Act 09. そうさ、武器屋に行こう
整備された灰色の石畳を歩む人、人、人。
同じく石か煉瓦でできた二階ないし三階建ての一階部分の店舗は開店しており――この時間で閉ってたら、商売として成り立たないだろうが――人の出入りが激しい。
道の傍らで遊ぶ子供達。籠を腕にぶら下げ買い物に向かう主婦らしき女性。商人風の男や、多くの荷物を持つ男。売り込みの店員、大道芸人。剣を腰からぶら下げる冒険者風体の人々。
二輪馬車や、相乗馬車らしいのを器用に避けて歩いている。
王道中世ヨーロッパな剣と魔法の世界。
本を読んだり、ゲーム画面で見ているはずなのに、ずっと新鮮に感じた。
騎士達に案内された昼間の大通りは活気に溢れていた。
昨日の夜と同じ道とは思えない。
おぉう、凄い。あれはなんだ?子供たちは何の遊びしてるんだ?いや、店先に並んだあの黒いイボイボは、何に使うんだろう。食べ物は?食べ物はどこで売ってるんだ!叔父さんを労って、なんか作ってやらなくもない――お、なんか美味しそうな匂いが…あまり期待するのもなんだけど、屋台とかいいよね。人波の向こうに見える石のアーチみたいのはなんだ――冒険者と冒険者が喧嘩してるし、あっ、かたっぽは杖も持ってるから魔法使いか?
これはやばい。
もの珍しいものばっかりで、めっちゃテンションあがる。
岸田三兄妹inイシュルス城下です。
ついでに馬車の中の話だとジークとチャラ男の二人の騎士の他に、町で待機してた複数の騎士がこっそりと私たちの周囲に存在するらしいのだが、さすがに人が多くて、ステータス表示をしてもわからないだろう。
眼鏡外しているので、ステータスも見えない。
ステータス酔いもでまだ胸が気持ち悪いけど、テンションの高さでチャラにできる。
馬車の中でのステータス酔いもそうだが、眼鏡って意外にそこそこ貴重品らしく、多くの人間がかけてないからすぐ顔を覚えられちゃうんだってさ。
だから兄も外しているので、顔立ち以外に目立つ要素はない、はず…?
でも姉がな…もうすでに、ちらちらと通りかかりの男性の目を集めちゃってるので、鬱陶しいと頭巾を被っている。
これだけ人がいれば、私たち程度に誰も気にかけないと思うが、用心に越したことはない。
ちなみに騎士(目つき悪)も城下への護衛に参加予定だったのだが、言わずかな誰かさんのせいで、まだ気絶しているらしい。それとも、また、だろうか。
昨日は姉に気絶させられて、今日は兄に気絶させられて、明日は私の番だろうか?うぷぷぷ。
到着したのは町の中心に程近い中央公園の十字路の角。
買い物に出かけるには、ここからの移動が一番楽だという話だ。脳内メモに記載だな。
「おい、ミコ。ハシャぐのはいいが、逸れてくれるなよ?兄ちゃん、土地勘ないから探せないぞ」
「迷子になったら、そこ動かないのよ?分かってるわね?」
ご迷惑をおかけしております、我が親愛なる過保護どもめ!
く、迷子になっても自力で帰れるし!ただ王宮の門番が入れてくれるかと、無事かどうか、は別だけど。
「……ミコ殿は、はしゃいでいるのか?」
「「ものすごく」」
ジークが兄と姉の異口同音の即答に、困惑げに眉尻を下げて、私を眺める。
ついでにチャラ男の微妙に疑わしい視線が加わった。
気まずくなって、視線を逸らす。
私がはしゃいでたらまずいのか?っていうか、仕事増やすんじゃねぇよ、的なことなのだろうか。
でも異世界だよ。城下だよ。人だよ。気分はヘブンだよ――うん、語呂がいいね。
ともかく、お昼ぐらいまでに武器を買って、お城に帰って、地獄の――……今だけ、はしゃいでも許されるよね。帰りたくないんだけど。
「まずは一番近いのが、サミィ殿の武器屋だな。本来は専用に作るのが好ましいんですが、時間がないので、既製品を買うことにしよう」
事情を騎士団長から聞いているらしいジークは、やや青ざめている。
四日後に来るゴブリンとの対戦に岸田兄も参加しちゃうよってか、たぶん岸田末っ子もね――あ、これ王命。みたいなことを来る前に言われていたらしい。
兄は尋常ではない戦いっぷりを目の当たりしているだろうが、剣に関しては素人だし、私にいたっては戦闘員ですらない。
それを戦場に出せるレベルまでに上げとけよ、とか無茶ぶりじゃないの?
