Act 10. 赦者(アヴォワール)
私は武器屋で、ドワーフが選んでくれた小剣二つと短剣二本をお買い上げした。
正直、私は自分の戦闘にあっている武器がいまいち分からない。
だから、軽いものを選んでもらった。
ついでに姉も、護身用の細い短剣を買った。
ベルトに挟んである護身用のスタンガンの横に短剣一本を挟んで、姉もスカートについている細いベルトに挟んで歩いていた。ぱっとみえないように背中に回す。
後はチャラ男が持ってくれるらしく渡した。
「ひっ!」
兄の腰のベルトに備えられた日本刀っぽい奴から、赤いオーラのようなものでできた小さな手が私に伸びて思わず姉の後ろに隠れる。
普通は抜刀するまで、呪われることはないらしい。
だが『この刀は呪われている。抜刀するな』云々の説明を受けながらドワーフ親方から受け取った 【百人切呪詛刀】は兄が持っただけなのだが、すでに手遅れだったらしく、他の武器を手に取ろうとすると腕が異様に重くなるらしい。
まさかドワーフ親方も、持っただけで呪われると思わなかったらしい。
なにせ、ここまで普通にドワーフ親方は持ってきたのだ。
力のある刀匠が製作したもので、魔力が強いらしい。そういう刀は多少の意思があるらしく自分で持ち主を選別するんだとか。呪われているから外れないオマケつきだが。
剣以外にも魔力のある遺物や、武器や防具などは、持ち手を選ぶんだってさ。
そういった所有者や、使用者を選ぶ道具を『遺物』と呼び、意味は意思のある道具。
んでもって、使う人間を『赦者』と呼ぶ。
道具に所持することを赦された者という意味なのだとか。
勿論『赦者』以外にも手にすることができるが――でも国宝級になるとできないこともあるらしい――性能が格段に劣るのだという。それでも魔力や神力を帯びた武器だから強いんだそうだが。
昔金に困った男が売りにきて、怪しい風体だったが、名刀なので買い上げてやったんだとか。
ドワーフ親方は最初から気がついていたらしいので、危険だと奥で眠らせてたらしく、兄を見て思い出したとか、どうとか。
刀に掛かっている呪い自体は神殿でも解除できないとのこと。彼らができるのは主に祝福で、反対に呪いを扱う専門の魔法使い『呪術師』に相談せねばならない。腕のいい『呪術師』は費用が結構かかるので、その分安くしてもらった。
声を大にして言おう!兄、お前はもう呪われている!
「あ、やっぱり?」
ため息を一度ついて、兄は頭痛でもしているのか頭を抑えて、片目を細めた。
でもいい刀なので、呪いさえ解ければ役立つだろうってさ。
刀は赤いオーラが出ており、それが子供サイズの手になっているんだが、兄の右腕にべっとりと隙間なく巻きついていて見てる分にも気持ちが悪い。さっきのステータス酔いの余韻と相俟って吐きそうだ。
岸田兄弟とドワーフには赤い手が見え、赤いオーラが出ているぐらいはチャラ男も分かるらしいが、魔術師でもない限り、普通の人間には見えないのだ。店員には全くわからないらしいが、ジークは辛うじて危険であることがわかるらしい。長年の経験で何度か呪物をみたことがあるのだとかなんとか。
「刀の帯びてる魔力っぽいものがミコに向かってくのがわかる」
「うむぅ、刀はおぬしを赦者に選んだはずだが」
何故か私は刀の半径一メートル以内に入ると、うにょにょにょ~と手が伸びてくるんですよ。
呪われた剣が後二つほど棚と床にあったのだが、その二つも青いのと赤黒いやつが、オドロオドロしく私に向かってくるものだから、武器屋がトラウマになりそうだった。
今日寝れなかったらどうしてくれるんだ、兄ぃ!
枕元で子守唄歌って―――いや、すみません、耳元で殺人的な歌声は結構なので、長編ミステリーでお願いします。どうせ最初から最後まで無駄に暗記してるんだろう。犯人がわかる前に寝ますが。
なので、姉の後ろに隠れております。
え?なんで姉の後ろに?他の奴らを盾にしとけ?いいこと言った、そこの君!
