
「王宮内にも従業員ようにひとつあるんですよ」
「へぇ……魔法式かぁ」
ジークの説明では、浴場はそこそこ大きく、魔法式で稼動しているらしい。
兄は興味を示したようだった。
「じゃあ、四人で仲良く、泥を落としてくか!」
スキンヘッドが親切に言ってくださったので、お言葉に甘えて四人で仲良く浴場に―――って、入るか!ヴォケ!!
反射的に、スキンヘッドの脛を蹴った。
そいつは男専用の浴場だろうが!痴女か私は!!
はい、そこ!兄、大爆笑しない!
ジーク!あのスキンヘッドのセクハラ発言をどうにか―――って、きょとん顔されてる!?
ま、まさか、お前もかブルータス、じゃない、ジーク!
大爆笑の兄と脛を押さえて跳ねてるスキンヘッドと捨て置き『風呂で溺れて、むっさい騎士に人工呼吸されろ』と心中で呪い、私は号泣しながら、走り去った。
途中、姉を見つけて、悲しみのまま抱き付こうとしたら、避けられた。
筋肉痛で足に力が入ってなかったので、そのまま廊下にダイブしてしまった。
幸い柔らかい絨毯が敷いてあったので、怪我はなかったけど―――
「汚れるじゃない!」
―――と背中を踏まれた。
泥だらけで、すみません。鍛錬、お疲れ様です。ご機嫌斜めのところにすみません。
私がわるーございました。おねがいですから、踵でぐりぐりするのはやめてください。姉の下僕のM属性ではないんで、普通に痛いです。
後ろから追いかけてきていたジークに慰められつつ、侍女の方に運んでいただき、部屋の備え付けのバスタブにお湯を運んでもらって入った。
風呂に入るのが贅沢だなんて、元の世界では思いもしなかった。
+ + +
晩飯は、なぜかマヨネーズを使用した料理ばかりが出てきた。
サラダは勿論、肉にもハーブみたいなのが入ったものがソースとして掛けられている。
この世界にもマヨネーズがあったんだ―――馴染みの味に、和む。
色々種類があって、マスタード?っぽいものやら、チーズが入っているものまであって面白かった。
あるんだったら、朝にも出してほしかった。
魔法の勉強で疲労している姉も同じ思いだったらしく、同じようなことを零したら、厨房を借りたときに母が伝授したらしいことがわかった。
となると、醤油とかケチャップと濃口ソースとかないんじゃ……脳裏を過ぎるが。
疲労が大きすぎて、すぐに考えるのをやめた。
「あぁ、料理文明の革命の時やで!」
よく分からないことを口走りながら、叔父は嬉しそうに、物凄い勢いで――ちゃんと噛んでいるのか心配になるが――食事を平らげて、追加まで催促していた。
ついでに、弟王子も優雅にだが、結構な量を食べていた。
気をつけたほうがいいよ、弟王子よ。
意外とカロリー高いんだから、すぐに下っ腹にくるぞ。
あぁ!パンにまでマヨネーズをつけて食べるの!?いや、美味しいけどさ!ぎゃあ!スープに突っ込もうとしてるから、誰か止めて!と思いつつ、放置しておいた。
どうやら、熊王子はまったく姿を見なかったので、まだ呪い?が解けていないようだ。
王宮魔術師に預けただか、丸投げしたらしい。
+ + +
夕食後は自室に戻って、真っ直ぐベットに飛び込んだ。
もう筋肉痛が半端じゃないし、色々ありすぎて、頭がパンクしそうだ。
この世界じゃ、日が沈んだら、ほとんどの人の活動は停止――お休みの時間で、その分早朝は日が昇ったらすぐというぐらい朝が早いらしい。
夜型人間の私には迷惑極まりないが、それで明日今日ぐらいボコボコだったら、嫌だ。
いつもなら、日付変更線を越えるか超えないかで寝ている私の生活を考えると、まだ眠るには早い。
でも、物凄く眠くてしょうがない。疲れが全面にでてるな。
私の視線はどことなくテーブルの上に置きっぱなしの、ラバーブに向かっていた。
明日の朝から稽古するって言ってたので、気持ちとしては、このまま明日に備えて寝るのが一番なんだろうと思う。
ふと、己の左腕を眺める。
完治してる。
楽器を弾くにはぎこちないが、問題はない。
だけど、ゴブリンさえ終われば時間はあるのだと自分に言い聞かせて、布団の中に潜り込んだ。
すぐに睡魔が襲って―――……
こんこん
控えめだが、はっきりとしたドアノックの音が聞こえる。
眠りに落ちかけていたので、僅かに苛立ちを覚えながら、視線を向けると、聞きなれた声。
「ミィコ殿、おきていらっしゃいますか?」
「……寝てらっしゃいます」
それで引き下がってくれるなら寝ようと思ったが、もう一度ノックしてきた。
「あ~…お疲れの所、申し訳ありませんが、王がミィコ殿をお呼びなっていると、伝言が」
「断る」
「はい、すぐに書斎に――」
一瞬の間を置いて、ジークが短い悲鳴の後に、ドアを連打しながら、焦ったように叫んでいる。
大体、用事があるなら、晩御飯の時にいっとけ。
もう、完全に眠るモードだ。
「ことわ―――!?王命なのですが!?」
「だが、断る」
「み、ミィコ殿!」
王様といっても相手叔父さんだし、私じゃなくて、兄の所にいきなさい、兄のところに。もしくは、父の所に。次が母さんで、駄目なら姉――は無理だな。絶対拒否るだろうけど。
肌が荒れたらどうするのよ、平手で一撃。対象を沈黙させて、終わるんじゃなかろうか?
