Act 04. 困ったときはお互い様
ほどなく、兄に起こされた青年は、長い金色の睫を振るわせた。
人が苦手である私は、同じ荷台の中にいても、なるべく隅っこの方に移動していく。
トラの敷物に身を包み、眼鏡越しに青年を観察する。
ちなみに、金魚がプリントされた、お気に入りのタオルケットは青年に取られた。
かなりの美人だ。
瞳は予想通り青で、金髪碧眼という女性受けのする整った王子様ルックである。
金色の睫が、ばさばさ、と音のしそうなほど、長い。
年は16、7歳ぐらいだろうか?
あからさまに西洋人なので、いまいち分からない。
白人だと思うが、出血多量のためか、顔色がよくないせいかもしれない。
「こ、こは…」
茫洋としたまま金色のサラサラの髪の毛をかきあげた。
どうやら、相手も日本語をしゃべるらしい――ってか、日本語通じるんだ、異世界なのに…よかった。
頭のよろしくない私が、新たな言語を覚えるって、めんどくさすぎる。
っていうか、今以上に無口になるの確実。
「っ!!」
室内を見回して、最初に目に付いたらしい私に両目を大きく見開き――うむ、失礼だな、姉なら殴られてるぞ――素早く身を起こす。
流れるように、手を腰に当てて、息を呑んだ。
「ん、これか?お前さんのっぽかったんで、拾ってきたんだが、折れてるぞ」
後部座席においてあるし、剣は兄の足元に転がっているが、半分に折れている。
そういえば、さっきちょっとだけ行方くらましてたのはそのせいか。
兄はそれを拾って、柄のほうを青年に向けた。
剣には吼えている獅子と交差する二本の剣の模様が剣と柄の繋ぎ目に彫られている。
交差する剣をバットに置き換えたら、完全に叔父の好きな野球チームのマークと一緒だよね。ぷぷぷ。
「え、あ、ありがとうございます」
青年は礼儀正しく――物凄く躾をされていたのだろうと予測される――半身で頭を下げた。
多分、礼を言うところ間違ってるよ。
兄、さっきあれ、物珍しさに、勝手に弄繰り回してたから。
日本刀でも兄はテンションあがるからな。
再び落ち着いた様子で、視線を巡らせると、私に戻ってきた。
子供のように澄み切った真っ直ぐな瞳が眩しい。
私はなるべく刺激しないように、膝をいっそう抱いて、背中に後部座席が当たるほど下がった。
「その、肩は大丈夫、なのですか」
「肩、あぁ、これね。平気平気、ただの敷物だから」
と答えたのは姉で、私の肩に乗っているトラの敷物の頭の部分を、上げ下げしている。
姉は美形に弱い。善人的美形に弱い。
真面目な人間は好きだし、少し懐に余裕があって、礼儀正しい人間が好きだ。
もう少し年齢が近ければ、姉の領域だったのだろう。
でも、即嫌いではないし、好意的に接しているのは、青年の元々持っている人徳かもしれない。
「私の背後から追いかけてきたゴブリンを、馬車で轢いてくださったのですよね。感謝いたします」
「いやいや、偶然だ」
「そんな、ご謙遜を。貴方達の慈悲がなければ、私は力尽きていたでしょう」
いや、君、うちの車に轢かれそうだったのだよ。
美形、天然、善人は、私の鬼門とも言うべきトリプルコンボである。
性根まで曲がりきっている私とは、真逆。
正直、できる限りかかわりたくない、苦手なタイプなのである。
「命を助けていただいて大変申し訳ないのですが、一刻を争ってますゆえ、暇させていただきます」
「そりゃ、かまわんが」
いいのか?ここ何処か聞かなくていいのですかいな?
急いでる人間に聞いても面倒なだけか。
早歩きのサラリーマンに道を尋ねても「忙しいので」と一蹴されるし、食い下がったらたぶん逃げられるだろう。
「どうか、これをお受け取りください」
深々と頭を下げて、顔を上げると、衣服に隠れていたネックレスを首から外した。
話の相手をしている兄の手をとると、それを乗せた。
羽を模したであろう銀製の台座に、幾つか宝石が嵌め込まれている。
正直、私たち庶民では、お見かけすることのないタイプの高価な貴金属である。
なぜ、それがわかったかというと、やはり矢印がでたからである。
【イシュ加護の純銀羽の一枚】
イシュルス王家に伝わる太陽と豊穣を司るイシュ神の加護を受けた首飾り。
純金の羽を模しており、本来は六枚で一対となっている。
王家の血筋を引いていると、装備時、ステータスの全てに20%の補正。
普通の人間には2%、イシュ神の加護を得たものは5%の補正。
イベントクリアー品。王家の人間を助けると、与えられる。
販売価格:43000000 B
「よっ―――!!!」
思わず、最後の一文で悲鳴を上げそうになって、注目を浴びて、両手で口を塞ぐ。
アホか!こいつは!!
さ、さっきの魔石が24000Bだから――って、兄「え、ありがとう」って、さらっと受け取っちゃったし!!馬鹿!馬鹿兄!!身分不相応だから!!
っつーか、もしかして、この人!!
じっと見つめると、予想通り青年のステータス画面が出現したが、家族とは違い、その枠は小さく、簡素な表示である。
【ゼルスター=フォン=イシュルス(14)】 職業:王子(Lv17) サブ職業:聖騎士(Lv8)
HP:32/593
MP:16/16
「っ~~~!!」
予想もしていたこともあって、絶叫を口元でとどめることに成功した。
やっぱり、王子かよ!!
金髪碧眼って、どんだけ王道のベタな王子だよ!!
