Act 06. 朝食の終わり
「しゃーないわ。戦場に出る出ない関係なくミィたんも雅美ちゃんと一緒に修行やで。せめて、どこぞの馬の骨に攫われても、自力で帰ってくる程度やないと危険やで……」
―――どうやら、墓穴を掘ったようだ。
くっ、黙っとけば叔父のブラックジョーク程度で済んだのに、修行確定って空気が流れている。
メンドクサイ。すこぶるメンドクサイ。
私が修行しても強くなるなんて、高が知れているような気がするけど……うん、自分の身くらい守れるように、護身術ぐらいになればいいか。
教えるの叔父なの?
だったら誘拐犯にさらわれる前に死ぬ自信ある。
どうか叔父が教師ではありませんように。
「そんな目で見ないでや。ミィたんのためやで?嫌やろ?目抉られるの?」
愚問だ。目を抉られるのが大好きって人がいるんなら、八時間は説教してやりたい気分である。
というか、そんなやばい考えの人間がいることに驚くべきである。
素面でなくたって、とても考えられないが、叔父の言い方ならば可能性はあるということだ。
そんなに危険な所なのか、異世界?
ステータス表示が凄いというのは理解したが、だからといって目を抉られるなんて。
昨日も思ったけど、熊王子も、弟王子も、騎士も、短いとはいえ時間を共有した異世界の人々は――あ、熊は人にはいるのだろうか?――人が良さそうな感じだった。
熊殴った騎士団長にはビックリしたけど。
騎士(目つき悪)は敵意を感じたが、王子たちを守ろうとしてというのが分かったし、騎士(チャラい)に関しては、探るような言動があったが、前者も後者も悪意はなかった。
……叔父の話からは、人の尊厳や命が軽いと言われているようだった。
なんか日本って、すごい平和だったんだなぁ。
態度が悪いだけで死ぬことはないし、目が欲しいと奪われる心配もないし、戦争もない。
事故もあるし、犯罪者はいるだろうけど、滅多に巻き込まれることはない。
それに調味料が最高――げふん、げふん、失敬。
調味料は置いといて、改めて思う。
そんな世界だというのに、叔父は私たち家族に、もの凄くよくしてくれているんだということも――牢屋には突っ込まれたけど――なんとなく、察した。
私の家族はなんとなく気がついているし、感謝しているだろう。
「でも、魔法使い系の職業ないから、そっち系で攻められたら一溜まりもないんだけど」
「うん?なんや職業??」
「いやステータス画面に色々あってさ」
兄が職業選択の欄があることを簡潔に叔父に伝える。
少し考えているのか瞳を細め、なぜか私の両親を一瞥した。
両親は、まだイチャイチャしてたが、父が気がついたように肩を竦めた。
お手上げ、という感じだ。
もうゲームなんかの話になると、姉はまだ時々私たちがゲームをしている姿を見ているので、何とかついてこれるが、両親には未知の領域に近いのだから仕方がない。
叔父の柔軟さは、私たちの家に来たときに一緒にゲームしてるのも関係あるのだろうか?
私は初心者の叔父に格闘ゲームにしろ、落ちものにしろ、惨敗だったけどね。
「ちなみに、ミィたんの残りの職業は?」
「遊人、吟遊詩人、弓使い」
「………ミィたん、強く生きるんやで?」
えぇ~~!それだけ!?
憐れみの視線を投げてよこしたテーブルの上のヤンキー座りの叔父だったが、すぐににや、と笑う。
う、なんだ、遊ばれたのか?
「魔法使いじゃなくても、魔法は覚えられる。だろ、叔父さん」
「なんや、気がついてたんか」
「そりゃ、騎士で王様の職業の人間が、俺に向かって攻撃魔法放てば、嫌でもね」
「えぇ――!!」
今度こそ、私は悲鳴を上げた。
魔法使いじゃなくても、魔法が使える??つーか、叔父さん、魔法使えるのか!
っていうか、本気で殺そうとしてたのか!?