しかーし、不思議なことに姉に赤い手が伸びないのである。
感じ的にはうにょにょにょ~と伸びて、姉が近くなるとやべっ!みたいな感じで、止まって、うにょうにょ戻っていくのである。
それには、呪物を知るドワーフ親方ですら頭を悩ませているようだ。
よくわからん現象に頬を引きつらせていると兄が近寄ってくる。
「ミコ、ちょっとこい。触ってみろ。もしかしたら、なんかわかるかもしれないしな」
えー、超気持ち悪いんですけど。仕方なく、本当にしかたなーく姉の後ろから出た。
「呪われたら面白―――や、べっ」
普通に歩み寄ってきた兄の歩き方が、私の二歩手前でおかしくなる。
心底焦る兄の声に、背筋が凍る。
ぶわぁあ、と赤いオーラの手が兄の肩口までに広がった。
ごっそりと兄の表情が抜け落ちて、無表情になった。眼光だけが鈍く光る。
兄の足が床を滑るように一歩踏み込んだ。きし、と立て付けの悪い床が兄の体重の重みで鳴る。
少し前傾体制になり、兄の右手が刀の柄を握り締め、一瞬だけ動きが止まった。
抜刀。
あまりにも自然すぎて、誰も反応しなかった。
「っ」
辛うじて私は兄の柄を押さえ込んだ―――が、最早、私の行動は本能に近かった。
自分でもびっくりだ。長年危機に曝され続けたせいだろうか。
ウサギが狼を見て逃げるが如く。その行為が今の私にとって、兄の刀の柄を両手で押さえ込んで、鞘から出さないということである。
が、凶暴な兄の筋力に負けして、掴んだ刀が鞘の中から二割ほど姿を露にしている。
ギシギシ、と床が兄の足元も私の足元でも悲鳴を上げている。
兄がイキナリ斬りつけてくるわけがない。そしてもし兄の意思によって斬りつけられていたなら、私はすでに、胴体とお別れパーティをしていなければおかしい。
まぁ、そこまで恨まれ―――…え?名前も言えない大人様限定ゲームのアイテムと肌色のCG回収率を100%にしたから?それとも、昨晩、兄が帰ってくる前に夕食の豚カツを一切れ拝借したから?それで殺されてたら年150日ぐらい殺されてるな私。
ともかく兄以外の意思によって、兄の体が動いていることになる。
百人切呪詛刀かっ!
現時点で、もっとも怪しい。
パターンだな、パター…いや、そんなパターンはノーサンキューでございますが。
赤いオーラもぶわっとなっていたこともあるし、予想通り、刀から伸びている赤いオーラの手が私の腕に絡みついてきて、腕から上ってくる姿が目視できる。
服を通り越して、皮膚から体内にひんやりとしたものが染みこんでくるような気持ちの悪さだった。
それのせいで、意識が削がれて、刀が四割ほど鞘から出てくる。
さて答えが出たけど、問題はここからだよね。
後ろに姉がいるわけだし、この状況を打破する手立てがない。
どちらにしても、筋力数値は兄の方が上。
兄が人切り刀から体の所有権を取り戻さない限り手立てはないし、はっきりいって刀を鞘から出した時点で、私の負け=死であることは間違いない。
刀を抜く兄の初動から数秒。私と兄は膠着状態が続いた。
「お、おいっ!お前!!」
ようやくドワーフ親方が、兄の腕の異変に気がつき、怒声をあげた。
「え?」と間抜けなチャラ男の声が背後から聞こえる。
ぱっと見た感じ、この体制はよろけた兄を支える素晴らしくできた可愛い妹といったところか。
兄が妹をまさに斬り殺そうしているだなんて、誰が思うだろうか。
しかし、有効な手立てはないな。どーすんの私?徐々に体が後ろに下がっていく。片手で私の全体重を退けようとするなんて、さすがだな。
一か八かで、一撃目をかわして、二撃目の前に、兄に金的蹴りでも―――…
ドワーフ親方が兄に手を伸ばそうとするより先に、小豆色の外套が視野に入った。
ぱしぃぃいいん。
「いつっ!」
「え?」
まるで誰かが全力で頬を平手で殴られたような音―――それ以外に表現の仕様がない。私の目の前で兄が平手で殴られていた。兄眼鏡が吹っ飛ぶ。
姉だった。
しかも姉の平手は何故か光っているんですけど?なぜ?