「長剣なら、行きつけの鍛冶屋がある。そちらに向かって構わないか?」
「ええ、お願いします。俺たちは田舎者とかわりありませんから」
町のことなら、まったくわからない自信があるよ。
田舎者に姉の眉が嫌そうに歪んだが――たぶん、私は田舎者じゃないわよとか内心思ったんじゃないだろうか――空気読んだね姉。兄の足踏んだだけで止まって、偉いよ。
本当に人多いなぁ。
逸れたら見つけてもらう自信ないよ。
先頭にジークで最後尾がチャラ男で兄弟は挟まれて移動した。
ゆっくりと誘導してくれているのでなんとかなっているが、人がごったがえしていて、ちょっと視線を前から背けると人波に飲まれることだろう。不味いな。迷子になったら道の端で待つしかない。
兄ならすぐにゴタゴタに巻き込まれるから騒がしいところ探せばいいし、姉なら男の人が集中してデレデレしてるところ探せばいいけどさ。
私、一般人のオーラしかでてないから、紛れると探すの大変なんだよねー、ってよく言われるよ。
かくれんぼなら任せろ。まず普通の人たちとやったら最後まで残るぞ。
時々兄ですら私を探せないぐらいだし。
しばらく直線距離を進んで、横道に一本入ると、人が極端に少なくなった。
三分の一もいるかどうかで、随分と歩きやすい。
喧騒が遠くなる。
そうしている間に、けっこう近場であったらしい一軒目の店に――武器屋だよ、武器屋!――到着した。
看板には槌と剣が交錯しており、三つ葉っぽい葉のレリーフで囲われている感じだ。
年季の入った古ぼけた木の扉をジークが押した。
ぎぃいい、と、ホラー映画にでてくるような錆付いた蝶番の音に凄くびびった。
大丈夫?ここ、武器屋、なんだよね?
微妙に不安になりながらも、姉の後ろに続いた。
足を踏み入れた店内は、すこし埃っぽくて、なにやら金属臭もする。
歩くたびにギシギシと音を上げる床。
ひどくゴチャゴチャしており、入り口の横の窓から光が差し込むだけで、倉庫のように薄暗い。
だが商品の多さはすごく、長剣、大剣、細剣、短剣、刀、三日月刀。
剣だけで、ざっと100以上はあるだろう。
というか、剣しかない。
それがさして広くない店内の、樽に刺さったり、棚に積み上げられたり、壁に立てかけられたり、果ては床に無造作に置かれたりと、所狭しと並べられている。
まるで一山幾ら八百屋並みの感覚である。
どこになにがあるかなんて、まったく気にしていないのだろう。
カウンターには、武器屋には不釣合いな、ひょろりとした若い茶毛でそばかすの男の店員が剣を点検しているのか、刃の部分を水平にしたりして眺めていたが、こちらに気がついた。
にっこり、愛嬌のある顔で笑う。
武器屋の親父って、もっとこう、いかつい感じだと思ったけど。
なんとなくだが、商売上手の印象がある。
ハンバーガーだけ頼んだはずなのに、いつの間にかポテトとジュースも売りつけられているファーストフード店員のスペシャリスト的なスマイル0円。
「あ、いらっしゃいませ、アルケルト様、アマデウス様。剣でも折りましたか?」
「やぁ、ザナ君久しぶり~。幸い剣は無事なんだよ。大切に扱ってるからねぇ~。今日は別件。悪いんだけど、この人に長剣、見繕ってくれないかなぁ~」
「よろしく」
「はい、長剣ですね」
と、いわれて兄が一歩前に出ると、店員はカウンターを出てきて、兄を頭のてっぺんから足の先まで眺めて、一人頷く。
兄はすぐに眼鏡をかけて、ステータスを表示させているらしい。
ぼったくられたら堪らない。騎士の御用達というぐらいだから、大丈夫だと思うけど。
「そうですね…まずは、この三つぐらいで、試してください」
ひょいひょい、と棚、壁、テーブルから、剣を取り出すと、ひとつずつ手渡していく。
鞘から出された抜き身の長剣の手持ちを渡される。
「ほう、これは……」
ジークはどこか感心したような声色だ。
戦闘中は忙しくて、見てなかったんだろう。武器が剣でもなかったし。
兄は右手で受け取って、手持ちの部分に左手を添えて、軽く揺らすように真正面に抜き身を持ってきて構えた。
本格的に剣術を習っていないはずの兄だが、実に様になっていた。
剣の形だけとはいえ、素人目にもしっかりしている。
重心がやや前で、肩幅に開かれた足の、右だけが半歩前に出ているような感じだ。
剣道の形に近い。
ゴブリンとの戦闘から推測するに、兄は速攻型戦士だ。
騎士たちのような重守型戦士とは逆で重装備をさせれば、長所である機動力が失われる。
それを考えると、剣もしなやかで軽いものが好ましいだろう。
「どこかで剣術を習ってらってたんですか?形的には?東方ですかね?こっちじゃ顔立ちも珍しいし」
「何度か型を見たことある。東方だとは思うが…少し重いな」