ステータス画面は見えないけど、HP高いし、王子ですよ王子!サブ職業が騎士だし――っつーか、14歳って…――私より年下だし。
「俺が行こう」
ん?ん??なんだ?兄よ?どこに行くんだ?
ちょっと、パニクッってたら、会話が進んでいるんですけど??
「で、ですが、危険な場所です」
「けど、お前さんは、その傷じゃ歩けないだろうし、仲間に知らせたいんだろ?」
「それは…そう、ですがっ、見ず知らずの方に」
「貴方、お名前は?」
姉がにっこりと、男たちを手玉にとる極上の笑みを浮かべる。
美しいだけではなく、迫力のある笑みは――私の嫌な予感を増幅させるんですけど?
「え、あ?ゼルスターと、申します」
「アタシ、岸田由唯。あなたの言い方だと、由唯=岸田、かしら」
「えっと、ミス・ニィシラー」
……誰だよ、ニィシラーって?
わざとボケてる?
突っ込んだほうがいいところ??
「き・し・だ」
「キシャアー?」
なんで、動物の警戒音みたいになっちゃってるの?
悪化してるよ。姉。
ってか、これだけスムーズに話しといて、名前だけが聞き取れないってどうよ。
よく分からんけど、もしかして、彼らがしゃべってる言葉って日本語、じゃないのだろうか?
言われてみれば、頭では理解しているけど、耳から入ってくる音が違うかも。
「…き、キィシガ」
何度か言い直させたものの、異世界人に、母音は少ないのに世界でも難しい言語とされる日本語の発音は無理だったようだ。
「もう、それでいいわ。一番近いし」
「ありがとうございます、ミス・ユイ」
あ、短い単語は割りと平気なんだと感心するも、待っていたように兄が名乗る。
「俺は、雅美=岸田だ。こいつらの兄」
「えーと、アサミィさん」
「うぐっ」
兄、120のダメージ。
女っぽい名前が、完全に女の名前になった。
心臓を押さえて傷ついたふりしてるが、チートな兄だが、実は名前がコンプレックスなのだ。
名前をからかわれて喧嘩になったこと多数あり、時々化粧品の押し売りの電話も、兄宛に来ることがあるくらいなのだ。
「ま、マぁーみぃ」
そりゃ、ほぼ、私の名前だって。
思わず兄に同情的な視線を送り、家族全員が首を横に振る。
「ハーサミィ」
そうそう、この紙を切っていくために―――ってちゃうがな。完全に物の名前になってるよ。
「兄、もう、サミィでいいんじゃない?マの発音が難しいのかも」
「さ、サミィ…サミィ…うぅん、気弱な少年みたいな名前だが、女の名前よりはいいか…」
とため息が聞こえそうな声で、肩を落とす。
「サミィさん」
ほっとしたように、王子が胸を撫で下ろすが、まだ名前の難関っぽそうな父がいるぜ。
「おれゃ、幸一。父だ」
「母ですぅ。名前は理恵よ」
父、母、緊張で、声が裏返っているよ。
「はい、コゥーチさん、リエさん」
……どんな基準で、伝わってないんだろう。
父は、あきらめたかのように、引きつった笑いを浮かべていた。
「あの、コゥーチさん」
困ったような顔をした王子が控えめに声を上げて、父に視線を送って首をかしげる。
「なんだ?」
「……どこかで、お会いしたこと、ありませんか?」
おおぅ、ナンパの常套句だな―――って、王子!うちの父を新世界に連れてかないでってか愛妻家だから!
「い、いや、ないとおもうが」
「そ、そうですよね。申し訳ありません、変なことを聞いて」
全くだ。
危うく、脳内で父と王子による薔薇色の世界が妄想されるところだったよ。
ナンパではないとすると、普通に父が知り合いと似ているらしい。
で、最終的に視線が無言の私に集まった。
腹をくくって、あきらめると、長い、とてもながーいため息をついた。
不本意ながら、家族会議を開くまでもなく、満場一致のようだ。
とりあえず助けといて、後から、この場所のこと根掘り葉掘り聞こうという魂胆らしい。
「ミコ」
「はい、ミィコさん」
くっ、だからなんで、猫みたいな呼び方になるんですかいな!と突っ込んでしまいたかったが、彼よりは年上なので、我慢する。
大人だな、私。
あからさまに嫌々と名乗ったことか、呼び方なのか、家族が失笑している。
くそう。なんだよ、そのしたり笑顔は。
「これで、私たち名乗りあった知り合いね」
「よし。俺もなんか貰ったし、ダチだな」
「だち?」
「友達ってーことだ。だから、友達のためになにかするってのは、あたりめぇだ」
兄と父の言葉に、少年――ゼルスターが、両目を大きく見開いた。
いつもより、父が大きく見える。
いつもより、兄が勇ましく見える。
「ゼルスター…って、長いからゼルでいいか」
と兄が呟いて、座席の下に転がっていた金属バットを取り出していると、母が柔和な笑みを浮かべて、首を傾げる少年に声をかけた。
「ゼル君、あのね。うちの家訓ではね【困ったときはお互い様】っていうのよ。素敵でしょう?」
母…さらっと言えちゃう、貴女はちょっと、かっこいい。
ってか、そんな家訓、初めて聞いたけど。
うちの家族は皆――私がいうのもなんですが――自慢の家族。
私が、ブラコンで、ファザコンで、マザコンで、シスコンになっちゃうのは、仕方がないでしょう?
昔から、私の家族は凄い。
私一人だったら、間違いなく、少年を放り出していたに違いない。
「頼りないけど、力になるわ―――ミコが」
「って、私かい!!」
思わず、ズッコケたから!
「ガンバ、ミコ」
って、姉よ!歯を光らせて、爽やかな笑顔で、私にレンチを渡すんじゃない!
撤回!シスコン全面撤回!!