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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
二日目 【異世界生活の始まり】
56/119

Act 16. 転がってました

 万雷の拍手が疎らになる頃には、顔色のいいルイは微笑を浮かべていた。



「あのっ、ミコさん、ありがとうございます」



 たぶん私は逆に苦笑を浮かべていただろうが、首を横に振り、手にしていた【奏でる鳳凰のラバーブ】と弓を上半身を起こしたルイに渡す。

 

 ルイの従者らしい女が体を支え、男が大声を張り上げて、野次馬を散らしている。

 ようやく恰幅のいい医者が到着したが、男は銀貨を渡して追い返した。



「…ラブだよ」

「え?」

「ラブが、演奏助けてくれた……ルイちゃんを、死なせたくなかったんだと思う…だから…お礼はラブに」



 私の力と硬い指に合わせて【奏でる鳳凰のラバーブ】が糸巻きの調節をしてくれなければ、二曲目まで持たなかっただろう。


 自分に合わない楽器で奏でるというのは、それくらい演奏に影響が出る。


 ルイは驚いた様子だったが、手にした【奏でる鳳凰のラバーブ】を眺めて、ぎゅっと強く握り締めた。

 


「それでも、曲を弾いてくださったのは貴方ですから、ルイさ――ルイを助けていただいて、なんとお礼をいってよろしいか」



 言い直しても遅いが、私は女の言葉に首を横に振る。


 正直、ルイの運がよかっただけである。

 たまたま、遺物オプテショーズがとてもいい奴?だったからだ。そうでなければ今頃、ルイは生きていなかったと思う。私の腕の中で冷たくなっていたはずだ。


 十分の一でもいいから、兄の【百人切呪詛刀】も見習ってほしい。


 なんでアイツだけ、妙に凶暴なのだろう。

 やっぱり呪われているせいか?


 いきなり赦者アヴォワールの意識を乗っ取り、人に切りかかるなんて、躾がなってない。あ、赦者アヴォワール赦者アヴォワールだからか?



「こちらこそ……知らなかったとはいえ、彼女に曲を強請ってしまい…申し訳ありません」

「ち、違います!二曲目はわたしがっ!わたしが聞いてほしかったんです!」



 頭を下げると、ルイが声を荒げる。

 それに驚いたように女が目を見張っている。


 あんまり表情のなかったシスター服の女は、めちゃくちゃ機嫌がよくなっていくのは、なぜだろうか?よくわからないけど、まぁいいや。



「ずっと聞こえてました――ミコさんの音」



 つ、と視線を路傍の花に向ける。



 とても酷かったと思う。

 やはり、ブランクは長かったのだと私は思い知った。



 曲でスキルが発動できたのは幸いだった。たぶん、それも【奏でる鳳凰のラバーブ】が補正をしていてくれたんじゃなかろうかと、思う。


 よく考えたら、サブ職業『吟遊詩人』のままだったが、レベルは当然1だ。

 今は経験値が入ったようで、レベルが上がっているけど。


 きっとあれ、普通、発動できないだろうし。



 自然と右手は、左腕を摩る。






 それでも。



 私は。



 あの感覚は。







「わたし、好きです。ミコさんの、優しい音……好きです。きっと、ミコさんの優しさから、出てくる音だもの」



 

 お世辞だと思いつつ顔を上げると、あの慈悲深い微笑を浮かべ、私は首を横に振った。

 


