Act 08. 酔ってます
二人の騎士が恥ずかしそうに立ち上がった。
「あ~そういえば、聞きたいことがあるんだど~」
すっかりと気安くなった騎士(チャラい)は、昨日と変わらぬ口調だ。
少しだけ騎士(毒抜き)が呆れたような顔をしてた。
まるでいまどきの若い者は切り替えが早いな、みたいな中年の顔でしたよ。
「答えられる範囲なら」
「ありがと~、サミィ殿。さっそくだけど、ジークホークの旦那が降格したってどこで聞いたのかなぁ。情報が早くてびっくりしたよ~」
きら、と騎士(チャラい)が目を光らせたが、兄は爽やかに歯を光らせて答えずに笑っていた。
ぷくくく、と気がついて、一人笑ってると兄がわざとらしく咳をしてみせる。
へいへい、騎士(チャラい)に熱い視線を送られるけど、黙っておきましょうか。なので、後でなんか奢れ、兄よ。
きっと、こんな感じだろう。
騎士(毒抜き)が降格されたのを知った。
↓
抗議しても聞き入られない。
↓
元凶はきっとあの家族だ。偶然遭遇か、探した岸田兄。
↓
思いをぶちまけて、殴りかかった。
↓
廊下で乱闘。
つまり情報源は、たぶん騎士(目つき悪)である。
以上、真実子の兄の推測でした。
でも間違いないと思う。よかった無駄にイベント発生させてなくて。
それをあえて披露しないことで、兄は自分が精神的に優位に立とうとしているんじゃなかろうか?
さきほど叔父との追いかけっこでレベルが1上がったとはいえ、まだまだ彼ら騎士を二人相手にには勝てるとは思えないから、せめてーみたいな。
でもワザとか、反射的にかわかんないけどね。
他人から見ると、兄はどんどん底知れないというイメージがついて、下手に喧嘩を売ってくる人間が減るためだろうと推測される。時々、自分になんの関係もないことがあっても、何も答えずに笑うのだ。
関係のないことなんだから、兄の痕跡はまったく出てこない。
しかし、あの男は痕跡もなく、あんなことをしたのか……と周囲の人は勝手に思い込むわけだ。
……いや、時々マジで兄が仕掛けてる時もあるのだが。
今回は騎士(目つき悪)が怒られるのを避けただけかもしれないけど。
「まぁ、大体わかってるけどさ~」
わかってるなら、答えにくいこと聞いてやるなよ。
「もう少しで出発するのだが、ミィコ殿は上着を着替えていただきたい。それでは顔立ちも手伝って少し目立つだろう。こちらでシャツを用意させてもらうので構わないだろうか」
こくり、と頷くと、ばしんと後頭部を平手で殴られた。
この遠慮のない痛みは姉だ。というか兄に殴られていたら、私一撃で死亡する可能性もなきしにもあらず。クリティカルヒットじゃないことをいのるばかりだ――というかなぜ姉に殴られた、私。
恨めしく姉を睨むと、小さなため息が返ってきた。
兄は苦笑で、騎士達はびっくりしている。
「言葉。ちゃんと返事しなさい。今日からお世話になるのよ。特にこのおっさんはミコの護衛になってくれる人なんでしょう?いっつも私たちが側にいれるとも限らないんだから、慣れなさい」
敬ってんのか貶しているのか微妙だな姉。
おっさんって言っちゃったよ。
慣れろっていわれて慣れるもんなら、とっくに前の世界からやっておりますが――戦闘態勢にならないでください。ごめんなさい。はい、もうしません。
「私じゃなくて、あっちでしょう」
姉の親指が方向を示す。
騎士(毒抜き)が頬引きつってるの気がついてあげてよ姉。
「…シャツで構いません……言葉は、以後気をつけます」
「あ、そうか、わかりました――わかった。俺も慣れる様に努力しま――しよう」
「…はい」
だが大人な騎士(毒抜き)は生暖かい笑みを浮かべて、鷹揚に頷いた。
「それから、ミコ。先に言っておくけど、この方はジークホーク=アルケルトさんで、こっちがチャイラ=アマデウスさんだからな。覚えろ」
「ある、けると殿……あるけると、殿。あるけると殿」
あるけると。あるけると。アルケルト――今度、呼びかける時には忘れてるような気がする。
自慢じゃないが、顔と名前一致しない上に、名前覚えるの得意じゃないから。
