Act 11. そうさ、防具屋も行こう
呪いを解除しなくてよくなった分、金が浮いたので、兄はもう一本、刀をお買い上げ。
叔父から金は惜しむなと言われてるのだろうか?
金貨を惜しみなく払っているジークは全然嫌な顔をしない。
チャラ男も平然としていた。
そうじゃなかったら、絶対金銭感覚おかしいだろう?
ベルトも買って増やして、刀を二本も腰から下げているのは微妙だが、本人の強い意志を尊重致しました。
左右から刀をぶら下げているのは目立ちそうだが、外套の下なら気がつかないだろう、と。
どちらかというと右利きだけど、左も使えるから平気だろうね。
食卓で兄がキレると、両手に箸を持って阿修羅のように飯食べるから、無性に腹立たしいが、口は一つしかないんだよ。リスみたいに頬を膨らませて食べて美味しいかね。いや、うん、どうでもいいことだが。
片方は人斬れない仕様になっているので、普通に人を切れる刀がないと不安な―――あれ、そもそも人を斬る前提っていうのがおかしいよね。
でも襲われたら、仕方なくって峰打ちじゃ駄目なのか?
まぁ、ともかく親方ドワーフと店員にお礼を言って、トラウマになりそうな武器屋を後にした。
続いて、若干陰鬱になりながら防具屋に向かった。
そこは武器屋の店舗よりも二倍近い店で、尚且つ剣以外の武器が置いてある。
んでもって、でてきたのが……
「ジークホークじゃねぇか」
のっそりと、私の胸あたりまでしかない長い白髭の男……目尻に皺があるから、子供ではないだろうが……が、向かってくる。体ががっちりとしているし、眼光の鋭さが半端ない。
あれ?これさっきも同じことを考えていたよね。私。
つまりは。
「ドワーフ……」
「はんっ!今時の若いやつはドワーフも見たことないのか。どこの田舎もんだ?」
「……すっごい、遠いところの」
「そうかよ。ご苦労なこった」
デジャブか、これは。
背景が違うだけで、似たような会話しなかったか?
とういうか、同一人物…じゃないの?
兄も姉も、兄弟か親子かはかりかねるが、さきほどのドワーフ親方のコピーじゃないかと思っているに違いない。そっくり。瓜二つ……んん?よく見ると、髭の三編みが、二本あるけど。
「ご無沙汰しております、ゼンゲルディーブル殿…あぁ、こちらはゴーゲンディーブル殿と同じ里のドワーフだから、見分けはつかないやもしれないが」
「ったく、奴とは兄弟でもないのに、間違えられてかなわねぇぜっ!」
こっちのほうが若干、威勢がいいかもしれない。
髭以外に違うところを探すのが難しいぐらいなんですけども。
もしかして、先回りしてたとかじゃないよね?
私たち兄弟は、顔を見合わせて、湧き上がってくる衝動…笑動?を耐えた。ここで大爆笑しては、相手方に失礼になるのはわかっているが、肩が震えているのはご愛嬌だ。
「で、今日は何が欲しいんだい」
「彼らに見合う防具を、できれば軽くて丈夫なものがあればいいんですが」
「……ら?そっちの刀を差している奴じゃだけじゃないのか?」
ゼ…なんとか親方は、太い眉を不機嫌そうに寄せ……いや、もう親方ドワーフBでいいか…騎士たちを睨みつける。
「まさか、こんなチビと小娘に戦わせるほど、この国には騎士が不足してるのかよ」
ち、チビってチビに言われた!
私よりちっちゃいでしょ、親方ドワーフB!!
姉なんか小娘で額に青筋がたってるし――兄頑張って、姉が殴りかかったら押さえ込めよ。
撫でていた顎鬚を抜きそうな勢いで、親方ドワーフBがジークを睨みつけている。
「ご、護身用だよー。いくらなんでもねー」
「黙れ、種馬!ドワーフには複数の女の匂いをさせる奴は信用ならねぇって諺があんだ」
女の子が放って置いてくれないんだよ~、と乾いた笑いを浮かべるチャラ男であるが、頬が引きつっている。いいぞ、親方、そっちはもっと言ってやれ。
その後も、絶え間なく親方ドワーフBは文句を言いながらも、次々に至る所から防具を取り出してくれた。
兄に金属の部分鎧を見繕いながら、私には黒革製の厚手の篭手と脛宛てを放り投げた。
装着すると、物凄く軽い。鉄かと思って持ち上げたらアルミだったぐらいの軽さだ。
……大丈夫か、革で?大きすぎる上に、革だよ?
