閑話 【魔術師の悪夢】
話の都合上、兄→義理兄となりました。
なぜかって…それは、第二章で(笑)
とある魔術師の悪夢
悪夢―――それは、とある魔術師にとって、義兄を抱える苦労だった。
義兄のおかげで、魔術師は自由な時間が与えられたことだけは感謝するが、それ以外には、苦労ばかりかけられていた。
幼いころより魔力の強かった魔術師は、制御するために王宮魔術師に師事することとなった。
才能もあった魔術師は、砂が水を吸収するが如く魔術の道を歩む。
気がつけば、魔術の奥の深さに、すっかりと嵌ってしまい、一日中研究に没頭する日も少なくなかった。
そこで、必ず来るのだ。
悪魔(義兄)が。
様々な難題を抱えて、扉を叩く義兄に殺意を覚えない日はない。
かといって、王政の采配であるがゆえに、無碍にもできずにストレスを溜め込みながら、それに答えた。
魔術師も、母親は平民の出身ではあるが、王族なのだ。
こうして、魔術に没頭させてもらえるだけでもありがたい状況であることは理解しているつもりだ。
それは分かってる、が―――……
ようやく義兄が、王としてひとり立ちをして、魔術師は実に優雅な魔術ライフが待っていると思ったのもつかの間……さらなる悪魔(甥)が出現した。
それも、二人。
悪魔(義兄)が、二人いるような錯覚すら覚える。
なぜ、甥どもは、父親の悪い部分だけ引き継いでいるのだろう……いや、素晴らしい能力に恵まれてはいるものの、父親から受け継ぐ悪い部分をより一層引き立てるとはどういった了見だ。
いや、そう、現実逃避はよくない。
研究室の扉が乱暴に何度も叩かれているために、少し思いに耽ってしまった。
「入れ」
そういった途端、雪崩れ込むように若い騎士が入ってくる。
「イヴェール様っ!カルム王子が生きて発見されました」
だろうな。
甥は、殺しても死なないようなタイプだ。
何度か苛立ちのままに、本気で魔法を放ったことはあるが、いつも紙一重で躱し、致命傷を避ける術には長けている。
そこらのゴブリン程度は蹴散らして帰ってくるだろう。
その報告のためだけに、こんな遅くに扉を叩いたというのなら、燃やしてしまおうか。
やや不穏なことを考えながら、眉根を寄せる。
「こ、こちらにお連れせよと、ヴェルクスタ団長から仰せつかりました」
「なに?ここに?」
深夜に、この魔術研究室に甥を連れてくるというのは、どうゆう了見だ。
第一騎士団のヴェルクスタが、そうそう判断を間違うことはない。
あの国の忠実な下僕は、押し付けられた難題に対し、最善の判断をしようとしているし、また今まではそうしてきたはずだ。
その判断は、今夜、鈍ったのだろうか。
もう、あいつも年か。これで、国の良心がひとつ失われた―――魔術師が、痛む頭を抑えるよりも先に、若い騎士の背後には、巨大な影。
忘れてはいけなかった。
悪魔(甥)は何時だって、魔術師の斜め上をゆく、ということを。
「……………なんだ。それ(・・)は」
扉から入ってくることもままならない巨大な黒熊が、鼻に詰まった白い布を揺らしながら、緋色の双眸で魔術師を見下ろしていた。
不幸な騎士が短かったので、短いのもうひとつ。