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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
二日目 【異世界生活の始まり】
52/119

Act 12. 交番はどこですか

「……なにこれ、軽いじゃない」



 兄に言われて、私が床を引きずってきた弓を身を掲げて持ち上げた。

 本当に、いとも簡単に、だ。


 同時に今まで唸っていた弦が、ぴたり、と止まり、姉は不思議そうに弦を弾いたが、ひゅんと乾いた音が鳴るばかりで、先ほどの音はしなかった。



「これ呪物じゃないね。ちょっと借りてもいいー?」



 手を伸ばし期待顔のチャラ男に、少し考えた様子だったが姉が弓を差し出す、刹那。



 ごっ



 チャラ男が手にすると、重みを増したらしく、即効で地面に落ちた。木の板でできた床に穴が開く。

 頬を引きつらせて、手首を押さえ低く呻くチャラ男。


 だから女性専用だってそれ。

 

 言ってないし、ステータスが見えないから、仕方がないけど。


 というか、私女性なのになぜ持つことすら許されないんだ…じ、実は私は女子おなごじゃなかった!なんてことは―――ないか。微々たる物だが胸もあるし、象さんいらっしゃらないんだけどなぁ。

 

 むむむ、真実子七不思議のひとつに認定だな。


 【七色の女王のレディレインボー】 はどうやら、兄の【百人切呪詛刀ひゃくにんぎりじゅそとう)】とは違い、他者が手にすることすら嫌がっているように思える。

 

 女王ってくらいだから、気高い……ん?気高い弓?武器に気高いもあるのか?

 たしかにキラキラしてるけどさ。


 

「どうやら、赦者アヴォワールは由唯で間違いないようだな」

「あたし、弓なんて扱ったことはないわよ」

「ま、習えばいいさ」



 胡散臭いキラキラ笑顔の兄はサラリと言ったが、姉はめんどくさそうに眉根を寄せた。


 後で、弓使いに変更する気だろうか。

 でもサブ職の拳闘士Lv6って勿体無くないか?



「一日……たった一日で、二つの遺物オプテショーズが……規格外の…いや、しかし…」



 ジークは目元を手で押さえて、ぶつぶつと何かを呟いている。

 よくわからんが、苦悩していることだけはわかる。

 

 どうせ、レジィー王の兄家族はなんて、規格外なんだろう!みたいなことだろう。


 気にするな、前の世界から我が家+叔父はこんなもんだ。ちなみに苦悩する役は私だったんだけど、ジークがかわりに悩んでくれているからいいや。

 とりあえず、兄と姉、めちゃくちゃやん!と突っ込んでおこう。


 ん?気にすんなって言っておいたほうがいいのか?いや、私のコミュニケーション能力じゃ無駄だな。よし却下。無理だ、姉。



「ゼンゲルディーブル殿、これを売っていただけませんかね?」

「売るなんて、とんでもねぇ」



 お、やっぱり凄い物だから、売るなんてしないのだろかと思ったが、違った。


 親方ドワーフが兄ににやりと笑ってみせる。



「そのまま持っていけ。俺の店に眠らせとくには勿体ねぇ代物だ」



 ま、姉を選んだ時点で、他の人には使えないことは、はっきりしてる。



「ま、代わりといっちゃなんだが、とりあえずその穴の開いた床の修理費だけはもらうぜ?」

「ありがとうございます」



 またしても姉は軽々と床に転がる(刺さった?)弓を持ち上げた。

 弓を見て姉は、首を横に振ってため息をついている。


 もしかして、うなり声とか聞こえているんだろうか。


 それとも単純に弓を習うのが、面倒だなと思っているのだろうか。


 あの重さを知る私とチャラ男の視線は、まさか怪力なだけじゃないよな、という意味が篭っていたはずだ。

 うん、怪力女じゃないよね?筋力値って、24だよね?


 それにしても、兄も姉も赦者アヴォワールだなんて、どんだけだよ。


 チート…どんだけ、チートなんだ?

 もう羨ましいを通り越して、呆れの境地に入ってきたよ。


 ともかく、防具屋も無事――だけど、平穏にではないことは確かだ――に終わり、次は親方ドワーフBのアドバイスに従い、教会に行くこととなった。


 他にも多少効果のある魔石のついた装飾品アクセサリーも買う予定らしく、ついでに兄が魔石の原石を欲しがった。


 なぜと騎士と問い返したが『実験したいことがある』とキラキラ笑顔で告げる。

 

 きっと、姉の持つ武器【七色の女王のレディレインボー】のために―――いや、それがどれくらいの威力になるか知りたいのだろう。兄の武器とは違いカスタマイズできるとなると、楽しみは増える。きっと内心自分の武器ではなかったことを悔やんでいるだろう。


 姉に嫌がらせのように何度も、嬉々として実験につき合わせる気だよ。

 知的好奇心を満たしたいって顔してる。だが知ってるか兄よ。好奇心は猫を殺しちゃうんだぞ?