パターン的には日本戦国時代みたいな島国が群雄割拠しているんではなかろうか、と兄も思ったに違いない。実際そうであるかは、別として。
でも武器屋がいうのだから、ちょっと信憑性がある。
「みたことが、ある……」
ジークは口元を引き攣らせる。
この人あんまし腹芸ができない人なんだなぁ。
見たことある程度の剣で、あそこまで戦えるなんて、なんて男だ――というところだろう。
「いやーまたまたご謙遜を。お客さん、歴戦の戦士みたいな空気してますよ。さすがアルケルト様、アマデウス様が連れてきたお方だ。騎士団に入るようにスカウトされたんでしょう?」
「まー、そんなとこー」
チャラ男が笑って、肩を竦めてみせる。
二本目、三本目に重心が偏ってるやら、刀身が長すぎるやら、感想を告げて、兄が店員に長剣を返すと、カウンターの奥から不機嫌そうな声が聞こえた。
「おめぇ、その型で戦うなら、刀にしときな」
のっそりと、私の胸あたりまでしかない長い白髭の男……目尻に皺があるから、子供ではないだろうが……が、向かってくる。体ががっちりとしているし、眼光の鋭さが半端ない。
ただ白髭がみつ編みなのが、恐ろしさを半減しているが。
私の推測が正しいなら、ドワーフだろう。
親方っぽい。
「ああ、ゴーゲンディーブル殿、やはり貴方もそう思われますか」
ごー…うん、わからん。
自慢じゃないが、名前は覚えられないであろう。
「ドワーフ…?」
思わず零すと、男ははん、と大きな鼻を鳴らした。
「ドワーフも見たことねぇのか、坊主。どこの田舎もんだか」
「……すっごい、遠いところの」
曖昧に答えると、きょとんとした親方っぽいドワーフは豪快に笑った。
ドワーフって、洞窟の中に住んでいるものかと思っていたが、どこにでもいるのか?
「普通お前ぐらいの坊主ならもっと、つっかかってくるんだがな」
「事実だから」
「そうか」
お、おお。私、なんとか、異種族の方と会話しちゃってるよ。
同族ですら、まともに話できないのにな。
「なに、ドワーフって」
暇そうにしていた姉が、後ろから小声で話しかけてくる。
でも、改めて尋ねられると、困るな。
ドワーフってなんだろうね。
「手先の器用で職人気質の種族。普通は洞窟に生息して、鉱物を発掘する作業を好む。人間より小さくて髭が生えてるぐらいしか、私も知らない」
「へえぇ…あっちの背の高いほうも、ほかの種族?」
いや、知らんがな。
人じゃないの、そばかすの店員は…あれ、でもちょぴーっと耳とがってるな。
もしかして種族違うか、ハーフとかか?
私が小首を傾げると、姉も小首をかしげたが、どうでもよかったのか、また興味なさげに周囲を伺っている。
なぜか時折目を細めて、ちょこちょこ場所を移動してるんですけど……どったの?
なんか見えちゃってるんでしょうか?
「ともかく、そっちのにーちゃんは、悪いことはいわねぇ、長剣はやめとけ」
「俺の型では長剣は難しいですか?これから習う予定なんですが」
「使えねぇわけじゃないが……おめぇの型は独学だろうが基本が出来上がっちまってる」
「俺も同じことを考えてました。騎士としての基本を教え、得物は長剣にする予定だったんですが」
ドワーフの言葉に、ジークが同意する。
「無理に変更させて、苦戦するよりは、長所を伸ばしたほうがいい」
二人とも兄の型を見てるだけで、色々とわかるらしく、動きがどーたら、足さばきやら、刃の幅やらで、盛り上がっており、そこに兄も加わっていく。
うむむ、凄いな。よくわからんがプロフェッショナルって感じがするよ。もしくは戦闘馬鹿かどっちか。
いろいろ回るのめんどくさいから、私もここで武器を買ってしまおう。
ゴブリンから奪った奴があるが、正直あれを長時間もって歩くには重いのだ。
もうちょっと軽いのがいい。
きっと店員と騎士たちが顔見知りってことは、騎士御用達だろうから、悪い店ではなさそうだし。
きょろきょろと、短剣を探して見渡すが、どれを触っても崩れ落ちそう。
「坊ちゃんもなんか探してるのかい?」
「ん。軽い武器」
「ちょっと待ってな」
頭から足の先までジロジロと眺めた後、周囲を物色して、複数の短剣と細剣を手にして戻ってくる。
一番下になってる短剣を引っ張り出しても、崩れ落ちないとは、流石というべきか。
いちいち、ドミノ倒しになってたら商売にならないか。
「まずこれ」
柄の部分を持たされた細剣である。
長さは腕を下げても地面につかない。
兄の長剣と比べると、かなり短いのがわかる。
うーん、柄の部分がまるで女子高校生の携帯電話並みのデコのように、ごってごての装飾がされているせいか、些か重い感じがする。バランスも手の方が重くて…これを利用して、動かすのか?