「そや、魔法書ってのもあるし、適性がある属性なら習えば使えるようになるんやで」
「なんか御伽の国の話みたいね」
「はんっ、由唯っちからしたらそうやろうけど、ほんまにあるんやで。ま、魔法使いや魔法書自体があまりないんや。ぱっちもんの方が多いしなぁ。皆が使えるとは限らん。宮廷魔術師がおるから、そいつから魔法道具、奪っとくわ」
おおーっ!なんか、魔法が習えるときいて、滅茶苦茶テンションがあがるんですけども。
魔法道具ってだけで、胸がトキめくよね。
どうか魔法も難しくありませんよーに。
「ミコ、お兄ちゃんの推測だけど、表示されてる職業って、適性だと思うぞ」
「適性?じゃあ、他の職業になろうと思えばなれるってこと?」
魔法使いとか、魔法使いとか、魔法使いに――大事なことですので、三回ですね。
「そして、俺たちはステータスが見て、それを『選択』することによって、職業が変わっただろう?俺たちにしか見えないってことは、普通、こっちの人たちはそれをしないということだ」
そういわれてみれば、音声にしろ、表示にしろ、選択して職業が変わったけど、それが実は普通ではなかったということか。
私は最初、職業がゲーマーだったけど、それって別に前の世界で職業をゲーマーにしますって宣言したわけでもない。
ただ、一日のうち最低でも三時間ぐらいはゲームを毎日して気がするけど。
こちらの世界も一緒だというなら、本来なら積み重ねた行動や意識が職業になるということだろうか。
サブ職業は専門学生だ。
それは専門学校に通ってる――という積み重ねが職業へと繋がった??
その話には、叔父も興味深そうに耳を傾けている。
どうやらこちらでは魔法系の職業は、神殿で誓いをたてるのが基本らしいとうことを叔父が付け加えた。
そうしないと魔法を教えてくれる師匠が探せないからだとか。
「たしかに、王になる時――たぶん、結婚して王権を授与されたときから王様やし、騎士団に入ったわけやないけど、剣はそいつから習っておったしなぁ。便利やなー自分ら」
「ねぇ、それって私にもあるわけ?」
と、姉も口を挟んできた。
「あるぞ。遊人、吟遊詩人、僧侶、踊子」
「……遊び人と、吟遊詩人って誰でもなれるわけ」
私も最初そう思ったよ。
歌が歌えればOKとか、遊ぶのを命をかければ、なれるんだよ。きっと。
姉は細い指で唇をなぞりながら、なにか考えているようだった。
「でも、兄は吟遊詩人になれないけどね」
「悪かったな。音痴で」
う、と喉を詰まらせて、兄。
私が兄に勝てる事といえば、唯一カラオケの点数とかぐらいだ。
でも嫌がって、滅多にカラオケボックスとかはいかない。
「でも由唯姉は僧侶の適性あるから、回復魔法とか補助魔法とか使えるようになるからいいじゃん。兄さんだって魔法使いの適性あるし、魔法剣士も可能ってことでしょ?」
正直、羨ましすぎる。
適性がないってだけで使えるならいいけど、釈然としない。
あーあ、本当に覚えられるのだろうか。簡単なのだけでいいのだけど。
「レジィー、そろそろ」
「そやな」
どうやら、本当に王様らしい叔父――いや、態度は王様級だけど、信じがたい、というか――には、王様としての仕事があるらしく、宰相に横槍を入れられた。
「アドルフ、何日もつ?」
「微妙だ。イシュルスの王家の血を直接引いているわけじゃないが、現王の傍系だ。祭り上げられはしないが、利用価値は高い。お前は元々敵が多過ぎる。それに『流離人』となると、それ単体で欲するものも少なくない。最小限に留めたと思うが、あれだけ派手に出現が噂されれば、情報は押さえ込めない」
といいながら、ちらりと私たち家族を一瞥する。
ってか、私たちイキナリ異世界きたんだから、こっそりとか、そんな暇なかったんだよ。車だし。事情がわからんし。
「それにお前サミィ殿を王宮内で追いかけたんだろう。目撃されてるはずだ」