その上、姉の装備はここじゃなくて、祝福を受けたものを神殿で買えと、よくわからない乱暴な忠告を受けた。
姉は肩を竦めて、興味なさげに下がる。
「ん?」
ヴィンと、どこかで微か変な音がする。
耳鳴りだろうか。
虫の羽音にも酷似しているが、もっと深いような感じだ。
周囲を見渡すより先に、親方ドワーフBに防具を渡されて、取り付けた。
…気のせいだろう。いや気にしない。精神的にそちらのほうがいいよね。
もしくは精霊ホイホイのせいだろう。
前と音が違うけど、種類とかで違うかもしれないし。
「こいつはなめした跳黒牛だ。二重になってるし、下地にはキャックル金属を使っているんだ。簡単に刃物は貫くことはねぇよ――ま、その分、馬鹿高いんだがな」
不安そうな顔が出ていたのか、親方ドワーフBは鼻で笑って、私の大きすぎると思われた篭手に小さな刃物で線を描いていく。
どうやら調節してくれるようだ。
兄は初めてつける部分鎧に手間取り、チャラ男に助けられている。
「ほう、跳黒牛ですか。こっちに出回ってくるなんて珍しいですね。キャックル金属だって山脈の向こうの代物じゃないですか」
ジークは関心したように私の篭手を眺めている。
どうやらすごい物らしい。
でも、大丈夫か?軽すぎて不安になってくるんですが。
「山脈の、向こう?――西の山脈?」
問いかけというよりは、独り言のように兄が呟いた。
もう東西南北を把握しているのか?早いな。
会話に入ってきた兄にドワーフは作業を止めずに答えた。
「そうだ」
「それって、いつ頃のことですか?」
「うん?う~む、確か先月、先々月のことだったと思うが、結構な数が流れてきてな」
兄の篭手を装着する手が止まった。
「………それからぴたりと止まった?」
俯く兄は囁くように、親方ドワーフBは頷いた。
他の人は気がついていないようだが―――兄は自分の顎の辺りを指先でなぞっている。
つまりは、今の言葉の中で、思案すべきものがあるということだ。
「あんたも革製品か、鉱物を扱ってんのかい。だったら、当たり前のこと聞くなよな」
「そうですか、失礼しました。いい素材なら俺も欲しかったんで…それではやっぱり、それも高いんですよね?」
「そりゃそうだ。それから全く流れてきてねぇからな」
「勉強になります」
きらきらと、やたらめったら爽やかさを振りまいた笑顔を見せて、親方ドワーフBを引きつらせた。
その目は実に胡散臭そうに兄を見ている。
うん、正しい評価である。
しかし、また良からぬ気配がひしひしと感じるのだが、兄は装備の装着に戻った。
「兄」
「ライアンツだ」
実に嫌々そうに首を横に振る。
つまりは、叔父に関しての良からぬ情報であったことを明記しておこう。
しかも兄があれ程嫌そうにしているということは……考えたくない。かなりやばそうな臭いがする。
だからといって、兄が軽んじているわけではないが、それ以上何もいわないということは、むしろ逆に何も言うなと釘を刺されたに等しい。あえて叔父といわなかったぐらいだ。騎士達にも秘密にしてくれ、という意味も込めているのだろう。
怪訝そうな顔をしていたが、姉も察したようで、特に口を出さなかった。
騎士は不思議そうな顔をしていたが、兄がすぐに話を変えた。
「申し訳ないんですが、俺の装備も、少し大きいかもしれません」
「ああ、そうかい。みしてみな」
すでに私は装備を解除してカウンターに置いておく。
ふと、ジークが瞳を細めて兄を眺めているのが目に入った。
何を考えているのか分からないが、険しい表情である。
気になりはしたが、声をかけて尋ねるくらいのコミュニケーション力が私にあろうか。否。無い。断言。じゃあ無理だ。よしやめよう。
「よし、こいつでいいか。脱げ。後はこっちで調節しておく。明後日取りに来い…おい、ジークホーク聞いてるのか!」
「あ……申し訳ありません、ゼンゲルディーブル殿。できれば明日までに仕上げていただきたい」
「だったら、銀貨2枚追加しろ。明日の朝までには終わらせる」