軽く振って、あのオリンピックとかで見るような型で構えてみる。
小剣を持っているほうが前を向き、敵に対して完全に体が横になっている状態だ。
これだと腕に負荷が掛かって、長時間は持たないのは明白だ。もっと軽いものじゃなければ。
でもあんまり軽いと、私の場合は武器に体重を乗せるには不十分だし、筋力もあるわけじゃない。
首を横に振ると、そばかすの店員は細剣と交換するように短剣を渡してくる。
細剣よりも刃渡りが半分ほどしかない短剣で、昨日お持ち帰りしたゴブリンの短剣より軽く、剣先だけが、ちょっと曲がっているやつだ。
前傾姿勢で構える。
悪くない。基本ヒット&ランになるであろう私には、いいかもしれない。
が、問題もある。
刃渡りが短いが故に、かなり敵と接近しなければならない。
考えても見てくれ。三十センチ定規を手に持って、それが当たるまで相手に近づくとなると……すごく、すごーく、近くない?腕の長さにもよるだろうけど、私の腕の長さは普通だよ。
細剣だと、刃渡りは短剣より長いし、急所を見極めて刺すならいいけどさ。
速度を上げれば、なんとかなるんだろうか?
ただ難点をあげるとしたらグリップが、なんというのか大きすぎて握りづらい。
「もしかして、武器あんまり持ったことない?」
「……昨日、初めて短剣投げた」
もしかしなくても、刃物なんて、カッターとのこぎりと包丁ぐらいしか握ったことないよ。
ちなみに包丁だったら、8年ぐらい握ってるぞ。
そばかす店員は困ったような顔で唸る。
二本目を私から回収すると、三本目をそこら辺に放置して、別のやつを引き出しから手にする。
刃はまっすぐで、鞘に納まってて、埃をかぶっていたらしく、店員が埃を払っている。
「これさ…」
「ミコ、待ちなさいっ!」
受け取る寸前で姉が私の襟首を掴んで引っ張る。
視線を向けると、姉が店員の剣を一瞥してから、首を横に振っている。
私は慌てて眼鏡をかける。
【呪われた短剣】
中確率でクリティカルヒットを出すが、呪われている。
呪いを解除しないと他の武器が持てない。
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ひぃええ!短剣の周囲から、黒いオーラが三つほど小さな手の形になって手招きしてるよ!超怖い!呪われていっつも手が見えていたら、私いつか失禁するよ!チキンだからね!危なかった!ありがとう姉!
あれ黒いオーラの手が悪い感じもしないけど良い感じも全然しない、見た目がすでに超怖いよぅ!
ぎゅうぎゅうと姉に抱きつくと、なだめる様に姉が私の背中を撫でる。
よかった。きっと姉は精霊が見える目で気がついたのか、それとも他の人にも見えてるのか?
「どうした?」
こちらの騒ぎに気がついて振り返る兄に姉が無言で剣に指を刺す。
兄が苦笑を浮かべる。
「ま、武器屋だからな…」
いわくつきの一つや二つ出てくるだろうというのか!
可愛い妹が呪われそうになって―――いぎゃぁああ!!兄!兄!!兄よぉおお!!お前の持っている日本刀もどきから、物凄い数の赤いオーラの手が腕に巻きついているぅううう!!
【百人切呪詛刀】
人を切れば切るほど戦闘技能が向上、高確率でクリティカルヒットになるが呪われている。
呪いを解除しないと他の武器が持てない。
百人の人間を切ると使用者は刀に魂を食われる。残り八人。
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「ははは、人斬りだな」
笑顔で言うことじゃないよ!
どこから何を突っ込めばいいんだ私は!
これで、ストックゼロとなりました。
少しアップが緩慢になるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
ぢゃちゃちゃちゃーん。雅美は呪われた武器を手にした。教会で呪いを解いてもらうまで、他の武器が握れない。