それに叔父さんが呼んでるなんて、ろくな事じゃない。
新しい罠が完成したとか。
夜中に月が綺麗だから、餅を焼けとか。
基本、わけわからん。
ポテトチップス作れとか、ドーナッツ食べたいとか、夜中にタバコ切れたから買ってこいとか――叔父の家から近隣の自動販売機まで、何キロあると思ってんだ!ちゃんと買い溜めしておけ!
前に『私道だから、バイク乗ってけばええやん~』って、途中から私道じゃなくなってるよね、あれは。何度も言うけど、私、免許もってないから。
頑張って乗ったけど、子供の私に350ccはでかすぎるだろう?
いやゲームセンターで何度かバイクレースので乗ったことあるけどさ、それとこれは違うしさ。
一回転んで、バイク起こせなかったから、車道に放置して暗闇の中、歩いて帰ってきたの忘れたのか?
軽く転んだだけだから、ボディがへこんで、ミラーが片方粉砕ですんだけど。
せめてスクーターあるんだから、そっち貸して欲しかった。
それなら、起こせた―――って、まぁ、今となってはいい思い出…んん?いい思い出なのか?
扉越しにジークの声を聞きながら、私は窓を音を立てないように少し開けた。
若干、夜風が冷たいが、一日ぐらいなら平気だろう。
窓から逃げた風を演出。
痺れを切らして、入ってきそうなので、先手を打っておこう。
外套とクッションを持って、ベットの下に潜り込むと、ジークの声が遠くなって丁度いい。
うとうとしていると、扉の外がさらに騒がしくなった。
どうやら、本当に入ってきたらしい。
ばたーん、と勢いよく扉が開いて、ベットサイドに垂れている布団の淵から、うっすらと二人分の足が見えた。
「も、申し訳ありません、窓から逃げられたようです!」
ひとつの足はジークだろう。
カーテンが靡いていることに気がついたらしく、窓に向かい、確認している。
なんだか緊張しているのか声が震えている。
上司と一緒か?って、トーマス隊長ではない気がする。
だったら、即捕まえているだろうし。
「声を聞いてから、時間がたっておりません。すぐに探索にいってまいります」
もうひとつの足に――といっても長い外套を引きずっていて靴は見えないが――向かって声を上げているらしく、外へ出て行こうとした。
「よい、かまわん」
思わず、噴出しそうになって口を塞いだ。
どうやらもう一人は、声から察するに叔父さんのようだ。
話し方が、微妙な関西弁ではなく、偉そうなので、笑いがこみ上げてくるが賢明に堪えた。
命令した本人ご登場で、ジークが焦っているとか、そんな感じか。
叔父が歩き出して、このまま退出するのかと、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ミィ~イ~た~ん~」
私の足元の僅かな隙間から、ぎらり、と鈍く光る目が覗いていた。
気がつけば、がっちりと足首を掴まれている。
怖っ!!
二重の意味で怖っ!!
【とある中年騎士と王様】
「よい、かまわん」
俺は頭を深々と下げて答える。
これほど間近で、しかも一対一で会うとは思わなかった王の迫力に押される。絶対的なカリスマとはこういうことをいうのだろうか。自分の失態を胸に刻む。ただ自然に立っているだけなのに、一分の隙もなく、微動だしない表情からは感情が伺えず、びくびくしていた。
まさか、王の命に逆らい、窓から逃げ出すとは。
王が室内をぐるりと見渡した後、動き出して、会うことをあきらめたのだろうと思った刹那。
い、イシュルス王ぅうぅぅぅ!!!!!
王は地面に伏せ、ベットの下に手を突っ込んだ。
「ミィ~イ~た~ん~」
ぎらぎらと鈍く光る瞳をベットの下に向けて、にたぁあ、と背筋も凍るような笑みを浮べていた。
俺の心臓は揶揄なしで数秒止まっていたんじゃないかと思う。