Act 19. 昼食の幸一
装飾品も買う予定だったが、頼んでいたらしい馬車の時間になり、帰ってきた。
もう叔父が、誰かから奪ってくるという魔法道具?に期待しよう。と話し合いで決定。
兄が魔石の原石を欲しがったが、これも断念。
きっと姉の弓に装着して、実験する気満々だったんだろう。
帰りの馬車の時間、岸田兄弟はぐったりとしていた。
目まぐるしい午前中を過ごして、もう私としては昼寝したいぐらいの疲労感が満ちているが、午後からの特訓とやらがあるので、そうしてもいられない。
幸いな事に、帰りの馬車は四輪馬車?というやつらしく、ゆったりと六人ほど座るところがあった。
車とは違い、御者の後ろに三人掛けと向かいに三人掛けがある。
どうせ、無心で外を眺めることもできないので、仮眠をとることにした。
短いけど、ちょっと寝れるだけでも違うだろう。
話によると、騎士の訓練は本職であるジークをもってしてもきついものなのだと、脅された。体力がない状態で一般市民が挑んだら……あぁ、考えたくない。
兄は珍しく椅子の背にもたれていた。
外では、いつでも動き出せるように浅くしか腰掛けない。
多少は兄も気を張って疲れたんじゃないだろうか。姉も機嫌はよくなったがダルそうに髪の毛を掻き上げている。
すぐに姉が兄の肩を枕代わりにしていた。
席に多少のゆとりがあったので体を縮まらせて、私は兄の膝枕で眠った。
母より硬くてむかつくが、枕がないよりはましだ。
+ + +
王宮に帰ると、すでに十二時を過ぎており、昼食の時間だった。
部屋に装備を置いた後、叔父と最初に会った王家の食卓っぽい所に通される。
さすがに、赤毛の人と騎士団長はいなかった。
叔父と父と弟王子の「お帰り」に応えながら、真っ先に声をかけてくるであろう母がいないことに気がついたが、それよりも先に叔父が声をあげる。
「どやった?装備買えたかいな」
「装飾品以外は大体」
「さよか」
と、叔父は苦笑した。ちら、っとこっちに視線が向いていた。
「どうせ、またミィたんが迷子にでもなったんやろ」
ば、ばれている!さすが叔父!とでも賞賛しておこうか。
「迷子に?大丈夫でしたか、ミィコ殿?」
無駄に心配するな!弟王子!居た堪れないから!
大体、兄と姉が一緒なんだぞ。迷子になってもどっちかが迎えにくるんだい!
……姉だと即オシオキ決定だけどもね。
「あ~……ゼル、そこは気にしたらあかんよ。甘えや甘え。寧ろミィたんは方向感覚ええし、一人で歩いてたら道迷わんのに、兄弟おったら甘えっぱなしで、前すら見て歩かんのや。はぐれて当然や」
「それはいえてるわ」
「だな」
鼻で笑う姉に、歯をきらりと光らせた兄。
父は苦い笑いを浮かべている。
迷子を心配していた弟王子は困惑げに口を開こうとしていたが、私はそれを遮った。
「……母は」
話題転換のために気になっていたことを口にすると、叔父はにやり、と笑った。
「キッチン」
主婦がキッチンですることは一つ。
よっしゃ、と内心ガッツポーズである。我が兄弟たちも同じ気持ちだったらしい。
「やっぱり人の三大欲求のひとつなのね、食事って」
「んだな。他はどうにかなっても、睡眠欲と食欲は抑えがたいもんだ―――まぁ、それさえなんとかなれば、どこだって難なく生きていけるさ」
つまり母の作った食事が恋しいということだ。
食材とキッチンが一緒ならば、母の腕は料理人並のである。というか、母のステータスのジョブは料理人と主婦だったような気がする。
しかし、ここは異世界。
不思議異世界食材と、キッチンの使い方で手間取る可能性も考慮してるが、それでも期待してしまうのはしょうがないだろう。それほど朝食は味気ないものだった。
「あら~、おかえりなさい。ちょうどいいわぁ」
ちょうどよく母が戻ってきて、その背後から、生執事と生メイドがお盆を持ってくる。
そのお盆の料理の上に蓋はしてあるけど、いい匂いが漂った。
生執事と生メイドも時折喉仏を鳴らしているように感じるのは気のせいではないだろう。思わず、鼻がひくついてしまう。
こ、この食欲を掻き立てるようなスパイシーな香り!
