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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
二日目 【異世界生活の始まり】
43/119

Act 03. え、従兄弟ですか?!

ええ、従兄弟です。

 静寂に包まれた王室の食堂に、淡々と声を発したのは団長だった。



「―――レジィー陛下とお知り合い、ですか?」



 レジィー……『怜二』が聞き取れなかったんだ。

 お知り合いも何も、血縁者である。


 呆然としていた、私たち岸田一家(-2)は我に返り、窓の外から視線を戻して、頷いた。


 

「俺の、弟ですね…あの振る舞いは、間違いなく」

「残念ながら、私たちの叔父ね」



 苦笑を浮かべる父の言葉に、姉が眉間に皺を寄せた。



「ったく、なんでこんなところにいるのかしら」



 それをいわれると、私たちにも当てはまるんですけど。

 なんで、こんなところにいるのかって――それを是非知りたいですね、はい。



「いや、それは百歩譲っていいけど。失礼ですけど、叔父さんはイシュルスの……」


 

 といいかけて、嫌そうに顔を歪める姉。


 いいたくないし、認めたくないと、言ったところだろうか。

 まったく持って、私も同じ気持ちですけど。


 実の兄弟である父にいたっては、自分の『弟が』と遠い目で、ぶつぶつと何度も呟いている。





「はっ!ということは、僕は皆さんの従兄弟ということで、しょうか?」





 ボクハミナサンノイトコ??


 ………。

 ……………。


 …え?


 えぇええええっ!!!!!????

 従兄弟だとぅうう!!


 そんな、そんなはずはない―――って、いや、叔父さんがイシュルスの王だっていうのが本当なら、弟王子と熊王子の父親ってことで、義理じゃなくて本物の?


 ってことは、やっぱ、従兄弟ジャン!!?


 あの似非関西弁で、無駄に偉そうで、兄には卑劣な叔父が……あの野生児で、ブーメランで猪を倒しちゃうような男が、嫁を迎えただとぅ!


 いや、まさか…叔父さんが結婚するなんて、ずぅえん、ずぅえん、思ってなかった。

 一生独身でいるのかと思ったけど…ってことは、だ。


 叔父さんのお嫁さんが、お姫様!?


 あ、ありえねー……美女と野獣の想像しか思い浮かばないよ。


 父が、父が王様の兄!?うわっ、ありえない。


 王子がスルーできない爆弾発言に、なんともいえない長い沈黙が降りて、今度はそれを母の愛らしい声がさえぎった。




「長くなりそうねぇ。とりあえず、朝食にしましょう」




 と、仕切ってしまっていたが、思考回路が停止している私たちは頷いて、各々席に着くこととなった。


 特に宰相は混乱しているというか、青ざめている。

 弟王子は複雑そうな顔で、ちらちら、と私たちに視線を送っている。


 家族が増えて嬉しそうな母といつもどおりの父。

 私は姉と顔を見合わせてから、弟王子に叔父の面影を探した。


 窓が粉砕したせいで、室内に爽やかな風が通り抜けた。




 ・


 ・


 ・


 ・

  

 ・





 生メイドと生執事が――日本では秋葉にしか生息していないレア職業――運ばれた朝食は、なんと銀食器のだった。

 

 驚いたことに、フォークもスプーンも、である。

 ガラスとかじゃないらしく、コップもとなると、かなり緊張が走る。


 料理は見た目は豪華な盛り付けなのだが、こざっぱりとした味に、う、と喉を詰まらせた。


 不味くはない、不味くはないけど……シンプルであった。


 肉料理はまだいい。

 ただ焼いてあるだけだが、噛み締めると肉汁が出てきて、塩味で十分においしい―――うん、牛なのか、羊なのか、よくわからないけどね。


 問題は他だ。


 見覚えのある野菜やら、まったく見たことがない色の鮮やかな野菜は、どうやら胡椒とかの香辛料がまったく使われていない塩をかけて食べるようだ。


 最初は物珍しくてよかったが、マヨネーズやドレッシングにお世話になっている私の舌は、すぐに『飽きたよー』と訴えてくる。


 勿体無いから、出されたものを残すような真似はしなけど。


 パンは味はいいけど、バケットやフランスパンっぽい。

 固さがあり、噛み切りづらい。


 と、思ったら、弟王子が困った様子で、パンは一般的に一口サイズに千切って食べるのだと、教えてくれた。


 すみませんね、育ち悪くて…山賊みたいにかぶり食べちゃったよ。


 あと、スープ。


 凄いよこれ―――塩と野菜と肉のスープ、胡椒なし、味は薄め。


 よくいえば、野菜の味が生きているけど……幸い塩で肉に下味が入っているけど、味はそれが溶け出したものだけだろうと予測できる。


 異世界料理に好奇心はあるが、朝からはちょっと。


 そこで、なんとなく料理状況を察して、私はひたすらに桃っぽいのを食べていた。


 いや、果肉が真っ白なのは驚いたけど、もう桃でいいか、桃で。

 味もちょっとすっぱいけど、味は桃だし。


 朝から、父のようにモリモリ肉ばっかりを食べられるほど、胃が丈夫じゃないし。


 姉も朝はあんまり食べないので、ちょこちょこつまんだら、げんなりした様子で私と同じように果物…サクランボ(種無し)を選んで食べている。


 食事が微妙なせいか、なんか食卓も静かなままだ。

 