よっぽどの知り合いじゃないと呼ぶ機会なぞないからな。
「……も、もし呼びづらいようだったら、ジークホークで……いやジークでいい」
頬を引きつらせるけど、心の広い大人だな――ある、あるけると。殿。
ありがたくご好意を受け取らせてもらおう。
「―――ジークの旦那」
「ぶはぁっ!」
耐え切れない様子で騎士(チャラい)が噴出した。
それを睨みつけるジークの旦那……よし、これならいけそうだ。
「笑うな元凶。お前が言い続けてるから、小さな子が真似したんだろう」
ち、ちいさな子って――う、ぐぐぅ、これからお世話になる人。お世話になる人。私は大人。私は大人だから気にしませんし。全然、気にしませんし。
「ミコ、とりあえずアルケルトさんを睨むのやめろ、な?それから、旦那じゃなくて『さん』にしろ。『さん』に」
「ジークさん」
よしよし、と兄が私の頭を撫でる。
ジークもほっとしたように頷く。駄目か、ジークの旦那は。
「うぶぶぶ…俺もチャイラでいいよ。苗字呼びづらいだろうし」
「「黙れ、チャラ男」」
私の声と姉の声が寸分変わらず重なった。
お前は岸田一家の女チームから、人類だと分類されていないんだぞ。
「な、なんで俺は名前じゃないの?突然渾名?」
「……申し訳ない。昨日のエロ発言が尾を引いているんだと思うが」
「ふ、変態に人権はないに等しいのよ。認めてほしかったら、それ相応の働きしなさい。チャラ男」
姉、女王様というか男前というか発言かっこいいけど、その人、姉の護衛じゃないの?
あんまり相性…よくなさそうだね。
なんか姉が魔法習えっていってたの、この種馬じゃなかったっけ?悪い人じゃないだろうけど、いささか拒否反応がでてくるんですけどー。
「チャラオって…なんかよくない感じがするんだけど」
どうやら言葉の意味までは理解していないようだ。
しかし友好的ではない呼び名であることも察したようだ。
そういえば、この人名前もなんかチャラチャラしてたような気がするんだけど、思い出せない。
興味のないものはさらに思い出せない。うん、人の世の常である。
「……チャラチャラした男の意味です」
「俺はね。すべての女性に愛を注いでるだけなの。お子様にはわかんないかもしんないけど」
うん、人類の多くの女性を敵に回すチャラ男的発言だな。
でもナンパ師の自覚はあるようですね。
というか、お子様言うな!
「現時点でお集まりの岸田家の皆様。静粛なる拝聴願います。第八十二回、岸田家裁判が開廷しました。議題は赤毛の青年の呼び名についてですが、チャラ男でよいでしょうか、どうでしょうか。いえ、いいですよね。ご賛同の方は挙手を。そうでない方も挙手を」
姉と私の挙手により、無法地帯岸田一家の独裁判決により、二対一で勝訴を勝ち取りました。
勝訴チームの健闘を称えて、熱い握手。
「……ミコ、いつになく滑らかな喋りだな」
「す、すまんが……サミィ殿の家族は、皆こんな感じなのか?」
この微妙なノリについていけなかったジークが呆れ顔で頭を抑えている。
すみません、大体こんな感じです。でもその内慣れるんじゃなかろうか。たぶん。きっと。そうだといいですね。
「俺、結構モテるのに。引く手数多なのに。チャラ男…チャラ男」
「すみません、俺の力不足で」
ぽんぽん、と慰めるような兄の手が、チャラ男の肩に置かれた。
よくいうぜ、全然止める気なかったくせに――というか、慰めるなら、その爽やかな笑顔しまえよ。兄。
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それからジークの手配ですぐに侍女さんにシャツを届けられて、私は浴室で着替えた。
ついでにチャラ男が肩を落としながら、抱えていた頭巾外套をくれた。
来る前に騎士仲間と侍女たちのを奪って――いいや、お金と色気にものを言わせて拝借してきたらしい。
新品だと目立つからか?よくわからないけど。
使い込んではあるが、私とっては上等な麻っぽい素材の鶯色の頭巾外套を貰い、それを目深に被った。うん、ファンタジー気分。いや、がちファンタジーですが。