「お、久々やなぁ」
叔父なんぞは、懐かしそうに目を細めて、涎を垂らさんばかりの顔だ。
王子は嗅いだことがないらしい刺激的な香りに目を瞬かせている。
お盆が目の前に置かれて、かぱーと開かれると、予想通り湯気を上げているカレーライス!!野菜もお肉もごーろごろだ!
全米ならぬ全岸田一家が愛したカレーである。
しかも手捏ねハンバーグにチーズのせ、ゆで卵半分付―――私のカレー美学における最高コンボである!これに福神漬がついていたら、至高の域に達するであろう。
さすがにそこまでは用意できなかったようだが……チーズあるんだな。よかった。母の持ってきたスライスチーズと違い、黄色が強いので、この世界のものだろう。
だとすると、他の家族は見なくても大体わかる。
兄が大盛りカレーライスにハンバーグと半熟卵が天辺に乗ってるやつ。
父は同じく大盛りカレーライスにハンバーグが二つ。
姉のは皿ではなくて器に入っており、天辺に大量のチーズが乗ってる焼きカレー。
母も器の焼きカレーで、後乗せのハンバーグと、私と半分このゆで卵付。
叔父は大盛りカレーライスにハンバーグが二つで片方はチーズがのって、半熟卵が天辺に乗っているにもかかわらず、半分に切られた半熟ゆで卵が二つ。
本当は父の皿にらっきょがたっぷり乗っているだろうが、さすがに異世界にはないだろう。
私の福神漬もなかったし。
きっと、叔父の家に行った時に、私が食事当番で使おうとしていたカレー粉を使用したのであろうが、別に文句はないというか、ありがとうございます。
母の機嫌のいい時とか、労いの時にしか出現しない『特別な母のカレーライス』である。普通の日はみんな同じカレーライスのみである。
サラダとらっきょと福神漬ぐらいはつくが、ハンバーグや卵なんて滅多につかない。
今回は異世界二日目頑張ってるねw的な労いだと思われる。
ついでに、岸田一家ではこれが出ると皆、瞳を輝かせて―――
「幸一やん!」
「幸一だわ」
「幸一だな」
「……幸一」
「俺か!」
「そうなのぉ、今日はお父さんなのよ」
―――という不可解な掛け声が発せられることになる。
なぜかこれを目の前にすると岸田家族は同じことを――うっかり流れで恥ずかしながら私も――必ず口走るのである。理由はくだらない。
特別な母のカレーライス
↓
母のカレーライス
↓
母のカレー
↓
母の彼?
↓
母の彼って幸一(父)じゃね?
という正直どうでもいい駄洒落である。
「こ、これは?」
そこで、困惑の声を上げたのが弟王子だった。
家族が各々眼前のカレーを食い入るように眺めていたが、それに顔を上げる。
弟王子のカレーライスにもハンバーグが乗っている。
「あぁ……ゼル、カレーライスは初めてかいな。せやったら、お前にはハードル高いわ」
「かりぇーあいしゅ?ですか??」
かりぇーあいしゅ………辛くて甘くて冷たそうな物騒な食べ物が頭に浮かぶ。
名前も駄目だけど、和製英語?も駄目なのか。それとも名前のみ??でも、ホットサンドは普通に発音してなかった?まぁ、どうでもいいけど。
「そや、コシェが煮詰められて、辛い味付けになったと思ったらいいわ―――さすがに、色味があわんやもしれんけどな」
色味……あぁ!そうか、彼は初めて見たのか。
それだと、うん、ちょっと引くよね。ということを私は理解した。
弟王子にとっては、三度目の異世界料理であるが、見た目がレッドフォックスやホットサンドよりも物凄くレベルが高い。
躊躇うのもしょうがない。匂いで食欲をそそられていたいたらしい生執事と生メイドも、視野に入った途端に、一転して青ざめているようだ。
どうやら、この世界では、カレーが出現したのは初めてらしい。
「無理せんでええ。もし見た目であかんかったら、わて喰うし」
いや、むしろ、弟王子が残すことを望んでないか?