 かちゃかちゃ、と岸田家の銀食器の音だけが響く。

 どうやら、団長も宰相も王子も、慣れた様子で音ひとつ聞こえない。すごいな。



 実は王族は健康のために代々、精進料理で過ごしている、と言われても信じるかもしれない。



 皿の上に綺麗に盛られていて、口の中が予想以上の期待をしたせいだろう。

 ちょっぴりがっかりする。



 はっ!叔父さんが痩せこけていたのは、このせい?


 まさかなぁ…口に合わないから食わないとかって…うん、叔父に限ったらありそうだな。


 しかも、叔父さん、あんまり脂っこいもの好きじゃないし、猪だって、ほとんど私たちが来たときぐらいしか狩りにいかない。


 と、現実逃避をしながらも、ギクシャクとした空気が漂う。

 誰もが、何を口にしていいか分からないといったところだろうか。


 かくゆう私も分からずに、時間だけが流れていく。


 だからといって、まさか、ここで『味微妙』なんて文句を言うわけにもいかず、大人しく―――



「全体的に、薄味ねぇ」



 ―――していたかったのだが、料理に手厳しい母が、兄と叔父が出て行ってから続いている、食卓の沈黙を破って口を開いた。


 単純な感想で悪意はないのだが、今は口にしたら駄目じゃない?


 私も食事で現実逃避しちゃ駄目か。



「も、もうしわけありません」

「お、王子?」

「わが領土では、キィシガーさんにいただいた『ほっとさんど』のようなモノは作っておらず…」



 と、弟王子が、やや表情を曇らせて、小さく頭を下げる。

 だから何であんたが、頭下げてるの。


 でも、まぁ赤い●つねを汁まで飲んでたし、騎士(毒抜き)にいたってはホットサンドで男泣きしてたから、予想はしてたんだよね。



「やーねぇ、ごめんなさい。薄味だけど、悪くはないと思うわぁ…お肉料理とパンは美味しいし、見た目の華やかさは、料理人の腕だと思うのぅ」

 


 どうやら母は全部一通り手を出したようだ。


 凄い量食ってる。


 そう、彼らも料理人も悪くない。

 美味しい料理もあるけど、私たち家族の舌が、現代日本の豊かな食生活に甘やかされているせいだと推測される。


 今やファミリーレストランもファーストフードもレベルが高く、しっかり味あるしね。

 ちょっと濃いってのが難点だけど。


 それに、現代ほど、料理のレシピが多くないだろうし、きっと交易の関係から、あんまし流通していない調味料もあるんだろう。


 たしかアメリカを発見したコロンブスだって、香辛料を求めて船を出したって話だ。

 あれ、ちがったっけ?


 

「いーんやで、義姉ねえはん。はっきり、口に合わんていうたって。わしかて、あかんし…ってか、いまもあかんし」



 兄みたいに雑食じゃないからね―――って、叔父さん、いつもより早くない!?

 いつもなら、あと二時間は兄と追いかけっこして、帰ってこないでしょ?



「あら、怜二君」

「くん、はやめてぇや、っていっつもいってるやん」



 げんなり、とした顔で首を横に振りながら、扉から入ってきた叔父さん。


 さすがに兄嫁には弱いのか、抗議は弱い。


 ずるずる、と何か地面を引きずってると思ったら、ぐったりとしたうつ伏せになっている兄のベルトを片手で掴んで、軽々と引っ張っていた。

 

 兄の掴んでいる金属バットが、『Z』の文字のような形で、二箇所も折れ曲がっているし、右の靴を履いていないし、服がカッターで切り裂いたみたいにボロボロなんですけど!!


 泥まみれだし、赤い染みって、血ですよね!

 ってか、HPが71しかないし!赤になってるよ!赤に!


 いつもなら、兄も抵抗するので互角といったところだが、今日は叔父の圧勝のようだ。


 なむなむ。成仏してくれ、兄。


  

「れ、怜二…やりすぎだぞ?」



 失神しているズタボロの兄を見て、さすがに父が頬を引きつらせる。

 あんまり叔父と兄のやり取りに――いやそれ以外もそうだけど――口を挟んでこないが、見るに見かねたといったところだろうか。



「しゃーないやん。3時間分の鬼ごっこを30分で終わらせたんやで?無茶もするわ――おまけにこいつときたらなぁ。かわいい叔父さんを本気で撲殺する気だったでー」



 ごろん、とそこら辺に兄を放り出して、僅かに切れた頬を拭う。


 いっとくが、可愛い叔父さんはお小遣いをくれて甘やかしてくれる叔父さんだと思う。

 間違っても、甥っ子をフルぼっこにはしないんじゃない?