「教会となると、女子供の足では遠いな」

「でも、大通りから、毎時間参拝者のための乗合馬車が出ているはずだよ~」

「そうしたいのだが……」



 結局歩きながら大通りへと向かい、乗合馬車で移動しようとしたのだが、ジークが渋る。



「別に乗合馬車とかでもいいわよ。バスみたいなもんでしょう?」

「護衛の関係じゃないか?ざっと、七人は居たみたいだからな、一緒に移動しようとなると、乗合馬車で鉢合わせになるだろ?」

「駄目なの?」



 姉が紐で弓をベルトに括りつけながら、小首を傾げる。


 というか、どこに七人も護衛が居るんだ?

 周囲を見渡しても、まったく分からないんでございますが……兄よ。



「駄目じゃないが、俺たちが護衛されてる人間ですって公表して歩いているようなもんじゃないか。こっそりついてきてくれている意味がないんじゃないか?」

「あぁ、そうか」



 納得したのか姉は頷いて、あっさりと引き下がった。



「あ~…でもさ、乗合馬車、徒歩より少し早いくらいだから、影奴エイドだってついてくるでしょ~」

「そうだな。わかった。とりあえず大通りまで行こう」



 ん?なんだ、エイドって…話の流れからすると、私たちの後をついてくる七人の護衛の人たちか?



「失礼だが、エイドというのは護衛の方々ですか?」

「え、あ~…」



 兄の言葉にチャラ男はしまったという顔で、ジークも苦笑を浮かべている。



「騎士の中にも特殊な部署がありまして、表立っては動かない影として動く奴の総称です」

影奴エイド……茶毛に茶目の緑褐色外套の方が、仕切られているんですか?」



 茶毛に茶目ってどこにでもいるだろ?

 視界に入るだけで、十人ぐらいいるけど、どいつだよ。


 ジークとチャラ男は丸くした目を合わせて、兄を向き直った。



「……ええ…そうです」



 観念したようにジークは口にしたが、二人とも化け物を見るような目で兄を見ていた。

 わかるよ。その気持ち。


 相変わらずの兄の兄における兄っぷりに、姉妹で辟易するしかない。


 この男の目には、いったい世界の何が映っているんだろうかという疑問がフツフツとわいてくることなんてしょっちゅうさ。 

 

 

「分かりました。皆さんを今後は頼りにさせてもらいます」



 もはや七人の顔は完全に覚えているようだ。言葉に迷いもない。


 きっと骨の髄まで頼られるさ。

 そして、その人間の限界ギリギリまで追い詰めるんだぜ。いや兄の感覚では、相手の力を最大限に引き出そうとするために、兄は危機的状況でもギリギリまで手を手を出さないだろう。



「ミコ?何祈ってるの?」



 横目でちらりと両手を組んでいた私を見て、姉は小首を傾げる。



「影奴さんの今後の地獄のような日々に。アーメン」

「あんたキリスト教徒じゃないじゃない……でも、アーメン」



 くすくす笑って姉もノリよく影奴のために祈るように、胸元で十字を切った。


 信託メールはきたけど、あれは神と認定されてないよ。私の中で。


 可愛そうな隊長さんと部下さん。

 ご冥福を祈って黙祷。いや死んでないけど。頑張れ。


 経験者からのアドバイス―――逃げられない状況に追い込まれるから、前に進むしかないんだよ。


 そして、私は助けられないから。あしからず。





 ・


 ・

 

 ・

 

 ・


 ・




 そうして、大通りに向かい、五人+七人の妖精たち(私には見えないから)は急ぐ。

 

 目に付いたのは古びた楽器店。


 店のロゴが入ったショーウィンドーに、弦楽器、太鼓、木管楽器ものらしきものが並んでおり、特にギターのような弦楽器に人ごみ越しに視線を奪われて足を止めた。


 今日そういえば変な夢を見たなと思った。

 ヴァイオリンの音が響き、蛾か蝶か分からないやつが、火に飛び込んでいく姿。


 夢の中で私は何故か、すごく焦っていたような気がするが、起きたときにはもう思い出せなかった。


 