それのおかげなのか分からないが、一気に兄と私に絡み付いていた赤いオーラの手が霧散していく。
「ふ~…、由唯、助かった」
「ありがと」
兄は息を吐き出しながら、刀を鞘にしまうと、額から滲み出ていた汗を袖で拭った。
どうやら、赤いオーラのほとんど見えないので大丈夫のようだ。
私も詰めていた息を吐き出しながら、その場にしゃがみ込んだ。
本当に驚いた顔をして固まっているドワーフ親方、ジーク、チャラ男。店員に至っては、ぽかーんと口を開けている。むしろ気がついた姉の方が凄い。
兄の初動から姉の張り手まで、十数秒も経過していないと思う。
「サミィ殿?」
「えーと、なに?今の~?」
突然、体を寄せ合った長兄と末っ子に、長兄の頬を叩く長女といったところだろう。
私が無駄に初撃を押さえ込んだせいで、体に隠れていたんじゃなかろうか。それで、彼らには何が起こったかわかってない。
というか、姉どうして、すぐにわかったんだろうな。
「説明しなさいよ」
もう一度平手を振り上げる姉に、両手を上げて兄が後ろに下がった。
私は兄眼鏡を回収して、誰か踏まないようにした。
「なんというか、刀握ってから頭の中で、ずーっと低い唸り声が聞こえててなぁ」
その時点で驚けよ!驚いたか?驚いてないだろ!普通は『わー!』とか言うところだろそれ!驚愕をここで使わずどこで……あ、ライアンツが連敗続きで機嫌の悪い叔父と会ったときか。でもそこは、死を覚悟するところか……。
「何事かと思ったんだが、ミコが近付いた瞬間、意識が押し込められて、全身が動かなく…というか、勝手に動き出してなぁ。この刀の意思に体を乗っ取られた」
「はぁ?それで、ミコに斬りかかったとかいうわけ?!」
「ん、まぁ…」
困った顔で言葉を濁す兄と、鬼の形相で兄を睨みつける姉。
「え、あ?斬りかかった?!」
店員の絶叫。彼は見えていたにもかかわらず、信じられないという顔をしている。
さすがに姉もよろけた人間をぶん殴るほど悪魔じゃないと思うけど。
でも音もしなかったし、敵意も殺意もなかった。
あったら、さすがに騎士達が反応していたと思うけど。
「お、おぉ!赦者の意識を乗っ取るほどの遺物だったのか!素晴らしいもんだ!」
親方ドワーフが驚いたように、声を上げる。
そんなに喜ばれると若干殺意が沸くんですけど、なんでだろうね。
どうやら時々、やばい感じの遺物は意識を乗っ取るらしい…覚えておこう。
「け、怪我はありませ――ないか?ミィコ殿?」
ない。あったら、もっと大騒ぎしてるよ。即座に姉に抱きついて、治してくれとおねだりだね。
ジークが屈み、眉根を寄せて、私を覗き込む。
「ミィコ殿?」
だから、ないって。みりゃわか―――すみません。姉、お願いだから睨まないで。
「……ありません」
ふぅ、そういや、口に出して意思の疎通とか言われていたっけか。
危なく殴られるところだったよ。
私は埃を払いながら、起き上がる。
「兄が、刀に抵抗していたみたいだから…」
「ミィコ殿、そういうの、わかるの~?」
チャラ男の言葉に首を横に振る。
ただ単純な推測だ。
「初手で一瞬動き止まったし……兄が本気だったら、私は今生きていない」
じと~と姉が疑わしいような目で兄を見つめると、『多少はな』と気まずそうに肩を竦める。
不可抗力だったわけだし、姉に兄が殺されないようにフォローしといたぞ。
これで母が料理を作った時の兄のオカズは私のものだ。
「……普通は、遺物に体を奪われた時点で、赦者の意思は消えて、奪われたままのはずだが」
あ、そのあたりは兄、基本的に規格外なんで、お構いなく。
兄が正気に戻ったのは、姉の手が光ったことと関係あるのだろうか。
死ぬまでっていってるんだから、普通は正気に戻らないってことなんだろうけど……後で気がついたか、兄に聞いてみよう。
なんか、刀からは赤いオーラは出てるけど、手は出てきてないし。
「それに、どうやら、こいつの呪いが消えたようだな」
ドワーフ親方も気がついたようで、不思議そうに刀を見つめている。
ちなみに表記はこうなっている。
【百人切呪詛刀】
人を切れば切るほど戦闘技能が向上、高確率でクリティカルヒットになる。
百人の人間を切ると使用者は刀に魂を食われる。残り八人。
販売価格:98000 B
もう呪われていない。だからかよくわからんけど、値段上がってるし。
まぁ、あと八人斬ったら、魂食われるけどな。
一軒目でこれなんだから、他の店に買物に行くのがとてつもなく、怖いんですけど……う、うぅ。
前途多難って、こういうこと?
そういうこと。
ドワーフ親方の魂の一口メモ。
■■■ 赦者
魔力や神力を帯び、特殊な力を兼ね備え、意思のある道具である[遺物]に使用することを赦された者。
普通に使用するよりも、利用者に大きな力を与えてくれる。
しかし、赦者になる資格や、相性などは不明。一人で複数の[遺物]を持つ者もいるといわれている。
■■■ 遺物
魔力や神力を持つ道具。それらには意思があり、使用者を選択する。選ばれたものは赦者と呼ばれる。特殊な能力を持ち、赦者を助けるが、それ以外の者に力を貸すことはほとんどない。そのため自分が持っているものが遺物だと気がつかないものもたまにいる。
そして国宝級になると使用することも赦さないという意思をもつものがあり、触れるだけで害をなすことがある。