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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
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閑話 【笑う悪魔】

 

 『流離人ルエイト』と思しき人物たちの背を見送り、アドルフは暫くしてから階層の違う部屋へと向かった。


 部屋には直立不動のヴェルクスタと、ソファーに凭れた白髪交じりの王の姿がある。

 王の表情は、にやにや、と不愉快さを与える人の悪そうな笑みを浮かべており、実に楽しそうだった。


 今年で六十歳になるというのに、皺のある顔立ちには、子供のように無邪気さが窺える。



「―――これで本当によかったのか?」



 アドルフは豪奢であるが動きづらい法衣の襟元を崩す。


 宰相であり、聖職者でもあるが、そうとは思えぬ戦闘を知る無骨な指で、自慢の赤毛を撫で上げ、まだ笑う王を嗜めた。

 

 赤子の頭ほどの巨大な魔法水晶球が書斎の状況を転写していたのだろう。


 特定通信魔術を付与された小指の指輪を抜く。

 本来は人差し指にはめるものだが、アドルフには小さすぎた。


 隣室の男からの指輪を通して、『流離人ルエイト』に対する指示を受けていたが、まさか最終的に牢屋に入れてしまうなど、思いもしなかった。


 しかし、この男に、現在まで間違いを犯したことはない。


 一度だけだった。

 それも、間違いを自ら犯したのは。



「ゴブリンの話はともかく、あいつら『流離人ルエイト』じゃあ、なかったのか?」

「問題はゴブリンやないし―――それに、あいつらは本物やで」



 げらげらと、品のない笑い声を上げて、至極愉快そうに笑う王に対して、ヴェルクスタはため息を零した。



「陛下」



 王は悪びれたようすもなく、肩をすくめた。



「野蛮な育ちだやさかい。しゃーないやんなぁ」



 ここに現れたときから、商業都市オボエスの商人のような言葉遣いは直っておらず、時々彼が何を言っているかすら分からないことがあった。

 

 ヴェルクスタとアドルフは矯正させようと試みたが、無駄であった。

 それでも、公務では一切ぼろが出ていないので、今ではアドルフは諦めてしまった。


 というか、あまりにも長いこと聞いていたので、逆にアドルフは、表情、ニアンス、雰囲気、で大体何を言っているか分かってきたの、口を閉ざすことにした。


 それ以外の、王として――そうたとえ、人格が崩壊しているような気もするが――の能力は文句のつけようがない。

 最低限の分別もある―――と信じてる。いや、信じたい。



 が、今回の判断は間違っているのではないか。



 アドルフは脳裏に不安を過ぎらせる。



 『流離人ルエイト』が齎すのは、多くが恩恵である。


 なぜきたか、どう戻るかなどしりはしないが、二十年ほど前にも一人やってきた男がいた。

 その男もまた、イシュルスに大いなる革命を起こしたのである。


 まったく発想のなかった思考や、新たな進んだ技術は、イシュルスの拙い技術がもどかしいほどだ。


 なにより、この都は『流離人ルエイト』が光臨する町として有名であり、そのおかげで地方の田舎の小国のひとつでしかなかったイシュルスは、諸国と対等な立場になるまでになったといわれている。


 三百年ほど前には、魔王と呼ばれる存在とて倒したのだ。


 投獄で少なくとも五人の『流離人ルエイト』は、対応した自分ないし、この処遇に対して不信感を募らせるだろう。

 敵意を抱いてもおかしくはない状況である。 


 その状況で、彼らから恩恵を与えるかといったら無論、否。

 望まないことではあるが、脅してという可能性も考慮せねばなるまいし、はぐらかされても、真実を口にしても、我らには判別の材料がない。


 ただ一人の男を、のぞいては。



「あのまま投獄しといたらええ。どうせそろそろ、聞きつけたゼルスターが―――…」



 絶妙なタイミングで、激しく書斎の扉が開かれて、少年が僅かに足を引きずりながら飛び込んできた。


 王家の次男のゼルスターだ。


 父親にはまったく似ず、常日頃は気性が穏やかで一歩人に譲るような性格の子供が、息を切らせて魔人ディーゼのような形相で、ソファーの父親を見つけると、その横っ面に拳を叩き込んだ。

 

 鈍い音が響く。


 近くにいたヴェルクスタは止めれただろうが、王子を止めることはなかった。


 足に怪我を負ったといっていたが、治療の途中で出てきたのだろう。

 背後にはアドルフの子飼いである神官が青ざめた顔で、息を切らせている。


 他言しないように下れと合図を送ると、一礼して背を向け、ヴェルクスタは書斎の扉を閉めた。



「父上!!見損ないました!!」



 口唇を切った王は、顎を伝う血を手の甲で拭いながら、ゆっくりと息子に向き直った。

 ゼルスターの二度目に放たれた拳をあっさりと手のひらで受けた。

 


「彼らは、五人の『流離人ルエイト』である」



 先ほどまで、子供のように無邪気な表情をしていたが、それが一切削ぎ落とされ、王としての顔を覗かせるかのように、鋭い眼差しを向けた。


 この視線に、いつものゼルスターなら、身を怯ませていたはずだ。



「分かっております!!僕も王族の一員!彼らが五人の『流離人ルエイト』であることは、すぐに分かりました!父上もそうでしょう!!だが、彼らはまったく関係ない僕たちを助けてくれた!報告を受けたでしょう!!マドレーヌだって、治るかもしれない!!」



 アドルフは、憤慨する少年を羽交い絞めにして、引き剥がす。



「ゼル坊、おちつけよ」

「落ち着いてなどいられるかっ!僕は、友を見捨てない――!!」



 それでも抵抗するゼルスターに、長年使えているアドルフですら、背筋を凍らせるような残虐さと威圧感を放ち、冷酷な目で、王は口元を悪魔のように歪めた。


王様の性格革命編です。凶悪になりました。

本来なら後半に出そうと思ってた人ですが、あっさりと。

あと、皆様と岸田一家を代表して、やっぱりゼル坊に、決断した王様を殴ってもらいました。

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