Act 13. 超美少女、現る
意識が遠のいたと思ったら、顔面で受け止めたオレンジ色がかった金髪の少女が襟首を掴んで、私を揺さぶっていた。
「し、死んでるの?死んでるなら返事してくださいぃ!」
はい、死んでます。
なので、お願いだから襟首掴んで揺さ無ぶるの止めてほしいんですが。
衝撃で鼻腔が切れたらしく、鼻血が喉に流れてくる。鼻から喉に何かが流れ込むのだけでも気持ちが悪いのに、生暖かい血であると滅入ってくる。
よく通る鈴の鳴るような声である。
頭巾の下から覗く顔は、超美少女であった。
姉にも勝るとも劣らない…いや、母の方が可愛さで勝って―――げふん、げふん。
顔が可愛いと声も可愛いのかと妙に納得しながら、小さな手を振り払って、ゆっくり体を起こす。
途端に、ぼたぼたと喉に流れ込んでいた鮮血(鼻血だけど)が石畳に滴っていく。
これは盛大に切れたもんだ。
まだ鼻血が固まっている気配がまったくないので、意識が途切れたのはほんの数秒のようだ。
口の中に溜まった気配のある鼻血をぺっと吐き出して、あいにくティッシュを持ってこなかったので、外套で鼻を押さえる。じゃんじゃん鼻血を吸収して外套が色を変えていく。
美少女は目を白黒させて、こちらを眺めている。
磁器のように白い肌。ふっくらとっした桜色の頬。零れ落ちそうな宝石のような金色の瞳。オレンジがかった金髪と同じ色のばっさばさの睫。
年齢は12、3歳ぐらいだろうか?身長も私より低い。
高価なアンティークドールとか、一品物の生々しいビスクドールのようだ。
ちゃんと話して動いているにもかかわらず、顔色が悪いというか、どこか憂いを帯びるような―――そうか生きている人間にある強い生命力が感じられないのだ。
地味な服装でも、その愛らしさを損なわないが、フリフリのレースのドレスなんてきたら、まんま人形のようになるだろう。
そんな印象を受けた。
「あ、あの、ごめんなさい。お鼻は大丈夫でしょうか?」
これ以上低くなることはない。
子供がそんなこと、気にしなくていいと思うよ。
「ん。別にいい……怪我してない?」
「え、はい。大丈夫です。わたし、石頭だから!」
それで私、鼻の中にダメージ受けてるんですけどね。しかし、怪我がないのは何よりだ。
こりゃ頭巾を被らないと、大通りとはいえ、危険に満ち溢れているだろう。
いいところの貴族のお嬢ちゃんが、町に出てきました感がある。
悪漢にはさぞかしい、いいカモであろう。
「……もう、戻ったほうがいいと思うよ」
護衛もつけないで出てきているということは、保護者に承諾をもらっていないんだろうし。
なぜかまだ私の側でオロオロする少女は、はっとしたように人波を眺めてがっくりと肩を落とした。
どうやら先程の黒い外套の長身の男を捜したようだが、すでに姿はない。
これ幸いと逃げたのだろう。
「いえ、もう…いいんです。それより、お鼻の手当てしないと」
いえいえ、それこそ結構です。お構いなく。ワザとだったら子供でも、文句言っているところだが、ある意味彼女も被害者だろうし。
後で、姉からティッシュでも貰って鼻に突っ込んでおきますんで、という意味合いを込めて横に振るが、少女は「いいえ」ときっぱり告げて、背負っていた二胡のようなものを背中から下ろした。
糸巻きの部分が左右に二つで、合計四つ。
弦は四本。
棹の部分は一メートルはない。
少女が小柄なため大きく見えるが、二胡にしては小さめだろうか。
綺麗な尾の長い鳥の模様が刻まれている。
ボディの部分は六角形ではなく丸。駒という表現もしただろうか。
弓は棹と同じくらいか、少し短め。
少女は正座し、その開いた足の中にボディを納めると、左手で弦を押さえ、右手に余るであろう大きな弓を構えた。
このタイミングで、弾くの?
と思わなくもなかったが、奏でられた一音に、その疑問すら消えた。
「―――っ」
ゆっくり歩く速度で―――緩やかに奏でられた、細い高音。
それが低音へと強弱をつけながら、下っていく。
血液の流れをイメージできるような音は徐々に速度を増し、弦の響きの余韻が、次の一音に重なるのが、ひどく耳触りがいい。
テンポが早なる心臓の音と重なるように、躍動する響き。
生きていることを、歓喜し、震え、祈るような、そんな意味合いすら聞こえる。
まるで、賛美歌。
空気が高まる気配がする。
吹いていないはずの風が頬を撫でる。
体が熱くなる。
複雑に重なる音が、歌うように響き渡り、音が―――輝いていた。
本物の音楽家というのは、こういうことをいうのだろう。
年齢すら関係ないと、昔の恩師は言っていた。
音は愛するが故に響く。
一瞬すら視線を逸らせずに、ただその音と独特な指使いに目を奪われていた。
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手を止めた少女は、ふぅと息を付いて、額に滲んだ汗を拭った。
音は大きくなかったが、周囲にいた数名のイシュルス市民が拍手で終焉を飾ってくれた。
慣れた様子で彼女も頭を下げて、お礼を言っている。
「いかがですか、お鼻」
そう言われて、一瞬何の事か分からなかった。
困ったように、美少女が小首を傾げる。
は、っと意識を戻して、私は体の変化に外套を鼻から離す。
「……止まった」
切れていたはずの鼻の奥の痛みが全くない。
鼻腔から血が流れてこない。
私は血まみれの顔を外套で拭いながら、茫洋と回らない頭を回転させる。
この音楽を聴いたあとで、少女が大丈夫かと問うということは、この音楽は傷を癒す作用がある、ということだろうか??