「はん、ちゃんと姿消したで。二日抑えたって」
「難しいぞ――何者か判明せぬ内に襲ってくる者はいないだろうが」
ふう、と叔父のため息が零れる。
一般人の身分もない王様の兄家族だけど、人質とか嫌がらせぐらいの標的になり『流離人』としての知識に価値があるというところだろうか。
宰相も言ってたけど、叔父のこの性格だ。
敵が少ないなんてありえない。
祭り上げられないということは、イシュルスの王家の血を引いていないので王位継承権で争いは発生しないということだ。
てか、お願いされても、たとえどんな願いを叶えてくれるって言われたって、叔父に楯突こうという勇者は、私の家族にいないよ。
身内であるがゆえに、その恐ろしさは身をもって知っているし。
叔父に反感を持つものに、命までは即座に奪われる心配はないと思われるが、危険ではある。
そんな感じだろうか。
ただですら、日常的に兄の敵に狙われていた私だ。
そこら辺の理解は早いぞ―――って、全然、威張れる事じゃないけど。時々凡ミスするし。
「ヴェル」
「はっ」
誰?呼んでるのと思ったら、返事をしたのは騎士団長だった。
どうやら、渾名で呼んでるし、ここに同席してるくらいなのだから、宰相も騎士団長も叔父と仲がいいのだろう。
叔父よかったね、友達できて、とちょっと暖かい目で見守ってしまう。
「第一からはハーン準騎士をサミィ殿。第二からアルケルト準騎士をミコ殿。第三からアマデウス準騎士をユイ殿。コゥーチ殿、リエ殿は、第一から準騎士を専属とし、複数つけます故」
叔父は、少し考えたが頷く。
「よし。ゼル、ほかの判断はお前に任せるわ」
「僕、ですか?」
「そや、ちゃんと守ってやるんやで?お前の従兄弟なんやからな、毎日俺に報告しぃや……して、騒ぎになる前に、雅美ちゃんと、ミィたん、叔父さんがおこづかいあげるから、城下で装備購入しとったらええ――して、明日から、騎士団の鍛錬に混じったらええ」
「……本当に、私もやるの?」
目抉られたくはないんだけど、騎士団に混じって剣を習う18歳の乙女ってなんか可笑しくない?
どこまで逞しいんだ私は。
なんかその内一人でゴブリンを倒せといわれそうな気がするんですけど。
「叔父さん、あたしも」
「あかん――ショッピングなら、後回しや。雅美ちゃんとミィたんが人並み以上になったら、つれてって貰うんやな」
え、姉のショッピングに付き合えと?
この世界に姉のストーカーはいないけど、歩いてたら御伽噺の笛吹き並に引き連れて歩いてついてきたらどうするの――って、そのための護衛ということですか。
「そっちじゃないわよ。私も『僧侶』ってのを修行するわ。それって魔法で傷を癒せるってことでしょう?ミコと兄さんが力をつけて、無傷でいると思う?」
逡巡した叔父が苦笑を浮かべた。
姉は私や兄、叔父のように能力を理解しているわけじゃないのに、あっさりと言った。
口にしなければ、騎士たちが守ってくれるだろうし、修行しなくてもいいのに……なんつーか姉は男前だな。かっこいいよ、姉。
それに比べて私は駄目だなぁ。
でも僧侶ってこう清純なる乙女の職業……え?姉、なぜ私を睨む。
声に出てたのか?超能力か?
「長年、この二人の治療してきてないわよ、私」
「せやったな」
「―――それに私適性がある、と思うわ」
と、困ったように眉根を寄せて、姉にしては珍しく弱弱しい語尾。
それには兄も叔父も驚いている。
もちろん私も。
「あるってわかるのか?」
「わかるってほどじゃないけど、この食堂に入ってきたとき、内と外を遮るような…なんていうのか空間を隔離しなかった?」
「っ『隠密遮断』が発動されたのがわかるのか?!」
それに声を上げたのは叔父ではなく、宰相だった。
この驚きをみると叔父ではなく、宰相が発動した魔法…なんだろうか??