「わかりました。使いを送ります」
やはり直ぐには大きさを直せないようで、防具は明日までお預けになった。
じゃ、そろ帰ろうかとゾロゾロ入り口に歩みだした時だった。
ヴィィイイン。
今度ははっきりと聞こえた。
どうやら、今度は皆に聞こえたようで、全員の足が止まった。
「あん?なんの音だこりゃ。虫か?」
親方ドワーフBが怪訝そうな顔で小首を傾げているが、音は室内に反響しているようで、ハッキリとは聞き取れなかったようだ。
でも、今度はわかる。
弦を弾いたような音だった。
「ミコ」
言われなくても。
私はすでに目を瞑って、両耳に両手を当てて集中する。
もう一度、大きくヴィィインと弦を弾いたような音が聞こえて、私は歩き出した。
音が部屋の中で反響して至る所から聞こえるので、場所の特定が難しいが、私は耳がいい。
昔、ヴァイオリンをやっていた頃――まぁ、長続きもせず、諸事情でやめてしまったが――楽譜がなくても、一度聞けば大体、耳コピーで演奏できるぐらいだ。
それに弦というのは一度、弾くと波紋のように音が広がり室内で反響するが、音の消えていく順番から、最初の一音を見つけだすのは、簡単なことだ。
最初に消えた一音の場所を特定すればいい。
私は棚と槍の刺さった樽の間に体をつっこんで、棚の後ろに落ちていた音の発信源を引っ張り出した。
それが動いたせいで、棚の後ろの埃が舞って、くしゃみを何度か繰り返す。
重すぎて、地面を引きずって出してしまった。
「弓?棚の後ろに落ちてたのか?」
大量の埃を被っている弓の弦がヴィィインと勝手に震えている。
すると、埃がさらさらと流れるように落ちていく。
拭ってみると全体的に白い。弦も本体も。
普通の弓とは違い、華美ではないが品のいい装飾が施されており、一瞬飾り物かと思うぐらいだ。
決定的に違うのは、持ち手に近い部分の上下に、宝石がはめ込まれていたらしい場所がくり貫かれていることだ。
上か下か分からないが、合計七つ。
しかも他の武器や防具と違って、白いキラキラのエフェクトが付いているんですけど。まさか。ね??いくらなんでも。
【七色の女王の弓】
七色に輝く力を持つ柔軟な弓。女性専用。
カスタマイズ可。はめ込む魔石の力によって、弓の威力と効果が変わる。
ヴィヴェル神の加護を受けている。
販売価格:13000 B
「ま、まて、こいつは年代ものだが、使われてる金属と弦が珍しくて、装飾用で安く買い叩いたんだぞ。確かに使えなくはないが、重すぎて壁にもかけられなかった代物だ」
親方ドワーフBは、呆れたように首を横に振っている。
現実問題、煩くこの弓の弦は鳴り響き続ける。
明らかに装飾品ではない。
ここにいる、といわんばかりに弦を鳴らして意思表示をしているのだ。
間違いなく遺物なのだろう。
一日二回も遭遇するとは思わなかった。
さっき親方ドワーフAが、武器屋をしてて一生に三度立ち会えるかどうか、と言ってたし。
たとえ所持していても、わからないことの方が多いから、滅多なことじゃない。
それとも、なんだ?
一生分の遭遇率を使い切ったのか?
「ミィコ殿、まさか」
ジークが頬を引きつらせるが、私は首を横に振った。
「……私、じゃない」
頭の中で声とかしないし、ちなみに私には物凄く重くて、持ち上げることもできないのだ。
引きずるのが精一杯といったところ。重量二十キロぐらい?いくらなんでも、こんな重いの持って戦場は駆け巡れませんよ。
これは拒絶されているからなのではないか、と思う。
これは女性用。
だったら他には一人しかいない。
たぶん同じ表示を見ているだろう兄と互いの眼鏡越しに視線が合って、問題の答えあわせをするかのように目配せ。
それから自然と視線は姉に向かった。
「それは大きさからいって、女性専用じゃないか―――なぁ、由唯?」
兄が眼鏡を上げながら、弓にも負けず劣らずキラキラを飛ばしながら、胡散臭そうな笑みを浮かべた。
この場にいた全員の視線が姉に集まっていた。