 でもねルイ。


 私は優しくない。

 私は君のようには優しくないんだよ。



 君のことを思って、【奏でる鳳凰のラバーブ】を手にしたのは、事実だ。



 だけど、一瞬。ほんの一瞬だったが、君の事を忘れた。兄の痛みすら―――なにもかもを。



 自分の指から紡がれる音に、音色に、音楽に、奏でるという喜びに酔いしれていた。


 私ってやつは、まったくもって、しょうもない最低な部類の人間だ。よき人間でありたいとは思うが、残念ながら私には難しい。


 家族のように、よい人にはなれないんだ。



 そう、思い知る。



 ありがとう、と私は彼女に素直に返せなかった。


 ルイは少し困ったように私を見ていたが、かけられた人を思いやる優しい言葉に、自虐的な気分に陥って、そんな自分に苦笑する。



「大事をとって戻ったほうがいい…よく、わからないけど、病気なんでしょう?」



 少なくとも、先ほどまでは瀕死の重傷だったのだから、一日は安静にしていたほうがいい。


 私は迷子だから誰かが来るまでここを動けないし、城に戻ったところで騎士達がいないと、中には入れてもらえないだろう。



「ルイ様がマガツ病なんか―――!」

「マーシャ!!」



 ルイは病気じゃ、ない??でも、たしかに目の前で病状らしきものが?


 マーシャと呼ばれたシスター服の侍女らしい女はいつの間にか此方に歩み寄っていた男に窘められて、唇を噛んだ。


 事情が分からず、謝りどころかもよく分からない。


 私は、小首をかしげる。



「いいの、いいから―――すみません、ミコさん。驚かせてしまって…マーシャ」

「申し訳ありません」



 女は丁重に頭を下げたので、私は首を横に振る。


 しかし、なんなのだろう、そのマガツ病というのは?さすがにルイを目の前にして、尋ねづらかったので、言葉を飲み込み自粛した。


 シスター服の女の目が、聞くなと言外に漂わせていたせいかもしれないが。


 

「ルイ様を救っていただき、感謝のしようもございません。この場でお礼もできずにもうしわけございませんが、お言葉に甘えて、宿にも戻らさせていただきます」

「……お気遣いなく」



 ルイもお礼を言って、シスター服の女の伸ばした右手をとる。


 その時、ちらりと、手袋をしていたシスター服の女の手首が袖から覗いて、私は眉根を寄せた。

 

 女は白人だ。

 顔の肌色も白く、その覗いた腕の辺りは白かったのに、手首から数センチ上の所に茨のような模様が入っていて、そこから手に向かって褐色・・になっていたのだ。


 そして気がつく。




 シスター服の女の、左右の手・・・・大きさが違う・・・・・・ことに―――まるで、女の腕・・・に無理やり褐色の肌の男の手・・・・・・・・をつけたようだった。




『聖者の死後、右手は盗まれて現在まで見つかってない。ついでに左腕を保存した魔術師も、姿を消したらしい』


『枢機卿クラスなら――そう、ゴロゴロ転がっていないんやけど、肉体の一部を他の一部に付け替えるんは、可能なんやで?まぁ、拒絶反応とかもあって危険なんやけどな』




 ぐるぐると、朝聞いたばかりの話が頭を巡る。

 

 は、はは、んな馬鹿な…あ、ありえねー。目の前の女の人が。まさか。ねぇ?あれってフラグ的会話だったのかい?


 でも、だったらルイに使ってあげればよかったんじゃないの?

 MPが足りないとか?


 見なけりゃいいものを、視界に女のステータスを入れてしまった。馬鹿なやつだ、私は。



 叔父の嘘つき―――…





   【マールシャル=フェア=ブルマシュクル(29)】 職業:助祭枢機卿(Lv31) サブ職業:メイド(Lv19)


   HP:309/311

   MP: 72/497





 …―――道端にゴロゴロ転がってるよ。



 ………。 

 …。


 

 よし、見なかったことにしよう。



「ミコさん?」



 反射的に抉られないように目を――というか顔全体を――手で覆っていた私に、ルイの愛らしい声が振ってくる。


 ぶるぶる、と首を横に振りながら、目から手を避ける。


 見てない。私、何にも見てませんから~をアピールしておこう。うん。



「ルイちゃん」

「はい?」



 そうだ、忘れるところだったけど、いっておかないと。



「…しばらく、城下の外にでちゃ…駄目だよ?」

「外、ですか?」



 小首をかしげるルイに変わって、横槍を入れてきたのはマロンブラウンの髪の男だった。



「しばらく、とは曖昧だ―――それは、いつまでだ?」



 探るような目つきに、わずかに気分を害しながらも、私は続けた。

 

 正確ではないだろうが、ゴブリンの大群がやってくるのは、そんなに日数はかからないはずだ。

 というか、よく考えると、この王女一行はが旅の途中なのか?ここに滞在しているのか?