 ヴァイオリン。



 何年か前までは、飽きることもなく毎日のように奏でていた。

 不意にそんな日々が懐かしくなった。


 たったそれだけ。


 ずき、と痛む、完治したはずの左腕を押さえて、私は楽器店から顔を背けた。


 目の前を歩いていた姉の小豆色の外套マントから視線をはずしたのは、ほんの数秒だったと思う。



「えっ?」



 前を向いた時には、姉はいなかった。

 小豆色の外套マントなどかけらも見えない。


 期待に背後を振り返るが、残念ながら立っていたのは草臥れた中年男性で、チャラ男ではなかった。


 振り返った私を怪訝そうに眺めて、すぐに動かない私を通り越して抜けていく。



「……まぢですかい」



 ぽつり、と呟いた言葉は大通りのごった返す人の雑踏に飲まれて消えた。


 道のど真ん中で思考と共に肉体の活動も停止した私を、善良なるイシュルス市民が邪魔くさそうにしながら通り抜けていく。


 参った。

 迷子フラグですか。


 やだなぁ、兄姉、騎士たちが迷子になっちゃってるよ。はい、嘘です。すみません。

 

 姉のお仕置きフラグの回収ですか。


 どちらですか、どちらもですか。そうですか。


 私はがっくりと肩を落として、道の端に避けた。

 楽器店の前の道はガラガラなので、ちょうどいいなと座り込む。


 兄と姉が言っていた通りに、迷子になった場所から動かないことにした。

 

 むむむ、職務怠慢じゃないか、チャラ男よ。と八つ当たりしてみるが、気分はすっきりと晴れない。やっぱりどうやら自分の不注意らしい。ぼーっと楽器店を見つめていたのは自分だ。


 でも護衛の人が遠くから、妖精さんよろしく見守っていてくれるのだろう……たぶんだけど。


 迷子になったからといって、話しかけてくるだろうか。

 そして、それを判別できるのだろうか。


 いや、眼鏡をかければ簡単なことだろうが、人目があるのにかけていいものか。


 判断に迷うところだ。

 

 果たして、兄たちが私がいないことに気がつくのは何分先だろうか。

 それから探すとなると―――ため息しか出てこない。


 時間があんまりないっていっているのに、こんなことで兄弟の足を引っ張るか、私は。


 でも、探しにいってすれ違いになってしまったら、それこそ目も当てられない。

 更なる時間がかかるのは明白。



 心細い。


 

 異世界で一人ぼっち。


 漠然と兄や姉の姿を探して雑踏を眺めていても、見つけることはできなかった。

 でもそのうち、ひょっこりと顔をだすんだろう。


 足元で何かが揺れていて、雑踏から目だけ離す。


 石畳の隙間から出てきた雑草のようで、ゆらゆら揺れている。よく見ると蕾がついているので、数日後には花が咲くのだろうと予測できる。


 こんなところにも、花は咲くんだなぁ、と妙に関心した。


 今はそれどころじゃないけど。



「―せ、こ…――」

「って!…っの…が…っ!………ですっ!」



 なにやら大通りが騒がしくなってきた。


 兄が何やらまた不吉なフラグを立てまくっているのかと不安になって顔を上げると、私の数歩手前あたりで、黒い外套を着た長身の男――私から見れば大抵、イシュルスの成人男性は長身だがそれよりも高め――が、頭巾を目深に被っている子供に外套を引っ張られている。


 黒い外套の男は、黒髪赤眼で、剣を腰からぶら下げ、冒険者の風体。二十代前半ぐらいか?

 だが妙に振舞いが雅だ。貴族崩れとかなのだろうか。


 なかなかの男前で、迫力があり、見たことあるようなないような――あれ、なんで寒気が…んん?鳥肌立ってるのはなんでだ?まぁいいか。


 子供は目深に外套を被っているが、ふわふわとしたオレンジ色がかった金髪がはみ出ている。

 顔は分からんが、髪が長いし、女の子なのだろうか。体も華奢だし、身長からして、十代前半か、もうちょっと若いかもしれない。


 背中に大きなギター…いや、あれは中国の擦弦楽器である二胡にこだろうか?それとも日本の胡弓こきゅうや三味線にも似ている。


 なので、ちょっと気になって眺めていた。


 珍しい楽器だ。

 こっちは西洋っぽいのだから、二胡なんてないだろう。


 中国系の大陸もあるんだろうか。  


 ちょっと近くで見たみたいかも。そうそう目前に迫るくらいズームアップ――はぎゃっ!!!



 バキッ



 眼前を飛び交う星。顔面に訪れる熱。それが数秒で激痛へと変貌する。


 男が縋る子供の手を振り払った拍子に、こっちに飛んできた子供を顔に受け、私は地面に大の字でノックアウトされていた。完。


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