「この曲…傷を癒す力があるの?」
「はい。わたし、これでも吟遊詩人なんです」
「…聞いてて、とても幸せな気分になれたよ……ありがとう」
「そ、そんなこと、ないですよ。楽器が素晴らしいんです」
「そう?……いい腕してる」
率直に問うと当たり前のように彼女が微笑みを返してきたので、逡巡するも私は眼鏡をかけて、楽器のステータスを見ようとした。
が、先に目に付いた少女のステータス表示に―――…
【ルイーサ=ブル=コローナ(11)】 職業:王女(Lv11) サブ職業:吟遊詩人(Lv7)
HP:92/98
MP:91/116
…―――眼鏡をかけたことを、後悔したり、しなかったりである。
イシュルスって苗字じゃないのに、王女ってことは、他国のお姫様ってことかい。
なんでまた、そんな子がこんな所に。
貴族のお嬢ちゃん、という予測はあっていたけど、まさかお姫様なんて……なに、この恐ろしいフラグの立ち方は。凄く嫌な予感を孕んでおります。
「わたしなんて、まだまだ未熟で」
ヴィィン。
先ほどの防具屋で聞いたような気がする。
つまりは弦が震える音。
彼女が抱えていた二胡の弦が、一本だけ震えた。
「……遺物」
血の流しすぎではない、頭痛と眩暈がするよ。
本当に一日で三つも会うなんて!
【奏でる鳳凰のラバーブ】
擦弦楽器。吟遊詩人専用装備品。女性専用。コローナ王国の国宝。
スキルの発動効果を40%アップさせる。
ジャギニー神の加護を受けている。
販売価格:639000 B
国宝持って普通に街中を歩くなよ、王女!!
それはさすがに子供だからって許されないぞってか、保護者どこ!何千万円を平然と持って歩いているおこちゃまを回収してください!至急!そりゃもう至急ね!
「きゃ、ラブ、ちょっと」
ヴィン―――もう一度、私の問いに答えるように弦が鳴った。
少女が慌てたように外套で包もうとしている。
幸い先程までいた聴衆の姿はなく、目撃したのは私だけのようだが、なんて危うい赦者なんだろうか。
「……保護者の所に帰ったほうがいい」
私が珍しく非力な年長者として的確なアドバイスを少女にすると、驚いたように長い睫をバサバサいわせながら瞬いている。
「あの、驚かれないんですか?」
小首を傾げると、少女は困ったように眉根を寄せた。
「その……これが、遺物って気がつかれたんですよね?怖く、ありませんか?」
「? 怖い??」
「わたし、未熟ですが赦者なんですよ?」
その言葉に、さらに首をかしげる。
一般的には驚くことだったのだろうか。ポーズだけでも驚いておくべきだっただろうか。
しかし、すでに町に出てから二時間も経過しない内に、二つも遺物を見て、尚且つその赦者が自分の兄と姉という事態を経ているわけだ。
こんな可愛くて若い子が赦者だったとしても、今更何を驚けというのか。
しかも得物が弦楽器である。
少女は困惑げな表情ではあったが、やがて私から視線を外した。
「遺物の多くは個人の能力を最大限に引き出そうとして開発された戦争時代の負の遺産です。兵器として使用されたことだって少なくないんです」
ほほう…一騎当千に強制的にしてたのね。
で、平和になったらなったで、疎まれたり、厄介者扱いされたわけだ。
あ、そう考えると勇者の防具とか剣って同じことなのかな?
よく次の勇者のために封印されたり、王家で保管したりとか、ゲームの中でしてるよね。
しかも何故かパーツだけで、全部は揃わないみたいな……パターンだね。
「……使い手に、よるんじゃない?…少なくとも君は…悪用するようにはみえない」
少女の金色の瞳が大きく見開かれて、うっすらと頬が染まる。
はにかんだように、少女が微笑んだ。
な、なに、この好感アップしたような感は…――え、一般論だよね、今の私の台詞は。少なくとも、こんな可愛い子ちゃんが、都市を破壊して楽しむようには見えないだけだから。
「ありがとう、ございます。ラブもきっと喜んでいます」
「…その子の名前?」
ラバーブの愛称だろうか。
なんて安直な。
といいつつ、恥ずかしながら私もヴァイオリンに名前をつけていたので、人のことは言えないが。
「はい。ラバーブという楽器なんですが、呼びづらくて……あ、わたし、ルイっていいます。あの、もしかして、貴方も楽器を嗜まれているんですか?」
話の流れが不本意な方に流れて、私は言葉に詰まった。
「名前はミコ……昔、弦楽器を少し」
「あの、ミコさん、もしかして失礼なことをお伺いしましたか?」
感情が読み取りづらいといわれる私の機微を察した少女・ルイは不安そうな顔でこちらを伺う。
私は首を横に振って、苦笑を零した。
「いや、さんは要らないよ。ルイちゃん」
「そんな。でしたらわたしもルイと」
私は頷いて、何事もなかったように笑ってみせた。
上手に笑えたかは定かではないが。
「ただ、大きな怪我して……リハビリ面倒でやめただけだから」
思わず左腕を押さえてしまう。
多少傷跡は残っているが、すでに完治している。
結構な大きな怪我だったが、母とのリハビリのおかげで、奇跡的に左手は前と変わらない動きを見せる。
―――でも、私はやめた。
遅くなった上に、話の切れのいいところで切ったためちょっと短め…すみません orz