「五日…最低でも、六日ぐらい」

「……なぜ?」



 さらに男の視線が鋭くなったが、さすがにゴブリンくるんで、外に出ないほうがいいんじゃない?とはいえなかった。


 さすがにここから噂が広まって、暴動とか起きたら困るし。


 かといって、忠告しないで外に出られて、ゴブリンの大群に遭遇されたら、夢見悪いし。



「ただの親切な忠告……お節介かも、しんないけど」

「自分の問いの答えにはならない」

「……信じるも、信じないも、そっちの勝手だよ」



 つまり答える気がないというのを、悟ってもらうために肩を竦めた。



「ならば、答えさせてやろうか?」



 表情はあんまり変わらないが男は槍を握る手に力を込める。

 

 ぞわぁああ、とマジな叔父や兄を相手にしたときのような寒気を感じる。かなりの使い手らしい。どうやら対応を間違ったらしい。




   【ゼフォルム=アンダークレス(32)】 職業:竜騎士(Lv38) サブ職業:拳闘士(Lv10)


   HP:780/782

   MP:176/176




 うん、間違いなく、死んだな私。


 冒険者の格好してるけど、竜騎士って反則じゃね?しかも、ここにも拳闘士がここにもいるんですけど、よかったね姉。仲間がいて。


 でも素手でもボコボコフラグか、私?



「ゼム、やめて――ごめんなさい、ミコさん。いつもはこんなことないんですけど」



 不貞腐れたように、ルイから視線を背けた男はむっとした様子で、槍を握る手から力を抜いた。


 とりあえずルイナイス、グッジョブ。

 


「ん。別に」



 多分、王女の護衛だから、ピリピリしてるんだろう。

 護衛もつけないで普通に外にでてくる王女の護衛だからね。



「わたし、ここにしばらく滞在する予定なので、外出は控えますね。お気遣いありがとうございます」

「うん」

「それでは、」

「ミィコ様も、この国にご滞在でございますか?」



 なんだ?強引に会話に入ってきたな、シスター服の女?


 滞在といえば、滞在なのだろうか。


 私は頷くと、シスター服の女はニコニコと笑っている。若干、感じられる威圧は、どこか姉を彷彿させるんですけども、そちら系の方でございますか?


 じりじり、と下がりながら私は頷く。



「そうですか、ワタクシ達は冒険者酒場の『ユニコーンの角笛と歌姫亭』に長いこと滞在しておりますので、どうぞお暇なときにでもいらしてください。お酒も美味しい店でございますので、一杯ぐらい奢らせてくださいませ」



 18歳だから、酒は飲めんわいヴォケ!などと言おうものなら、殺害されんばかりの空気だね。

 

 というか、女の眼光が『拒絶したら殺す』と雄弁に語ってますよね?

 そして、隣で男が滅茶苦茶不機嫌そうな顔をしてるんですけど。 



「……では一杯だけ」


 

 まぁ、兄と修行のお付き合いと、ゴブリン大戦で生きていたらの話ですが。


 そこで酒じゃなくて、ジュースにしてもらえばいいか。

 そして、ささっと帰ってこよう。



「ほ、本当ですか?ぜ、ぜひいらしてください」

「う、うん…すぐにはいけないけど」



 そのまま、ルイは礼儀正しく喜び、女はニコニコと微笑みながら『来ないと殺す』と目で訴えてきて、男は『来たら殺す』みたいな目で私を睨みつけて消えていった。

 



 ……なに、この新手の拷問。


九月二十一日に、真実子のイラストいただきましたww

イメージとんぴしゃのイラスト、髪の長さまで修正していただき、本当にありがとうございましたw


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