姉が小豆色で、兄と騎士二人はくすんだ焦茶色で、頭巾なし。
時間が近いとのことで、移動したのが、王宮の厨房近くだった。
朝食を終わったあとだというのに、すでに彼らの持ち場は戦場らしく、忙しそうな声が響く。
そこで、王宮の食料などを搬入している業者が荷物を降ろした後に乗せてもらうのが、この王宮のした働きの人々の移動手段らしい。朝と昼の二回。
曰く、城から下町まで死ぬほど歩くとのこと。
なので荷物を降ろした後に報告のために街中に帰るらしい業者の馬車の空っぽの荷台に乗せてもらうようになったのだとか、なんとか。そして業者に格安とはいえ小銭を渡す、ギブ&テイク。
王宮の裏門のようなところで、中身を確認するらしいが、身分証が必要で、それを確認しないと門すら開けてくれないらしい。どうやら叔父が事前に用意してくれたようだ。すんなりと外に出れた。
本来なら王宮の馬車を使うらしいが、結構目立つらしいからやめたようだ。
馬の装備にも馬車の部分にも王家の紋章が入っているからだとか。
「皆さんの馬車に比べれば、地獄のような場所だが、行きだけは我慢してくれ」
大分言葉も安定してきたジークさんが、ふう、と息を吐き出した。
ただその馬車の荷台は新鮮な野菜の匂いで満ち溢れ、座る場所などロクにないのが難点である。
広くはあるが、地べたに座っているだけだし、尚且つゆれる。
尻が…尻が二つに割れる。いや元々か。
車の比ではない振動だ。尚且つ道がアスファルトではなくて、石畳という些細な段差が、一層それを煽っているとしか思えない。
出発して数秒で姉は、片膝を立てて座っていた兄の寝ている太ももに尻を乗せて回避した。
兄は邪魔くさそうにしてたが、姉が避ける気がないとわかると面倒そうに放置してしまった。
私は眼鏡をポケットにいれて、ぐったりと、壁に凭れている。
「…うぇっぷ……」
「ミィコ殿は乗り物に弱いのか」
一瞥する元気もないよ。話すと胃液がこみ上げてくるので懸命に押さえ込む。
かわりに兄が「そんなようなものだ」と答えていた。
兄よ、車の中でも本が読めるお前と一緒にするな。うぇっぷ。
姉も騎士も車で平気だった私が馬車で弱っていることに、不思議そうな顔をしていた。
いや最初は元気だった。
小窓がついていることに気がついて、そこから流れていく景色を楽しんでいたのだが、人が多くなるにつれて、恐ろしいこととなった。
ステータスである。
彼らのステータスが、文字の羅列がものすごいスピードで流れていく…おぇっ…見なければいいのだが、視界に入るもだから追ってしまう。
あれだ。車から車道の真ん中の白線を見続けているような感じなのだ。
速度がもう少し速かったら嘔吐しただろう。
すぐにクラクラきて、眼鏡を外して懲りずに外を見たのが悪かった。
眼鏡を外しても、外の人のステータスが消えないのだ。
驚いて部屋の中を眺めても、誰一人ステータスが表示されていないというのに何故?
もしかして、ステータスが表示されるのは『眼鏡』じゃなくて、硝子越しとかなにか視界に透明なものを挟んで見えるというものなのだろうか?これは後で兄と実験しよう。
ともかく『乗り物酔い』ではなく、私は史上初であろう『ステータス酔い』であった……うっぷ。
なんで乗り物酔いの人を見ると乗り物酔いになるんですかね?精神的なあれでしょうか?うぇっぷ。
【ある騎士の起床】
周囲を見渡すと王宮に備わっている医務室の床だった。
初老の医者が「気絶したところを運ばれてきた。外傷がないのでとっととでてってくれ」と首をあきれた様に横に振っている。
く、またしても、あの一家に!
騎士は歯噛みしながら、転げるように医務室から出て行くと迷わず、ある客室のドアを開けた。そこには誰もおらず、通りがかりの騎士が外出したことを口にした。
「あれ、お前も護衛に組み込まれたんじゃなかったけ?」
その言葉に、はっと我に返る。
しまったと思ったが、すでに時遅し。職務をまっとうできずに立ち尽くす騎士であった。
彼が第二騎士団団長に叱責を受けるまで、あと十五分。