外と内側を遮断するということは、盗聴されないようにしたんじゃないかと思う。
「やっぱりね。分かるってほどじゃないけど、部屋自体が包まれたような感覚があるし、牢屋もそうだったんでしょ?……昨日、言うべきだったのかもしれないけど、精霊がいるのが分かる」
「せ、精霊が!!?」
「昨日のミコの――精霊ホイホイだっけ?あれで集まってきた精霊の姿はハッキリしなかったかけど、光が集まっているのが見えたわ」
「なんてことだ――精霊の御使いが、レジィーの家族から出るとはっ」
宰相は頭を抑えて、なにやら神様に祈っているようだ。
弟王子は目を白黒させている。
それもよほどのことらしい。
もしかして、昨日、精霊ホイホイのときに、凶悪な顔してたのってスプレーを使ってたからじゃなかったんだ。怯え損だな私。
「今朝だってミコを見てたでしょう?一喝したら消えたけど、この悪趣味」
え、もしかして、さっき怒鳴ってた奴?兄になんとかしてもらう云々の。
っつーか、私、見られてたんだ。まったく気がつかなかったけど、うん、叔父の悪趣味!変態!と声を大にして叫ぼうか。
「まて――なんや、それ。アドルフ」
「俺じゃねぇよ!」
というものの、叔父は冷ややかで疑惑の含まれた視線を向けると、すぐに宰相の動揺っぷりに、ため息をついた。
「誰かが王宮内を見てたなんて、お前の失態やないの」
「待てっ!俺を一概に悪役扱いするな、ドアホ!王宮はイヴェールの管轄―――」
だろう、とか言葉が続く筈だったらしいが、宰相の喉元に剣先が突きつけられて、青ざめ、頬を引きつらせて黙った。
その剣の主は、座ったままの団長である。
………つまらないことで恐縮なんですが、剣を突きつけたのって、いつ?
そのモーションがまったく見えなかったんですけども。
喉から搾り出すように「すまん」と告げる宰相に、頷いて団長が剣を退けた。
なんだ?なにがあったのさ?
私たちには意味不明なやり取りに、改めて団長こえーと思ったのだが、叔父の本気モードを見た後なので、だいぶ恐怖感は薄い。
「そもそも、王宮内を覗けるなんて、よほどの術者だぞ――残留魔力を辿れるような奴が、大それたことがするわけないだろうし」
「やっぱ、朝まで牢屋突っ込んでおくべきやったな…」
いや、突っ込まれる身にもなってくれよ。
食事が不味かったら、母が不機嫌になって、父が大暴れの三段で、惨事が起きるんだぞ。
「調査はしておく。期待するなよ」
「…由唯っちも、あんまり精霊が見えるって口外したらあかんで?目抉られるどころか、もっと酷い目合うかも知れへんし」
「わかってるわよ。ミコじゃあるまいし」
ええ??ひ、酷くない姉。
地味にけなされてるんだよね、私。うぅ。
ともかくこれで三兄弟全員、目玉抉り出される可能性がでてきたのか。
嫌な可能性だな。フラグたちませんよーに。
「そやなアドルフの種馬にちょっと習ったらええわ。あいつ頭が軽そうなアレでも、精霊魔法を多少習得しとるし」
「ちょ、まてっ、人の息子を種馬呼ばわりするなっ!まだ俺に孫はいねぇよ!」
「あと、兄貴と義姉さんは、くれぐれも大人しくしたってや。王宮内からでーへんように」
「って無視かよ!」
静かに事を伺っていた両親が叔父に返事をして、ようやく解散の雰囲気になった。
朝から長くて、濃ゆい、微妙な異世界朝食を味わって、疲労困憊である。
これからさらにインドアな私が外にでて――これは、異世界ということもあって、ちょっと楽しみなんだけど――なおかつ修行だなんて、ため息しか出てこなかった。
姉、意外と感覚が鋭いようです。
だてに長年ストーカーされてませんよね。