 唯一兄が一矢を報いたのだろう。

 ってか、金属バットで頬に怪我させる―――って、兄、30分ぐらいで、レベル1上がってるよ!?


 どんだけ!どんだけがんばっちゃったの!?



「陛下!」

「ち、父上!大丈夫ですか」

「平気やで…自分に一矢報いたんは、こいつぐらいやなぁ」



 うへー、この異世界にきて、ボロボロになった私と兄を考えれば、随分王家では待遇よろしかったんですねーとやっかみ半分で考えたが、すぐに思考を止める。


 叔父は人付き合いが得意ではない、と思う。


 常に気まぐれな態度を考えれば、気軽に近所付き合いなどできないタイプの人間だ。

 

 まして、お偉いさんに傅く姿なんて想像できない。


 他人の機微とか悪意に聡い所があり、人の裏というものに敏感。

 おまけに無駄に優秀であるせいで、彼を利用しようとする人間は多かった、と父は酒を飲んで語ったことがあった――まぁ、それを利用して、痛い目みせてたらしいけど。


 軽い人間不信だったのだろう。


 己でもそう感じていたらしく、山奥に引っ込んで安住を得た叔父が、権謀術数めいた王宮なんて場所で気楽に楽しく過ごしていたはずもない。


 それにステータスに関しても、かなりのハイレベルだ。


 必要に迫られたのか、腹いせに魔物でも倒していたのか分からないが、兄のゴブリンとの対決を何度も繰り返しているのは容易に窺い知れた。


 

「由唯っちも、相変わらず、上手に化粧で化けてるやん」

「失礼ね。元がいいのよ、あたしは。それに『っち』っていうのもやめてよ。子供じゃないんだから。もう二十歳過ぎてるのよ」

「さよか。せやけど、わてからしたら、まだまだ子供やで」



 睨みつける姉に、いつもとかわらずゲラゲラと下品な笑い声を上げる叔父。


 叔父は年齢を重ねているようだが、いつものやり取りは変わらない。

 薄々察しているであろう姉もなにもいわないのが、彼女なりの優しさなのだろう。


 じゃれあうように、軽口の応酬。


 隣の私は視線が合うと、ほろ苦い笑みを浮かべ、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように乱暴に撫でた。

 

 いつもなら、噛み付くところだが、今日はそれもしたくなかった。



「なんや、ご機嫌斜めやな?」



 私はポケットから、常備している飴玉を取り出すと叔父に差し出す。

 受け取った叔父は一瞬、息を詰まらせたようだった。


 やっぱり、予想はしていたけど、この反応を見る限りでは、食事をまともにしていないんじゃないだろうかと、不安になってくる。

 

 まだ持ち込んだ材料も少ないといえあるし、後でなんか作ってあげよう。


 懐かしげに瞳を細めて飴玉を眺めて、宝物のように優しく手で包むと『飴ちゃんや』と呟いた。



「ありがとう…ミィたん」



 食卓はぼのぼのとした空気だったが『ミィたん』でぶち壊しである。


 なぜ、叔父は人が嫌がるあだ名で呼ぶのかね!

 もうやめろっていってるでしょうが!



「みぃたん言うなっ!」

「なにいうてん。ミィたんは、ミィたんやで。ほら、機嫌直しぃや」



 そして、大切そうにポケットにしまうと、叔父さんは私の両脇を掴んで持ち上げるとにやり、と悪魔のような微笑を浮かべていた。


 げ、なんか嫌な予感。



「―――お礼に、メリーゴーランドDXやで!」



 ま、う、やめろぉぉう!!


 私の抵抗などものともせず、大人が小さい子にやるみたいに、食卓から離れると、グルグルと叔父は回り始めた。

 

 兄を片手で運べる筋力の叔父さんは、私など軽がるとである。



 は、恥ずかしい!!

 叔父さん!もう私、18歳なんだぞ!?



 それ以上に、騎士レベル68に到達してる叔父では、回転どころの話ではない。

 周りの景色が見えないほどの超高速回転だった。

 


 し、しぬぅううううっ!!!!だ、誰か、誰か助け!!!



 叫んでいたかいないかは定かではないが、無表情の団長と、びっくりしている宰相と弟王子と、微笑ましそうな両親と、引きつった姉の顔が見えた様な気がした。


 気がしただけで、綺麗な花畑と川の向こうに老人が手招きしている光景に変わる。


 あれって、私の祖父とか祖母とかかなぁ。

 ……会ったことないけど。


たぶん、そうです。


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