叔父よ、目が爛々としてるぞ。
数秒の間を置いて、ぐっと弟王子が決意をしたようにスプーンを握り締める。
「―――いえ、僕も獅子王の息子。この試練を乗り越えてみせます」
重っ―――弟王子、重っ!
いや、岸田家で基本的に好き嫌いはご法度で、母の作った食事を残そう物ならば、なぜか父が珍しく怒るのだが、勿体無いから吐くくらいなら食うなと言われるだろう。
しかも「獅子王」ってどんだけ、中二病を患っていらっしゃるのだ。
人様のことをいえませんけどね。
「獅子王」
「うっさいわ、ミィたん――笑うな、雅美ちゃん!」
にやにや、獅子王こと叔父に視線を送ると、軽く睨み返されてしまった。
照れ隠しのようで全然怖くない、獅子王よ。ぷぷっ。
兄もニヤニヤしている。
「もう、なんだっていいわ。いただきます」
姉の投げやりな「いただきます」に続いて、岸田一家が「いただきます」をすると、勢いよく食べた。
一口目はやっぱりノーマルカレーから口にする。
ちょっとご飯の水分が多いような気もするがご愛嬌だ。
人それぞれの好みの範疇程度だろう。
ちょっと甘めなのが好みなので、父や兄には物足りないかもしれないが、丁度いい。多分、私に合わせたというよりは、弟王子が食べやすいように辛さを抑えたのだと思う。
それでも刺激的な辛さに食が進む。
なぜか同じカレー粉を使っても、この味は出ない。野菜や肉の分量だって一緒だけど、幼い頃から食べている母独特の味である。
恐る恐るという様子で、スプーンにカレーを掬い上げる。
く、と眉根を寄せて、口に含む。
目を瞑りながら租借して、徐々に目を見開くと、カレーを嚥下する。
「お、美味しい―――とても美味しいです!リエさん!」
「うふふ、そぉ?ゼル君のお口にあってよかったわぁ。いっぱい食べてね」
いつのまにか、岸田一家全員+αで弟王子の行方を、一大スペクタクル映画のように眺めていたが、その言葉に詰めていた息を吐き、自分の食事を開始した。
王子が私たちと同じように山賊みたいに食べているのに優雅なのは何故だろう。
どうでもいいことを考えながら、私は午後の鍛錬に備えて、食事を再開した。
昼食の最中に、兄と叔父は長いこと話してた。
兄と姉が赦者で、武器屋と防具屋にあった遺物を手に入れたことなど。
叔父は「へぇ~」が3程度の反応だったが、弟王子は水を噴出した。
向かいに誰も座ってなくてよかったな。いてもテーブルがでかいから無事だろうけど。
弟王子の話だと、兄弟が二人とも赦者であることは珍しいということだ。
それから、叔父のお金で楽器を買ったこと。
むしろ叔父の驚きはそっちのほうが大きくて、誰が買ったと言わずとも、こちらに視線が向けられる。ついでに父と母の優しい眼差しに居た堪れなくなる。
視線を泳がせて、音を立ててカレーを食べた。
「ま、ええわ…せやけど、金払った分、聞かせてくれるんやろなぁ」
冗談めかして、叔父は悪戯っぽく笑った。
それに私は苦笑を返した。
今の状態では無理だろうけど、いつかそんな日が来てもいい。
「……ヴァイオリンじゃないから、時間かかる」
「さよか。楽しみにしとるで?」
慌しい朝食よりも落ち着いており、岸田家の食卓は穏やかに続いた。
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しかし私は、この時まだ知らなかった。
母が午前中に王宮のキッチンで王宮料理人とひと悶着あって、料理対決で大勝利を掴み、王宮の台所に第一次料理革命を起こしていることなど。
そして後々、余波が私に飛んでくることなど、全く知らないのであった。